全ての発端は二十年前――否、根本という意味ではそれよりも更に前、五十年も前のことになるだろうか。
赤紫羅一門に、一人の天才が生まれた。
名を赤紫羅仁――それから数年、弱冠十にみたないながらも、彼は圧倒的な才覚を発揮した。
それまで、才能に恵まれず、魔術刻印という面からみても未熟であった赤紫羅を、彼は急激に発展させた。
その才能は、齢二十五にしてマスタークラスの門を叩くほど。
――だが、彼が生まれて五年後、それを上回る天才が生まれることとなる。
名を雪白姫香、後に魔法使い一歩手前の段階にまで、自身を進める天才魔術師。
――雪白と赤紫羅は、本来長い協定関係にあった。
協定、それはお互いの利益に反しない限り、少なくとも表面上は極めて良好な、内部においても敵対的でない程度の関係を築く、というものだ。
身も蓋もない言い方をしてしまえば、先祖代々のご近所付き合い、魔術師の世界からみても、それは一種異様なほど、両者の関係は友好的であった。
表面上、というだけではない、時には相手の利益を、自身以上に優先するほどの、魔術の世界からすれば異様な関係。
その由来はともかくとして、赤紫羅仁と雪白姫香は、言ってしまえば幼なじみの関係に近い。
これに、赤紫羅仁と同じ年に生まれた分家の雪白達基を合わせて、彼らの青春は、彼らの中で完結していた。
雪白姫香は非常に自由奔放な性格で、周囲からの好悪がはっきりする人間だった。
彼女の周りには、彼女を慕う多くの人間が存在し、彼女が魔術を学ぶこととなる時計塔においても、それは同様であった。
雪白姫香、雪白達基、そして赤紫羅仁、三者を中心として、大きな派閥のようなものが出来上がるのは、至極当然のことだったであろう。
そうしてそんな彼女たちが、一つの目標を得ることは、さして不思議ではないはずだ。
それが今から三十年前のこと。
赤紫羅仁がマスタークラスに至るのは、それから更に五年後で、そもそも姫香に至っては未だ齢十五の頃であった。
そして姫香もまた、赤紫羅仁と同じ頃――二十で魔術の根源に極端までに近づく事となる。
姫香はまさしく天才であった。
稀代と言われてなお余りあるほどの、赤紫羅仁を更に越える才。
二十の頃にマスタークラスに至るほどの天才といえば、他には封印指定されたある人形師程度。
かくして、そんな彼女らが目指した目標は、当然といえば当然か、根源であった。
ただし、それはあくまで彼女たちなりの目指し方であり、その方法が聖杯戦争であった。
正確には、その雛形とも呼べる方法を、姫香は独自に考えだした。
しかし多くの欠点があり、それをある人物に指摘されたのだ。
――その人物の名は、今は語るまい。
無論、あらゆる次元を股にかける魔法使い、といえば語るまでもないのだが。
結果出来上がったのが今の形だ。
別世界の、第五次まで行われた聖杯戦争を模した戦争。
七騎のサーヴァントと三画の令呪。
それはこの時、完成した。
そして、大聖杯として選ばれたのが、瀬場一族が守護する神木である。
瀬場一族と赤紫羅、雪白の繋がりは単純で、瀬場がセカンドオーナーを務める土地に、後から根付いたのが赤紫羅と雪白である。
両一族は大陸からの来訪者で、特殊な礼装を扱うことが共通している。
この三家を総称し、ある魔法使いは『始まりの御三家』と呼んだ。
とまれ、閑話休題。
――聖杯戦争の建造には十年の歳月を要した。
その間、赤紫羅仁と雪白姫香がマスタークラスにいたり、才人の称号をほしいままにするなど、多くの変化が訪れた。
とりわけその最もたるものが、雪白姫香と雪白達基の婚姻であろう。
元より、雪白達基は雪白姫香の婚約者として、彼女の隣にあったのだ。
それがやがて時期を迎え、予定調和のように成就した。
とはいえ、二十年にも及ぶ両者の絆は、まさしく愛と呼ぶにふさわしいものであったことは、確かである。
それとは別に、赤紫羅仁も元より定められていた分家の娘と結婚した。
しかし、こちらは雪白夫妻とは異なり、決して愛情伴うものではなかったらしく、跡継ぎを残すという役目以外に、両者をつなぐ縁は無かったようである。
――多くの変化はあった。
しかし、結局のところそれは、歳月による当然の変化が、結果としてさらなる変化を呼んだだけのこと。
予定調和にして、されども――それは大いなる変革であった。
変革。
――否、もっと正しい言葉がある。
“何かがずれた”。
それが、きっとその頃のことだった。
かくして聖杯は完成へと向かう。
それと同時に、雪白姫香と赤紫羅仁の名声も、世界に知れ渡ることとなる。
元より封印指定一歩手前であったのだ――そんな彼女たち一派が周囲から、向けられる感情は、想像するべくもないだろう。
――“それ”は起こるべくして起こった。
今から二十年まえの事になる。
ちょうど、雪白夫妻から、長男である雪白辰向が、そして赤紫羅仁の息子である赤紫羅弓弦が誕生して、その直後。
戦争が、起こった。
聖杯をめぐる、という意味では、それは聖杯戦争に属するのだろう。
しかし、その結果として、“中身を伴う”聖杯が賞品となることはなかった。
あくまで聖杯という存在の“技術”をめぐる戦争であった。
言うなれば、何ものにも満たされていない、空の――しかし大いに意味のある器を争う戦争というべきか。
それは、『始まりの聖杯戦争』、もしくは『聖杯戦争戦争』と呼ばれた。
後に行われることとなる本当の聖杯戦争の、前哨戦にあたるものだった。
戦争の流れは実に単純だ。
聖杯を狙うあらゆる陣営、派閥を、雪白姫香を中心とした、聖杯に携わった者達が守護する。
すでに魔術が裏に秘されて久しい現代において、非常に珍しい大戦争であったと言える。
表の世界にも、それは災害として被害をもたらし、いくつかの爪痕を作ることとなる。
戦争の結果は、終始雪白陣営の優位で進んでいた。
無理もない、そもそも魔術戦争を起こすには、まず時代に無理があったし、戦争も散発的にならざるを得ない。
そうなれば守勢に回るのが圧倒的に有利だ。
事実、雪白陣営は一度も敗走することはなかった。
無論、敗走イコール一環の終わりという、かなりのハンデはあったとはいえ。
だが――それでも聖杯に惹き寄せられる者達の数は膨大であった。
如何に優位とはいえ、戦争が長引けば長引くほど、疲弊していくのは守る側であるわけで。
少しずつ、雪白姫香達は追い詰められていくこととなる。
とはいえすでに攻め手側も疲弊し、戦争への意欲を失いつつあった。
最終的に聖杯が守られるのは明白であった。
問題は、守るために必要な犠牲――結果とすれば、攻める側も守る側も全滅し、守らなければならなかったはずの聖杯だけが、戦争の跡に残る。
そんな無意味な結末もありえたほどに、戦争は泥沼だった。
最終的な行く末は、当初の予定通り雪白姫香達の勝利。
だが、被害は実に甚大であった。
赤紫羅、雪白、瀬場、主戦力であった三家は、ほぼ全滅と言ってよかった。
雪白に至っては、後継である当時まだ乳離すらしていない雪白辰向を残し全滅。
瀬場も赤紫羅も、それとほぼ同様であった。
直接戦争へ参加し、唯一無事に生き残ったのが、赤紫羅仁ただ一人であったのだから、それはあまりに惨い状況であった。
かくしてそれは悲劇とも言われ、聖杯という存在は、周囲から遠ざけられる物となった。
魔術師であれば、その存在には誰もが興味を有する。
しかし、その聖杯を賞品とし、戦争を起こすことができる唯一の存在が、失われることだけは避けなくてはならなかった。
それから二十年。
幾重もの思想と理念が、聖杯戦争へとぶつけられた。
たどり着いたのが、今、行われている戦争である。
参加者たちはそれぞれの思いと願いを胸に秘め――かくして戦争の火蓋は切られることとなる。
♪
これが、この世界において、聖杯戦争が引き起こされる際にあったおおよその事情のあらましだ。
二十年前の戦争、その結果赤紫羅のみが主力――当主、赤紫羅仁を生還させた。
結果としてそれまで土地を管理していた瀬場は没落、赤紫羅が実質的にその地を掌握した。
本来であればそれは当然の結果であった。
無論、瀬場の次代が生まれれば、それは返却されてしかるべきであり、事実セカンドオーナー――管理者の座は譲られていない。
ただ、そこに大きな間違いが会ったとすれば、そもそも戦争の真実そのものであろう。
戦争は起こるべくして起こった?
否、断じて否。
戦争は“起こされるべく”して起こったのだ。
そこには人の余地があり、人が介した結果が会った。
誰か、語るまでもない。
――全ての黒幕は、赤紫羅仁その人である。
赤紫羅仁が戦争のため、世界に情報をばらまいたのだ。
赤紫羅仁が苦戦のため、敵の増兵を煽り続けたのだ。
赤紫羅仁が“全て”のため、雪白達基を、雪白姫香を、雪白を、瀬場を、そして自身と自身の倅である赤紫羅弓弦以外の“赤紫羅”さえも、葬った。
それを知るものは極小であり、またたとえそれが漏れたところで、赤紫羅仁は糾弾されない。
裏切りも、陰謀も、策略も、魔術の世界には会ってしかるべき付随物。
ついてまわるしか無いのだから、仕方がない。
瀬場にとって、赤紫羅は復讐の対象であった。
しかし、瀬場には復讐の力がなかった。
赤紫羅は瀬場を“見逃していた”。
――瀬場の本拠地を奪取し、その地の盟主の座すら奪い取り、それでもなお、瀬場を残す理由は単純、露払いである。
名目上、セカンドオーナーは瀬場である。
そして管理者としての責務は、未だ瀬場に課せられていた。
体の良い奴隷だ。
そしてその奴隷こそが、――瀬場朝海、現瀬場家当主なのである。
瀬場はそれを良しとはしなかった。
そも、瀬場朝海の両親は、戦争の後遺症により、もって十年という程度の命であった。
そして、その命を削り、瀬場朝海は生を受けた。
母は朝海を産むと同時に他界、父も、朝海が物心ついてすぐ、亡くなった。
朝海は復讐を選んだ。
それが聖杯戦争の中において、最も合理的な戦闘の理由だったからだ。
その真意は、その心の奥底は、まだ誰も知ることはできない。
深く、どこまでも深くにある。
――そして、そんな彼女と手を組んだ雪白辰向もまた、その目的は復讐という意味もあった。
本質は、あくまで妹を救うこと。
だがそれをすることで、赤紫羅を屠ることに繋がる。
両者は、その意思はどうあれ、行き着くところを同じにしていた。
全ては二十年前から続く因縁。
赤紫羅仁と、それを取り巻く者達の、大いなる因縁の行く末なのである。
♪
――一体何を間違えてしまったのだろう。
――一体どこで間違えてしまったのだろう。
――あの時、私が裏切りに気がつけなかったこと?
――あの時、私が彼の変化に気がつけなかったこと?
――いいや、きっと“どこ”ということはないのだろう。
――きっと、何を、と問われれば、その答えは“全て”というのが正しいのだろう。
掛け違えてしまったままのボタン。
一つ、二つ、三つ、それはやがて積み重なって、それはやがて負債に変わる。
背負うには、あまりに重い何かへ変わる。
もしも、
もしもそれが、私の罪だというのなら、私はそれを死で濯ごう。
死がそれを叶えてくれないのなら、永遠の牢獄に身を委ねよう。
だから、誰かあの子を救って欲しい。
だから、誰かあの子を救って欲しい。
それは届かぬ夢と知りながら、誰かが思う、夢の中でまどろむ夢。
覚めない夜と、明けない朝は、その象徴。
間違えてしまった誰かと自分。
だから祈る、どうか間違いないで――正しくアレ、と。
雪白母と赤紫羅仁は天才だよ
→聖杯つくるよ、瀬場もそれに協力するよ。
→戦争が起きたよ、仁以外全員死んだよ。
→実は全部仁の仕業だよ。
→瀬場は見逃され、朝海を産んでから両親は死んだよ。
→そうして辰向達の過去話へ、次回の回想編に続く。
細かいもろもろの諸事情その1、大体これが半分、残り半分が辰向とこれから本格的に出てくる赤紫羅陣営のものです。