ランサーを襲ったのは、アサシンによって仕掛けられた地雷であった。
辰向との戦闘時、アサシンが出てこなかったのは弓弦を狙い潜伏していたからではない。
戦闘のための準備を進めていたからだ。
気配遮断があるとはいえ、何かの仕込みをすれば、それにランサーが気付かない保証もない。
そこで、辰向はランサー相手に、数分の時間稼ぎを試みたのだ。
弓弦との会話など、思いの外時間が稼げたために、それなりの数が現在地雷として埋まっている。
かくして、ランサーはそれに巻き込まれた。
――わけで、あるのだが。
「カ、ハハハハハハハッッ!」
哄笑がした。
ランサーである。
爆発の赤と空間の黒に紛れたランサーが、その声を大いに発する。
――――無傷であった。
多少なりとも、礼装としての調整が成されているはずの爆弾が、しかし何の意味を有していないのだ。
少しばかり塵がツモリ、身体が焦げ付いていてもいいだろうに。
なんとも無い。
そこまで行くと、それはおかしい。
「うむ、面白いことをする。現代兵器のようだな。――気をつけろよマスター、お前の場合はひとたまりもない」
煙に囲まれながらも、ランサーの顔が覗けた。
如何にも楽しげに――しかしどこか生まれた余裕を隠しもせず、周囲を観察していた。
ランサーと辰向、両名の力の差がはっきりしてきたためだろう。
――とはいえ。
「……消えたか」
ふと、本来ならばあるべき存在が、そこに無いのにすぐに気が付くと。
その様子も引っ込められたのではあるが。
――辰向がいない。
高台は、それなりに開けている。
周囲に木々があり、身を隠すことはできるだろうが、だからといって、何ら気配が無いというのはおかしい話だ。
(気配遮断。アサシンがマスターに付与させてるんだろうが……おかしいな、昨日の戦闘じゃ“見つけにくくなる”程度だった)
思い出されるのは昨日の辰向。
空を高速で移動する、目を凝らさなければわからない何かがうごめいていた。
一度見失ってしまえば即座に発見は不可能な、ある種のステルス機能、という程度だったはずだ。
(だというのに、先ほどの不意打ちもそうだが――あちらから攻撃しようとしなければ、こっちからは察知できないレベルになってやがる)
どこを見渡しても辰向の姿どころか、感覚的に捉えられる気配すらない。
ただ、自身が叩き潰した高台の残骸という異質と、静寂とともにまどろみにある、無人の公園が広がっているだけ。
そこに、刃の如く鋭い、雪白辰向という意思はない。
(――遮蔽物のせいだろォよ。ライダーとやりあってた時に、無かったモノがある。俺らとあいつらを遮る壁だ)
念話――弓弦である。
彼の気配は後方にあった。
地雷を踏まないかと心配するが、どうやら倒壊した櫓の上にいるらしい。
さすがに、あそこはアサシンでも地雷は仕込めないだろう。
ようするにこの跡地が、ランサーの守るべき陣地と言うわけだ――
(まぁ、そうだろうな。そうすると、この場所は今、俺達に不利な状況にある。どうするマスター、俺は撤退を進言するが――)
(構わないさ。こちらは見晴らしの良い場所に陣取るしかなく、あちらサンは身を隠し、どこからでもこちらを狙える。お前一人ならともかく、俺が死ぬな)
辰向一人であれば何ら問題はない、その証明は先ほど済んだ。
しかし、アサシンがそこに加わればどうか。
既に辰向との別行動の意味が薄れたアサシンは、間違いなくこの後参戦してくる。
アサシンに関しては、今のところほぼ未知数なのだ。
気配遮断付与の手段があることは知れている。
――しかし、それ以上、ステータスは一切不明、地対空のミサイルを放っていたが、アレは辰向が用意したものだろう。
でなければあんなコテコテの調整はなされないはずだ。
(アサシンの姿は拝んでおきたいが……そうなると逃走のタイミングを逸する。もしも戦闘する場合は、この場で決着を付けるか、逃走に令呪を用いる必要性が出てくるな)
(必勝が期せないなら遭遇戦で決着を付けるのは愚の骨頂。あちらさんはやる気だろうが――それはこっちの逃走を見越した腕だろーがよ。撤退だ、これ以上ここにいるのは危険が過ぎる)
辰向達の動きは未だ無い。
しかし、現在ここが辰向達にとって有効なフィールドであることはほぼ明白で、また、“この場で決着をつける”利点がまったく無いことも、また明白だ。
(目的としちゃあ――十分ってことにしておこうか)
もとよりこれは、一種の前哨戦。
本番へ向けた情報収集であった。
辰向の戦闘能力を直に確かめられたというのは大きい、これでアサシン陣営の種の半分は割れたことになる。
ランサーは後方へ跳んだ。
櫓跡地に立っているマスターを抱える。
「……跳ぶぞ!」
解っていたことではある。
だが、それでも弓弦は顔を青ざめた。
――跳ぶ、その際に弓弦は最低限の気遣いしかされない。
男だからだと、ランサーは言う。
故に――
「お、ぁぁぁああぁあああああああああああッッッ!」
サーヴァントの速度で“移動”なんぞされた日には。
人間は、恐ろしいほどの負荷を受けるのである。
♪
「逃した、か」
――辰向が、木の陰から倒壊した高台の前に現れる。
周囲を確認し、何の気配もないことを確認すると、気配遮断を解いた。
同時、隠れたままであったアサシンもそれに合わせて彼の前に現れる。
「申し訳ありません、ここで遭遇戦が行われることは読めていました。……私の宝具が使えれば、確実に撃退できていたのですが」
「……読めてたのか、ここで戦闘することが」
アサシンの第一声に、思わず辰向は驚愕する。
ここで戦闘が起きたのは本当に偶然だ。
この近くを通ろうとしてサーヴァントの気配を察知し、慌ててここに駆けつけたのだ。
「確かにここは宝具を使うにはいい場所だ。一応、“登録”しておこうか」
「そうですね、そのように」
アサシンの宝具は、アサシンがその場に立ち寄り、ここならば、と考えた場所でしか展開できない。
その場所も、高台の一角であることが条件だ。
とはいえ、それはそれで十分と言える。
何せアサシンの宝具は――
「――宝具さえ使用できれば、必ず敵を撃滅してみせましょうとも」
発動すれば、敵を“ほぼ確実”に撃破できる代物なのだ。
無論、例外はある上、場所を指定するには、気配遮断を解き十分程度の時間をかける必要がある。
そんなこと、戦闘中には不可能なわけで、使用するには、戦略的な選択眼が必要なのだ。
「まぁ、アサシンの宝具に関しては信頼しているし、いつかは必ず使う時が来るだろう。そも、宝具を有効に使うための、アサシンの頭脳な訳だしな」
「必要とあらば、その時は必ず開帳いたしましょう。そして君と、私たちに勝利を」
「――だけれども、今回の場合は宝具を使用できても勝てるとは限らないがな」
宝具が有効であることは承知の上。
しかし、今回に限っては――ランサーとの戦闘においては、それを否定しうる材料がある。
短い戦闘であるが、辰向はそれを感じ取っていた。
「戦闘中に、何か読み取れたのですか?」
――即座に、アサシンは合点が行った。
何か情報がある、辰向はそう言いたいのだろう。
「なんというかな。“倒せる気がしなかった”。勝ち負け以前の問題だ。倒せないんじゃないかと、そう思ったんだよ」
「――倒せない、ですか。とすると、例えば?」
促すように、アサシンは問う。
「……無敵、だな。正確には不死、か。どちらにせよ、アレはあのままじゃ死なない気がした」
辰向はアサシンに先ほどの戦闘の経過を語る。
特筆すべきポイントは二点。
ランサーが自分の身を顧みていなかったこと。
しかし、マスターへの必殺は防いでみせたこと。
「俺はあいつよりも弱いだろうが――それでも、あいつにとって歯牙もかけずに叩き潰せる相手じゃない。事実、何合かは打ち合えたしな」
逆に言えば、何合か打ち合わなければ撃退できない相手。
――それに対し、無謀な切り込みは、喩えサーヴァントといえど危険を意味する。
その危険を冒してなお、ランサーは踏み込んできたのだ。
それに対向する、イコールランサーに潰される、という意味であったため、辰向は退いたが。
おかげで不意を疲れ、未来予測を崩された。
――あそこでわざわざ危険にさらされる意味が無い以上、アレは“ランサーの素”であったことは自明の理。
「なるほど、死を恐れない性質。確かにそれは“不死”と言えますね。いえ、実体はどうあれ――厄介には違いない」
――アサシンはその性質を熟知していた。
自身が手段として利用する立場にあったからだ。
だからこそ、唸る。
「そして、その性質はランサーにのみ適用される、と。つまりランサーにとってマスターは心臓部、ですが、自分を顧みる必要がない以上、マスターの守りに集中すればいい、と」
「隙がないだろ? やるつもりはあったが、この場で決着を付けることにならなくて良かったな。種が割れないことには、間違いなくこっちが負けている」
――喩え確実に相手を殺せる宝具があったとして。
“死なない”のでは意味が無い。
ランサーは、恐らくそういう相手なのだろう。
「不死性を何とかする必要があります。――しかし、その不死性は果たして破れるものでしょうか」
「難しいかもしれんが、まずは真名に辺りを付けないとな。不死ってのは祝福だ。しかし同時に呪いでもある」
ランサーに対し、推測できることは幾つかある。
まず、彼が神代、ないしはそれに類する英雄であろうということ。
不死の逸話を持つ英雄など、史実の世界には登場し得ない。
可能であったとしても、それは伝承――創作の中でしかありえないのだ。
と、すると、不死性は相手にする分には凶悪だ。
しかし、こうも考えられる。
「――物語ってのは、必然性がなければ意味が無いんだ。特に不死――“死”という存在は、英雄とは切っても切れない関係にある」
「英雄とは死するもの。――死して完成するのが英雄です。特に伝承の中に登場する英雄は、その死に様は必ず自身の逸話と成る、というわけですね」
アサシンは、他人ごとのように言う。
自分自身が一個人として寿命を全うしたために、そういった英雄的な死というものの実感がないのだろう。
「それが不死となるとより一層、だ。――不死はその“不可能”を可能に変えられるために存在する」
――物語には必然性が存在する。
不死という能力に対しても、だ――つまり。
「――不死は、それ事態が自身の死の暗示。不死であるということは、それを覆されて死ぬという絶対的運命の証明なんだよ」
神代クラスの英霊であれば、不死自体は珍しいものではないだろう。
しかし同時に、不死の英霊は、必ずその不死を無効化、ないしは弱点を突かれて死亡する。
不死とは祝福である。
――しかし同時に、自身の死を運命付けられた、払い用のない“呪い”でもあるのだ。
「それが明確になった所で、ならば、その真名は何だと想う?」
「――アキレウス」
アサシンは、ぽつりとその名を口にした。
「なるほど、ギリシャ神話の大英霊。赤紫羅が呼び出すランサーとしては、最上級か」
知名度で言えば、間違いなくトップクラスの英霊だ。
アキレス腱の名が残されるため、アキレス、という名前だけならば、日常にすら登場しうる。
不死の逸話を持つ英霊であり、また弱点を突かれ死亡した――先の会話の通りの人物。
しかし、
「……けれども、そいつじゃあ無いだろう。あのランサーは二対の槍を手にしていた。双槍使い――ないしは、二つの槍を同時に要いた逸話がある」
双槍使いとして名を挙げるとすれば、例えばディルムッド・オディナなどが挙げられる。
しかし、ランサーはディルムッドの逸話とはかけ離れているし、ディルムッドとは、どうあっても合致しない。
「――あいつの場合、手槍による戦闘ではなく、投槍による戦闘の方が、主である可能性が高い。事実、投槍の方が威力が強かったしな」
――手槍は、間違いなく宝具だろう。
一体何の宝具かは知らないが、同時に投槍の方が、弓弦によって用意されたランサーへの支給品であることが知れる。
投槍である以上、使い捨てを前提としているのだろう。
それが解き放たれるとすれば、必殺の段階において、ようやくのはずだ。
「投槍――ゲイ・ボルクでしょうか」
「それは確かに有名ドコロではあるけどな……ともかく、相手の大凡のデータは取れた。これ以上の戦闘は危険だという段階で、向こうが引いてくれたのが幸いだったな」
「不幸中の、ではありますがね」
――わかったことは幾つかある。
しかし、その全てにおいて共通する事項。
それは、ランサーが強大である、という事実であった。
「……それにしても、だ」
辰向は、話を切り上げ周囲に意識を移す。
――そこには、
「――どうするかね、これ」
そこには、木っ端微塵に砕け散った元高台と、日本の平和な公園には絶対に似つかわしくない、地雷の埋め込められた地面が、佇むのであった。
ランサーの真名クイズ回です。
難易度はキャスターと同じくらい。というか、大体難易度はどれも同じくらい。アーチャーは変わり種ですが、ヒントは多いので解るかと。