信濃のある一都市。
特になんでもない場所が、日本有数の霊地とされる理由がひとつある。
街の中央に位置する神社、その神樹を務める、樹齢数千年の大木があるのだ。
多いにマナを取り込んだこの神樹から、この地一体に、霊脈が出来上がるのは、さほどおかしなことではないだろう。
平時であれば観光客で賑わう、街の主戦力である神社だが、現在人の数はさほどない。
本殿の改装中で、人が来るには魅力が薄くなってしまっているのだ。
加えて、“魔術的”な人払いにより、人足はほぼゼロと言って良い。
二重の人払いの結界により、現在ここは、ある勢力の拠点となっている。
聖杯戦争の構図を大まかに説明しよう。
まず、今回の聖杯戦争は、主催者が三騎サーヴァントを保有している。
しかも、下馬評において三優とされた、ランサー、アーチャー、セイバーの三騎士を、だ。
前提として、そもそも聖杯戦争は主催者が極秘裏に行うはずの戦争であった。
けれどもそれが幾つもの要因を経て世界中に広がり、結果として、参加者を請わねばならない状況に至った。
間口が開かれているだけマシ、という程度の、参加者にとってかなりアンフェアなルールであることは間違いない。
とはいえ、残るサーヴァント四騎による共同戦線や、戦略如何によっては、十分にそれを打倒することが可能だ。
この戦争は、つまり。
――絶対的な優勝候補である主催者陣営と、それを取り巻く参加者陣営の、策謀に焦点があると言える。
そんな中で、軍師のサーヴァントを引き当てた雪白辰向のアサシン陣営は、戦略を先行的に引っ張ることが可能だと言えた。
♪
「まず確認したいのは、参加者達の居場所だ。俺たちは単独では弱く、そもそもアサシンである以上、策謀してなんぼ。そのためには、まず同盟者がいる」
雪白辰向の言葉。
――場所は彼が拠点とする工房だ。
とはいえ、彼は魔術師の中ではかなり異端な部類、工房といっても、用意するべきものはさほどない。
なお、拠点とする小霊地であるが、そこは宝石店になっている。
――宝石店、といえばピンと来るかもしれないが、そこは“魔術師”に関わる者の商店だ。
店主は魔術の魔の字も知らないが、店主の親類に、辰向が懇意にしている魔術師がいる。
辰向はその魔術師の紹介で、この宝石店に世話になることになっているのだ。
「最有力は、ライダーですか? ……とはいえ、それは少し厳しいでしょうね。そもそも君の願いは膨大だ。まず、同盟者とかち合ってしまうでしょうね」
部屋の隅、テレビを見るための一人がけと二人がけのソファー。
ガラステーブルを囲んで、そこには紅茶がいれられたポットとカップがある。
辰向が一人がけのソファーに、アサシンが二人がけのソファーに腰掛けていた。
アサシンは言う。
誰かを救いたい――それも奇跡が必要な誰か。
死者蘇生クラスは考えなくてはならないだろう。
詳しい話をまだアサシンは聞いていないが、大きな願いは、同盟を難しくすることなど想像に難くない。
そもそもこれは聖杯戦争。
――願いを叶える聖杯を巡る戦いだ。
それに参加する上で、願いが無いなどありえない。
アサシンの用に、請われたから応じた、という例は本当に希少な例なのだ。
「――だが、居ないわけではない。例えば願いが、“聖杯戦争に参加することで達成されるもの”なら」
「それはその通りです。ですが、確証は? 現状の少ない情報で、それがわかる陣営がありますか?」
アサシンの言葉を辰向は否定した。
けれども、それ自体はアサシンが考えていないことはありえない。
ただ、情報が少なすぎるために、あえてアサシンが除外した方法なのだ。
「そう、普通なら分からない。――少なくとも、今回の参加者陣営の事を、俺はほとんど知らない。名前すら」
「――知らなくとも、解る。そういうわけですか」
察しよく、アサシンが言葉を継いだ。
チラリと辰向はアサシンを見る。
――アサシンは先程からずっと、辰向の観察を続けている。
視線は向けていなくとも、その意識は辰向に向いていた。
決して、悪い感覚ではないと辰向は思う。
気にかけてくれているのだ。
「まず前提、主催者陣営は三騎のサーヴァントを有している。それ以外に参加者として四騎――その内、一騎は俺たちだ。そして、もう一騎――この街由来の“参加者”がいる」
主催者とは別に――参加者の側として、この街から参加する、マスター。
「……情報は確かなのですか?」
問いかけるアサシンに、辰向は
「もちろんだ。……まぁ種はそのうち知ることもあるだろうから、概略だけ言おうか。この街由来の参加者――」
主催者、とはすなわち、ある魔術師の一門だ。
それを、辰向は“在る単語”を使って表現して来なかった。
――つまり、その“肩書”を持つ一門は別にいる。
そう――――
「――そのマスター、“瀬場”の当主は、この街のセカンドオーナーだ」
――“セカンドオーナー”の肩書を持つものは、別にいる。
♪
瀬場と呼ばれる魔術師一族の歴史は古く、そして街のシンボルである“神樹”とともにある。
その一族は、大きな魔力を有するその神樹を要いて、根源に到達しようという一門だ。
主に、神樹を祀る神社の神主と巫女を代々務め、街一体の祭祀を一手に担ってきた一族でもある。
大きな勢力では決して無いが、日本の中では最古級の一門であるため、それなりに知名度を有していた。
そう、かつて瀬場家は、この辺り一体に影響力のある名門で
――およそ二十年前、この地において戦争があった。
それは現在の聖杯戦争に直接関わる戦争であり、言ってしまえば前哨戦のようなものであった。
――聖杯を巡る、という意味ではそれもまた聖杯戦争であった。
とはいえ現在のように、サーヴァントを連れたマスターは存在しないではあるが。
その中で、勝者は現在この辺り一体を支配する、今回の戦争の主催者――“赤紫羅”である。それとは別に、この街にはセカンドオーナーがいる。
家名は瀬場――現在の当主は、瀬場朝海、未だ十五半ばの少女である
彼女の立場はかなり特殊だ。朝海の親は二十年前の戦争に参加し、そこでの傷が元で、朝海が生まれてすぐに亡くなった。
その後彼女は、両親が死亡前に託したある聖職者によって育てられ、魔術を学び、当主となるに至る――が、先述の戦争において、“敗北”した瀬場一門は、朝海の代では没落と言うしかない状態にあった。
現在、瀬場朝海は二十年前の戦争時において“赤紫羅”が使用していた屋敷に身を置いている。
朝海の育ての親とも言える男がそうしたのであり、朝海はこの屋敷で育ったのである。
屋敷は広大な武家屋敷、人が数十人住むことを想定している。
無論、一人で使うにはあまりに広大。
現在そこはマスターである朝海と、サーヴァントである“キャスター”の二人が暮らしているが、それでも手広がすぎるのは当然だ。
であれば、その手入れには相当な労力が必要であろうが――
その担い手であろうはずの瀬場朝海は、現在縁側に布団を敷いて寝ていた。
布団を干していて、ふと眠くなったのではない。
布団を持ち込んで、日差しの下で眠っているのだ。
長野の気候は温暖ではあるが、それでも“日が指すような暑さ”が夏の頃には常にある。
これが中々厄介で、長野はイメージに反して、“そこまで涼しい場所ではない”。
――が、朝海は非常に快適そうにまどろんでいた。
それもそのはず、朝海の周囲は太陽のもとであるというのに異様に涼しい。
一度布団を敷いて横になってしまえば、もはや抗うことは不可能な空間であった。
とはいえ、その涼しさはどこかおぞましい
「――マスター? あら、あら…………」
そこに、洗濯物を抱えたキャスターが通りかかった。
楚々とした、地味な色合いの一斤染と呼ばれる色と黒に近い色合いの和装。
今はそれをたすき掛けし、普段はそのままの長髪も、一本に結ってポニーテールにしていた。
二十そこらに見える、若い女性だ。
柔らかな笑みには母性があり、人の良さを感じさせる。
通りがかりに、マスターである朝海に声をかけようとして、眠っているのを見やり、楽しげに笑む姿が印象的だ。
だがすぐに、キャスターは周囲に
「もう、マスターったら」
辺りの気配。
明らかにそれはおどろおどろしさを持つ、“この世のものとも思えない”ものである。
なんということはない昼下がりの、しかも手入れの行き届いた屋敷において、そこだけが、まるで世界に取り残された廃墟の如き感触を覚えるのだ。
多少そういった気配に敏いものなら、魔術師でなくとも気がつくだろう。
――そこは、人の世とは隔絶された、霊界と化していた。
「こんなお墓の前で寝てるみたいな……お化けに怒られちゃいますよ」
小声で、起こさないように、それでもしっかりと咎めるような声でキャスターは言う。
ぐっすりと幸せそうに寝るマスターは、起こすにはあまりに忍びない。
――初めてこの光景を見た時は、マスターが呪い殺されてしまうと大いに慌てたものだけれども。
毎日毎日こんな風では、もう見慣れてしまったというのがキャスターの本音だ。
だが、さすがにこうもこういった事が続くと、他の相手に言いたいことが出てきてしまう。
「それに、
――皆さん。
今、朝海の周囲に漂っているのは、数多もの霊的存在である。
それは例えば死霊であったり、この地に古くから在る人々の信仰によって成り立つ霊であったりと様々だ。
それらは全て、“瀬場の娘”であり、“神樹の守護者”である朝海を、この地を守護する者として崇め、力を化している。
言うなれば、朝海は信仰を集める教主であり、霊達がその信仰者であった。
これは、古来より瀬場一門が行使する鬼道の魔術の基礎でもある。
周囲の霊的存在に“依頼”することによりいくつかの奇跡を行使する。
そしてキャスターもまた、こういった霊的存在に対する対応を得意とするサーヴァントだ。
「……んぅ」
――そこで、ふと朝海がうめいた。
起こしてしまったかとキャスターは考えたが、違う。
なんとはなしに寝返りを打っただけである。
キャスターから見て朝海は背を向けているが、それがちょうど振り返る形になった。
(……やっぱり、いい素材をしていますよね、マスター)
ふと、“観察眼”を働かせて、やめる。
仕事が人生のようなキャスター故か、すぐにそう考えてしまうのは悪い癖だ。
朝海の身長は、百五十かそこら、現代的には平均より少ししたと言ったくらい。
ただ、発育はかなり良く、キャスターの眼からみても、かなりの物を、おもちである。
あまり手入れはなされていない癖毛であるが、ダメージ一つなく、きれいなウェーブがかった髪である。
あどけない顔立ちの幼さが、子どものようで、その容姿の艶やかさが、良い意味でのアンバランスさにつながっている。
かなり理想的な美少女であると思う。
「いつか、この時代の服でおしゃれをしてみて欲しいですね」
――初めてキャスターを召喚した時、朝海は高校の制服姿であった。
普段着は大抵、和装か男性の前にはとても出せない軽装か、どちらかだ。
キャスターからしてみれば、それはあまりにもったいないように思える。
「ん――――」
元より、覚醒しかけであっただろう。
寝返りを打ったことにより、本格的に朝海は目を開け始めていた。
その一因であるかもしれない以上、申し訳ないことをしたかな、と少しキャスターは思う。
「ふわ……キャス、ター?」
朝海の眠りは浅かったようだ。
すぐに、寝ぼけ眼でキャスターの存在を認識する。
「……こんばんわ」
「――マスター?」
看過できない言葉をキャスターは聞いた。
「マスターは、一体いつからここで?」
「……うん? アレ? まだお昼前なの? ……やだようキャスター、あと八時間眠ってるつもりだったのに」
答えは返ってくることはない。
けれども、朝海の言葉があればそれで十分だった。
「マスター、一日中寝て過ごしているつもりでしたね? この大事な時に」
「……おやすみ」
「だめですよ、マスター。寝ていてばかりでは身体が鈍ってしまいます。ただでさえ日常生活のほとんどをお化けの皆さんに任せっぱなしなのに!」
――瀬場朝海という少女。
とにかく物草であった。
特に、楽ができる部分に関しては、とことん性根がねじ曲がったレベルの面倒くさがりであり、冬になれば、筋金入りのこたつむりでもある。
服を着るも、髪を梳かすも霊任せ。
身体補助に強化の魔術は当たり前、睡眠導入も魔術であった。
奇っ怪キテレツを地で行く物草魔法使い系不思議少女。
――それがまた、周囲の信仰染みた神秘を呼ぶのだから、たちが悪い。
「キャスターは口うるさいよう。私達が動くのは夜からじゃない。……だったら今は英気を養わないと」
「英気を養うというのは、意味在る時間を過ごすことを指すんです。それは、惰眠をむさぼるというのですよ?」
「じゃあそれでいいよ。……おやすみ」
本当に、厄介極まりないタイプの少女だと思う。
ただ面倒くさがりならば、やる気を起こす方法を考える。
だが、彼女の場合、その本質は優秀な才女であるのだ。
その場合、やる気を起こす“何か”も、かるがるとこなしてしまうことは想像に難くない。
だが、そんな“厄介”な少女だからこそ。
キャスターからしてみれば、愛おしい。
この少女には、一体どんなことが向いているだろう。
そんなことを考えながら、少女の行く末を見守る。
――楽しいことだと、真に思う。
そして、
朝海という少女は、だからこそ。
――優秀であるからこそ、
「――キャスター」
その声は、驚くほど透き通るガラスのようであった。
聞いてて心地よいそよ風のような普段の声音が、刃を抜き放ったように、鋭くなる。
「……はい」
そしてキャスターもまた、気丈であった。
ムクリと、面倒そうに少女は立ち上がる。
表情は先ほどのものとは似ても似つかない真面目そのもの。
――仮面が如き二面性。
それが朝海の特性と言えた。
「お客様、だね」
――言葉と同時に細めた瞳は、剣呑に満ち、どこか戦意を混じらせていた。
一日一回更新ですが、一話じゃワケワカメなのでもう一話です。
次回、序章山場。