第六章『ある夜長の思慕』
ノエミの寝室にあたるテント。
寝室であると同時に、ミーティングルームという意味合いもそこにはあった。
何かを話しあうときは、ライダーがこちらにやってくるのである。
現在も、そう。
赤紫羅のアーチャーとの遭遇戦から一夜明け、話し合うことは、決まっている。
「やっぱ、旨いよな、これ」
――ライダーが手にしているのは、日本で定番となっているスナック菓子だ。
うすしお味のさっぱりとした菓子だ。
軽くつまむには、これほど適した食料もない。
「旨いわよね。こういうお菓子って、いろんな種類もあるけれど、どれも味に遠回りが無いのよね、定番、って言われるものに限るけど」
菓子には大体二つの種類がある。
一つは定番、元来から親しまれ続けた馴染みの味だ。
もう一つはゲテモノ、大抵の場合、馴染みの菓子の派生であり、目は引くがリピーターはあまり作られない。
「料理に対する創意工夫は、あらゆる国で見られるわ。日本やフランスにかぎらず、どこでもね。食文化っていうのは、あのイギリスにだってある」
「……お前ホントイギリス嫌いだな」
「国民性よ、あたしのせいじゃないわ」
――そして、そういった料理への工夫は、こういった菓子にも現れる。
だが、同時に定番と呼ばれる、古きよき料理もまた、人に親しまれるものなのだ。
「これが普通の手料理だと、人によって違いが出るのよね。でも、規格が統一されたこういうパッケージの菓子は、絶対に味がぶれることがない」
何かを選ぶ時、これほど安牌と言える食事があろうか。
いや、ない。
「その上、定番化しているってことは、味が保証されてるってこと。……ううん、起きがけの思考がジャンクフードの不健康さに染まるわ」
「太りそうだな、まったく」
しかもここ数日は毎日のようにあちらこちらへ飛び回っている。
――それ故に、どうしたって疲れが出る。
栄養の吸収は通常以上に働くだろう。
「あら、あたしって基本太らない体質なの。正確には太るくらい食べても同じくらい動きまわってる、ってだけなんだけどね」
「……お前の場合、絶対最初に腹が出るよな。間違いねぇ」
じろりと、嘆息気味にライダーは言う。
もはやセクハラでもなんでもなく、父親目線での言葉であった。
色気などあったものではない。
「まぁね。別に気にしないけど、何で育たなかったのか不思議だわ。ほんと、この違いってどこから来るものなのかしら」
「今は俺らの頃と違って食べ物はあるしなぁ。少なくともここらへんはさ」
人差し指と親指で、ちょんとノエミが菓子を摘んだ。
ひょいっと口の中に放り込むと、ポリポリと噛み砕く。
塩の味がまず舌を転がり、後味のジャガイモが口の中に濃厚な味を残す。
しばらくして、それを飲み込むと――
「……さて」
と、ノエミは話を切り替える。
先ほどまでベッドの中でもぞもぞとしていたが、起き上がり、真正面で椅子を陣取っているライダーと向き合った。
「――アーチャーか」
ライダーが、意図を読み取り本題を切り出した。
昨夜の戦闘――アーチャーとの一瞬の会戦であった。
「それもあるけど、どうも辰向がランサーとやりあったみたいなの。さっき使い魔――幽霊みたいなお姉さん――が情報を届けてくれたわ、不死の投槍使いですって」
「不死ィ? ……昔の英雄ってのはそんなモンまであるのか」
ランサー、辰向とライダーの戦闘に水をさした相手だ。
投槍使い、というのは今更驚くほどではない。
時速数百キロで移動するライダーの機体に直撃させようとしていたのだ、それはある意味当然である。
「ま、あたしとしては真名に心当たりなんてないから、ふーんそうなの、としか言えないんだけどね。あっちは空を飛び回るあたし達の相手なんてしたがらないだろうし」
「……とすると、そっちは後回しでいいな。向こうが情報を寄越したのなら、こっちも返せるように準備しねーと」
義理を果たせないだろう。
当然のようにライダーは言う。
「別に、あっちが勝手にランサーの情報を持ってきただけで、私たちがそれに応える理由はないんだけどね。別に同盟関係でもないんだし」
「さすがに……あそこまでべったりな協定をして、今更同盟関係じゃないってのもなぁ」
「馬鹿ね、こういうのは認めたら負けなのよ。しかももし同盟に紛れたら、あたし達は新参者、足元見られるのが普通なの」
――特に、辰向にしろ朝海にしろ、人は良いがお人好しではない。
情ではなく理で動ける人間である以上、それは顕著だ。
「だったら一層、印象を悪くするような事をいうな。催促されているような気がして気に入らないのはわかるが、気のせいだ。あっちは俺らがアーチャーとやりあったのを知らん」
偶然だろう、とライダーは言う。
無論、ノエミもそれは分かっているので、気を取り直したように話を戻す。
「――アーチャー。その最もたる特徴は“盲目”。それも、“両目”を閉じていた」
――独眼の英雄はいくらでもいる。
戦場を駆け抜けたのならば、片目を射抜かれるくらいならばおかしくはなかろう。
ライダーと関連する所で言えば、かの坂井三郎氏も、隻眼状態であったらしい。
つまり、片目が見えないことが英雄としての資格を損なうことはない。
だが全盲で、しかも射手。
――無茶と言う他にない。
「それを補うために心眼とでも呼ぶべき超感覚が備わっている。……ねぇ、貴方の直感と何が違うの?」
「知らね」
何かが違うだろうが、本質的にそれが第六感であることは変わらない。
こう、フィールというか、感覚的に。
「他にも、いろいろわかったことがある。まずは解りやすい所から、ステータスね」
ノエミは、枕元の机に置かれていた手帳を手繰る。
それについていたペンで、さらさらと昨日確かめたステータスを書き込む。
――『筋力B+ 耐久D 敏捷C+ 魔力C 幸運E 宝具A』
以上がアーチャーのステータスである。
まず端的にいって、纏まっている。
しかし、どうにも地味だ。
「――プラス? いや、俺のステータスもそうだから想像はつくが」
「簡単に言えば、“そのステータスを倍加する方法がある”ってことね。プラス一つにつき倍々ゲーム。アンタの場合四倍よ、四倍」
――ライダーの素の運動能力は、そもそも辰向にすら及ばない。
英霊となったことで――サーヴァントとして召喚されたことで彼は“生前よりも高い身体能力”を得た。
稀有といえば、稀有な存在。
「Aランクのステータスがひとつしか無い。Aランク宝具ってことは、かなりトンデモなんだろうけど、この場合、こう考えるのが普通かしらね」
――手帳に更に“心眼(偽):A”と書き込みながら、ノエミは続ける。
「このステータス自体は、おまけというか、プラスが前提になっている……とか」
「俺が宝具を前提としている、みたいなモンか?」
「そ。――アーチャーの本分は遠距離戦。言ってしまえば、相手を近づけない最低限のステータスがあれば、それでいい」
言ってしまえば、ステータスは飾りで、超弩級の宝具を乱発できればそれでいい。
何せアーチャーには単独行動による魔力の節約方法がある、魔力の消費を、宝具に集中すれば良い。
「――で、更に倍加される筋力と敏捷か」
「こういう風にステータスを倍加する方法はいくらでもあるけど――一番手っ取り早いのが宝具なのよね。で、こいつの場合それがこの地味なステータスを補うモノだとすれば……割りと納得がいくわ」
「納得――? 何がだ」
「“神代クラスの英霊”のはずなのに、ステータスが低いってことよ」
「……神代って、何故解る」
「全盲の戦士が成り立つなんて、そんなの“創作の中”でしかありえない。現実にそんな英霊、存在しないはずなのよ」
目の見えない人間が、どうして戦闘のための力を手に入れよう。
――現実ではありえない。
しかし、創作であれば、――伝承であれば。
それは成り立ちうる。
「そうかねぇ、探せばいるとは思うがな、全盲の英霊」
「――それでも、わざわざ赤紫羅がそれを呼ぶ理由がないわ。だって、呼ぶならもっと解りやすい英霊でいいわけだもの。あいつらはこの戦争の主催者なのよ? いくらでも、呼ぼうと思えば強力な英霊は呼べるの」
いくらでも大英霊が呼べる立場にあるのに、なんだって全盲なんていう博打のような英霊を呼ぶ?
理由があったのだ。
わざわざアーチャーを呼ぶことの意味が、あったのだろう。
「――でまぁ、あと気になる所といえば、武器かしら」
「武器? あぁ、あの何の面白みもない弓か」
「そ――あれ、本体は矢の方ね、あっちの方が意匠がはっきりしていたわ」
直線的ではない、“一本の木”を削りだしたかのような矢。
枝をそのままつがえたかのような代物である。
対して弓には何の装飾もなく、そこに特別製は何ら見られない。
「矢の方に逸話のある宝具ってわけか。……………………ん?」
ライダーはオウム返しのようにそれを飲み込もうとして。
――停まる。
停止する。
「――――――――――――――――」
彼は、思索の中に消えていった。
何かを掬い上げるかのような。
――ノエミは、そんなライダーの瞳を、覗きこむように見る。
瞳は、ノエミを見てはいなかった。
何かが、
何かが彼の中で天啓となった。
「――――それだ」
やがて、
「――矢に逸話が存在し」
ライダーは、天井を見上げるように、
「――盲目の、射手」
顔を、上げた。
「――――“いる”」
ぽつりと、告げる。
「ひとつだけ、いる。――なぁノエミよ、前提を全部ひっくり返してみないか? 史実だとか、神代だとか――英霊だとか、そうでないだとか」
「前提をひっくり返す?」
ノエミは、催促するように言葉を返した。
その表情はまばゆいほど明るい。
――ライダーの言葉に、心を踊らされるようである。
「常識、と言い換えてもイイ。普通ならこうであるべきだ、というフィルターだ。“赤紫羅なら、普通こんなサーヴァントは喚ばない”とか、そういう」
幾つもの前提。
数多ある条件。
それらすべてを、
――一度、破棄する。
「そうすれば、この条件に一致する奴が“ひとつ”だけいるだろう。全盲の射手として、該当しうるアーチャーが!」
「――――――“まさか”」
至る。
ノエミも、そこまで話が進めば理解する。
だが、まず思い浮かべた感情は、“まさか、そんなことありえない”。
考えても見なかった。
きっと、だれもそれを考えようとすらしないだろう。
前提をひっくり返さなければ。
たとえば、人間は英霊には敵わない、そんな前提をひっくり返さなければ。
だけれども、一度至ってしまえば、後はその理由付けだけでいい。
前提には、――定形には、必ず例外が存在するのだ。
「“ありうる”わ、確かに“そいつ”なら、裏技を使えばサーヴァントとして召喚可能よ。それにしても、これを考えつくなんて、ほんと“どうかしてる”わ」
ノエミはライダーに解説する。
ライダーが指摘した“それ”は通常、サーヴァントとしての召喚は叶わない。
しかし、“それ”にはある逸話がある。
とすれば――召喚は、恐らく可能だ。
「――実行して、しかも実際にうまくいく方もどうかしてるぜ」
確定ではない。
推測ではある――が、それでも。
もしもそれが本当に、“ライダーたちの思ったどおりだとすれば”。
正気の沙汰とは、思えない。
「――ともかく、一応アサシン・キャスター同盟に連絡だな、他の連中の意見を聞こう」
「そうね……もしかしたら、案外辰向辺りは、すぐに答えに行き着くかもしれないわ」
ノエミは、一度勢いをつけて立ち上がる。
――工房として設置されたもう一つのテントに向かわなければならない。
使い魔を利用して連絡を取るのだ。
「さぁて――次はランサーね。さて、どうしたものかしら」
言葉は、どこか躍るよう。
それだけ、ノエミの感情はこの状況を、楽しんでいるのだ。
本作一番の反則サーヴァントがアーチャー。
本作一番の特殊なサーヴァントがセイバー。