絶対不可避の距離で放たれた斬撃。
――絶体絶命どころではない、それは“絶対”の一撃であった。
つまり、回避など端から選択肢にはない。
できるとすれば、如何に傷を浅く済ますか――だのに。
アサシンの身体は地にあった。
そこに、“一切の傷は存在しない”。
「――へぇ」
セイバーが感心するのも無理は無い。
あの状況、誰に回避が想像できよう――セイバーは回避の種を知っている。
それでも――あの状況ならば、回避は不可能であろう。
そう考えていたのだ。
だが、それを覆した。
アサシンが持つ、最大のアドバンテージにして彼の切札。
「これが星の開拓者――時代を作った英霊の力、か」
――星の開拓者。
時代のターニングポイントとなった英霊に対する特殊なスキル。
有名な所で言えば、英国を二等国から世界の覇者たる大英帝国にまで引き上げた英雄、フランシス=ドレイク。
時代に社会主義――マルクス主義という新たな概念を持ち込んだカール=マルクス。
などなど、人類史の転換点となるような英霊が所持するスキルだ。
「……ぐ、ふぅぅぅ」
見下ろすセイバー、アサシンは、地面に転がったまま、その場で息を整えている。
あの状況から回避して、しかしそれ以上の運動を、彼の身体が許さなかったのだ。
「立ち上がってみせなよアサシン――最新の英霊」
――最新。
それがアサシンに与えられた称号だ。
英霊として、彼ほど現代に“近い”者はそうそういないだろう。
そして現代英霊にして、現代においてはトップクラスの大英霊。
彼を越えようと思うなら、それこそ某大戦のカリスマクラスが必要だ。
「えぇ……貴方の期待にかかわらず――私はまだ、ここで伏せるつもりは、ございませんので」
促される。
――しかし、立ち上がらない。
セイバーがその程度で気を悪くしないことを理解している。
臨界点を見据え、その上で自身の身体を休息させているのだ。
「――――」
「――――」
数分。
両者の間は沈黙であった。
やがてそれを、破るのはセイバー。
「……ふぅん。興醒めだよ。さすがに、こうも沈黙を保たれると、君への興味は逸してしまう」
「それは――誠に申し訳ありません」
頃合いだろう。
――そう、判断してアサシンは立ち上がる。
だが、セイバーはそれに意識を向けることはなかった。
「アサシン、君はサーヴァントとしては中々興味深い手合いだ。少なくとも、僕がこれまで知ることもなかった相手。時代が違うのだから当然だけれど――僕と君では、そも住む世界が違う。その相違点は、中々どうして面白いものだ」
言いながら、セイバーは手元で虹光を帯びたままの宝剣を振り回す。
光が散って――どこかへ消える。
その光の先に、遠く――届きすらしない場所に、アサシンがいる。
「神秘としての格を持たない君は、しかし生粋の英霊だ。魔術の世界に浸らない、“最新式”の英霊というのは、歯ごたえのある相手であったよ」
――けれども、
「でも、それだけだ。君は確かに前菜としては大いに美味だった。とはいえ、それはあくまで前菜だ。それにばかりかまけては、食事そのものに飽きが来る」
つまり、もうアサシンは必要がないのだ。
時間も十分すぎるほどに稼いだ。
そうセイバーは言っている。
「メインディッシュを頼もうか。アサシン、君じゃない――君のマスターをここに呼んできて来れないかな? 僕は、君のマスターに会わせてもらうよ?」
そこに、依頼と呼べる要素はない。
セイバーのそれは確認だ――命令ですら無い。
つまるところ、彼はそもそも、拒否という意識すらアサシンに向けていないのだ。
「ふむ、そうですね……」
対しアサシンはあくまでまじめに思案する。
恐らく、待ち時間は数分もないだろう、必要なのは即断即決。
――あくまでアサシンがこうするのは、マスターと念話でやりとりするためだ。
やがて、結論はでた。
あまり時間をかけられないのがアサシン達だ。
つまり――セイバーからの提案ならば、それに乗らない選択肢はもともと無い。
「――では、マスター。ご足労をおかけします」
「――いいや、構わないさアサシン。すまないな、無茶をさせた」
声は、思いの外近くであった。
そも――辰向の待機場所は、アサシン達の姿がみえる場所。
移動までに、数分程度の時間も要さない。
「やぁ、はじめまして、アサシンのマスター。僕の名前は――まぁ、語るまでもないね」
知れ。
――知らぬならば、知れ。
セイバーの意思は明瞭であった。
「――雪白、辰向だ。お前は俺の敵、覚えてもらう必要はない」
暗がりから、辰向の姿は蜃気楼のように揺らめいた。
瞳が、セイバーと、アサシンを見据える。
ちょうど、アサシンとセイバーを囲む形になった。
「ふむ、でも――今の僕が望むのは会話だ。君には少し興味がある。少しばかり――君の深層をのぞかせてもらうよ」
どこまでも、“既に見透かした”かのような声。
セイバーは、ニィ――獣のように、笑みを深めた。
♪
ドタバタと、ライダーとノエミが拠点内部を行ったり来たりと慌てふためいている。
特に忙しいのがノエミだ。
現在、彼女たちは空へと向かうべく急いでいた。
何せ急に、この夜の異変を伝えられたのだ。
準備など何一つできているわけもなく――
また、間の悪いことに、ノエミはその時湯船にいた。
現在ノエミは下着姿のみで動き回っている。
する必要もないスポーツブラが、なんとなくもの寂しい。
「ちょっと、アレどこよ! アレ!」
「アレってんだ! んなこと言われても俺にゃ解らん!」
「アレよ! ――ぁあぁあああもう! 自分でもわかんないわ!」
もはや冷静でないのは見ての通り。
何が必要で、何が不必要か、それすらあやふやなまま、必要なことは何一つ遅々として進んではいなかった。
このままではクライマックスに乗り遅れる。
このままでは活躍の機会なく戦争が終わってしまう。
そんな焦りが、両名を急がせていた。
特にライダーは自身が活躍できなかったとあれば、願いを主張するにも肩身が狭い。
必死になるのも当然だ。
「よぉぉぉぅし、大体準備できたぞ!」
ライダーの声。
おもわずぱっと、ノエミはライダーの方を向いた。
既にパイロットスーツに着替え、臨戦態勢に入ったライダー。
声音はいつもの彼であったが、その顔つきは、戦闘時のライダーに変じていた。
「……ん?」
そこで、違和感。
ノエミはなにかを感づいた。
「――あ、服! そうよ、服着るの忘れてたわ」
「…………っ! えぇい、さっさとしろぉ!」
ライダーの絶叫がこだまする。
――彼らが戦場に踊り出るのは、まだ少し先の話のようだ。
♪
――向かい合う。
赤紫羅弓弦と、瀬場朝海。
互いに、互いを射程に捉えるべく、ジリジリと足を動かしていた。
瀬場朝海は巫女である。
その本質は舞――神に奉納する、豊穣の舞である。
瀬場邸はキャスターの陣地作成により、現在一種の儀式場とかしている。
つまり、その内部であれば、彼女は“瀬場”としての魔術を十全に発揮できる。
とはいえ、もとより神木有する市街は、彼女を信奉する魂が多くある。
信者ある場所で舞を踊れば、それ相応の魔術を発動することができるのだが――
とまれ、彼女は典型的な“ホームグランド”にて真価を発揮する土着の魔術師だ。
対するは赤紫羅弓弦。
赤紫羅の魔術、その本質は契約である。
弓弦は特に洗脳や暗示を得意とする魔術師であり、その中には、自己暗示と呼ばれる物も含まれる。
本来、弓弦は前線で活躍するタイプの魔術師ではない。
だが――重い腰を上げた彼の使う魔術は、つまり自己に対する暗示だ。
――身体のリミッターを外す。
火事場の馬鹿力と呼ばれるそれを、魔術が行使されている限り、永続的に発揮できる。
無論、その後に待っているのは地獄だが。
――一戦闘中であれば、それは何の問題もない。
あくまで非常手段なのだから、この程度のリスクは織り込み済みだ。
とはいえ、
できうる限り、戦闘時間を短縮させるのが弓弦にとってのベストではある。
つまり、そのベストを見極めるための、現在の沈黙であった。
――ジリジリと、
ジリジリと――
互いのポジションが変化していく。
確定的な状況はない、先手を取るにしろ、後手で受けるにしろ、リスクは有る。
それを承知で、動いたのは朝海であった。
これは両者の状況の違いが大きいといえるだろう。
何せ、朝海は“弓弦を殺す”以外に勝利の手段はなく。
弓弦の場合は、あくまで面倒な障害の排除ではない。
彼に勝利はほぼ必定、後はどんな方法でもいい、キャスターと朝海の首をへし折るまで。
――朝海が肉薄する。
一歩、急激に跳んだかと思えば、その場で身体をゆらし、そして前進する。
彼女の進撃は単なる突進ではなかった。
その至るところに、無駄と思えるステップがある。
だが、タイミングをずらす、という意味は大いにあった。
攻めあぐねていた弓弦が、さらに身構え攻撃を待つ。
掴みきれないはずのペースを、朝海が掴んだのだ。
「――応えて、我が意の下へ!」
光の薄い瀬場邸に、ぼんやりと朝海の姿が浮かび出る。
――火だ。
彼女の右手に、青とも、赤とも違う淡い炎が灯っている――!
「――――集え、人魂!」
それは、鬼火。
朝海の依頼を受けて動き出す、人の念の、恨みの結集。
相対する弓弦の顔面へ向けて這う。
「……っとぉ!」
弓弦が、即座に身体を落として回避した。
それは螺旋上の炎が直線的に進む、言ってしまえば地味なモノ。
回避は容易――だが。
「甘い!」
キャスターが育て上げた『歩き巫女』は総勢七名。
うち、二名が朝海の護衛として付き従っている。
――その内、一人が伏せた弓弦の上にいた。
飛び上がり、足のかかとを持ち上げ、振りかぶる。
あとは、極大の踵落としが、脳天へ向けて炸裂する――!
暴力的な肉の音。
――そして、周囲は静寂に変わる。
「……!」
朝海、驚愕。
――弓弦は片手で巫女の踵落としを受けきっていた。
スリットからはみ出したナマ足を、直接右手で受け止めている。
「……返すぜ、――甘いな。その程度じゃあ、俺は倒せん」
右手を払うと同時――歩き巫女の首をぐい、とつかむ。
体勢は崩れていたが、それでも何ら問題はなかった。
そして、
――思い切り引き寄せた歩き巫女の顔が、弓弦の鼻先間近まで迫る。
何事か、そう思った時には、既に捉えられた巫女は、カクンと意識を落としていた。
――洗脳。
それが弓弦の得意とする魔術の分野だ。
超至近距離から、おおよそ一秒ほど視線を向け合うことで、相手の意識を奪うことができる。
実質的な洗脳はこの先にあるわけだが――それはとまれ、今は必要のない技能だ。
すでに巫女は無力化されている。
意識を失い、現世との繋がりが薄れたことで、それを補うべく、歩き巫女としての身体を得た魂はしかし、また下の霊魂へと成り下がる。
「……ッ!」
朝海は、身構えながら後方へ跳んだ。
弓弦の追撃を恐れたためだ。
――しかし、
「遅ェんだヨ――!」
弓弦は、それをたった一歩で詰める。
異次元にある、辰向やサーヴァント等とは違う、目で終えはするが、絶対に反応しようがない、猛烈な死の気配。
気がつけば、朝海は思い切り地を転がっていた。
何とか両の腕で、顔を狙う弓弦の一撃を防いだのは、幸運だった。
まだ、死んではいない。
けれども、無傷ではない――これでもし、両腕の骨が、折れてないというのなら奇跡だ。
激突を理解した朝海の腕に、じくじくと響くような痛みが広がる。
「……あ、ぁぁ」
――やがて吹き飛ばされるのも終点。
地に伏せて、真正面にいる弓弦を見る。
そして、
「――今なら、行けるか。――――ランサー!」
彼女の身体に、あまりに不穏な、“悪寒”が奔る。
「――“宝具を開帳”しろ!」
朝海の動きが停止したことで、弓弦を妨害するものはいなくなった。
これならば、多少意識を攻めに向けたところで、ランサー陣営が脱落することはない。
故に、ランサーを弓弦は引き戻した。
「……よくぞ待ちわびた! というものだ!」
自身の直線上。
どころか、その周囲――キャスターすらも巻き込むほどの一撃を、ランサーの宝具に期待している。
そしてそれは事実――何ら誇張なく、ランサーの宝具は、この状況であればキャスターごと朝海を葬れる。
キャスターは急いだ。
――まずい、このままでは、まずい。
ランサー達と自身のマスター、その間に入っていくために。
だが、
間に合わない。
ランサーの手に現れるのは、自身が普段手にする槍と同様の装飾が施された、対の槍。
漆黒に映える宝具のフォルムが、その威容を朝海等に告げる。
「――いくぜ」
この場において、朝海が取れる手は一つだけ。
それを、
「――――令呪を持って命ずる」
朝海は、一切躊躇わない!
「――
「即座に私を守って、キャスターァァァッッッ!」
それらは、
ほぼ、同時の瞬間に、開放された。
一応ライダー陣営がごちゃごちゃしてるというか、出撃が遅れてるのはいろいろあるけど、後で語ると思うので省略します。