全ての始まりは、きっとあの時。
――辰向と、真華と、そして弓弦。
三者が駆けまわった――思い出の、あの裏山で。
――物語は、始まった。
そう。
六年前、赤紫羅弓弦の中に生まれた念は、赤紫羅仁によって発露した。
狂おしいほどに憎らしく。
ただ、人の死を吸う桜が如く。
――瀬場及び、現地の魔術師が聖地としたその場所は、元は“危険である”ために封鎖された場所だ。
街の中心であったこともあり、神を司るモノにより封じられたそこは、やがて神秘を保つようになった。
それが今の、この山の有り様だ。
とはいえ、その山の傾斜が激しく、道を一歩でも踏み外せば、そのまま命を落とすのだ。
「――一体どうしたんだ?」
雪白辰向――当時、十四歳。
裏山は、かつての自分のホームポイントだ。
原初の記憶であり、そして赤紫羅弓弦、雪白真華との、思い出の場所。
まあ、そこには魔術を学ぶための施設もあり、彼の原点は、ここにあったと行って良い。
服装は、二十の頃よりもだいぶラフ、初冬ということもあってか、鳥の羽のような生地が特徴的だ。
「いやなぁに。ちょっと話があるってェだけよ」
赤紫羅弓弦、同じく十四歳。
生まれは、数ヶ月ばかり辰向が早かった。
自分と辰向の関係を兄弟で、自分が弟だと弓弦は言う。
その意識の根底には、この事実があったというわけだ。
辰向同じく、服装は冬にあわせて裾のゆったりとした長袖を着込んでいる。
「話って、わざわざこんな場所で? 別にここである必要もないだろ」
「――そりゃあ、オメェ、親父に聞かれたくねぇことがあるんだよ」
――この当時。
辰向は自分の置かれた状況が、異様であることは多かれ少なかれ自覚していた。
しかし、辰向にしろ他の二名にしろ、あの神社を出ることは許されていなかったし、また不可能であった。
何せ何をしようにも、赤紫羅仁がそれを見張っていたのだ。
なぜ――というのは当時にはわかり用がない。
今になってみれば解る。
恐らくはあの神木を、赤紫羅が占拠するあの街全体につなげていたのだ。
空間の中に、神木の蔓という回路が繋がれていた。
その回路のある場所では、何もかも――音も、映像も、何もかもを見通す事ができる。
何せ空間そのものに接続し、それを我がものとしているのだから当然だ。
閑話休題。
「そうはいってもな、それはここなら大丈夫なのか? そういう訳でもないだろう」
「いいや、そうでもないぜ。親父が使ってるのは十年以上前に、この辺り一体を監視する必要があるから設置したんだと。でも、ここは親父たちにとっての聖地。加えて本拠地の核がある場所だ。必要もなかったんだろうな」
弓弦の言葉に嘘はない。
少なくとも、“聖杯をめぐる戦争”の際に、この本拠地の核である裏山にはそういった仕掛けは施されていない。
だが、それはあくまで聖杯戦争戦争が終わるまでのこと。
――つまり、今現在、弓弦の語るそれは、真っ赤な嘘ということになる。
――けれども、それはあくまで事実との相対性あってのことだ。
側面的な見方をすれば、そこに一切の嘘はない。
まさしく、真実が嘘に“拐かされた”かのように。
「……そうか、なら。……なんだ?」
「――真実、だよ」
一気に、辰向は心を鷲掴みにされる。
弓弦の言葉を、疑問に思う暇すらなく。
「俺達は、騙されてるんだ。結局のところ、――等しくな」
かくして、弓弦は語る。
赤紫羅という一族に生まれた鬼才――その顛末を。
辰向は何一つ口を挟まなかった。
ただあるがままに、弓弦の言葉を受け入れる。
そこに、疑問の余地など一切なく。
「――つまるところ、俺達は親父の餌でしかないんだ。……解るか? このままじゃあ、俺達はあいつの食い物にされ――死ぬ」
「……っ!」
――そう、話を締めくくる。
ただ、結局のところ、最後まで弓弦は自身の本心を語ることはなかった。
そう、ただあるがまま、事実のみを彼は口にした。
そこに、弓弦という個人の意思などあるはずもなく――
――それは、
「……なぁ、辰向」
弓弦がふと、手を差し出す。
「俺はお前と共に、雪白真華を救いたい。コレまでの話を聞けば解るだろう――?」
辰向に、言葉はない。
ただ、その場に立ちすくむ。
「――俺は、あいつを救いたい。あいつは、俺の妹でもあるんだよ」
だから、と手を差し伸べる。
そこには意思があった。
――救おうと、甘言のように辰向を誘う。
「……あぁ、当然だ。――ようやく、俺の中の疑問が全て氷解したんだ。今なら、純粋に感情を向けられる」
そこに、疑いと呼べるものは一切なかった。
――だから。
――それは、弓弦の意思――彼の嫉妬を、全く垣間見ることのなかった、その証であった。
気がつけば
――すっと、弓弦の裾からナイフが転げ出る。
それが、辰向の顔を、切りつけた。
「……え?」
鮮血が、飛び散るように舞う。
本来であれば、顔をそのまま切り裂くはずだったそれは、しかし辰向の直感が回避した。
反射神経と言い換えても良い。
それほどまでに紙一重に、辰向はそれを避けたのだ。
「なん、で――」
「……はは、ははは、ははははは!」
弓弦は、ナイフを構え直しながら、狂い笑う。
それがあくまで当然のように。
――そう、振る舞うのだ。
「ッハ! どこにおかしい事がある。俺は真華を救いたい――! けどよぉ、それにお前は必要あるかァ?」
救いたい。
――そう、弓弦は言う。
だが、それはある種の独占だ。
彼の中にあるのは、真華を自身のモノにするという欲望――
「ねェーーンだよ、そんなもん! そう、お前は必要ねぇ――だから、死ね……ッ!」
ゆらりと、弓弦の身体が揺らめいて、辰向に迫り。
――しかし、辰向はそれに反応できない。
身体が、氷のように動かない。
そして、
――二つの身体が、折り重なった。
辰向が下に、弓弦が上に。
ただ、辰向の驚愕が瞳を見開かせる。
それはナイフが彼の懐に到達しても――なお一層変わらない。
そして、
辰向達がいるのは裏山。
一歩踏み外せば命を落とす、山道だ。
――気がつけば、辰向の身体は宙を舞っていた。
「は、ハハ、やった! やったぞ」
――血のついたナイフを振り回し、カタカタと身体を震わせながら、弓弦はその場に倒れこむ。
もはや意識は常人のそれではなく――狂気に満ちた瞳は、あまりにそれを克明に周囲へ告げていた。
――だが、
結局のところ、辰向はこれで死亡することはなかった。
彼には無力を否定する力があり、現在のように空間の走破は不可能なものの、浮遊程度なら可能である。
落下死で、辰向が死ぬことはない。
加えて弓弦は冷静ではなかったため最後までそれに意識を向けることはなかったが、弓弦が刺したのは辰向の脇腹だ。
それでは、どうやったって致命傷には至らない。
かくして辰向は生存したままその場所から逃げ出すことに成る。
無論、仁はそれを見張っていた――が、傍観した。
辰向を始末した後の弓弦の反応――そして、始末したはずの辰向が生きていたと知った時の、弓弦の顔を想像したためであった。
――それが、始まり。
雪白辰向と、赤紫羅弓弦。
そしてその周囲をめぐる、聖杯戦争――その始まり。
♪
キャスターの身体が宙を舞う。
後方への退避だ。
ランサーの槍を弾いた勢いのまま、飛び退ったのである。
ランサーが槍を引き戻し、構えながら飛びかかる。
致死の一撃を、キャスターへともたらす。
しかし、それは叶わない。
キャスターの足元から、白く曖昧な何かが、ランサーへと襲いかかるのだ。
魂魄。
霊の意識がキャスターの依頼に則り、動きだしたのだ。
形をなし、ランサーを拘束するべく迫り来る。
一つ目をランサーは回避した。
体を屈め、続く二つ目、そしてそれ以降。
およそ数は――十。
二つ、三つを切り刻む。
横薙ぎがそのまま、霊魂に破壊をもたらすのだ。
槍は円を描いて回転し、ランサーは前方へ突き進む。
三の魂魄、二つは牽制――回避を妨げるモノで、直進すれば当たらない。
残る一つを、切り裂き――さらなる七つ目の魂を、身を屈めて回避する。
それは構えでもあった。
ランサーは跳んだ。
――八つ目、九つ目をこれでまとめて躱す。
宙にて、およそ一回転。
そののちランサーは着地した。
「――ほう!」
そして、十。
だがそれよりも早く、それ以上のスピードで迫る何かがある。
キャスターの得物――実物は初めて見る。
知識のみで知る存在――和の世界にのみ存在したそれは、名をクナイと呼ぶ。
弾いた。
それはランサーの腕に痺れを覚えさせる。
威力にして――ランサーの筋力とほぼ同等、どころか、それを押し返す程に上昇している――!
「――貴様、真にクラスはキャスターか! よもやあのアサシンとクラスを取り替えているのではあるまいな!」
「さぁ、どうでしょう――!」
ランサーの絶叫も無理は無い。
何せ、現在のキャスターの敏捷はランクにしてB、筋力に至っては最高ランクであるAである。
からくりは単純だ。
彼女が持つ農耕の儀式を、自分自身に行ったのだ。
加えてこの場は、数日分のあいだ、ひたすらがむしゃらに続けてきた陣地作成により、恐ろしいまでのバックアップをキャスターに与えている。
さらに言えば、キャスターにはもともと戦闘の素質があった。
――だてに、彼女の出自はくノ一ではない。
「気ィつけろランサー! 恐らくそいつは、この信濃の地に置いて最悪クラスの知名度補正を背負ってやがるぞ! でなけりゃそんなステータスにはならん」
弓弦の言葉が檄をとなる。
キャスターの戦闘スタイルは、陣地防衛型の近接戦闘だ。
陣地に相手を誘い込み、そこで最大のパフォーマンスを発揮することで、敵を撃退する。
本来、キャスターとは魔術師のクラス。
対魔力をデフォルトで有する三騎士相手では、恐ろしいまでの相性の悪さを誇る――が。
彼女のスタイルは肉弾戦と、霊魂による“物理的な束縛”。
つまり、彼女には対魔力スキルを、完全に無視できる強みがあるのだ。
「ハン! それでこそサーヴァント! それでこそ英霊! 魔術師などという陰気なクラスを相手のするのだと嘆いていたが、コレは面白くなりそうだ!」
再び、ランサーが迫る。
キャスターは取り出し直したクナイを両の手に構える。
そこからは、凄烈なまでの剣戟であった。
ランサーの突きが、無限のほどキャスターにせまる。
しかし、受けて側はキャスターだ、それを弾くには苦労はない。
当然、前のめりなまでの反撃がランサーを襲う。
必然的にそれは、互いの反撃が互いを掠める、乱打戦となった。
そこに、
――キャスターの魂魄が襲う。
攻め手であったランサーに、それの回避は容易だ。
しかし、――接近した意味がコレで消え失せる。
――ならば、
「ッラァ――!」
投槍、出来の悪い量産品は、たった一投で砕け散る。
それでも、その威力は折り紙つきだ。
「――ッ!」
どれだけランサーを往なすことができたとして、さすがに本分である投槍を、直接戦闘を本分としないキャスターが防ぐことは難しい。
キャスターはその場に投げ捨てるようにクナイをランサーへ放る。
ランサーはそれを回避すらしなかった。
肉体にそれがかすめると、金属が如く弾かれ、闇に溶ける。
――迫るは束縛。それを、なぎ払うように、一条の槍が閃く。
光に全てが消し飛んで――後には、破壊だけがある。
キャスターはごろごろと槍の通った端を転がった。
回避はギリギリだ、あと少しでも遅れていれば――死んでいた。
だが、窮地に変わりはない、ランサーは手槍を構え、すでにキャスターの目前にある――が。
それをキャスターが許すはずもない。
彼女の周囲に、再び魂魄がわいた。
キャスターをかばうように、ランサーの槍の一撃を受け止める。
後は、キャスターが立ち上がり、それに加わるだけでいい。
――まずい、そうランサーは認識したのだろう、後方へ飛び退き、マスターである弓弦に声をかける。
「――おい、マスター! 相手の手数が多すぎる。こいつは俺でも押し切れんぞ! あの亡霊どもを何とかするべきだ!」
「ハッハァ、解ってますよ。――ありゃあ、あの巫女どもがやってると見て間違いねぇな」
――手数が多すぎる。
明らかに、キャスターの戦闘は一人で同時にこなせる量ではない。
人類の――英霊の局地とも言える神代のランサーが、追いつけないのがその証拠。
「……させると想いますか?」
それを阻むものは、当然いる。
「へぇ――そもそも、お前さんをぶっ殺しちまうのがはえーんだヨな。そこんとこわかってるか? 瀬場のお嬢よう」
「それはこちらの話です。貴方こそがランサーのアキレス腱、当然――私は貴方を殺しますとも」
互いに、ランサーとキャスターにとってのアキレス腱。
――マスター同士もまた、互いの敵意を認識する。
かくして、瀬場邸の戦線は大いに激化の一途をたどる。
別件で筆が進んでないので、第七章が終わった段階で、第八章が書き溜めできてなかったら、一端休止して第八章書き溜めてから再開したいと思います。