第三章『空の王』
一日目の後始末。
そして、二日目以降に向けた各々の準備は着々と進みつつある。
たとえばキャスター陣営は言うに及ばず、陣地作成だ。
籠城を戦略の肝とする彼女らは、自身が有する大きな霊地も相まって、勢力としては盤石である。
無論、複数陣営の猛攻には耐え切れないだろうが――
それを補うという点で、アサシン陣営、ひいては雪白辰向の存在は大きい。
現在はまだ同盟関係ではないものの、状況に応じては彼らの助力を得ることができるだろう。
アサシン陣営はキャスター陣営から幾つか情報を提供された。
主にそれはライダー陣営の陣地などである。
意図するところは、それを使いライダー陣営との接触を試みてほしいということ。
戦争をするにしろ、外交をするにしろ、行うならばアサシン陣営の方が好ましいとのことだ。
ライダー陣営からの接触が行われるかが不透明なため、アサシン陣営から接触する必要がある。
相手の陣営に踏み込むことを考えた場合、辰向という戦力を有する陣営の方が優秀だ。
また、曰く「外交能力も、辰向の方が上」とのことだ。
現状アサシンとキャスター、両陣営の間は同盟関係はない。
しかし、着実に両者の関係は強固になっているのが明らかであった。
そして、ライダー陣営。
彼女たちは、昨日と同じく、夜間飛行による偵察に向かう算段であった。
「ライダー、“宝具を開帳なさい”」
「おうともさ――翼を広げろ『
ライダーの宣言。
同時、恐ろしく少ない魔力が、ノエミから消費される。
それは本当に微々たるモノで、せいぜい礼装一つで十分補える程度のモノ。
――これがライダーの真骨頂にして肝。
彼は宝具の存在があって初めて、サーヴァントとしての力を手に入れられるのだ。
現れるのは、緑。
十字のクロス――その脇には、赤の日の丸がペイントされている。
“零式艦上戦闘機”、通称零戦。
かつて大日本帝国海軍の有した艦上戦闘機。
航空機の代名詞とも呼ぶべき存在であり、当然、帝国海軍のトップエースであったライダーにも縁が深い。
――ノエミは元よりサバイバルを得意としている。
現在の拠点を選んだ理由は、彼女が最も過ごしやすかったから、という理由もある。
しかし、もう一つ。
滑走路のための土地を確保する、という意味合いもあった。
山が深く、平地の狭い信濃において、滑走路として使える土地は貴重であった。
実際のところ、この拠点は、ノエミからしてみれば最良としか言いようが無い拠点なのである。
幸いなことに打ち捨てられたボロ小屋へ続く一本道はかなり平らで、あとはそれを手入れすればいい状態。
立地において、かなりの好条件に恵まれた拠点であった。
「じゃ、今日も楽しい楽しい夜の散歩に出かけましょう?」
「あぁ――まったく、空を飛ぶってのは楽しくてしょうがないっ!」
すでに準備を終えた両名は、手際よくコックピットに乗り込んでいく。
機体は大戦時に大破した者をかき集めた“複座改造二十一型”を模したものである。
――恐らくは、マスターを連れて飛ぶことを想定し、最初からこのようになっていたのだろう。
特異な機体ではあるし、ライダーとは間接的以上の関係を持たないにしろ――
――ノエミ達にとっては最高の機体であった。
いそいそと、発着の準備をはじめる。
空は黒にそまりしかし晴れて星々が見渡せる。
よい飛行日和だと、ノエミにも知れた。
だが、
「――少し、いいかな?」
それを邪魔する者が一人。
男の声だ。
――ノエミは、その男を“知っている”。
「……へぇ」
漏れる声は、きっと歓喜に近いものだろう。
「へぇ。――へぇ、なるほど」
何度も、事実を飲み込むように口にする。
それは一種の、咀嚼と言えた。
やがて、視線を声の先に向ける。
光もあやふやな暗夜の地に、一人の男が立っていた。
「――やっぱり、貴方がアサシンのマスターだったんだ、“雪白辰向”」
「久しぶりだな、元気にしてたか? ――ノエミ=ミシリエ」
そこに立つのは雪白辰向。
ノエミの言葉通り――アサシンを使役するマスターである。
「……知り合いか?」
「そうよ。――でも、話すことは何もないわ、発進して。下手に話をしてると、サーヴァントにこっちが殺されちゃうわ」
辰向の周囲にサーヴァントの気配はない。
間違いなく、気配遮断でどこかにいる。
令呪を使いサーヴァントを盾にすることは可能であろうが、わざわざこのタイミングでそれを切るつもりはない。
「いいのか? つまり、宣戦布告だぞ」
「いいのよ――あたしとこいつ、仕事仲間なんだけど、――本気で殺し合いって、したことないのよね」
そうかい。
――あきらめ気味にライダーはぼやく。
「おい、ちょっと待ってくれ、何も最初から戦闘をするつもりで俺はここに来ていない。話を聞いてくれ」
「聞いたところで、あたしはそれを受け入れるつもりはないの――三陣営同盟でしょ。――嫌よ、あたしはね、勝利と聖杯に興味があってここに来たの」
鈍い音を立ててプロペラが風を切り出す。
辰向が、慌てたように歩を前に踏み出した。
「待ってくれ――」
「ごめんなさいね。あたしはまだ、単独陣営での勝利を諦めてないわ!」
取り付く島もなく、ノエミとライダーの乗った零戦はスピードを出しはじめる。
――止めるか、そんな思考が辰向によぎる。
いや、無理だ。
さすがに、一瞬程度ならばノエミとて、辰向から時間を稼げる。
ならば――結局は変わらない。
交渉決裂だ。
ノエミがそうであったように――辰向は彼女がこの聖杯戦争に参加しているのは予想していた。
しかし、ここまで戦争に乗り気だとは思わなかった。
間違いなく、強敵と成るであろう相手。
互いに、相手の手札を知っているからこその、敵。
「――じゃあね、バケモノマスターさん。――自由をあげる。あたしに挑もうと思うなら、その自由を空に向けなさい」
一気に加速した零戦が、空へと浮かびだす。
もはや一刻の猶予もない。
辰向は恐らく、アサシンに何かを命じた。
瞬間、ライダーが自身の機体を大きく揺らした。
わざとだ――恐らく、アサシンの射撃を回避するための。
「……っとと、加減しなさいよ、ライダー!」
「っるせぇ、今避けねーと死ぬんだよ!」
互いに悪態を突きながら、しかし翼は空に上がった。
即座にそれは闇に消え――
戦闘が、始まった。
♪
「さて、夜の戦闘よ。少しお呪いをかけてあげる」
「……呪い?」
「そ、あたしの魔術特性は『遠見』。その応用で、夜目を聞くようにできるの。あたしの千里眼は“なんでも”見通すんだから」
魔術特性。
――聞いたこともない単語を、ライダーは口の中でかみ砕き、咀嚼する。
おおよそニュアンスは解る。
要するに、適正と言い換えてもいいのだろう。
「……ん? お? こりゃすげぇ、光もネーのに良くみえらぁ」
ライダーの視界は、恐らく本人がこれまで体験したこともないものになっているだろう。
――これが偵察であれば、外を“視る”のはノエミの仕事であった。
しかし、戦闘ともなれば、役割を遂行するというのは、あまりに“遅い”。
とすれば、ライダーに夜目を与えるのは必然と言えた。
「こんなんなら、もっと早くかけてくれてもいいだろうに。――いやっははは! こりゃあいい、世界が変わって見えるぜ」
「あのね、一応使えはするけど、大変なのよこういう魔術。あたし自身にかけるなら、補正があるから余裕なんだけど」
「ふーむ、そのよく分かんねぇ“眼”ってのは、割りと融通聞かないもんだな」
まぁ、それはいい。
――ノエミはそう、話題を転換する。
「手身近に、相手はサーヴァントと同じくらい強いマスターと、それを更に厄介にする類の暗殺者よ。サーヴァント二体を相手にすると思ってくれていいわ」
「おま、馬鹿じゃねぇの?」
「代わりに、サーヴァントとしてはどっちもかなり弱いわ。貴方よりは強いけど」
――ライダーは反論しない。
ふてくされもしない。
それが当然だと、最初から理解しているかのようだ。
ライダーの基礎的なステータスは、筋力と耐久が“E”、そして敏捷が“D”というものである。
有り体に言って、一般人よりマシな程度のステータス。
この程度なら、恐らくノエミでも渡り合える。
それが、“零戦”を駆った状態であれば話が変わる。
零戦によるステータスのブーストは、実に素の能力を四倍にも跳ね上げるというもの。
零戦ゆえのライダー。
ライダーゆえの零戦。
徹底的な空の英雄が――ついに初陣と相成る。
「アサシンは、多分飛べないから直接戦闘を気にする必要はない。変わりに、そうそう気配を察知することはできないでしょうね」
「何がしかの妨害がある――か。近代兵器かね」
「でしょうね。――どんなものかは知らないけれど、問題はないわ。私達にはこの零戦がある。この“動く要塞”がね」
動く要塞。
それは、ノエミとライダーの自負あってのこと。
言葉にせずとも、ノエミの言葉に、ライダーは大いに肯定を伝えた。
――そして、あることに気がつく。
「……ん? ちょっとまて、アサシン“は”飛ばないのか?」
「――そうよ。多分、マスターの方は飛んでくるわね」
理解し難い内容が、さらに理解し難さを、増した。
♪
(――ノエミ=ミシリエ、あいつは魔眼使いの魔術師だ)
(魔眼、ですか……眼を使った超能力、でしょうか)
夜闇に溶け込んだアサシン陣営の会話。
辰向はすでにアサシンの元へ戻っていた。
あの場にアサシンはいなかったのだ――もしもの時のため、戦闘の準備をアサシンは進めていた。
結果として交渉はろくになされず、決裂に終わった。
もはや一刻の猶予もない。
会話は手身近に、戦闘へ移る必要があった。
(正解。コレに加えて、おあつらえ向きにあいつの魔術特性は“遠見”。端的に言えばそれは、遮蔽物さえ無ければ、あらゆるものを見通すという魔術だ)
その距離は、数千キロとも、測定不能とも言われる。
情報収集において、これほど有用な魔術は珍しい。
(ほとんどノーリスクで敵陣地を観察ができる……有り体に言って、反則ですね)
(俺らはそれに相性がいい反則を持ってるんだけどな)
厄介なことに、相手は更に空を飛ぶ方法を手に入れた。
それも時速数百キロで、縦横無尽に。
よく考えられている。
考えられる限りで、ノエミにとって最も相性のいいサーヴァントだろう。
(あいつ、本気で勝ちに来てやがる。金でもチラつかせれば折れてくれると思ったんだがな)
(――気になったのですが、君と彼女の関係とは、一体どんなものなのですか?)
(……仕事仲間、だな。主に死徒や封印指定の魔術師を狩る仕事で、よくかち合う)
ノエミ=ミシリエ。
その経歴は、かなり破天荒なものらしい。
なんでも、ある魔術一門の分家に生まれで、かなりの才能に恵まれていた。
それが本家の眼に止まり、本家次期当主への嫁入りが決まる。
しかし、それを拒否したノエミは、あてつけのように婚姻の前日に逃走。
以降は世界各地で外道の魔術師や死徒を狩る傭兵のような事をしている――ということだ。
この経歴は、前にノエミを追う、魔術一門の追手が愚痴のように語ってくれた。
辰向はノエミにそれなりの借りがあるため、中立の立場にあったのである。
(彼女とは、それなりに良好な関係にあったのですか? 互いに対立したことは?)
(まぁな……でなけりゃ、あいつが聖杯に選ばれることはないだろう。……対立、は不思議とないな。大抵仲間として仕事をする。恐らくあっちが権力闘争を嫌って、何も考えずにできるバケモノ退治しかしないからだろうが)
(――であれば、話は簡単でしょう。彼女はどうやら好戦的な人種のようだ――とすれば、貴方に対し戦意を持ってもおかしくな無いでしょう)
つまるところ、彼女の参戦理由に、辰向との対立という点も含まれるのだろう。
これまで一度も直接対決をしてこなかった強敵。
――それに対し、闘ってみたいと思う人間。
喩え自分がその戦いで命を落とそうとも、だ。
(……なるほどな。じゃあ、出よう――赤紫羅陣営との決戦前、その正念場になるだろうな)
言いながら、
雪白辰向は――浮かび上がる。
否、違う。
彼は空気を踏んでいる。
魔術が、虚空という存在を“無力化”している。
――雪白辰向には、自身の身体制御のための礼装が幾つもある。
サーヴァントクラスの動きに、身体が追い付くための礼装である。
無茶をすれば人体に多大な影響を与えるが故、それをサポートする必要がある。
それは同時に、あらゆる状況下における戦闘のサポート、という意味合いもある。
その中には、空を“走行”するためのサポートも、含まれている。
(――さぁ、アサシン。これが俺たちの、最初の全力戦闘になる。勝率は、正直見えない。――だからこそ、勝つぞ。この勝負、絶対に!)
(えぇ――参りましょう)
バーサーカーとの戦闘は、あまり全力とは言えず、また勝利の見えた戦闘であった。
しかし、此度は違う。
幾つもの、敗北へのルートはある。
そのルートをかき消すか、また飲み込まれるか。
これはその瀬戸際であった。
――聖杯戦争第二戦、先行きの見えない夜の戦いが、始まろうとしていた。
ライダーの宝具がでましたが、この宝具の使用者は割りとたくさんいるので特定個人を上げることはできないでしょう(フラグ)
ちなみにライダーのステータスは↓みたいな感じ。インパクトがあるので今作で一番気に入っているステータス。幸運Dはノエミの補正が入ってます。
『筋力E+++ 耐久E+++ 敏捷D+++ 魔力E 幸運D 宝具C』
PS.第二章の4を入れ忘れてたので明日更新します。