空の上では、ライダー達が夜の飛行を敢行していた。
もはやそれは日課とかしている。
ライダーの宝具は消費魔力が極端に少なく、またこれは彼女たちにとって最も有効な偵察の手段であるからだ。
夜遅くまで飛び回り、朝方睡眠、そしてまた夜に備えるのだ。
「にしても、何のつもりかしらねあのサーヴァント」
ノエミが口にするのは、ランサーのことだ。
前日の戦闘中に邪魔をして来たと思われる場所に、何かがいる。
それはサーヴァントの気配であり、昨日、槍を使ったところから見てそれはランサーで間違いない。
――人払いと、認識阻害がかけられているのか、視界には何もない高台があるだけなのだが。
「囮、じゃないか? 恐らくは俺らか、アサシン陣営。狙いはあわよくば撃破、まぁおおかた情報収集だろう」
「斥候、っていう訳ね」
問題はアサシン陣営がそれに引っ掛かるか。
まぁ、サーヴァントの気配は明瞭だ、そしてあそこは見晴らしがいい。
そのため、アサシン陣営もまた、あの場所を利用するかもしれない。
待ち構えるような態勢ではあるが、自身が発見すれば逆に攻めに出ることも可能だ。
ようするに、遭遇の可能性は、決して低くはないだろう。
「ま、あっちはアサシン陣営に任せようじゃないか。俺たちは俺たちでやることがある。……どうする? アレ」
「どうするって言われてもねぇ」
チラリと、ノエミは“そちら”へ意識を向けた。
市街の一角、商業ビルなどが立ち並ぶ、それなりに現代的なコンクリート郡。
とはいえ、どれも三階建程度の、小さなものではあるのだが。
そこに、誰かがいる。
パーティドレスか何かのような、肩の露出が激しい風変わりな服。
現実的では決して無い、気配もある。
間違いなく、サーヴァントだ。
「ランサーは現在出張ってる。セイバーかアーチャーだが……」
「セイバーは最優よ。もしかしなくても切札だろうし、多分アーチャーね」
少し癖のあるセミロングの白髪。
生糸のようだ。
「瞳を閉じている。アレは見えているのかしらね。盲目の射手って、それそもそも成り立つの?」
「知らんな、まぁでも解ることは――間違いなくこっちを誘ってるってことだ」
屋上の上にいて、周囲を見渡すことはできるだろう。
しかし、ランサー陣営が陣取る高台ほどではないし、そこに立つ意味があるとも思えない。
だが、ライダー達にその姿を見せるという意味ならば、筋が通る。
「一度近づいてみましょう。アレがもし見えていないなら、アンタの直感か、もしくはそれに類するスキルがあるわ」
「だろうな」
肯定し、ライダーは即座に機体を傾けた。
否はない、幸いライダーの直感は高いランクを誇っている。
少なくとも、同ランク程度ならば、深入りしなければ避けられる。
「にしても、女性の射手か――かなり絞られるわね。問題は、そもそも“盲目”のアーチャーなんて、いたかしら」
「坂額御前とかいるだろ」
「……アレが日本の武将に見えるの?」
巴坂額とも呼ばれる日本を代表する女傑。
因みに巴は巴御前だ。
「アタランテとか……」
「ねぇ、あたしは別に女性のアーチャーを挙げろって言ってないわよ? 盲目のアーチャーなんて、そうそう成り立つとは思えないわ」
「無茶だろ、どれだけ感覚が優れようと、盲目で戦場に居られるはずがねぇ」
ライダーが応える。
ふむ、とノエミは腕を組んで考えこむ。
「とすると――戦場に逸話のあるアーチャーじゃない?」
ぶつぶつと、何事か呟く。
それを、ライダーが何気ない様子で遮った。
「そろそろだぞ」
「え? あ、あぁそう。暗視できるようにするわね」
オーライ、とライダーは返し――
「……ん? お前、アレが女に見えるのか? 俺には瀬場の娘と同じ位の歳の坊主に見えるんだが」
「――そうも見える、わね。でもどうでもいいでしょ、そもそも、それだとあのサーヴァントが変態になるわよ」
そんなやりとりをして――零戦は切り裂くように機体を斜めにし、アーチャーへと迫る。
それは数秒で成った。
そも、時速数百の速度で駆け抜ける音速は、距離を大凡零にする。
アーチャーは――正確にはそうと判断される彼/彼女は――自身の弓を取り出した。
「確定ね! そして――こっちに対して仕掛けてくるわ!」
弓は、無骨であり、また良く磨かれた、洗練されているフォルム、と言えた。
ムダのない作りは、逸話のある弓とは思えない。
せいぜい、その先端に若葉のような葉が揺れている程度か。
ライダー達は旋回し距離を取る。
正確には、同じ距離を保ち続ける。
アーチャーは手にしたまま空の機体を見上げていた。
言葉はない、そも、言葉を交わす位置に両者はいない。
ただ、戦場の、敵対した者同士のあちらとむこうに、立ち尽くしている。
「――この距離じゃあ、攻めてこない。あのランサーみたいにおもいっきり跳んで、無理やり射程に入れてくるわけじゃないのね」
「そりゃあそうだろ、必要がねぇ。手前さんはこっちがわを迎え撃つ状況なんだ――手を出すほうが馬鹿だろうよ」
不意をつくことは不可能だ。
攻めに出るにも無茶が残る。
とすれば、万全の体制で、迎え撃てる状況が先決。
ライダーは攻めざるをえない状況にあった。
無論、このまま撤退するという選択肢もあるが――
「令呪を持って命ずることも辞さないわ」
そんな雰囲気をライダーが出したところ、ノエミが即座に返答してみせた。
実際に令呪を持って命じないところが如何にも厭らしい。
「ま、俺も否とは言わないさ――そらよっとォ!」
ライダーが機体をアーチャーへと向けた。
即座に、アーチャーは弓に矢をつがえてみせる。
――それは木製の矢であった。鏃から何から、すべてが一本の木から削られ作られているのだ。
特徴的な姿、何の変哲もない弓という組み合わせから見て、恐らくはあちらが本命――!
その矢は疑いようもなくライダーを狙っていた。
ギリギリと、
ギリギリと、
――矢が大いに引き絞られる。
「――――」
ノエミは言葉を発しなかった。
すでに、彼女の領域からは逸脱していた。
一瞬の、しかし紛れも無く疑いようもなくそれは――サーヴァント同士の戦闘であった。
ただ、沈黙が。
――ただ、緊迫のみが世界とかして。
やがて、
――ライダーが、
――アーチャーが、
―――矢を放つ。
機体を反転させる――――。
それらは、全くの同時に起こった。
風が生まれた、一点を穿つような槍の風。
アーチャーの矢は、彼/彼女の口元から何事かを紡がれて、飛び出した。
空に浮かぶ斜め上方への花一輪。
切り裂いた風が、尾を引くようにしてみせた。
そう、切り裂かれ、そして矢の線条は消えた。
ライダーの翼は、未だ空にある。
放たれた一条の下を、滑るように駆け抜けて、回避してみせたのである。
回避が終われば、それ以上ライダーはその場に長居することはなかった。
再び上空に飛び上がり、アーチャーの手の届かない場所へと消える。
もう、戻ってくることはないだろう。
それはアーチャーにも理解できていた。
――故に、アーチャーもまた、弓をかき消し、三階建ての小さめのビルから飛び降りる。
霊体化がそれに伴い、その姿は、建物の影に融けていった。
♪
「よくやったわ! ライダー!」
あの一撃を、回避してみせたことに、ノエミは甚く感激しているようであった。
手放しに褒められるのは、悪い気がするものではない。
「ま、当然よ」
ライダーは何気ない様子で、しかし言葉尻に誇らしさをにじませて応じた。
「さて、情報を纏めましょうか」
「さすがに、今の交戦で全部が知れるわけじゃないだろ」
「そうね、それに――」
ノエミはそこで、急に脱力したように身体を伸ばした。
「――今日は、十分空を飛んだわ。このくらいにして、情報を纏めるのは明日にしましょう」
ライダーに反対はない。
よく晴れた星空を背にするように、ライダー達は、一夜のフライトを終え、帰路につくのであった。
♪
夜の街を、アーチャーは駆けていた。
服の端を持ち上げて、その速度が人の目で捉えきれないほどだという前提を除けば、端から見たその姿は、王城から逃げ出す姫そのものだ。
本人としては、裾の長いローブに苦慮をしているという程度なのだが。
「ふむ……直感持ち、か。それもAランク」
アーチャーは一人考察する。
すでにライダーの真名は知っていた。
なんでも、昨日の戦闘時に使用していた爆弾の種類を調べれば、即座にその使用者として名前が上がるらしい。
「なんと言ったかな……あぁクソ、日本人の名前はどうにも覚えにくくて敵わないな」
文化圏が違い、そもそも「日本」などという存在を、召喚されてから初めて知ったアーチャーは、どうにもそれがなじまない。
何とか自分のマスターの名前は覚えたが――
「――あの“クズ”が言うには、病気に弱いらしいが……あのステータスなら、そもそも宝具を破壊した時点でこちらの勝利だな。落ちてきた所を射ればそれで終わりだ」
――同じ赤紫羅陣営のマスター、弓弦の名前を思い出そうという気にすらならない。
一応、覚えてはいるので顔を合わせれば思い出すが、それだけだ。
また、赤紫羅仁に至っては“面識がない”。
サーヴァントの中で、赤紫羅仁と直接顔を合わせたのは、恐らく直接の主従関係にあるセイバーしかないだろう。
「病気をバラマキ自滅を誘うにしても、そもそんなことは“俺”が許さん。空に病気を放つなど、現実的でもないしな」
真名が判断できた所で、そこから弱点として割り出せるモノはない。
「岩本徹三」、日本最強の零戦パイロット。
戦闘中に被弾することは会ったそうだが、逸話として残るような撃墜の事実はない。
つまり、戦闘中に、有効打となりうる方法は存在しないのだ。
「一般人より少しマシ、あれで良くも英霊などを名乗れたモノだ。――いや、あの宝具とそれを扱う技術は驚嘆に値するがな」
移動しながら、アーチャーは思索にふける。
アーチャーの弓を回避した。
――完璧だと自分自身が確認したタイミングを外された。
それに相応するスキルは、なるほど確かに英雄らしい。
「……空を延々と飛ばれるのは厄介だな。だが、高い射程が必要とはいえ、形が固定化されているというのは良いな」
素のステータスは寂しいものだが、それを補って余りある戦闘スキルと宝具であろう。
現代のサーヴァント。
神秘という点から見れば大したことはない手合いではある。
しかし、それでも英霊は英霊。
「セイバーならば相手取るのに苦労はしないか。“私”もそれは問題はなかろうが、ランサーは無理だな、散弾が厄介に過ぎる」
彼/彼女の戦争への才が加速する。
不思議なものであるが、それは本来の“彼/彼女”には存在しない、“彼”のみのスキルだ。
それが、聖杯戦争という場に置いては“無くてはならない”ものだというのだから、不思議なものだ。
「……む? 人か――陽の暮れた世界に、人が躍り出る。なんとも、人が傲慢に見えてならないなぁ」
――アーチャーの感覚は、遠く離れた人間の存在を感知できる。
その両の目に光はない。
しかし、周囲の建物や何かを、感覚的に感じ取ることは可能だ。
少なくとも射手として存在を認識するという点に関しては、“眼という情報フィルター”があるよりも、よっぽど優秀だとアーチャーは考える。
ただ、結果としてそれは、アーチャーにとっての悲劇であり、またアーチャーは、“肝心なもの”が見えていないのではあるが。
悪態をつきながら、アーチャーは進行方向を少し逸らした。
今現在の彼/彼女は霊体化しているとはいえ、それ一個が車など比べ物にもならない怪物だ。
それを、余波とはいえ人に感じ取らせる訳にはいかない。
神秘の秘匿というものを、考える時代にアーチャーは無かったが、それでも。
そうすることが、秩序であるということは知っていた。
アーチャーは赤紫羅の本拠地へ急ぐ。
もう、やるべきことは済んだのだ。
――マスターをこれ以上一人にはできない。
戦略的に意味があることは理解できたために今日は動いた。
しかし、アーチャーは常にマスターの守護をすることを望んでいる。
闇夜を駆ける足は、自然と力が込められた。
個人的な所見として、アーチャーが一番わかりにくいです。
正確には、すぐに解ると思いますが、そのすぐに解る人、がいろいろと問題なわけでして。