Fate/R avenge Knight   作:暁刀魚

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第四章 2

 少女はあまりに孤独であった。

 人との間に壁を作り、親しいと呼べる間の人間もいない。

 題目おべっかのごとく、友情を語り合うような人間もいない。

 

 ――本来であれば、友情とは表面的なもので十分なのだ。

 人付き合いの、ほんの延長。

 その役目さえ適えば、それで十分だったのだ。

 

 けれども少女にはそれがなかった。

 近しい親類は皆、彼女が幼いころに亡くなってしまった。

 母は彼女が生まれるのと引き換えに。

 父は、それから数年後、病に倒れた。

 

 それからもう、少女は一人でいるのが普通になった。

 孤独であることは普通である。

 普通であるから人は孤独を寂しがる。

 そんな当たり前が、人の孤独を慰める。

 

 誰もがそうだと知っていれば、人は孤独を悩まなく成る。

 寂しいと思っても、生きていくことができるのだ。

 

 だのに、少女はそれができなかった。

 少女の精神は強すぎたのだ。

 痛みに強く、そして堅固だ。

 

 孤独を彼女は寂しがらなかった。

 だから、慰める必要もない、少女は特別だったのだ。

 

 たった一人の特別、それは孤高にほかならない。

 寂しさなぞ、孤独なぞ、少女は知る由もなかったのだ。

 

 知る必要もないままに彼女は成長を続け、やがて一人で立っていられるようになった。

 一人前になったのだ。

 孤独なまま、その意味をしらないで、ただただ成長を続けた。

 もう彼女は自分一人で寂しさを自覚することなど、できなくなっていたのだ。

 

 今も、そしてこれからも。

 彼女は一人で歩き続ける。

 それに何の疑問も持たず。

 

 それは強靭であった。

 端から見れる彼女の姿を、だれもが褒め称えることだろう。

 そして、それゆえに一定の距離を取るのだ。

 彼女の周りには、彼女を慕うものはいても、彼女を妬むものがいても、

 彼女を親しむものがいなかった。

 

 ――それは、狂人であった。

 狂ってしまったまま、ボタンを掛け違えたまま進む少女は、端から見れば異様であろう。

 誰も彼女に触れることは叶わず。

 その強靭さが、彼女に手を伸ばすことを躊躇わせるから。

 誰も彼女を救うことは叶わず。

 その狂人さが、彼女の救いようの無さをまざまざと見せつけるから。

 

 そうして彼女は独りになった。

 少女はあまりに孤独であった――

 

 

 ――自分よりも、孤高で強く、“狂気”すらも当然とする、誰かに出会うその時までは。

 

 

 ♪

 

 

『せっかくだから昼食を一緒に、どうかな?』

 

 そんな誘いは、せっかくだからという、辰向のさらなる提案の元、了承された。

 さらなる提案、――辰向には、一度は寄っておきたい場所があった。

 

「……どこへ向かう、のかな」

 

「あんたもよく知ってる場所だよ。俺はそこに用事があってね。まぁ、少し遠巻きに見ていくだけだけれどもさ」

 

 車中。

 辰向が借り受けた宝石店店主の車だ。

 基本的に、聖杯戦争中、宝石店を守護することを条件に、彼の家の物は自由にしてもよい、という契約になっている。

 恐るべくは紹介者。

 ――たった一通の手紙で、そこまでの提供を引き出すのだ。

 まぁ、さもありなん。

 

「私も、よく知っている……?」

 

 四人乗りのコンパクトなワゴン車。

 運転するのは辰向であり、助手席には朝海。

 キャスターとアサシンは、それぞれ後部座席にて霊体化している。

 

 ――それにしても、

 

「ずいぶんと弱気だな。何かあったのか?」

 

 瀬場朝海は、どうにも身体を縮こめているように見えた。

 ただでさえ低い身長を、更に押しこむようにして、シートベルトが、そんな彼女の身体を抑えこんでいるかのようだ。

 ――借りてきた猫、とでも言おうか。

 

 そんな様子を気遣って、辰向は問いかけたのだ。

 しかし、すぐに朝海は愛想笑いを浮かべると、両手をふって身振りを示す。

 

「いやいや、何にもないよ。車出してもらっちゃって悪いな、って」

 

「この車はあの店の店主の物だよ。それに、そういうことが言いたいわけじゃないんだろう?」

 

 何か言いたげな朝海の表情。

 取り繕う言葉も、“いつもどおりに過ぎる”のが、よりあからさまだ。

 

「えっと……」

 

「――――」

 

 辰向は、それ以上問いかけない。

 言葉を待っているのだと、すぐに知れた。

 

「……………………」

 

 朝海も、辰向も沈黙し、元よりサーヴァント達は沈黙したままだ。

 後方からの気配は、別に剣呑なものでもなく、むしろ何か微笑ましい風なのだが、とかく。

 

「…………はぁ」

 

 やがて、朝海がそれに根負けした。

 盛大に嘆息を吐き出すと、ちらりと、運転に集中する辰向を見た。

 

「――その、昨夜の件は、申し訳なかったな、と」

 

「昨夜……ライダー達のことか」

 

 ぽつりと、零すように朝海は続けた。

 

「正直なところ、勝手に誤解していたんじゃないかな、と。君なら、そうそうまずいことにはならないだろう、って」

 

「実際ならなかったじゃないか。それに、決して意味のない物じゃなかったぞ? 少なくとも、収穫は大きかったと思うけどな」

 

 それを、朝海は自嘲するように、そうではないと否定する。

 どこかため息と、笑みに近い吐息が漏れた。

 

「それは結果論じゃない? もしかしたら、一歩間違えれば、取り返しの付かないことになっていた。……理解しているつもりなんだけどね、ここが戦場なんだって」

 

 ――少なくとも、自分のことに関してはそうなのだ。

 自分が死ぬことも、自分が負けることも、朝海にはその意味が十分解る。

 責任とは、失敗に伴って降り注ぐ。

 その自覚は、朝海にはあった。

 

 だが、それは自分自身に対してだけだ。

 他人に対しては、そうではない。

 少なくとも、朝海は自分に対するものと同じようには振る舞えない。

 

「そんなもんかね、……そういえば、考えたこともなかったな。自分のせいで誰かが死ぬなんてこと」

 

 言って、辰向は納得したように続ける。

 

「――そういえばそうだ。そもそも、誰かの死に自分の責任が介在するなんて、考えても見なかったな。いや、一般論でなく“魔術の世界”での話だが」

 

 ――もしくは戦場か。

 日常の中において、誰かの死というものは偶発性の高い事故として己に振りかかる。

 交通事故などその筆頭だ。

 因果的な要因は幾らでもアレ、それがその時、現実に起きうる理由は、偶然以外の何ものもない。

 

 ただそうなってしまったから、誰かが死ぬ。

 けれどもそれは、魔術の世界では勝手が違ってくるのだ。

 何せ、その世界は死が近い。

 特に辰向や朝海は、魔術戦――死線をくぐる機会も多い。

 

 その際に、起こりうる死の大半は、偶然よりも必然による死だ。

 そしてそれらに触れすぎると、死という感覚に麻痺が起こる。

 偶発的な死というものを、他人ごとに考えすぎてしまうのだ。

 

 必然的な死は、他人ごとにしなければ、関わったものが押しつぶされてしまう。

 けれども、その程度は、偶然的なモノとさほど変わらない。

 決定的に“起因”が何もかも違うのに、何も違わず、同一視される。

 

「そうやって考えちゃうと、……他人ってなんだろうな、って考えちゃうんだよね。責任とか、義務とか、そういう言葉と一緒にさ」

 

 朝海は続ける。

 

「私はさ、小さいころから――九歳くらいかな、その頃から、魔術の世界に関わってきた。そうしないと、この街を守れそうになかったから。幸い、それなりに協力者はいたし、私にも、才能があった」

 

 朝海は、すでに父と母を亡くしている。

 それは辰向もおおよそ理解していた。

 でなければ、齢十五の少女が、セカンドオーナーなどという役職に付くはずもない。

 

 恐らくは、“あの”戦争において、寿命を大きく減らしたのだろう。

 二十年前の戦争、始まりの――聖杯戦争。

 

「周りには、誰も異常を教えてくれる人間なんていなかったし、別にそれでも問題なかったしねぇ」

 

 ふと、視線を朝海は窓の向こう側へと向けた。

 人が多く住むわけでもない、閑静な住宅街。

 人通りはそれなりにあって、それ以上はない。

 

 ――当たり前のこと。

 当たり前の世界だ。

 

 窓には、薄く自分の顔が写った。

 ――あって当然の世界は、その窓の向こう側にある。

 

 辛気くさい顔をしていた。

 なんとも言えない、微妙な顔だ。

 

「……ところで、結局目的地って――」

 

 ふと、ある“樹”が見えてきた。

 それを見て、悟ったように、朝海は問いかける。

 

「――やっぱり、あそこなの?」

 

 “神樹”。

 多くの場合、頭に冠することのない、無骨な単語でそれは呼ばれる。

 樹齢にして千年以上、この街が――その元となる集落が、誕生する以前からその樹は街の中心にあった。

 

「あぁ、そうだ。元はあんたら瀬場が管理する霊木有する神社であり――今は、赤紫羅が根城にしているこの地の霊脈の要」

 

 辰向は肯定した。

 おおよそ朝海の想像通り。

 そして、辰向は言葉をつなげた。

 まったく朝海の、予想もしていなかった言葉を。

 

 

「――俺が、生まれ育った場所でも在る」

 

 

 ♪

 

 

「あの戦争の時、当時の雪白を取り仕切っていた、雪白達基と雪白姫香は死亡している。俺が生まれてすぐに戦争が起こり、そこで戦死した。そうするとどうなる? 俺は一体誰に育てられたんだ?」

 

「――“あの人”に育てられたんじゃないの?」

 

 “あの人”、それは朝海の後見人であり、また赤紫羅とも繋がりがある特異な人物だ。

 古くからの赤紫羅仁の知己であり、また雪白とも懇意であった。

 現在は、この聖杯戦争の名目上の監督者となっている。

 

「違うよ。“あの人”は不干渉だからな、魔術はあの人に教えられたし、いろいろ便宜を図ってもらえたけれど、それ以上は無かった。アンタもそうだろ?」

 

「まぁそうだけど。でもそっか、赤紫羅にいたんだ」

 

 朝海と辰向。

 両名は適当なコンビニの駐車場に車を止めて、神樹を遠巻きに眺める。

 距離にして一キロ程度。

 しかし、景観整備などにより、この位置からでも神樹の威容は伝わるのである。

 

 ――キャスターは、近くに霊体化したまま控えている。

 アサシンの気配はない、元より気配遮断が彼にはあるのだ。

 

 わざわざ敵陣地のど真ん中に入り込むつもりはない。

 遠くから、あの樹とその周辺を眺めるために、辰向はこの場を訪れたのだ。

 

「あぁ、近くに裏山が見えるだろ? あそこを暢気に遊びまわったりもした。自分の因果を知らずにな」

 

 街の中心に、丘とも、山とも言える場所。

 そこは朝海が誰かに聞いた話では、人の行き交う都市部とは隔絶された、神聖さを保つ森が存在するという。

 神秘がそこには存在し、また秘匿されることで、人々はその神秘へ思いを募らせる。

 魔術師にとっては居心地がよく、そして何よりそれなりの広さが在る。

 ――かつてはあそこが、魔術を学ぶ修練の場所であったらしい。

 

 正確には、それは魔術というより、儀式の作法であったのだが――とかく。

 

「……妹さんと?」

 

「妹と――あいつと、三人で」

 

 ――あいつ。

 ぽつりと漏らした存在を、朝海は知っていた。

 知っていたから、その続きに踏み込むことはしなかった。

 

「最初は二人だけだった。物心がついて少しして、妹が“増えた”。五歳のころだったかな、どこからか、突然な」

 

「それは――誰の?」

 

「“俺の”だ。でなけりゃあいつは雪白の苗字を冠することはない。――不思議に思うだろ? 俺の両親は、もう亡くなっているのに」

 

 昨日、朝海は辰向と一対一で会話をした時の事を思い出す。

 辰向の願いは、家族を救うことだと言った。

 その時の“違和感”。

 朝海の知る、雪白はすでに途絶えているという事実に、そぐわない存在。

 

 辰向は二十歳らしい。

 なので、ぎりぎり戦争前に生まれたとすれば合算は合う。

 しかし――二十年前に亡くなったはずの両親から、辰向の妹は産まれない。

 

「――――」

 

 朝海は、おおよそその種が知れていた。

 むしろ――そこまで言われれば、理解できないはずがなかった。

 彼の言葉に嘘はない、理由もないし、意味もない。

 

 だからこそ、理解せざるを得ない。

 彼の語る言葉の、残酷さに。

 

「妹ができてすぐは、そんなこと気にもしなかった。やがて俺らは成長し、あいつは八歳か、九歳くらいになった。俺たちは十四くらい――その頃に、ようやくそれがおかしいと知った」

 

 ――辰向の環境は、赤紫羅の手の中で完結していた。

 学校に行くということはなかった。

 赤紫羅以外に、関わるということもなかった。

 

 一人、例外がいたが、それは絶対に“中立”であることを良しとする人間だった。

 そも出なければ赤紫羅に関われるはずもないのだが。

 

「ふとした拍子で聞いたんだよ、赤紫羅仁の独り言を。――俺の妹は、“半分”なんだってな」

 

 ――半分。

 半分は、辰向の妹。

 

「……俺は、俺の妹を救いたい。たとえそれが、誰と誰の娘であろうとな。――朝海、あえて聞きたい。俺に協力してくれないか? もう一度、改めて聞く」

 

 神樹に背を向けるように、辰向は朝海へ向き直る。

 あの時。

 初めて出会った時に、保留とされた答えだ。

 

 

「――雪白辰向は、瀬場朝海に、対赤紫羅陣営への同盟を申し込む、受けて貰えるか?」

 

 

 朝海は、辰向をその日始めて、真正面から眺めた。

 数日前とさほど変わらない、けれども、数日前よりもよく“視える”その顔が。

 自分に――朝海に答えを求めていた。

 

「……愚問、だよ。私は、私の目的で赤紫羅を倒す。そのために、打てる手は、全部打つつもりなんだ」

 

 明確な肯定。

 ――その時、確かではなかった両者の関係が、ようやく明確な、名前を持った。

 

 “仲間”という名であった。

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