Fate/R avenge Knight   作:暁刀魚

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第七章 2

 召喚されて、アーチャーはマスターの不幸を呪った。

 何せ、そのマスターは人としての機能が停止している。

 雪白真華は死していない。

 さりとて、意思なき彼女に生はない。

 

 故に、それは機能が停止していると言わざるをえない。

 

 アーチャーは一人であった。

 現在、彼女はマスターの部屋の前にいる。

 

 雪白真華は人としての役割を終えている。

 どうあろうと、あのままでは彼女は救われない。

 ――とうの昔に、召喚されたその日にそれは、悟ったことだ。

 

 ――問おう、貴方が私のマスターか。

 アーチャーの言葉。

 返ってきたのは、あまりに淡白で抑揚を喪った声。

 

 ――うん。――よろしく。――アーチャー。

 

 それだけだった。

 それ以上は、何もなかった。

 ただアーチャーにそう語った真華は、そのままその場に崩れ落ち、後はただ人形と化すほか無かった。

 

 真華は何も語らない。

 話しかければ、それに応える“機能”はある。

 だが、それはあまりにも必要最低限のことである。

 

 彼女に否定はない、問いかけられれば、肯定する。

 否定はしないのだから、あとはただなすがまま――誰が、一体何をしようと。

 

 ふざけるな、そんな事、到底許されるはずがない。

 ――真華には、何もかもが見えていない。

 無いのだから、見えないのも同様なのだ。

 

 だから、それは、きっと。

 

 アーチャーの由来以上に、アーチャーの生い立ち以上に、最悪だ。

 そして、そこから行き着く真華の行く末は――アーチャーは、自分と彼女を重ねていた。

 

 決して不幸ではないにしろ、アーチャーは不遇であった。

 だからこそ、不遇であり、更に不幸にすら堕ちかねない少女に、アーチャーは憐憫を覚えた。

 

 結局のところ、アーチャーは激情家だ。

 義憤に暑く、また悪を許さない質である――その本質は、“彼”の周囲からしてみれば、あまりに横暴であっただろう。

 

 だが、それでもアーチャーは善性の英雄だ。

 それは、彼女が手にした、ある魔剣が証明してくれる。

 

(――意識を、切り替えなくては)

 

 ふと、今は腰元にない剣の柄を握りこみそうになって、思い直す。

 ずいぶんと長い間思惟にふけっていたようだ。

 どうあれ、これからアーチャーは戦場に出る。

 

 その前にもう一度、今は睡眠に入っているであろうマスターの顔を、一目見ようというのだ。

 

「失礼します」

 

 ――軽く戸を叩き、呼びかけるように、そっと呟く。

 返事はない、――もとより、睡眠している真華を起こさないよう、音量はかなり少ない。

 返事がないことを確かめると――睡眠していることを確かめると――ゆっくりアーチャーは中に入る。

 

 横にスライドする、和式の扉。

 飾り気などあったものではない、白の無地。

 

 まるで、そこにいるのが誰であるかを、明白にするかのような――

 

 果たして、真華はいた。

 しかし――彼女は決して睡魔に微睡んではいなかった。

 起きている。

 ――布団から起き上がり、微動だにせず、そこに“在る”。

 

「――マスター?」

 

 アーチャーは、ふと確かめるように近づく。

 彼/彼女には知れないことではあるが、真華の瞳に光はない。

 ただ、起きているというプログラミングに基づくかのように――佇んでいる。

 

「起きて……は、いるのですね。マスター、これより戦争が始まります。マスターは、どうかゆっくりとお休みになってください」

 

 ごくごく丁寧な口調で呼びかける。

 彼/彼女の振る舞いは、善良だ――そして、善良であるがゆえ、その立場すらも逸した振る舞いと成る。

 アーチャーの立ち位置からすれば、通常これは考えられないものであった。

 

 それでも、アーチャーは務めて従者となる。

 

「……マスター?」

 

 訝しむ、というわけではないが。

 ぼんやりとしたままの真華の気配に、不思議そうにアーチャーは近づく。

 

 通常であれば、先ほどのアーチャーの言葉に、真華は肯定しないはずがない。

 最中は肯定“しか”しない。

 それを利用するようで、アーチャーは常に真華へ難しい顔をむけるのだが、とかく。

 

「お休みになって下さい、夜更かしは身体に毒ですよ」

 

 そっと、耳元でささやくような距離で、ポン、とアーチャーは肩をたたいた。

 諭すようであった。

 普段であれば、そんなことは必要ないというのに。

 

 ほとんど寄り添うような距離で会ったも、真華に変化は見られない。

 ――いやそも、真華の場合、そこまで距離を近づける必要はないのだが。

 

「…………」

 

 一体どういうことだろう、思案にふけった顔で、アーチャーは立ち上がる。

 視界の無いアーチャーには、真華の表情を確かめることができない。

 ただ真華がそこにいること、そして真華がまだ起きていることしか、わからないのだ。

 

 ――だが、

 彼/彼女の困惑が頂点に達したその時、それに水を差すように――――

 

 ――“ソレ”は気配となって現れた。

 

「――これ、は」

 

 遠く、そして扉越しでもその気配はすぐに解る。

 それはあまりに、人の域を飛び越えていた。

 英霊である――が、それ以上。

 

 神以上――アーチャーに近い、何かであった。

 

「――やぁ、こんばんわ、アーチャー」

 

 振り返る。

 気配は解る、だがその立ち姿はアーチャーには知れない。

 ただ、その声の“無性別”と背丈から、姿を想像することはできる。

 

「何かようか、セイバー」

 

 アーチャーは、自身の感情を覗かせない声で答えた。

 彼/彼女とセイバーの間には、関係と呼べる関係はない、会話は精々二言、三言。

 それもあってか、アーチャーからセイバーに対する感情に、親しみもなければ悪意もない。

 

 あくまで、同盟相手、程度の認識だ。

 ――それでも、この陣営の中で、もっともアーチャーと“親しい”のがセイバーであることは、ある種の皮肉か。

 

「いや、業務的な連絡だよ。別に僕が君に伝える必要はないだろうけれど、夢に微睡む肩に手をたたけ、と。まぁ、構いはしないけれどもね」

 

「……なんだ」

 

 催促するように、問う。

 

 セイバーはあくまで端的に。

 たった一言で、それを説明する。

 

 

「――今日は、僕も出る」

 

 

 アーチャーの驚愕は、決して重大ではなかった。

 それはなるほど、と頷いた程度。

 だが、問わねばならないことはあった。

 

「――では、ここの守りはどうなる。攻めは時には守りになりうるが、だからといって無人では、セイバーのマスターはともかく、俺のマスターはあまりに危険だ」

 

 セイバーの言葉の狙い。 

 そして、意味。

 アーチャーはそれを即座に看破した。

 

 単純なことだ――今日、この日、聖杯戦争に決着をつけようというのだ。

 明白なことであるが、現在は主催者陣営である「赤紫羅陣営」、そしてそれに対抗するキャスター陣営を中心とした「瀬場邸同盟」の二つが盤面にある。

 ライダーはこのどちらにも属さないが、両陣営に挟撃された場合の不利は明白。

 完全な推測ではあるが、キャスター陣営と、何らかの協定が結ばれている、というのはアーチャーの見解だ。

 

 コレに対し、「赤紫羅陣営」は敵対サーヴァントのうち一騎を脱落させることを決めた。

 もしも、現在の状況が崩れれば、現在の盤面は完全に崩壊する。

 これはそのための行動というわけだ。

 

「――仔細無いよ。一切合切何ら問題と呼べる展開もなく、問題は解決として切って捨てられる。つまり、君のマスターは、君が守るべきだ」

 

 ――ようするに、真華を連れだしてもよい、というのだ。

 この人形のような少女を、――その人形めいた裏にあるのは、つまり――――であるというのに。

 セイバーは連れだして構わない、という。

 

「……私が?」

 

 信じられない言葉を聞いたように、アーチャーが問う。

 事実それはその通り、他でもないアーチャーが、マスターを守る。

 通常であれば当然であるが、アーチャーの性格とこの陣営の実態を考えれば、それは明らかに悪手だ。

 

「僕のマスターからも許可は得ている。これはこの陣営総意の作戦というわけだ。だからアーチャー、君の協力は、必須ということになる」

 

 アーチャーの疑問を、一蹴するように言う。

 何も問題はないのだから、それをアーチャーが気にする必要はない、と。

 

 そしてもう一つ。

 暗に、セイバーのマスター――つまり、雪白真華に“鎖をつけた”張本人である赤紫羅仁の名を持ちだした。

 

「……ふん、そうか。ならばいい、無粋なことであったな。私はこの陣営のサーヴァント、それならば、それに沿うだけの仕事はするさ」

 

 言って、アーチャーはマスターである真華に向き直る。

 ちょうど彼女は、それに促されるように、立ち上がっていた。

 ――碌に食事を取っているのかも危うい、小枝のような体つきだ。

 痛ましい、と呼ぶには、ぎりぎりそれは真華が“秀麗”であることに救われている。

 それでも真華の美しさが、また本人の悲劇を引き立てるわけであるが、とかく。

 

「――参りましょう、マスター」

 

 エスコートする紳士のように。

 真華に手を差し伸べる。

 

「――――――――ふふ」

 

 それを、セイバーは――笑った。

 

「……何がおかしい」

 

「いえ何、君は不遇の英霊ではないか。――その態度が、誰にであれ取れていれば、そうはならなかっただろう、と」

 

「……ふん、友の少なさで言えば貴様も同様だ。それに、貴様の尺度で測られるのは気に食わん」

 

 セイバーは何の反応も見せなかった。

 今もくつくつと笑みを浮かべているのか、はたまた憮然とした態度でいるのか。

 残念ながら、アーチャーにはそれがわからない。

 

「――ところで、一つ聞いておこう」

 

 ふと、思い至った。

 これは作戦だ。

 ――間違いなく、策略でもって敵と相対する。

 ならば、その発案者は?

 

「ランサーのマスターだけれど、それが?」

 

「……いいや」

 

 弓弦だ、という答えに、何でもない風でアーチャーは答えた。

 どことなく重苦しい沈黙とともに、

 

「――あぁ、なるほど、“らしい”話だ」

 

 うんざりした様子で、言った。

 

 

 ♪

 

 

 そこは赤紫羅陣営が有する本拠地の一角。

 だが、正確にはそこは“どこでもない”。

 文字通り、そこはこの世界のどこにもない、場所なのだ。

 位相自体は現実世界と同一のもの、つまり、現実世界をXY座標で現した後、Y座標のみをずらしたのが現在の場所だ。

 

 一つの世界の“上下”どちらかに存在する別空間。

 平行世界というよりも、並行世界と呼ぶのが近いその空間は、文字通り「並行結界」という名で呼ばれていた。

 

 周囲はひとつひとつが、かの“神樹”ほどの大きさを持つ蔓に覆われている。

 そこが現実でありながら、現実と等価に存在するからこそ、膨大なスペースを確保できるというわけだ。

 

 そこに、一人の男がいる。

 男は何をするまでもなく上方――蔦に覆われた闇の向こうを眺めていた。

 

 さながら死体のようではあるが、その瞳には意識がある。

 呼吸も、完全に人のそれ――ただ呆けている、というのが近い。

 

『――――やはり、ここだったねマスター』

 

 声をかける誰かがいる。

 その場にはいない、この場所は――声をかけるソレは通る事ができるが、興味が無いのか入ってこない――例外を除いて、入り込むことは不可能であった。

 

『一方的に報告しておこう、僕を始めとして、全騎、敵を討つべく出陣した。既にランサーとアーチャーは準備を終えている頃だろう。後は僕が動けば、“始まる”よ』

 

 男は、答えなかった。

 そうか、とも、ごくろう、とも。

 ――そんな言葉は必要ないのだ。

 男は、根本的にソレ――セイバーを信用していない。

 そも彼が信用するのは己のみ、例外があるとすれば――

 

『……詳細は問わないのかい? 君の“息子”が立案した策だというのに』

 

 ――自身が絶大な信頼を置く、ただ一人の息子だけだろう。

 ぴくりと、男の身体が揺れた。

 それには興味がある。

 

『――――』

 

 興味をもった男に、セイバーは作戦の骨子を語った。

 男の顔が、みるみるうちに笑みに代わる。

 

 ――結構。実に結構。

 それでこそ、男が世界で唯一信頼を向ける、赤紫羅弓弦にふさわしい。

 

『……僕もそう思うよ――あぁ、実に』

 

 セイバーは、男の言葉を代弁するように言う。

 

 

『――実に、平素。愚鈍な君の息子らしい、というわけだ』

 

 

 赤紫羅弓弦は生粋の凡人であった。

 有象無象のなかでは、特に突出した才を有してはいる。

 だが、それは“集団の中で受け入れられる”程度にすぎない。

 

 アレは本物の天才ではない。

 ゆえに、男は弓弦を絶対的に信頼するのだ。

 

 弓弦はあまりに“平凡”であり、そして自分の“同類”だ。

 これほどまでに――――操りやすい男はいない。

 

 セイバーからの通信は途絶えた。

 そこにあるのはただ――

 

 ――ただ、凶相の笑みを浮かべる男。

 

 

 赤紫羅仁、だけがいる。

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