Fate/R avenge Knight   作:暁刀魚

24 / 67
―第五章―
第五章『異なる二つの風景』


 少年は悪辣であった。

 常に人を嘲笑い、罵倒する。

 

 ――それは彼の本質であった。

 

 甘く溶けるような言葉を操り、人の心を溶きほぐすことを好んだ。

 対照的に、人の神経を逆撫でし、その反応を楽しむことを好んだ。

 

 ――彼が誰もに隠した本性であった。

 

 喩え親しいものであったとしても、その心根には罵りを抱え。

 また、その笑みは醜悪に満ちたものであった。

 

 ――彼は、その笑みに清純という仮面をかぶせた。

 

 それが少年の心象の根本にあるものであったから。

 それが少年を突き動かす情念の全てであったから。

 

 ――それを、彼は全てにおいて肯定した。

 

 嫉妬。

 怠惰。

 羨望。

 憎悪。

 あらゆる感情は、少年の善意を侵し、ぐちゃぐちゃにして、放り投げる。

 

 ――彼はそれを、悪辣故に歓喜した。

 

 もはや何も残らなくなった少年に残ったただひとつのモノ。

 少年のパンドラに残されたモノ。

 希望ではない、それは、嘘。

 

 ――塗り固められた仮面は、彼に残された全てとなった。

 

 望みもせず受け取って、そして、少年は、

 

 

 ――彼は、それを自分とした。

 

 

 ♪

 

 

「さて、そろそろ出ようかねぇ、ランサー」

 

「かしこまろう、マスター」

 

 赤紫羅本拠地、神木備わる神社の本殿前。

 ――改装中のブルーシートに、本殿は覆われていた。

 ちらりと赤紫羅弓弦はそちらを見やる。

 だが、すぐに向き直ると、今度はランサーの方を見た。

 

「さて、今日はどうする? 昨日のようにサーヴァントを見つけられるかは不確定だ。俺たちにライダー陣営のような翼も、キャスター陣営のようなコネもない」

 

 ――あるのは、使い魔に寄る地道な探索だけだ。

 そう、弓弦は苦笑する。

 

「何、そのための“(オレ)”だ。乗ってくるならそれでいい、乗ってこないのなら、また別の策を打つ」

 

「まぁ……アーチャーはすでに動いているわけだし、今更言う必要もないな」

 

 ――現在、アーチャーは単独行動で外に出ている。

 雪白真華は護衛対象だ。

 故に、守りの盤石な本拠地にて保護しておく必要がある。

 その点アーチャーは個人で動いても、宝具さえ使用しなければ問題ない単独行動のスキルがある。

 偵察としては、これ以上のない逸材だろう。

 

 何より、アーチャーはサーヴァント、戦闘に入っても、かなりの間持ちこたえることが可能だ。

 ランサー陣営は目に見えた餌でありアーチャーのバックアップでもある。

 ――アーチャーの場合も同様だ。

 

 特に、アーチャーは目標がはっきりしている分、今日の仕事量はランサー以上となるだろう。

 

「それにしてもマスターよ――」

 

 ランサーが、ふと気がついたように言う。

 うむ? と弓弦は足を踏み出してからランサーに振り返る。

 

「ずいぶんと、楽しそうではないか?」

 

「……ふむん、まぁそう見えるかねぇ」

 

 腕組みをして、いかにも楽しげに弓弦は語る。

 

「ま、いろいろあるが、何つってもアーチャーの相手をしなくてすむのがイイ。あいつ、何かと真華にちょっかいをかけるからな。――無駄だってのが、わからないかねぇ」

 

「まぁ、アレは善性の存在だ。――気に入らないのだろう、自身のマスターがお前の“所有物”であるということが」

 

 ――所有物。

 真華は人として扱われない。

 あくまで、弓弦が所有する“道具”として扱われるのだ。

 彼女の出自は人間である、――が、今の彼女は人ではない。

 もう、人であることは“終わってしまったこと”だ。

 

「アーチャーのしていることは、今更それを掘り返すことだ。無意味なんだよ、終わったものは始まらない。それこそ、奇跡でも起きねぇ限りよ」

 

 奇跡、でも。

 ランサーはその物言いに、くつくつと笑みを浮かべる。

 

「いや、それはそれは――奇跡を争う聖杯戦争に、不釣り合いな単語だな。まったくお前も、人が悪い」

 

「はは、そりゃあ結構」

 

 ――楽しげに、弓弦は言った。

 そして、続ける。

 

「それに何より――だ。少し、懐かしい顔を見てな」

 

「……知り合いか?」

 

「あぁ、ライダーとやりあってたあのマスター、俺の昔馴染みでは。あぁ本当に、懐かし言ったらありゃしねー」

 

 雪白辰向、弓弦が知己とする男の名。

 およそ、六年から七年ぶりの再会になるか。

 

「俺がまだガキだったころ、ここで共に育った仲だ。幼なじみ――むしろ、兄弟だな、血のつながりなんざ存在しねーが」

 

「ほう、それは喜ばしい再会だ。――なるほど、マスターの高揚は納得しうる。そこまでではないが、もしこの戦場で同胞との再会に恵まれれば、俺でも心踊るだろうな」

 

 ランサーは、真にその言葉を理解していた。

 ――赤紫羅弓弦と雪白辰向はかつての兄弟であり、

 

 今は、聖杯を求め争う敵同士なのだ。

 

「そうその通り――何せあいつは」

 

 ――一拍。

 まるで、それは呪いのように、

 

 

「――――俺が、“殺した”ほどの、仲だったんだからな」

 

 

 夜に、響く。

 

 

 ♪

 

 

 ――キャスター陣営本拠地、瀬場邸。

 現在、そこにアサシン陣営が足を運んでいた。

 本格的な同盟だ。

 本拠地も、霊地として圧倒的に格上である瀬場邸に、辰向が移るのは当然と言えた。

 

 同棲、と呼ぶにはその屋敷はあまりに広い。

 同じ宿に泊まる者同士を、同棲とは呼ばないだろう。

 

 瀬場邸の一角、食卓を囲む形で、朝海達と辰向達は向き合っていた。

 和風の室内は、ただの一角でしか無いというのに、マンションのワンルームほどの広さがある。

 それなりに小洒落た作りであり、部屋の隅の日本刀と生花の対照的な光景が印象的だ。

 

「……さて、俺は一度偵察に出ようと思う」

 

 夜、星のカーテンはすでに散りばめられ、満月間近の月が空に登っている。

 

「現状、こちらもあちらも、拠点防衛のためのサーヴァントと、斥候のためのサーヴァントを分けなければなりません。ライダー陣営は積極的な攻勢には出ないでしょうし、こちらから打って出る必要があります」

 

 ライダー陣営は“よほど優位な状況でなければ手を出さない”。

 特に、現在はどちらにとっても優位というわけではない。

 戦局の拮抗による、一種の平穏が保たれている。

 

「正確には“情報を集める必要がある”わけです。あちら側に流れを掴まれる前に」

 

 アサシンは言う。

 ――現在の拮抗の理由は、単にお互いの情報不足故だ。

 ライダーは大凡種が割れているとはいえ、アレは“とにかく相手が面倒”なタイプだ。

 ランサーも、あそこで追撃をかけなかったのは、本腰をいれて倒そうとする場合、飛行能力のない陣営は、あの空の機動力を、相手にするのは億劫だ。

 

 逆に、ライダー陣営も空対地の戦闘は、専門外故に面倒ではあろうが。

 

「現状、我々が知れている情報は、ランサーが投槍を得意としているということだけ、それ以外は完全なブラックボックスです。ですので――」

 

「多少の危険を冒してでも、斥候に出る必要があるわけですね?」

 

 キャスターが言葉を受け継ぐ。

 揚々と、アサシンはそれを肯定した。

 

「然り。そして、斥候は当然私達の仕事です。拠点の防衛、よろしくお願い致します」

 

「お任せ下さい。ふふ、何もないのが一番良いとは思いますが、少し張り切ってしまいそうです」

 

 さて、と辰向が立ち上がる。

 

「……気をつけてね?」

 

「何、死んだらそこまで、それくらいは理解してるさ」

 

 朝海の言葉を、心底理解した上で――それでいて軽く受け流すように、辰向は受け応えた。

 

「そっか、じゃあ……いってらっしゃい」

 

「あぁ、行ってくる」

 

 ――何かを確かめ合うように、両者は言葉をかわしたのであった。

 

 

 ♪

 

 

 かくして街に出たランサー陣営とアサシン陣営。

 それぞれ、街の中央と街の外れ、それなりに距離を開けている。

 ――が、両者はその半ばの辺りに、示し合わせたように向かった。

 そこにはそれなりの広さを持つ高台の公園がある。

 特にそこの頂上に建てられた高台は、街を見下ろすにはちょうど良いのだ。

 

 奇しくもそこは、昨日のライダー戦を、ランサー陣営が観戦していた場所でもあった。

 

 高台は櫓のような形で組み上げられ、それなりの広さと視野がある。

 ガラスで区切られたというわけではなく、自由に風を受けることの出来る場所。

 木の柱が、木の屋台が、夜に濡れ、藍色のモノに染まっている。

 

「この高台は昨日も使ったしな、ライダー陣営なら気がつくだろうさ。手ぇ出してくるかは、未知数だがね」

 

 間違いなくライダー陣営は今日も空にあるだろう。

 あの組み合わせは間違いなく、常に夜の戦場に在るのが強いタイプだ。

 加えて、あの極端に神秘の薄いライダーの宝具は乱発も余裕だろう。

 一日もあれば回復可能か、とすれば飛ばない理由がどこにもない。

 

(――とはいえ、あんな面倒なサーヴァントはアーチャーに任せるのが正解さ)

 

 霊体化したランサーが、念話でそう告げる。

 常に空にあるサーヴァント。

 戦闘は可能だろうが――厄介極まり無いことは明白だ。

 そして、それに対し最も相性がいいサーヴァントは、遠距離に特化したアーチャーである。

 

「俺達の狙いは――アサシンさね。キャスターは引きこもって出てこねー。そも、アサシンが乗ってくるかも未知数だが、とかく」

 

 狙いはアサシン、とはいえそのアサシンも気配遮断がクラススキルのサーヴァント。

 こうして誘っているのに、わざわざ乗ってくるかは不明である。

 キャスターは言うに及ばず――前線に出て、攻めてくるサーヴァントは、非赤紫羅陣営においてはもう、ライダーしかいない。

 

「そうはいっても、アサシンのマスターはあの坊主だろう? ならば乗ってくるさ」

 

「ま、そりゃあそうだろうがねぇ。――さて、とするといつ仕掛けて来ると思う?」

 

 弓弦は、ランサーにその瞬間を求めた。

 ――サーヴァント、それもランサーは戦場を駆け巡った、戦闘の英霊。

 バーサーカーや、キャスターのような、実戦には出ない類の英霊とは違う、本物なのだ。

 

 そのランサーが、ニヤリと笑みを浮かべ言う。

 

「何時? ってそりゃあ――」

 

 瞬間――ランサーは霊体化を解いた。

 まるでそれが解っていたかのように――槍を構える。

 

 

「今しか――ねぇ、だろうがよぉ!」

 

 

 風が起こった。

 ――瞬間には、すでにランサーは槍を射出していた。

 間近に迫った気配へ、一突き。

 

 何かが、鳴った。

 金切り声――否、鉄が響く音!

 

 気がつけば、宙に男が舞っていた。

 ――雪白辰向である。

 恐らくはランサーの一突きを受け流し、その勢いで後方に跳んだのだろう。

 その手には、自身の得物であるナイフが握られている。

 

 ――ダン。

 木を思い切り踏み抜いて、辰向は着地した。

 

「……まぁ、そりゃあそうだ。何せ、あと少しすれば、俺らは完全に迎撃モードに入る。そ~なる前に、雑談中の俺を狙うのが常道。――お前が出てくるのは意外だがな」

 

 ――弓弦が、見下ろすように言う。

 ――辰向が、対するように見上げる。

 

「――その“傷”、そのままにしてたんだなぁ。いやあ悪くねぇぜ、しばらく会わないうちに、ずいぶんかっちょよくなっちまってよ」

 

 見下ろす、とは言うが、弓弦はどこか狐のような男だ。

 糸のように細められた眼からは、感情がほとんど覗けない。

 ただ、人をバカにするような笑みだけが象徴的だ。

 ゆったりとしたポロシャツに、袖の大きいカーゴパンツ。

 彼の特徴は、意外なほどに、薄い。

 

「おう? なんだ、知り合いなのか? まさかお前に知り合いがいるとはな――そも、こうして会話をしようとする手合いがいることも驚きだがな」

 

「俺にはお前がどう見えるのか? ランサー」

 

「そりゃあ、人を食い物にする悪鬼に見えるぞ? お前に向けられる感情は、そのすべてが憎悪だろうさ」

 

 ――人の悪い笑みを、ランサーは浮かべている。

 まるで、弓弦に共感――否、弓弦を肯定するかのように。

 

「――――」

 

 辰向は、床に身体を伏せたまま、クラウチングスタートのような体制で弓弦を見上げている。

 

 一瞬、弓弦はそれを睨みつけるようにして、それから再び笑みを深める。

 ――両者の視線が、交錯した。

 互いに、何かを伝えるようにする。

 

 やがて――彼らの口から、言葉が漏れた。

 

 

「――会いたかったぜぇ! 辰向!」

 

 

「……俺もだよ、弓弦」

 

 

 数年来の親友の再会。

 ――数年来の、宿敵同士の再会であった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。