――三号特爆。
またの名を三号爆弾。
いわゆる種子爆弾の一つである。
種子爆弾はひとつの大きな爆弾の中に、小さな爆弾がいくつも詰め込んだものだ。
母体となる爆弾が破裂すると、それら小さな爆弾は種子のように飛び出し、周囲に散弾の如くたたきつけられる。
これが有効に作用するのが対空だ。
無数に散らばった爆弾が、敵の機体を切り裂き海の藻屑と変えるのである。
同じようなタイプに三式弾と呼ばれる艦砲射撃用の種子弾があり、それはヘンダーソン飛行場などへの艦砲射撃などに使用された。
ともあれ、実際にはさほど有効と言える兵装ではない。
米国が開発し、帝国海軍に辛酸を嘗めさせたかのVT信管などと比べれば、戦場の一兵器としかなりえない。
だが、そんな兵器を必殺の代名詞に変えたパイロットがいる。
彼が放つ三号特爆は、一度に数十機もの敵機を葬り去る絶対の兵器。
その成功難易度から、彼以外に兵器として実用かつ圧倒的な戦果を遺した男は他になく。
また、彼の部隊だけがこれを運用した。
そう彼――ライダーこそが、この三号特爆を代名詞とする、日本最強の零戦パイロット。
名を――――
♪
――ライダーの放った三号特爆は、辰向に回避の“余裕”すら許さない。
回避するにも、その範囲が広すぎるのだ。
あっという間に周囲に広がり、辰向の身体を喰らい尽くす。
気がついた時にはもう襲う。
辰向はもう、完全に詰んでいたのである。
回避しようにも方法はなく、対抗しようにも手段がない。
絶体絶命。
――否、“絶対”絶命。
ライダーは勝利を確信し、ノエミは辰向の安らかな眠りを神に祈った。
――無論、この程度で死ぬようなタマでも無かろうが、少なくとも、この勝負はノエミの勝ちだ。
そう、思っていた。
――自身の放った三号特爆が、突如として襲いかかった“横槍”に貫かれるまでは。
ただし、その表現は正しくない。
正確には、零戦を突き刺そうと襲いかかった“投槍”を、回避した結果、置き去りにされた三号特爆に突き刺さったのだ。
結果、三号特爆はあらぬ方向へ歪み、飛ばされ――炸裂した。
(――――、!)
脳の意識が再生した。
死に近い状況に、一瞬にして襲われたのだ。
回避に対する意識から、死を認識した自覚まで、その最中は数瞬も無かった。
一秒にすら満たない間、辰向は放心していたのである。
戦場において、致命的ではないにしろ確かな隙。
それが生まれるほどに、目の前の情報量は異常であった。
再生した意識が選んだ行動は――撤退である。
理解してしまった。
この戦闘、完全に自分の敗北である。
――否、敗北“していた”戦闘である。
更に、“何か”が戦闘を妨害した。
結果として辰向は助かったが、これ以上、その何かを交えて戦闘する余裕は辰向にはない。
故に、墜ちた。
上空を叩き、地上へと高速で向かう。
回避するために一度上空へ大したライダーには、それを追う余裕はなかった。
機体の窓から、墜落していく辰向を見送る。
――辰向は、ライダー達がのる零戦から、最後まで目をそらさなかった。
瞳は意思を雄弁に語る。
それは、米粒ほどの大きさとなっても、ライダーに伝わっている。
無論――それはノエミもまた同様であった。
――次は。
辰向の表情は歪みに歪んでいた。
屈辱、敗北感、幾つもの単語でそれは語ることができるだろう。
だが――あえて端的に言葉にしよう。
辰向は語る。
口にセずとも、その意思で。
――次は負けない、と。
♪
ライダー陣営とアサシン陣営の空中戦を、遠目に眺めていた陣営がいた。
――ランサー陣営である。
赤紫羅の三陣営が一翼、ランサーと赤紫羅弓弦。
彼らは、周囲が開けた高台から、戦闘の行く末を見守っていた。
何せ空を轟く激戦だ。
一般人には認識阻害などの対策が施されて入るものの、魔術師に対してはほとんどノーガードである。
むしろ、“何もない何か”があるということが、結界の存在により知れてしまう。
結果として、空の戦闘はどうやっても筒抜けなのである。
かくしてランサー陣営はそれを観察していたわけだが、偶然にも好機に恵まれた。
空で戦闘を続けていた二陣営が、極端に地面へ接近したのである。
即座にその近くへ移動すれば、ランサーであれば射程範囲内に入れることができる。
そんな距離であった。
当然、そこを狙わない理由はない。
それは弓弦によって依頼され、ランサーによって了承された。
結果はすでに周知の通り。
ライダーの零戦を狙ったものの、回避され、ライダーの置き土産である三号特爆に直撃した。
無論、偶然である。
少なくともランサーは、三号特爆どころか、零戦すら初見であるのだから。
「いやしかし、まさか回避されるとはな」
「そんなモンじゃねーかねぇ。ありゃ、間違いなく直感系のスキルが在るぜ。とすると、アーチャーですら射抜けるか解らん」
五分五分ってところか――弓弦は何気なしに笑った。
「まぁ、面白いモンが見れたってだけで、今回はヨシとしましょうかね。こっちは投槍ができるってのがバレただけ、あっちは恐ろしいほどの情報を俺らに来れた」
「――少なくとも、ライダーについては知れそうだな。どうみる?」
「んなもん、三号特爆を使うパイロットなんざ一人しかいねーべさ。ま、それは後だ。向こうはどうにもこっちの居場所を探れそうな感じだしよう、今日はお開きにしようぜぇ?」
空を見上げる。
ライダー陣営はかすれるほどの小ささで、上空を旋回している。
超高高度であるわけだが、ランサーの射程ではそれに届くはずはない。
逆に、ライダー陣営はランサー等を観察している風がある。
このまま戦闘というつもりもない、弓弦の言葉に、ランサーも同意した。
「やむを得まいな。あの空の怪物、相手にするのは私ではなくアーチャーだな。……セイバーでも構わんが」
「動くか? あのセイバーが」
ムリだろう。
両者はそんな風に肩をすくめると、高台から姿を消す。
辰向が撤退し、ランサー等も戦場から退いた。
空にぽつんとこの戦いの勝者が浮かぶ。
♪
「――逃したわね」
「さすがに空対地はごめんだな、攻めて火力の在る爆弾でも積んでりゃいいんだが、三号特爆じゃあなぁ」
空の上、ノエミの報告を受けて、ライダーは大きく嘆息した。
戦場において、気を抜くつもりはない。
それでも、これで戦闘が終わったことを自覚する。
「燃料はマダマダ持つが……できることなら補給したいな。さて、帰投しますかね」
「ゆっくり休みましょう。初陣ってこともあって、ずいぶんつかれたわ」
そんな風に言葉を交わし合う。
――ノエミは、狭い機内で思い切り伸びをして、完全に意識を非戦闘に切り替えていた。
「おいおい、油断するな。里心が着いた今が、一番俺らにとっちゃ狙い眼なんだぜ?」
「ライダーがいるから大丈夫よ」
あくび混じりに、そう返す。
ライダーの返答は、更にそこから数秒を要した。
「……ま、いいけどよう。にしても何であの坊主の誘いを断ったんだ。同盟、十分旨味があっただろう」
話はそれる。
そもそも、この戦闘、かなり不毛であった。
無論、あそこでランサー陣営の横槍が無ければアサシンを落とせていたとは言え、落とせてどうなるというのか。
アサシンを落とした、となればキャスターとの同盟は難しくなるだろう。
そもそも、アサシンとキャスターの同盟関係を示唆したのは、ノエミだというのに。
「――盤上を動かしたかったのよ。それに、別にあいつを殺すつもりもなかったしね。どんだけやっても、そうそう死なないのよ、あの人外未満」
あっけカランと言い放つ。
ランサーの横槍があった――それは、ランサーが動いたという意味でもある。
「もしも、このまま三陣営で同盟していれば、間違いなく戦局は膠着するわ。それってあんまり好ましくないのよね。向こうが打って出てくれないと、こっちはジリ貧なわけだし」
――戦力的には、ランサー、アーチャー、セイバーを有する赤紫羅陣営の方が、間違いなく強力である。
加えて、拠点として使用できるであろう陣地も、相手は霊地の要にかまえているのに対し、自分たちは大霊地がせいぜいだ。
「今回のこれで、ランサーが出てることはわかったわ。後は多分、アーチャーかセイバー、どっちかも出ているはず。少なくとも、三陣営が同盟していない間は、これがずっと続くのよ」
「――最低でもどっちかを落とす必要があるわけだ。ま、確かに理にかなってはいる。――けどよう、俺はそういう話が聞きたいわけじゃねぇんだ」
――ライダーは、意思を込めて言葉尻を強めた。
詰問するように――詰め寄るように、ノエミに問う。
「“どういう論理か”じゃねぇ、“どういう感情か”を聞いてるんだ」
ライダーが問うのは客観ではなく主観。
ノエミの行動の意味は理解した。
しかし、それはあくまで狙いであり、そうであるという、“必要性”が足りないのである。
盤上を動かすなら、わざわざ派手に戦闘をする必要はなかった。
無論、それに付き従ったライダーもライダーではあるが。
そもそも、ライダーに咎める気はないのだ。
あくまで“興味がある”というだけのこと。
「……辰向ね、あたしが自分の話を断らないだろう、って高をくくっていたみたいなの。だってそうでしょ? メリットしか無いんだもの。でもそれって――すごく不愉快なのよね」
「……不愉快、ねぇ」
「だって考えても見てよ、あたし、あいつに勝手に決めつけられてるのよ? ノエミ=ミシリエはこういう女だ、って! それって束縛じゃない。あいつはあたしを決めつけで縛ったの! そんなの、絶対にゴメンよ」
自由主義。
――ノエミの人間性を語るには、その一言があまりに十分すぎる。
自由を愛し、自由と共に生きる。
――束縛を受ける位なら、死んででもその束縛を壊そうとする、それがノエミという女であった。
「だからあたしはあいつにケンカをふっかけた。それが一番、あいつの意識が向いてないことだったから! あたしは自由なの、自由でないといけないの。それを邪魔する? だったらそいつを張っ倒すしかないじゃない」
――彼女の声は、あまりにそれを平然としていた。
誰かが、彼女にこう言うだろう。
“それは自由に縛られているのだ”、と。
否、違う。
断じて違う。
(――そんなこと、こいつはとっくの昔に自覚してるだろうさ。そもそも、人間は完全に自由になんざなれない。こうして空を飛んでいる時も、何かの柵に縛られる)
ノエミもまた、自由以外の何かに縛られている。
それは倫理であったり、常識であったりする。
(そもそも、こいつは、アサシンのマスターが宣戦布告に乗ってくるかどうかは、自由だと言った。あのマスターには、勝負を受けないという選択肢もあったんだ)
――乗ったのは向こうだ。
自由というのは、そういうものだ。
人の数ほど存在し、そして自由というそれ自体、一つの意味では語れない。
例えば目をそらす自由。
例えば責任ある自由。
例えば選択する自由。
自由にして、自由の女神。
リバティーにして、フリーダム。
「あぁ本当に――“肩がこった”わ。シャワーでも浴びて、今日はもう寝ましょ!」
(……ま、羨ましい限りだよ、自由であることの自由を邁進する、こいつの人生ってのはよ)
――一歩間違えれば、彼女は倫理観の壊れたバケモノに変貌する。
気に入らないから殺す――目障りだからすりつぶす。
そんなモノに、成り果てるのが、彼女の信念であり、主義である。
「……どうしたのよ、黙っちゃって」
「――いいや、その貧相スタイルで、一体どうやって肩がこるのか、って考えててな」
「……ぶっ殺すわよ!」
――だが、殺さない。
ライダーとノエミの愉快な歓談と罵り合いは、零戦が拠点に辿り着くまで、続いた。
♪
――辰向は墜落していた。
文字通り、どこともしれない山中に、クレーターを作り、その中心にいた。
無言で、口を真一文字に結び、空を睨みつけている。
それは感情の表現としてはあまりに雄弁で、あまりに苛烈であった。
アサシンが、ようやくその場に駆けつける。
戦闘が終了し、すでに三十分が経過していた。
「大丈夫ですか、マスター」
気遣うように問いかける。
辰向は答えない。
――アサシン自身、別に答えを希望していたわけではない。
反応はあった、チラリとアサシンに瞳が向いた。
それで十分であったのだ。
やがて、返答の代わりにポツリと、ライダーの事を語りだす。
「――零戦を使う飛行士。その時点で、かなり絞り込みが可能だ」
まず、帝国陸軍ではない。
そして、そもそも中世や古代の英霊ではない。
現代の――某大戦を闘った日本人エースパイロット、そう考えるのが無難だ。
「名前が残ってない、ってことはないだろう。左捻り込みなんて曲芸ができるエース、必ず名前は知られてる」
相手はかなりの熟練だ。
アサシンが放った対空ミサイルを、直感と操縦技術で回避している。
そうでなくとも、此度の戦闘を終始自分の有利でこなすだけの実力がある。
「そして極めつけは、あの爆弾。確か“三号特爆”だったか。――そんな兵器、使うエースは一人しかいない」
――帝国海軍最強の零戦パイロット。
撃墜数は200を越えるとすら言われ、彼を始めとする“ラバウル航空隊”が守護するラバウル航空基地は、“
「――零戦虎徹、“岩本徹三”。次は必ず――――俺が、勝つ」
ライダーの真名を口にして、
辰向は、雪辱戦の勝利を誓う。
なんと、ライダーはあの最強の零戦パイロット、岩本徹三だったのだ(棒)
撃墜機数202という数字は、帝国海軍随一です。(信ぴょう性は薄いですが)
その最後は少しモノ悲しく、また彼の聖杯にかける願いは、とても解りやすいかと思います。
因みにランサーは後々わかりますが、かなりの高台から、飛び上がって槍を投げてます。