Fate/R avenge Knight   作:暁刀魚

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第六章 2

「そういえば――」

 

 夜、ランサーとの戦闘から一夜明け、既にその一日も終えようとしていた。

 辰向は既に床についている。

 偵察は気配遮断スキルを持った巫女服姿の女性達が行っている。

 これがあるために、キャスター陣営は情報の面において最優であるのだ。

 とはいえ、ライダーの存在があるため、さほど周囲を突き放してはいないが。

 

 キャスターは朝海の寝室にいた。

 今日は、朝海の提案で、二人は共に寝ることになったのだ。

 特に理由があったわけではない、ただ、たまたま会話の流れでそうなったのだ。

 熱を帯びた初夏の夜。

 ――不可思議なもやの伴うような涼風が、キャスターたちの頬を撫でる。

 

 常人であれば、この場に一秒でもいたいとは思わないだろうが――

 朝海たちは違う。

 あまりにこの異様――幽界の怪異に馴染みすぎているのだ。

 本人たちにとって幽霊は得体のしれないものではなく、既に種の知れた隣人にすぎない。

 

「――どうしたの? キャスター」

 

 ぼんやりとした声音で朝海が口火を切ったキャスターに問い返す。

 既に朝海はまどろみの中にあり、キャスターに対する会話も、力のあるものではない。

 

 ――だが、

 

「……いえ、マスターには、好意を抱く人はいたのでしょうか、と」

 

「好意?」

 

 それを引き上げるように。

 

「好きな人は、いますか?」

 

 キャスターはずいずいと、言葉を朝海に切り込んできた。

 

「……キャスターって、そういうキャラだったっけ?」

 

「うふふ、こういうことはお布団を並べた時の決まり事なのですよ」

 

「そういえば……キャスターって女所帯のリーダーだったね」

 

 歩き巫女を指導する立場にあったキャスター。

 ただ教師であるというよりも、彼女は指導する者達の母でもあったのだろう。

 もしくは、姉か。

 

 枕を並べ、キャスターは朝海に並ぶ。

 何となくその端正な顔立ちに気恥ずかしくなって、朝海はキャスターへ背を向けた。

 

「まぁ、残念ながら好きな人、という話題を出すような立場ではありませんでしたので、こういう話はあまりしないのですけれど」

 

 そもそも、一個人の男性と密接な付き合いをする少女が、あの場所にはほとんどいなかった。

 スパイとして取り入ることは会ったかもしれない。

 けれども――好きに恋愛ができた少女は、残念ながらいなかっただろう。

 

「……ところでさ、キャスターって――自分の夫を、愛していたの?」

 

 ――キャスター――“望月千代女”は未亡人である。

 若くして夫――“望月氏”という一族の当主だ――を亡くし、それ以後は武田信玄に目をつけられ、歩き巫女集団を育てる棟梁となった。

 

「えぇっと……そうですね」

 

 望月千代女の出自は、甲賀望月氏という“忍者”の一族の出であった。

 それが、本家である望月氏に嫁ぐこととなり、その後は、中々奇異な一生を送ることとなる。

 その始まりとも言える相手。

 

 ――キャスターの願い。

 それは、数十年前に死に別れた、夫と一度で良いから邂逅すること。

 

「別に、好きとか、嫌いとか、私の時代ではあまり重視されるものではないです。好きでもなんでもない相手に嫁ぐ――別に不思議なことではないですよ」

 

「それは中々……大変だね」

 

「そうでもないですよ、好きでもない――代わりに、嫌いでもない、ですからね。だったら、一緒になってから好きになればいいのです。幸い時間だけは余るほどありましたから。時間をかけて、ゆっくり分かり合っていけば――よかったのです」

 

 好きになればイイ。

 好きになるだけの時間があればいい。

 ――望月千代女という女性には、そんな時間は無かったのだが。

 

「……どうなのでしょうね。多分、好きになることはできたと思います。あの人は優しい人でしたから。――私が覚えているあの人の顔は、どれも笑っていました」

 

 あと少し、あと一年でも、時間があればどうだっただろう。

 ――キャスターには、その答えをだすことはできそうにない。

 

「ただまぁ……あの人だけが、私の人生に形ある、男の人であったことは、間違いないと思います」

 

「……そっか」

 

 布団に身を任せるように、朝海は楽しげに笑んでいた。

 だが、

 

「……あの、マスター?」

 

 ふと、キャスターが声をかけたところで、ビクリと身体を震わせた。

 振り返ること無く、少しだけ上ずった声で。

 

「ななな、何かな? キャスター」

 

 そう、返す。

 それ以上は、叶わなかった。

 

「――いえ、マスターの話を、私はまだ聞いていないのですけれど」

 

 キャスターは、

 とても楽しげな声で、そう言った。

 

「キャスター……コイバナとか、好き?」

 

「大好きです」

 

 即答。

 ――あまりに多大な意思を持つ、答えであった。

 

「い、いや、そうはいっても、私別に、好きな人とかいないし」

 

「あら、そうですか?」

 

 クスクスと、冗談を受け流すようにキャスターは言う。

 

「そんなことありませんよ。マスターは立派な恋する乙女です」

 

「……キャスターって、こんなこというキャラだったっけなぁ?」

 

「普段は、ふふ、抑えていますもの」

 

 わざとらしく、キャスターは言う。

 世話やきではある。

 けれども、ここまでなんというか――

 

「姦しかったかなぁ」

 

 朝海は、自身の性別を棚に上げるように、言う。

 きっとそれは、キャスターの、朝海からは見えていない一面だったのだろう。

 考えてみれば当然か、例えば辰向なんてその筆頭だ。

 人がよく、こちらの都合に基本なんでも合わせてくれる。

 けれども、その心中はあまり知れない。

 想像することはできるし、その想像はきっと間違ってはいないのだろうけれども。

 

「それにしても、嘘は行けませんよマスター」

 

「――嘘?」

 

 胡散臭そうな眼で、布団の白にそれを伏せる。

 キャスターはその朝海に、少しだけ近づく――なんだか瞳がねっとりしている。

 

「不思議ではありませんでした? ……マスターは、人嫌いの気がありますから。私のように、身元がはっきりしていないと、信頼なんてとても」

 

「人嫌いって、はっきり言うなぁ……」

 

 でなければわざわざキャスターを縁召喚で呼び出したりはしない。

 正確には縁召喚ではなく、キャスターが鬼道を学んだ“瀬場家”への縁による召喚だ。

 言うなら、魔術刻印を触媒とした召喚、といった所か。

 

 瀬場は世界的、全国的な大家ではないにしろ、少なくとも鬼道という面においては“信濃一”の魔術一門である。

 そこで魔術を学ぶことは、瀬場と繋がりのある望月家の人間であれば、当然といえば当然であった。

 

「そんな人嫌いのマスターは、きっとライダーのマスターと一対一で会話しても、話がこじれてしまったでしょうね。止めようにも、別に話がこじれても悪いことにはならないでしょうから、それはそれで良かったのですけど」

 

「……何が言いたいの?」

 

 もぞりと、少しだけ朝海が揺れた。

 

「――マスターでは、能動的に同盟を組むことは、まず無理という話です。マスターは願いがないという同盟の利点はありますが、マスターの方針を受け入れてくれる魔術師は希少ですから」

 

「うーん……」

 

 ――否定できる材料はある。

 しかし、肯定できる材料だって多少はある。

 少なくとも、幾つかある意見の一つとしてだが、それは絶対に間違いではないのであった。

 

「ですから――少し、不思議には思いませんか? マスターがなぜ、初見の相手に、あぁも心を開いたのでしょうね」

 

「初見……って、そもそもアレは、こっちの気勢が削がれちゃったからで、その後あそこまで畳み掛けられて、断れなかったし、断る理由もなかったしで」

 

 キャスターから逃れるように。

 朝海は布団の中で縮こまる。

 

「少し休憩のために知り合いのお店に行ったら、そこで良いことがあったって、すごく嬉しそうに語ってくれたではありませんか」

 

「アレは、そもそも、同盟するかもしれない相手の得体が知れないんじゃだめじゃん、思わぬ形でそれが知れて、物草な私からしてみれば、手間が省けてラッキー、っていうか」

 

 何故キャスターの声はあんなにも楽しそうなのだろう。

 わからない。

 

「自分の判断ミスで危険に晒したことを、ずいぶん気に病んでいましたよね。思わず、相手に電話をかけてしまうくらい」

 

「思っても見なかったことで、かなり気が動転してたんだよ。そこに戦闘に敗北しちゃったとか、大ダメージもいいところじゃない。そんなの、私が気に病むに決まってる」

 

 何故、自分の声はこんなにも上ずっているのだろう。

 わからない。

 

「昼食に誘われて、ずいぶんと浮かれていらっしゃったではないですか。車中での会話は、何時も以上に弾んでいて、何時も以上に核心に迫ったような内容でした」

 

「単なる戦闘だけの協定じゃなく、一から十を全部預ける同盟相手――仲間になるんだよ? 信頼のためには、それくらいの話は、むしろ必然――」

 

 キャスターは、

 ――自分は、

 キャスターは――

 ――――自分は、

 

 

 ――わからない。

 

 

「そこです」

 

 ――ピシャリ、と。

 キャスターは指摘する。

 

「人に心を開くためには、時間が必要です。聖杯戦争の期間は、決してそれに足るものではない。ですが、それを無理やり補う方法はあります――自分のすべてを、相手にさらけ出してしまえばいいのです」

 

 自分の過去、感情、展望、そして今。

 あらゆる情報を、相手と交換し、そして認め合えば。

 信頼という感情を得るためのあらゆる行程を、スキップすることができる。

 

「残念ながら、マスター。貴方はとても聡明な人です。だから、感情的になることは会っても、感情に身を委ねることはしない。できない。――したことがない」

 

 する機会がなかったから。

 する相手がいなかったから。

 する必要がなかったから。

 

 ――朝海は、他人に自分を明け渡すことをしたことがない。

 

「……でも! 私と彼には多くの共通点があった。共有すべき目的があった。今更語る必要もないくらい、今更考える必要もないくらい、私と彼は――――」

 

「そもそも――」

 

 キャスターは、遮った。

 朝海の言葉を――これまでのすべてを否定する。

 その爆弾を、ここでようやく投下する。

 

 

「――私は、別に誰のことを指定して話を語っていたわけではないですよ?」

 

 

 一体誰のことを想像していたのだ、と。

 ――キャスターは、少しだけ意地の悪い声でいった。

 

「――ッ!!」

 

 ガバっと、朝海がそれで起き上がるには、あまりに十分な言葉であった。

 

「怒るよ! キャスター」

 

「……あらあら」

 

 キャスターは布団に寝転がったまま、こちらを見上げている。

 起き上がったばかりの朝海に、視線を向けている。

 

「――マスターが、タコさんになってしまいましたわ」

 

 ――――わからない。

 朝海には、わからない。

 

 

 何故自分がこんなにも、頬を蒸気させ、“恥ずかしさ”を覚えているのか。

 

 

 もはや理不尽のような暴力であった。

 それを――キャスターが今まさに語ろうとしていることは、

 

「得体のしれない初対面の相手に心を開く。――一つだけ、理由があります。とっても単純で、とっても愛おしい、貴方だけの特権が」

 

 あまりに一方的で。

 あまりに、救われない。

 

 

「――――ひとめぼれ。恋は、若い少女の特権です」

 

 

 朝海は、

 ――ポスン、

 と。

 

 あまりにもあっけなく、その場に。布団の上に崩れ落ちた。

 

「……ひとめぼれ?」

 

「正確には、もう少し複雑ですけれど、――急速に、人が人を恋してしまう時、それはなんであれ、ひとめぼれという表現が世界で最もふさわしいのです」

 

「…………いや」

 

 朝海は、否定する。

 

「――ひとめぼれ、じゃない。そもそも、私はひとめぼれが嫌い。理解できないから、嫌い」

 

 ひとめぼれは、あまりに理不尽な現象だ。

 

「ひとめぼれは――暴力だ。する方はともかく、される方はたまったものじゃない」

 

 そんな言葉を、昔どこかで聞いたことがある。

 物語の中であったか、誰かが綴った詩であったか。

 

 いや、そんなことはどうでもいい。

 

 朝海にとってそれは、どうしようもなく訳の分からないものなのだ。

 

「――だから、ひとめぼれじゃ、ない」

 

 キャスターは、

 そんな朝海の発言を、真っ向から否定する。

 最初から、キャスターの言葉は当然であるかのように。

 

「――いいえ、違います。それは理解できないからではない。 ――マスターが知らない、だけなのですよ」

 

 そう、言い切った。




 ちゃっかり本編で初登場のキャスター真名。
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