Fate/R avenge Knight   作:暁刀魚

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序章 3

 ――貴族、という称号が、現代へ下るに連れ、称号としての意味しかなさなくなるのは、ある種必然と言えた。

 

 無論、由緒ある家系は、今も昔もそれなりに由緒が残っているし、貴族が、一般市民と隔絶された世界にいるのは、今もさほど変わらない事実だ。

 住む世界が違う、なんていう言葉はアタリマエのことではある。

 一般人からしてみれば妬みの対象にはなれど、上流階級が、下層の人間と交流を持つなど、今の時代さしておかしくもないことだ。

 

 けれども、故に。

 貴族と一般人の間にあった境界は、ほとんど取り払われてしまったことは間違いない。

 本来であればあったはずの絶対的な階級の差。

 これが、“金”か、“栄誉”か、またはそのどちらもによって、簡単に越えてしまえるのが今の時代だ。

 

 一代で超大企業のトップにまで上り詰めた英傑がいたとして、それは世界の中で見てしまえば瑣末なことで。

 ――現代の豊臣秀吉は、英霊の座には至れない。

 言うなれば、貴族と凡人という間に、“エリート”という別の人種が割り込んできた。

 かつてであれば権力で封殺してしまえた“有能”な“一般市民”が、この時代権力を持つことは、さほど難しくなくなっている。

 

 無論、未だかつての柵はそのままで、成り上がるには相当な労力が必要なのだけど。

 それでも、“絶対王政”の時代がすでに終焉したことは紛れもない事実であった。

 

 ――それは、“魔術”の世界においても。

 古臭い、未だ伝統から脱し得ない世界においても、多少なりとも同じことが言えた。

 

 言うなれば“商人貴族”。

 金の力で成り上がった商人が、金で爵位を買い取る所業。

 ――その程度ならば、古典的な魔術世界においても、さほど珍しくはない。

 ようするに、表の世界で成り上がり、魔術の存在を知った成金が、その魔術に興味を持った。

 

 無論、それで本物の“魔術師”――貴族になれる訳もないが、それは成金貴族とて承知の上。

 手慰み程度に魔術を修め、それを次の世代へ継ぐ。

 ――そんな光景は、さして珍しくもないことだった。

 

 イングルビーと呼ばれる商家がある。

 七十年ほど前の“あの”時期に頭角を現した、典型的な成金一族。

 英国に本拠地を置き、現在も名のしれた商いの家系である。

 ご多分に盛れず、彼らは魔術を習得しようとした。

 

 元は先々代、一代にして成功したイングルビーの開祖とも言える男が、片手間に習い始めたのが始まりだ。

 端から魔術の世界に浸るつもりもなく、せいぜいが、商売敵からの妨害に対する、自衛の意味が強かった。

 

 それが、イングルビーという魔術師一門の始まりだ。

 現在で三代目に当たるイングルビーの“魔術師としての後継”。

 

 ――名を、ダグラス=イングルビーと言う。

 彼は商才もなく、さりとて無能といえるほど才能に欠如していたわけでもない、周囲に見れば一人か二人はいる程度の“優秀な凡夫”であった。

 ただ、その優秀さと実家の威光から、彼に逆らえる者はなく、小さなコミュニティの中に置いて、彼は無敵と呼べる存在だった。

 

 それが行けなかったのだろう。

 彼の中には、自分が稀代の才児であるという自負があった。

 周囲から褒めたてられ、また本家イングルビーの意思により、魔術師としての“イングルビー”を継ぐことが、幼いころから決定していたことも大きい。

 彼を超える魔術師は、彼の周りには居なかったし、現れるはずもなかった。

 

 ――だが、それが時計塔という、魔術師“しか”いない場に移れば、話が変わる。

 

 彼の魔術師としての才能は皆無に等しい。

 未だ三代目でしかない魔術師の家系なのだ。

 先祖代々の家系に比べれば、その才能はカスにも満たない。

 これがたとえば、稀代の育成の才でもあれば、ロードにすらなり得たかもしれない。

 けれども、彼はただの“少し優秀な凡才”である。

 

 時計塔に、そんな彼の居場所はなかった。

 もし、彼が人並み程度のコミュニケーション力があれば、孤立などはしなかっただろう。

 だのに、自尊心と虚栄心の塊である彼は、周囲を見下すことしかできなかった。

 自分は本当は天才なのだという根拠の無い自信に、従うほかなかった。

 

 当然、彼に見向きなどされもせず、むしろ蔑まれ、成金のにわか魔術師とバカにされた。

 とはいえ、そもそもそれは彼の被害妄想に近い考えでもある。

 魔術師は排他的ではあれ、それだけが魔術師の人間性ではない。

 ダグラスに、無意味な罵倒を浴びせたものは、むしろ少数であった。

 ほぼ大勢の人間は、ダグラスの“間違い”を、否定し続けていたのだ。

 

 だが、それを彼自身が振り解き背を向けた。

 ――彼は自分から、救済の資格を投げ捨てたのだ。

 

 そんなダグラス=イングルビーに訪れた転機。

 奇跡とも呼べる変革――――

 

 

 ――――彼の手に、令呪が出現したのである。

 

 

 ♪

 

 

 この世界において、聖杯戦争は、大いに注目を集める事項である。

 二十年前の大きな戦争と、それによって漏れでた情報から、聖杯戦争の概要は世界中に知られた。

 実際の開催に対する関心は大きかった。

 また、その中でシミュレーションはなされ、机上ではあるが、多くの想定がなされた。

 

 けれども、それに“参加”できる魔術師は数少ない。

 ――赤紫羅陣営が、三つの席を手にしている。

 加えて、開催地に縁のある魔術師が優先される関係上、ほぼ間違いなく“元セカンドオーナー”瀬場は選ばれる。

 

 実質的な参加枠は三枠。

 そこに選ばれる幸運が、そうそう与えられるはずもない。

 その考えは、ダグラスにとっても同様であった。

 

 自分だから、ではない。

 そもそも選ばれるという考えを誰も抱いておらず、それはダグラスも同様であったというだけの話だ。

 

 だが、ダグラスは選ばれた。

 ――実際は単純に、“聖杯に縁のある”という参加資格により人を集めたところ、あまった一枠をダグラスで埋めたというのが、実際の理由なのだが、とかく。

 

 ダグラスはそれを、運命であると断じた。

 天才であるはずの自分が、不当な評価を得ているのは、この戦争のためだったのだ、と。

 

 かくして、三流にわか魔術師、ダグラス=イングルビーの聖杯戦争が、開始することとなる。

 

 

 ♪

 

 

「……はあ? 何を言っているんだ貴様は」

 

 ――ダグラスは、覚えたての、少しあやしい発音の日本語で問い詰める。

 三流の凡夫とはいえ、頭の回転は常人のそれではない。

 覚えようと思えば、外国語の習得はさほど難しくはない。

 

 そも、魔術師として日本語と同等レベルに面倒な語学を山ほど覚えているのだ。

 ――日本語が複雑とはいえ、そこまで習得は面倒ではない。

 

「あ、えっと……なんでも、ない、です」

 

 ダグラスが詰め寄っているのは、日本人の小市民とでも呼ぶべきどこにでもいる青年だ。

 二十と少しのダグラスに対し、恐らくはスクールの学生であろう。

 アルバイターというやつだ。

 

「……まったく、僕が日本語も知らないグズだとでも思ったか、猿が」

 

 わざわざ、訳も分からない英語モドキで話されては、ダグラスでなくとも憤るというものだ。

 それを態度に出さないのが、大人と言うものである。

 

(――自身の無能を晒すバカ。そんなものが僕に話しかける事自体が不遜なのだ。いやそも、僕が存在を許すことを光栄に想わなくてはならん)

 

 特徴の薄い青年は、見るからに阿呆面を晒し、接客をしている。

 日本の食に興味があるわけではない、故に、目についた最も豪奢なレストランにダグラスは入店した。

 

 ――しかし。

 結果からしてみれば、とてもではないがひどい接客だ。

 ダグラスの視点からしてみれば、こんな場所に、金を払うことすら億劫であった。

 これで飯が絶品でなければ、この店を粉微塵に変えていたところだ。

 

 なお、ダグラスはついぞ知ることはなかったが、この店は全国展開がなされている“ファミリーレストラン”である。

 見た目の造形が、印象を良くするようそれとなく飾り付けられている。

 ダグラスはそれを見抜くことが出来なかった。

 

 日本に疎いというのは確かにある。

 日本語にしても付け焼き刃――話せて、聞ける程度のものでしか無い。

 それでも、ダグラスが中身の空洞さを理解できなかった事は事実である。

 

 また、このファミリーレストランの周囲には、いくつかの店が立ち並んでいる。

 その中には、日本屈指の和食の名店。

 ――高級店があったのだが、それにダグラスが気がつくことはなかった。

 

 むしろ、これこそ土人の好みそうな低俗さだと、“真っ先に”候補から外したのであった。

 

(――まぁ、いい)

 

 思考する。

 当然それはこれからのことだ。

 特に、聖杯戦争はすでに幕を開けている。

 今、どれだけのサーヴァントが現界しているかは不明だ。

 それでも、自分自身がバーサーカーを召喚している以上、同様にサーヴァントを呼び出している者の方が多いはずだ。

 

 であれば、戦局が動くのは今日から――それも、今日の夜辺りからのはずだ。

 少なくとも自分ならそうする。

 

 神秘の秘匿という意味もあるが何より、その方が戦争の舞台としてふさわしいのだ。

 特に今回は市街戦。

 昼の戦闘は、目立って目立って仕方がない。

 

 ――ダグラスには、尋常ならざる自己顕示欲がある。

 しかし、彼は自分の中では冷静な思考を心がけている。

 欲を第一にして行動するほど、彼は“彼自身の中では”愚かではない。

 

(……そうだな、やはり“喰う”なら、ああいうグズがふさわしい)

 

 ダグラスの思考は今日の夜の行動にあった。

 これから彼が行うことは、一般的には外道とされる行為だ。

 そして同時に、魔術師にとっては正道とはいえずとも、邪道ではない行為。

 

(僕に“魂喰い”されるのが、アレらにふさわしい利用価値というものだ)

 

 魂喰い。

 それを行わなければならない原因はバーサーカーだ。

 単純に言って、魔力が足りない。

 よもやここまでとは思いもよらないことである。

 

 想定外。

 ――予想の上を行かれた。

 

(……あぁまったく腹立たしい。何故僕の思い通りに事が運ばない? 最強のサーヴァントだぞ? なら、後はおれの思い通りになってしかるべきじゃないか)

 

 不満は尽きない。

 けれども、ダグラスは知らない。

 バーサーカーというクラスが、“最後から二番目にダグラスが召喚を行うまで”残っていたということ。

 狙って呼べる、バーサーカーというクラスが、だ。

 

 その意味を、ダグラスは知らない。

 何故、三騎士が持て囃されるか、その意味すらダグラスは思いもよらなかったのだ。

 

 そして――魂喰いという行動が、いかなるリスクを呼びこむか、ということも。

 

(――僕は貴族だ。魔術師なのだ。しからば、僕の思うがままに事が運ばないことなどあってはならない――あってはならないのだ)

 

 凶相を浮かべ、立ち上がる。

 こびりつくほどの憎悪、もはや習性の如くはりついてしまった表情だ。

 とうのダグラス自身は、その顔に、気がつくことはないのだが。

 

「……会計だ」

 

 ――日本語を付け焼き刃で習ったダグラスですら違和感を覚える敬語の群れに苛つきを覚え、そのままダグラスは店を後にする。

 

 店外は昼時の人の集まりが顕著となっていた。

 人が行き交うわけではない、そこはいくつかの店が立ち並ぶ総合施設だ。

 だが、魔術とは縁遠い鉄の塊が、ゴミクズのように並んでいるから、解る。

 

(……はは、これが全て僕の糧となるんだ。いいじゃないか、きらいじゃないぞ?)

 

 意識が高揚するのが解る。

 想像が、現実のものとなるのをダグラスは確信した。

 

 ――そこにあるのは、かつて不当に蔑まれてきた、過去の自分では決して無い。

 

 新たなダグラス=イングルビーがここに生誕するのだ。

 

 

 ――ダグラスの横を、アンバランスな一組の男女が通りすがる。

 

 

 ダグラスはそちらに意識を向けなかった。

 男女は親子のような年齢で、片方が欧米の人間、もう片方が東洋人だ。

 なんとはなく、視線が向いた。

 けれども、それ以上はダグラス自身が差し止めた。

 

 必要のないことだと、判じたのだ。




 慎二みたいなキャラだけど、絶対に慎二のほうがキャラとして面白いです。
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