Fate/R avenge Knight   作:暁刀魚

39 / 67
―第八章―
第八章『瀬場邸決戦(下)』


「では――問答を開始しよう」

 

 セイバーは、もったいぶったように刃を収めながら言う。

 刃は虚空から虚空へ、溶けるように消えた。

 彼の右手を這うように光が漏れ、そして散っていく。

 

「――問答?」

 

「そう、これは問答だ。僕が君に問う、君はそれに答える。あぁ、逆は認めない、これはあくまで僕の興味ゆえの行動なのだから――君が、興味をもつ必要はないよね?」

 

 片足に体重を預け、わざとらしい風であった。

 セイバーは、どこか好戦的に笑みを浮かべる。

 

「――友のまね事などこれがハジメテの経験だけれど、うん、いいだろう。僕が裁定してあげよう、君という存在を」

 

「さすがに、いうことが大きいな。――裁定、とは。赤紫羅の切札はいうことが違う」

 

「おだてなくていい……それとも、挑発しなくていい、と言うべきかな? いや、それはいいさ」

 

 そこで、

 セイバーの雰囲気が変わる。

 ――ただ、凶器でしかなかった刃が、

 

 辰向ヘと向けられるのだ。

 

「――さて、答えてもらうその前に、少し教えて欲しい。――君、“腹の傷はどうした”?」

 

「……腹の傷? まさか、“あのこと”を言っているのか?」

 

「うん、質問を許したつもりは――あぁいや、説明不足はこちらの咎か。ならば答えよう、君が“ランサーのマスター”に刺された時の傷さ」

 

 それは、もう六年前の事になる。

 辰向にとって、そして弓弦にとっての始まりの時。

 その時辰向は、弓弦に脇腹を刺されているのだ。

 

 当時の痛みは、もう既に忘れてしまったものだけれども。

 ――なお、セイバーは“見るからに別格”だ、別に知っていることを驚くことはない。

 

「脇腹をナイフでえぐられれば、それなりに魔術的な措置がなければ、痕が残るのではないかい? であれば君は、――その痕を残しているのかな」

 

 何をおかしなことを聞く。

 ――それは、辰向の理念からはずれる。

 

「“残している訳ない”だろ? そんな“無力の証”みたいなもの、俺は残さない。意外と、常人でいるのは大変でね、変な負荷はかけないことにしている」

 

 そも、残していては辰向の起源に関わる。

 彼は起源覚醒者だ。

 ――下手をすれば、“本当に覚醒”してしまいかねないほどの。

 それを防ぐには、それなりの精神的な防壁が必要なわけで、傷を残しては、その防壁に負荷がかかる。

 

 怪我を負うなんて、なんと自分は無力なのだろう。

 そう思わないために、辰向は怪我を極力残さない。

 

「なるほどね、よくわかった。――それならいい。では問答に入ろう」

 

 何か、含みのある言い方であった。

 これまでの会話全てに、大きく意味があったかのように。

 

 ――そして、辰向はそれを“理解している”。

 

(――それならいい、か。向こうは向こうで、理解、自己完結しているんだろうな)

 

(……でしょうね)

 

 それは、アサシンも同様だ。

 彼らは状況を理解している。

 

「なぁに、たった一つ、あまりに単純な問いを君に課そう。そう、一つだけだ」

 

 セイバーは、そこに空白を差し込んだ。

 計るように――その瞳が、辰向を覗きこむ。

 

 そして、

 

 

「――君は、なぜ生きているんだい?」

 

 

 それは、確かに単純ではあった。

 だが、単純ではあっても、“容易な問い”では決してなかった。

 

「――なぜ、生きているのか、だと?」

 

 反芻するように、辰向は問い返す。

 そうだ、とセイバーは頷いた。

 

「当然じゃないか。だって、君は“何の意味も持っていない”のだから。――無力、などという言葉はいいわけだ、君は、未だに何もできていない」

 

 ――こんどは、辰向は言葉を挟まなかった。

 故に、セイバーは続ける。

 

「君の妹を救うことも、君の宿敵を撃破することも、――君の望みを叶えるためのあらゆることを、君はできていない」

 

 ――朝海との同盟は可能であった。

 バーサーカーを撃破することは可能であった。

 

 もっと遡れば、これまで辰向は戦場に飛び出し、多くの“敵”を撃破してきた。

 だが、それは究極的に、彼の本懐を遂げることとは結びつかない。

 間接的に、であればともかく、直接的には、無関係だ。

 

 故に、辰向はなにもできていない。

 

 彼にはまだ、なにも無い。

 

「だから、君は無意味だ。君は無価値だ。君は無意義だ。君はただ、そこに在るだけの、愚かな“無駄骨”にすぎないわけだ」

 

 ――だから、なぜ辰向は生きている?

 

 生きる価値の無い辰向に、一体何の意味がある?

 彼の道程に、一体何の意義がある?

 

 そんなもの、ありはしないのだ。

 

「……………………」

 

 例えばそれがノエミなら――彼女は、ただ生きていることが、彼女の意味だ。

 自身の思うがままに生き、何も縛られない生き様であれば、“彼女は生きている”ということになる。

 

 例えばそれが朝海なら――彼女は、自身の譲れない最低限が、その価値だ。

 確かに彼女は、復讐という目的は遂げていない。

 しかし、彼女の中にある、彼女だけの想いは、“街を守る”というものだ、それは復讐とは関係はない。

 

 例えばそれがキャスターなら――彼女は、今彼女が見守っているあらゆることが、彼女の意義だ。

 朝海という少女を守ること、既に“死んでいる”彼女には、それすらも、あまりに尊い意義となる。

 

 だが、

 

 ――辰向は?

 

 そんなもの、

 

 

 ――最初から、在るわけがない。

 

 

「君はライダーに敗北している。ランサーに手も足も出なかった。バーサーカーは、結局ただ自滅しただけ。――知っているかい? 君の戦績に、勝利はひとつも存在しないんだよ」

 

 続ける。

 

「君はキャスターと同盟を組んだ。しかし、そもそもキャスターはライダーと同盟を組むつもりだった。――恐らく、その同盟は失敗しただろう。つまり、どうなる? 君はどうあれ、キャスター陣営と組むことになっていたはずだ」

 

 続ける。

 

「君はライダーのマスターとは知己の間柄だ。だが、その間に君は彼女に何をした? 彼女の何かを君が解決したわけでない。君はたまたま、彼女に親しい立場になれただけで、“何もしなかった”わけだ」

 

 つまり、

 

「君のしたことは、全て、無駄だったというわけだ。――改めて問おう」

 

 そう、

 

 

「――君は、なぜ、生きているんだい?」

 

 

 結局は、そこに行き着く。

 

 ――セイバーは、そうして演説を終える。

 講評を待っているのだ。

 辰向の答えを、期待し、待ちわびている。

 

「……俺は、」

 

 ――やがて、沈黙から辰向は抜けだした。

 少しだけ言葉を選び、口火を切る。

 

「――最初から、そんなことはわかってる。そもそも、俺の生き方は決して自分のモノじゃない。無力だから、自分から何かができるわけでもなかった」

 

 彼の全ては、彼自身から生まれたものではない。

 きっと、彼が生来から持つ才能も、言ってしまえば遺伝なのだろう。

 特異な起源も、元をたどれば“起源”が生み出したもの、彼個人のものではない。

 

 だから、彼は、その根底すらも――

 

「ならどうするか――最初から決まっている。決まりきってることなんだ」

 

 ――そうして、辰向が行き着くのは一つの結論だ。

 彼に力はない。

 だから、それを補おうとするのなら、

 

 ――彼が生きていこうとするならば、

 

 

「――だったら、誰かの力を借りるしかないじゃないか」

 

 

 辰向の全ては借り物だ。

 彼の力の源泉である数多の礼装も、全て“彼以外の誰か”が作成したもの。

 

「簡単な事だ。力が足らず、手に入らない物があるのなら、それは誰かに助けてもらうしかない。――俺は無力だ、だとすれば、誰かが“哀れんで”くれるだろう?」

 

 ――目の前に、翼を手折られ、飛べなくなった鳥がいる。

 とすれば、人はそれに何を思うだろう。

 

 答えは一つしかない、同情だ。

 

 そしてその中に、一人でもお人好しがいれば、その鳥は助けを得られるかもしれない。

 

 ようはそういうこと。

 弱者とは、憐れまれる者。

 憐れまれるが故に、強者の庇護を受ける者。

 

「俺が無力であるかぎり、誰かが手を差し伸べてくれるだろう。俺が無意味で、無価値で、無意義な限り、誰かが俺に意味をくれるだろう。何、簡単な事だ――少し、力を貸してくれるだけでいいんだからな」

 

 誰かが、少し辰向に憐憫を覚えてくれればそれでいい。

 そう、言葉にしてみると――なるほど、一つ気がつくことが在る。

 

 きっとそれが――

 

「……でもだめだな、ただ無力なだけじゃあ、誰も俺に魅力は感じないだろう。だとすれば、必要なのは意思。前に進むという意思。そしてその意思に基づき、たとえ無駄でも足掻くことをやめないってことだな」

 

 ――辰向自身、気が付かないうちに、それを実行に移していたのだろう。

 でなければ、彼は今、ここにいない。

 与えられた才能を練磨していなければ、辰向は弓弦に殺されていた。

 そこから、足掻くための土壌を彼が作らなければ、辰向は一人野垂れ死んでいただろう。

 自分を組み換え、バケモノの域にまで高めなければ、辰向は戦場で死んでいた。

 

 全て、辰向が、“何かをしなければ”手に入らなかったものだ。

 

 誰にも、与えられることのなかったであろうものだ。

 

「与えられるってことは、つまりどういうことだ――? いや、考えるまでもない。認められるっていうことだ」

 

 得心が言った。

 セイバーの言葉に答えているうちに、

 

 なぜだか、自分の中で腑に落ちた。

 

 それを、辰向はただぼんやりと、口にする。

 

 

「――あぁ、そうか。俺はただ、誰かに認めて貰いたいだけだったのか」

 

 

 あまりに端的で、そしてどこか、ちっぽけな思い。

 だというのに、口にすればするほど、それはあまりにも、すんなり心の奥に入り込んできた。

 

「――ふむ」

 

 セイバーは、少しばかり考えこむようにして、腕組みをする。

 しばらくすると、

 

「ふ、ははははははは」

 

 なぜだか、“誰かのマネをするように”高らかな笑いをしてみせた。

 なお、抑揚はなく、たとえ誰のマネであろうと、全く似ていない。

 

「いいね、実にイイ。僕の想定を外してくれた。――まぁ、想定よりも、“下だった”けれど、上を飛び越えるよりも、この解答は中々愉快だ。これを愉悦というのだろうね」

 

 どうやら、セイバーは辰向の解答に納得したようだ。

 

「確かに、誰かの同情を受けたいというのは、一種の認証欲求ではある。とすれば、君の在り方は、至極まっとうだ。……こうして僕と相対しているのが不思議なくらい、君はまともだね」

 

「……まともだなんて言われたのは、始めてだな」

 

 どう考えても、――自身に施した礼装などから言っても――まともでないのが辰向の人生だ。

 そしてそれは、大体の場合彼が選んで歩んできた人生である。

 

「満足の行く結果で実に何より。これ以上は、まぁ無意味だろう」

 

 それに、

 

 ――と、何かに気がついたようにセイバーは言う。

 

 空を見上げながら。

 ――そこには、何かがいるようだ。

 

「――ここまでのようだ」

 

 そう。

 

 空にある、何か。

 

 それはこの聖杯戦争において、一つしか無い。

 

 

「――――いいいいいやっっほおおおおおおおおおおおおう!」

 

 

 声が、した。

 

「――な」

 

 驚愕。

 辰向は目を見開いて上空を見上げた。

 同時、アサシンが気配を察知し、構える。

 

「マスター! 上です――ライダーです!」

 

 空。

 そこに“在れる”のは、この聖杯戦争において一組しかいない。

 

 そう、ノエミ=ミシリエと、ライダーのコンビだ。

 声は間違いなく、ノエミのもの。

 

 アサシンが動いた。

 

 バタバタと、地面を叩く音がする。

 それが何かを、アサシンは辰向よりも早く気がついたのだ。

 

「お、ぉぉお!?」

 

 ライダーたちは、既に辰向たちのもとへ接近していた。

 高速で駆け抜ける戦闘機。

 置き土産とばかりに、その機銃が地面へとたたきつけられる――!

 

 さながら、鉄の雨粒。

 猛烈な嵐と化したライダーの機体は、辰向たちの上空を駆け抜け、再び空の海へ消えていく。

 

 ――当然、機体から乱射された散弾は、アサシン陣営すらも強襲した。

 アサシンが気付くのが一瞬でも遅れていれば、辰向は蜂の巣とされていただろう。

 無論、その程度でどうにかなる辰向ではないが。

 

(――わざわざ、俺達が逃亡するチャンスをくれたわけか!)

 

 まさしく渡りに船。

 これを、逃さない理由はどこにもない。

 

 ――が、

 

「ダメだよ」

 

 セイバーは、辰向のすぐ目前にいた。

 現在辰向はアサシンに抱えられている。

 アサシンの敏捷はサーヴァントの中でも速い部類に入る。

 つまり、セイバーはそれを優に超えるというわけだ。

 

「……っ!」

 

 既に、セイバーは二対の剣を構えている。

 どこからか取り出したそれは、それぞれべつの意匠の物であった。

 

 それを、

 

「――令呪を持って命ずる」

 

 こうして見せびらかすのはつまり、一種の建前だ。

 もう、セイバーにアサシン陣営を追うつもりはない。

 時間も稼いだ、そも、この“どう考えても逃走不可能にみえる”状況はアサシンの真骨頂だ。

 わざわざその相手をしてやるつもりもない。

 

 だから、逃亡を許す対価として、セイバーは令呪を要求した。

 “令呪を行使しなければ逃げ切れない”程度の速度で、セイバーは迫っていたのだ。

 

 

「今すぐこの場から離脱しろ、アサシン――!!」

 

 

 かくして、

 瀬場邸同盟と、赤紫羅陣営。

 その決戦の一つは、ここに終幕となった。




 何とか第八章が完成しました。
 加えて、明日にはもろもろの用事が終わりそうなので、今更ながら更新します。明日はいつもどおりです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。