サーヴァントが街中に――それも、夜中であっても人通りが無いではない場所に現れた、というのは、すぐに瀬場邸同盟に伝わることとなる。
休養の夜から、一夜明け、そしてまた日が暮れる。
時刻は既に陽は落ち、夜は深まっているとはいえ、まだ一日をまたいでもいない頃。
あまりにも、早過ぎる。
それはどうにも、挑発的だ。
この時間、まだライダーは空に上がっていない。
故に、これを察知できるのは瀬場邸のキャスターしかいない。
だからこそ、それは語るまでもなく、
「――こっちを、誘ってるよね」
朝海の語るそれが、結論であった。
そして、もう一つ――そのサーヴァントは瀬場邸陣営が“未発見”であるサーヴァントであった。
「……ようやくお目見えか。ここまで盤面が正確化すれば、このサーヴァントが何のクラスであるかははっきりするな」
「――既に脱落したバーサーカー、キャスター、ライダー、そして私、アサシンが“非”赤紫羅陣営となります。そして――」
赤紫羅陣営が有するは残る三騎。
三騎士と称される、最優の三騎。
アーチャー。
ランサー。
この六騎が、現在盤面に姿を表し、瀬場邸同盟が把握しているサーヴァント。
とすれば、残る一騎。
この未確認サーヴァントに該当するクラスは、一つしかない。
「――最優の騎士、セイバー。私たちが打倒すべき、最後にして最強のサーヴァント」
キャスターが、言葉を締める。
最後の一騎がここに現れたことで、盤面は最終局面を迎えたと言って良いだろう。
つまり、このセイバーが、分水嶺。
「ここが究極的な“分岐点”というわけだ」
辰向の言葉通り、
これが恐らく、状況を決定づける戦闘となる。
まるで宣告のようなそれには、余りある感情が――見て取れた。
「……取り急ぎ、まず取るべきは人払いだよ。あんな所にいるセイバー……誰かを近づける訳にはいかない」
「そうですね、では、“彼女たち”に結界を作らせます」
まず、朝海とキャスターが動いた。
ここで行動が早いのが彼女たちであり――
「……どうみる、アサシン」
その間に、思考を纏めるのがアサシンと辰向たちである。
能動的な思考を持つものと、受動的な思考を持つものの違い、ということができるだろう。
役割分業というやつだ。
「そうですね、まずは――キャスター、貴方の配下、もしくは“教え子”である『歩き巫女』と、貴方は視界を共有できるのですよね? モニターを頼めますか?」
「分かりました。ではアサシンさん、少し指揮をお願いできますか? 貴方のゲリラ戦のスキルは、彼女たちにより高いランクの気配遮断を与えられると思うのですが」
もちろんアサシンに否はなく。
互いに意思を疎通は十分だ。
「なぁ朝海、その視界共有、俺にも頼めるか?」
「解った。少し待ってね、頼んでみるから」
鬼道の肝は、魔術の行使が“依頼”によるものであるということだ。
依頼された側が魔術を行使するため、必要な魔力量は少ない。
かわりに、この依頼が通らなければ魔術は実行できない。
―ーこの魔術最大の武器は間違いなく、魔術の行使者と使われる魂魄の信頼であることは明白と言えた。
「……オーケイ、カウントダウンの後、視界をつなげるよ」
「ありがとう。――アサシン」
それがつながると同時。
促すように、アサシンに呼びかける。
「まずは人払いの結界に対する反応を見ましょう」
言われながら、辰向たちは視界の向こうに意識を向ける。
かなり遠くから、サーヴァントの様子は見て取れた。
視界は一切動かず、ただサーヴァントのみを注視している。
最初に“ソレ”を発見した際、一切その場を動かず相手を刺激せず、ただ観察を続けるよう、命令が成されている。
とはいえ、それと同時に周囲に人の気配があることが見て取れた。
セイバーの周囲にいるわけではない、セイバーがいるのは、なんということはない県道の一角。
歩きまわる人はいない、しかし、移動する車は零ではなかったのだ。
「……やはり、“人通りはある”以上、どうしたって警戒しなくてはなりませんが、……魂喰いをするには、最善とはいえませんね」
キャスターの言葉通り、魂喰いをするのであれば、そこらの民家を適当に襲撃すればいい。
それをしないからこそセイバーが“こちらを誘っている”という結論に行き着く。
周囲は人家が多く、また信濃の道らしい、山に囲まれた“家を建てられる土地”に密集した家が特徴的だ。
そして、セイバーのいる辺りは――セイバーは徒歩でゆっくりと、ではあるが移動中なのでたまたまだろうが――人家はない。
「結界の配置にはあと何秒かかる?」
「十秒。すぐだよ」
適当な推算ではあるのだが――
朝海の言葉通り、きっちり十秒後、周囲を行き交う車が、道をそれ始めた。
視界が切り替わり、いくつかの車道を映す。
人の行き来は完全に絶えていた。
名門の当主と、魔術師のサーヴァント直々の魔術だ。
その精度は推して知るべし。
「完了したようです。視界を監視中の娘に戻しますね」
キャスターの言葉とともに、
視界が、
プツンと、切り替わり。
――真正面、鼻先間近に、能面のようなセイバーの顔があった。
「――なっ」
朝海の驚愕がポツリと漏れ――
直後、視点が急にぶれる。
何が起きたか、実に明白であった。
セイバーが“気配遮断を行っている”はずの使い魔を、
――破壊した。
「嘘でしょ?」
さらに呆然としたように、ぽつりと朝海は言う。
ありえないことだ。
――あの歩き巫女の気配遮断は、アサシンのスキルを受け、気配遮断のランクをBにまで上げている。
少なくとも、早々のことでは発見できようはずもない。
「……なるほど、気配を察知、もしくは気配遮断を看過するスキルですか」
「後者は限定的すぎないか? いや、幻惑や何かも見透かせるかもしれないが」
「セイバーですからね、最優――恐らくあの陣営の切札であることを考えれば、上位互換であろう気配察知と見るべきでしょう」
気配そのもの――幻術の中にあろうと、気配を断っていようと、それを見透かす力、というわけだ。
「……わざわざその情報を教えてくれるなんて、向こうはずいぶん優しいんだね」
朝海がどこか皮肉げに言う。
ただし、その言葉尻にはどこか強がりがあるのだが。
「向こうは今日中に勝負をつけるつもりなのでしょうし……これくらいは必要経費では?」
キャスターが指摘すると、がくりと朝海はうなだれた。
「だよねー」
先ほどのセイバーがよほど衝撃的であったのだろう。
そういえば、と辰向は思い出す。
(……朝海は、サーヴァントと直接戦闘するのはこれがはじめてだったか。対人相手では十五と思えない風格だが、英霊相手にはどうだろうな……いや、キャスターがいるのだから、気にするべくもないか)
不安は、無いといえば嘘になる。
だが、その不安を払拭するにたる人材が朝海のそばにいる。
「ともかく、思いの外はっきりしてきたな」
その意識を転換するため、という意味もあるが、周囲の雰囲気を切り替えるため、辰向が口火を切る。
朝海とキャスター、両名が辰向の方へ振り向いた。
「これ以上の監視は不要だろう。恐らく、どれだけこちらが隠れても向こうはそれを察知できる。とすれば、ここから考えるべきは――こちらが誘いに乗るか否か、だ」
焦点は、まずそこ。
まず発言するのは、キャスターだ。
「私は反対です! 危険なのですよ、相手は一瞬で歩き巫女を破壊した。あの娘は既に死んでいるから死にませんが、常人ではあまりに危険です。それに、これは――」
「――私は賛成だよ、キャスター。確かにこれは明らかにこちらを分断しにかかってる。でも、乗らないと相手は間違いなく魂喰いに出る。誘ってるっていうことは、脅してるってこと。なら当然、色よい結果がでなければ、次の手段に出るに決まってる」
割りこむように、朝海が言う。
あそこにいるのはセイバーだけなのだ。
現在、アーチャーとランサーの姿は確認できない。
とすればセイバーの討伐に向かえば、そこを突いてニ騎が襲い掛かってくるのは自明の理。
――だが、応えなければ、被害が出る。
これは市街の人間を人質にした脅しなのだ。
今はセイバーが穏健な手段に出ているから今はそれで良いが、しかしそうでなくなった場合。
絶対に、朝海にはそれは許容できないのである。
だから、言う。
心底を込めて、言う。
「――キャスター。私は絶対に、“そこだけ”は譲れない。たとえ、ありとあらゆる全てを妥協したとして――――私の尊厳すらも妥協しても、それだけは譲れない」
それは、あまりに真に迫っていた。
ただただひたむきで、ただただ純真とも言える、意思。
無理もなかろう。
――朝海には、それが全てであり。
本の数日前まで、それだけが朝海の在り方だったのだから。
(……十五年もの間、ただ復讐と、瀬場の管理する土地を守ることだけ、それだけに生きてきた、か。俺もそうだからこそ解る。……激情に身を委ねるということは、あまりにも、虚しい)
辰向は、ただ自身の無力感を自覚する。
目の前の少女に、今語りかける言葉はない。
結局のところ辰向も同じ穴の狢であるために――言葉を掛ける資格が無いのだ。
「――マスター」
「……何? 悪いけど、これだけは譲れないよ? 私は何を捨てたっていい、何もかもを捨ててでも――これだけは」
「……ダメです」
ただ、言葉を繰り返すようにキャスターは言う。
「“それ”だけはダメです。“尊厳”だけは。それを捨てるということは――マスターは、“女”としての在り方を捨ててしまう」
キャスターは言う。
そしてそれに、口を挟める者はいない。
辰向はその辺りの機敏には疎く、アサシンもまた、女性の尊厳を傷つけるような人生を送ってくることはなかった。
「女性のそれは、男性のそれよりも、あまりに容易く穢されてしまう。そして、二度と取り返しがつかないほど、重大なものなのです」
「……そりゃあ、キャスターはそういうだろうけど」
「いいですか、尊厳など捨てようと思って捨てられるものではありません。けれど――あまりにも、あっけなく踏みにじられ、散らされてしまうものであります。ですから――」
「でも――今、それは関係ないよね。私は魂喰いを譲れない。キャスターがそこを譲ることができないように、――これは、それだけの話だよ」
言ってしまえば、話はそこに帰着しうる。
この両名の意見は平行線だ。
どこまでも譲らず、そして決定的に――対立している。
「……アサシンは、どうだ?」
辰向は、そこでようやくアサシンに問いかけた。
話が実質的な決着を見たと判断したのだ。
つまり、決定などつきようがないという決着を。
「……私は反対ですがね、しかし時期が悪い。あと少し、ライダーを懐柔できていれば彼らを頼れたのですが」
「いや、アレに時間は関係ないだろう。もっとこっちが高圧的に話を持ちかけられないと」
常識など知ったことはない破天荒さである。
しかし、チェックメイトには抗わないのがノエミの良識だ。
「因みに俺は賛成だ。――この状況、打って出るべきだ。ライダーを動かせないってことは、この状況、俺達が解決し、そしてライダーにチェックメイトと言う必要がある」
「……結局のところさ、ようするにこういうことだよ、高度な判断を保ちながら臨機応変に対応するっていう。――いきあたりばったり、って意味だけど」
重要な局面であることは確かなわけで。
とすれば、ここで動かない理由がない。
「それと、ちょっといいか、アサシン」
――辰向が、ふと続ける。
ここまで状況が進めれば、ここが分水嶺。
いくつかの念話を、両者は行った。
“何か”を警戒するように。
契約によってパスと成るサーヴァントとマスターの念話は、両名だけのもの。
それは、たとえ赤紫羅仁でも覆せない。
「……なるほど」
たった一言。
しかし、あまりにも大いに何かがつめ込まれた言葉だった。
「――――であるなら、私は賛成としましょう」
「……、」
キャスターは沈黙していた。
アサシンが賛成したのなら――そう、表情が語っていた。
「なら」
朝海は顔を輝かせる。
「――決まりだな」
辰向が、音頭を取り、
「――打って出るぞ。出るのは、俺達だろう、アサシン」
ここに、赤紫羅陣営に対向する、瀬場邸同盟の方針が、決定した。