雪白辰向という青年は、その根本が受動的な人間だ。
誰かに合わせる、ということに関しては、こと稀代の才を持つ。
ノエミのような自由主義の破天荒少女が彼にとってもっとも縁のある人間であったことが、その証明といえるだろう。
彼の在り方、その根本にあるのは無力という起源。
生まれた時にそれを知り、魔術を習う上でも、それを魔術特性として自身を磨きあげた。
つまるところ自分では“何もできない”ことを、彼はあまりに知っている。
知りすぎるほどに。
だから、起源に逆らうという意味でも、彼は周囲の人間を頼る生き方を覚えた。
彼の生涯には、常に誰かの助けがあったことは明白な事実だ。
彼は無力ではあった。
しかし、誰にも何かを任せないほど、“無気力”でもなかったのだ。
助けるのは、彼以外の誰かであり、
しかし、それを“行わせる”のは彼であった。
つまり、何もできないが、その代わりに誰かに何かを起こすよう、自身が行動する。
そんな高い行動力――それこそが、辰向の根源と呼ぶべきものだった。
だからこそ、ということもあったのだろう。
彼には才能があった。
――例えば魔術であるとか、例えば体術であるだとか。
しかし、それはある一時期まで、彼にとって自覚できることではなかった。
それに気が付かなかったのは、彼が自分を無力だと思っていたから。
――そしてそれゆえに、彼にとっての“兄弟”であった弓弦の心象を、ついぞ辰向は理解できなかったのだ。
♪
辰向とアサシンは急いでいた。
二人共に並び、夜の地を駆けている。
車はあるが、万が一破損した場合取り返しがつかないのと、そもそもこちらの方が早いのだ。
両名は現在キャスターの魔術的な補助を駆けていた。
それは言ってしまえば稲刈りなどの際に行われる田楽に近い儀式であった。
つまり、対象を鼓舞することで、本来のスペック以上の力を引き出す魔術だ。
これにより筋力と敏捷――つまり、農耕の効率化のための身体ブーストがかかったのである。
因みに、一応朝海もかけて、二重に魔術がかけられている。
おかげかステータスにして、一ランク分の向上が見込めた。
特に辰向にとって、この“速度”は地上においては未知の領域である。
何せ上空を走行するのと同じ速度を、自在に操れるのだ。
“アレ”は空中でなければその余波と制御の難しさが露呈する。
「……ター」
それにしても、と辰向は思う。
あの、キャスターと朝海のやりとり、そしてそこから続く一連の流れの中で。
方針が決定した時点で、一度会話は途切れた。
(……その後の事が、どうも心に張り付いているようだ。別に、気にする必要もないのに、なぜだろうな)
「――マスター」
「……あ、あぁ済まない」
少しばかり、辰向は思考にふけりすぎていたようだ。
あと数分もすれば、セイバーの元に到着する。
「――ライダーの方に連絡は?」
「終えていますが、確かめるまでもなく、アレが空を飛べば私たちは気が付きます。今はそれよりも、足を動かさなくては」
セイバーがいる場所は、瀬場邸から少し遠い。
どちらかと言えば赤紫羅陣営の拠点に近い場所であった。
「私が先行いたしましょう。恐らくアレは、マスターではどうやったって荷が重い相手です。私も人のことは言えませんが――」
「……ま、確かにアサシンならばなんとでも成るだろう。危険だが、任せて構わないか?」
「えぇ、もちろん。――なんとも不思議な気分ですがね、従者という立場は、なるほど貴重な経験です」
幾つか、互いに言葉を投げ合う。
戦闘の行方をああでもない、こうでもないと話し合う。
本の数分にも満たない時間では会った。
それでも、それは互いに取って、思いの外有意義な時間であることは確かであった。
「しかし、マスターはセイバーと私の邂逅を如何様に」
「いやいや、何のために俺が魔術使いをしていると思っている。こんな時のための現代機器さ」
「ほうなるほど。……生憎と、二十年前ならぎりぎりまだ解るのですがね」
今から二十年前といえば、まだ携帯も今のように普及していないはずだ。
そも、当時の携帯は本当に、ただの電話でしかなかったと聞く。
ちょうど、二十年前に生まれたばかりの辰向にとって、それは少しばかり遠い時代だ。
「……いや、感傷に浸っている場合でもないか。そろそろだ、気を引き締めていこう」
「言われずとも。――では、参ります」
途端、
――アサシンの姿が掻き消えた。
気配遮断は既に行われている、単純に、辰向が加速にアサシンの姿を見失ったのである。
数値にすればほんのランク一つの差であるはずだ。
――しかし、実際に体験してみれば、それが単なる数値でないことが解る。
聖杯戦争が始まった時、サーヴァントとは“辰向自身”が戦闘するつもりであった。
そしてそれは今も同じであり、事実一昨日は辰向がランサーと相対した。
結果は、結局のところ散々なものであったのだが。
(人類の中でも、俺はそれなりに強い方のはずだ。けれども、英霊はそれ以上。ライダーに敗北し、ランサーにあしらわれた。そのことは、思いの外足に響く)
――精神的な、意味ではあるが。
自分と英霊の間には、絶望的なまでの差がある。
これがバケモノ相手であればよかった。
初日に戦ったバーサーカーのような相手であれば、いくらでもなんとかなった。
けれども、実際の英霊は、自分よりも一枚、二枚以上上手の相手。
どうやったって、敵うはずがないのである。
(……もちろん、そもそも人間である自分と英霊を同じ視点で語る事が間違いなわけだけど――それでも、いやだからこそ、負けたくない)
同じ地点にいる時点で、そこにいるのは全員が競争相手。
――辰向は無力だ、それを先の二戦で十分に思い知らされた。
(次は負けない――ライダーと戦った時、俺はそう言った。その中には、俺個人が負けたくない、という感情もあった。けれども、今はそれがない)
一種の妥協であった。
根源にあるのは彼の起源。
――「無力」という言葉そのもの。
無力である、ということを辰向は知っている。
その意味も、その実例も、――その、打開方法も。
そして、無力が無力のままでは行けないことも――辰向はよくよく理解していた。
だからこそ、負けられない。
その感情は決して彼個人のものではなく――彼とその仲間たちが持つべきもので、あったのだ。
(今日、この日、全てが動く。何もかもがうまくいくとは思わない。だからこそ、負けられない。何があっても――必ず、勝つ)
そんな辰向の意地は、誰かに告げられること無く、何処かへ消える。
ただ闇が広がって、街灯だけがポツリと浮かぶ。
消えた思いは、その行く末を、誰も知らない。
♪
朝海は、キャスターとともに瀬場邸にいた。
既に市街の監視に出していた歩き巫女――キャスターの宝具により形成された幽霊の女性たち――は帰還している。
一日に一人しか歩き巫女にできないため、総勢は七名。
本来は八名であったが、先ほどセイバーに破壊され、一名は元の死後の魂魄に還っている。
宝具『甲斐信濃巫女道』
かつてキャスターが歩き巫女を養成した施設であり、キャスターにとっての人生の大半そのものである。
ここでは“身寄りをなくした少女”が集められ、巫女としての技能、そしてスパイとしての技能を育てられた。
それを再現したこの宝具は、キャスターが作成した陣地内において条件を満たした女性を歩き巫女とすることができるのだ。
条件は単純、“既に両親を亡くしている”というもの。
生きている人間であれば、それなりに難しい条件であるが、魂魄を相手取ればそうではない。
彼女たちは既に死亡しており、その死亡原因がなんであれ時間が経てばその親族も死亡する。
古い魂魄を使用すれば、もはや条件など会ってないようなものだ。
その場合、もう一つの“一日に一人”という制約が枷となるのだが。
これでもキャスター曰く、“驚くほど早い”のだそうだ。
考えて見ればそれも当然、人を育成するのだ、最低でも一年は本来なら欲しい。
それが一日で完了すると考えれば、なんと手軽であることか。
閑話休題。
彼女たちは、現在瀬場邸の庭に陣取り、周囲の警戒に務めている。
そこは数日前、辰向と朝海がはじめて邂逅した場所であり――
戦闘を行うには十分な領域であった。
「……来るかな、敵」
「来るでしょう、現在私たちは一組、対してあちらは二組。絶好のタイミングです」
「――でも、一昨日は襲ってこなかったよ? ライダーの方を襲撃していたといえばそうだけど、やろうと思えば、一昨日もできたはず」
――朝海の言うことは最もだ。
それは、辰向であれ、アサシンであれ考える。
だとしても、今日は来る――二人がそう考える理由は単純だ。
「それこそ、タイミングの問題ですよ。あの日はまだ互いに様子見を選択する膠着状態であった。セイバーという鬼札を切りたくはなかったのでしょう」
「それが、一日の戦闘と、一日の空白で状況が動く?」
「こちらはあちらの情報をそれなりに取得できました。――それはあちらも同様です。恐らく、アサシンの真名程度であれば既に知れている可能性があります」
例えば、辰向の気配遮断スキルのランクが、遮蔽物のない空中と、遮蔽物まみれの地上では違うということが、向こうには知れている。
例えば、辰向のアサシンが“現代”のサーヴァントであろうことが知れている。
お互いに、相手の抱える手札が見えてきた。
とすれば――攻めるならば今しかない。
「ふぅん、一昨日の戦闘で、互いの手札交換が終わったわけだ。――ポーカーと同じだね。いらない手札を捨てて、別の手札を手に入れる。その結果、“より高い役”を作り上げた方が、勝つ」
その際、互いの“手札”は推察できても、確定はできない。
だからこそ――確定せずとも、どこかで必ず互いの手札同士をぶつけあう必要が出てくる。
赤紫羅陣営の行動はつまり――自信満々に、自分の手札に満足しながら、不要なカードを切り捨てている状態。
そして、待っているのだ。
カードを引くのは互い違いとはいえほぼ同時。
――瀬場邸同盟が、カードを引くのを待っている。
「なら、こっちは相手が持つ手札以上を手に入れるだけだよ。負けるつもりはない、負けられない。だって、これは私の復讐で、役目なんだもの」
「……はい」
キャスターは、朝海の言葉に反論しなかった。
思うところはあるにしろ、それを指摘するのは今ではない。
少なくとも、先ほどの口論から、そう判断することはできた。
――その時であった。
「――――敵襲!」
朝海が叫ぶ。
瀬場邸周辺の結界に反応があった。
即座に視界を歩き巫女のものとつなげる。
――案の定、であった。
そこにいたのは二人組の男。
赤紫羅弓弦と、ランサーである。
「……いかが致しましょう」
「――通して。さすがに、歩き巫女にあのランサーをすり抜けてマスターは狙えないよ」
真実その通り、歩き巫女に視界をつなげた“直後”。
ランサーがその歩き巫女へ眼を向けた。
恐らくは、視界ジャックにより起こった些細な変化を見逃さなかったのだろう。
気配遮断は成されているのだから、恐らく姿自体は見られていないはずだ。
弓弦達はしばらく無言で瀬場邸を眺めた後――恐らく、念話で何かを話していたのだろう――ゆっくりと、こちらへと足を向ける。
歩き巫女たちがその周囲を囲む。
逃すことがないよう、不意打ちにこちら側へやってくる事が無いよう、注意を払う。
やがて、彼らがゆっくりと山門をまたぐ。
そこに罠はない。
アサシンが現代的な破壊工作を行うという案もあったが、没になった。
単純な話、キャスター陣営はそんなことをせずとも堅固な守りを誇る上、余計な助けはむしろ逆効果だ。
加えて言えば、相手はランサーである。
彼にとってマスターは自身のウィークポイントである、とするなら、不意打ちでマスターを殺す、ということに希望が持てないのは自明の理。
成果が見られないのに、下手に家を壊すというのも――というのが瀬場邸同盟の結論だ。
アーチャーであれば、そもそも山門をくぐるなどということはしないだろう。
そして入り口手前でランサーと弓弦が視線を交わし合い――
――そこで、朝海は視界のジャックを解いた。
切り替わる視界のブレの中で、ランサーたちがかけ出したのが、ふと見えた。
数秒も立たず、彼らはこの場所に現れる――
――果たしてそれは、朝海の想像通りであった。
見慣れた顔だ。
朝海にとっての――数少ない、“取引先”。
それが、朝海と弓弦を現す関係。
「――よう、久しぶりだねぇ、瀬場のお嬢」
「……直接会うのは、はて、何年ぶりでしょう。お久しぶりですね、赤紫羅弓弦」
あくまで、壁としての敬語で語りかける。
朝海自身に弓弦に対する感情は、“嫌悪に近い無関心”ではあるが、だからといって憎しみはない。
だからこそ――その言葉には余裕があった。
「それにしても、残念でなりません。こうして、貴方をこの手にかけなければならないというのは」
「はは、それはこっちのセリフだぜぃ。――きっちり殺してやるよ、クソガキ」
互いを嗤う殺し文句は、思いの外軽快であった。
―文末設定集―
ランサーステータス
『筋力A 耐久D 敏捷A 魔力C 幸運E 宝具A』
非常によく纏まっています。
また、耐久が低く感じられますが実際は不死宝具により無敵なので、むしろ余分なステータスを他に回している、とも。
セイバーは次回になりました。