Fate/R avenge Knight   作:暁刀魚

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第八章 5

 気がつけば、アーチャーは瀬場邸から消え失せていた。

 宝具が発動したのだ。

 ――その方式は、伝説を再現するタイプの固有結界。

 アサシンと、その敵。

 もしくは、彼が認めたもの以外は、その場に踏み入ることは許されない。

 

 ディエン・ビエン・フー、とアサシンは言った。

 その答えに、最初に辿り着いたのは当然と言うべきか、弓弦だ。

 

「ディエン・ビエン・フー……ということは、彼は赤いナポレオンか!」

 

 この場において、そういった知識に最も聡いのは辰向と弓弦だ。

 とはいえ、さすがに朝海も、その宝具の名を聞いて、思い至らないはずがない。

 

 すぐにふむ、と頷き考え込み始めた。

 もう、朝海とキャスターは大丈夫だと判断したか、その横を通り過ぎ、辰向は歩を進める。

 ――弓弦の元へ、向かうのだ。

 

 弓弦は、どこか緊張しているようだった。

 無理もない、彼と辰向の目的は同一であった――が、そのやり方を、辰向が認めるかどうかは、未知数だ。

 こと、この場に至っても、辰向から弓弦に対する“何か”が思いの中にあったとしても、それは何ら不思議なことではない。

 

 それを、彼は怖がっているのだろう。

 ――きっとそれは、彼の中にある唯一の本音。

 ようやく開放された一人の男の、偽らざる本心なのだ。

 

 それに対し辰向は、

 

 拳を振り上げ――

 

 

 ――そのまま、停止した、何かを求めるかのように。

 

 

 一瞬の空白。

 理解までに、少しを要した。

 それから弓弦は察したように自身も拳を上げると――

 

 

「――――久しぶりだな、弓弦」

 

「おう、元気にしてたか、――――辰向」

 

 

 互いに、軽くこん、とぶつけあった。

 

 

 それを、遠巻きに眺めていた朝海が、ふと思い至ったように声をかける。

 

「あの、……真華、ちゃん? 彼女のことは、いいの?」

 

 なんと呼べばいいか、少し迷いながら、朝海は問う。

 弓弦は憮然とした態度で、それに対する。

 

「……まだだよ、まだ戦闘は終わってねェ。あいつは敵だ。俺が裏切った以上、俺にとっては。んで、もとよりお前らにとっても」

 

 だが、近づけない。

 ――その奥にあるものを、朝海は感じ取ることができなかった。

 なるほど、舌を巻く。

 彼の技術は天才的だ。

 

 それこそ、人をだますという分野に関しては、世紀の大天才に違いない。

 多くの葛藤があっただろう。

 弓弦は、真華が“ああ”なるのを、分かっていながら見過ごすしかなかった。

 そこに、どれだけの後悔があるというか。

 

「…………」

 

 ただ、彼はまっすぐ真華を見ている。

 目をそらすこと無く、自身のしてきたこと、真華の現状、その全てを受け止めている。

 

 ――その隣には、辰向がいた。

 少しの時間ではあったが、あまりに濃密に、辰向と関わってきた朝海なら解る。

 隣に辰向がいるということの安心感が。

 

(――あぁ、なるほど。だからあの男、あんな表情ができるわけだ)

 

 理解する。

 辰向と弓弦の間にある、言葉にせずともある関係。

 ――それが、どれだけ弓弦の救いとなっているかを。

 

 辰向とはそういう人間なのだ。

 彼はあらゆる人間に無力な自身の救いを求める。

 だが何よりも、彼もまた、微力ながらも誰かを支える。

 誰かのかわりになるのではなく、誰かの手足と成ることで、その誰かを救うのだ。

 

 だから、彼と共にいる者は、強く在れる。

 

 ――それが、解る。

 

(今の私の、この感情も、――言葉に出来ないもどかしいそれも、きっとそういうことだ。彼の隣にいれる安心。それをきっと、彼が私にくれたのだ)

 

 だから、決してこれはキャスターの大好きなあれではない。

 窮地に陥ったのは、辰向のせいであるはずなのに、

 それなのに、あそこで助けてくれた際に感じた、あの感情は、

 

 ――なんとも、げんきんで“ちょろい”な、と感じる心を隅においやり、朝海は断言する。

 

 

 ――あれは決して、ときめいてなどいないのだと、自分の心に言い聞かせるのだ。

 

 

 ♪

 

 

 さて、話を決戦要塞陥落(ディエン・ビエン・フー)に戻そう。

 この宝具は、中々どうして強烈な宝具だ。

 

 だがその代わり、かなり大変な発動条件を課せられている。

 まず、発動場所。

 ――そこが小高い山のような、それなりの高地でなければならない。

 そして、発動予約。

 ――そのうえで、その小高い高地を、予め指定して置かなければ、この宝具は発動できない。

 

 通常であれば、発動はそうそう不可能な宝具。

 しかし、それを可能にするためのアサシンの頭脳であり――アサシンというクラスだ。

 

 今回、この宝具が発動できたのは、この条件を満たしていたから。

 瀬場邸は周囲を森に囲まれた小高い丘の上にあり、場所としての条件を満たす。

 

 そしてここは同盟相手の本拠地。

 了解を得た上で、宝具を仕込む時間はいくらでもあった。

 

 結果案の定、宝具の発動は成った。

 ――ここに、アサシン達の勝利が確定したのである。

 

 少なくともアサシン陣営はそう見ていた。

 

 そしてアーチャーは、不穏な周囲の気配に顔をしかめながら、小高い山の上にいた。

 

 ――ディエン・ビエン・フーは小高い山の上に陣取った大国を、小国が打ち破る宝具。

 その再現であるこの宝具は、アーチャーが大国の位置に配置されるのだ。

 

 視界が取れないながらも、アーチャーは周囲が異様であることを把握した。

 そこは“あまりに防御に向いていない”のだ。

 一見、山の上を陣取り、防衛戦をするのは理にかなっているように思える。

 しかし実際は、“山の上に一個の大隊が置き去りにされている”のだ。

 

 これでは補給は不可能、こんな作戦、取っていいのは追い詰められた賊軍だけだ。

 

(まずいな、必要もないのに追い詰められている。序盤は優位に籠城が可能だろうが……)

 

 空は――?

 無理だ、相手は現代、もしくは近代兵器――空を討つことの手軽さは、間違いなく神代以上。

 空が手に余るほどの時代と、空を我がものとする時代。

 ――ヘズは、前者の人間だ。

 

(……ともかく、やるべきことは単純だ。宝具の連発で可能な限り敵を“間引く”、それに加え、周囲の森を吹き飛ばすことで、視界を確保する必要がある)

 

 放つことのできる宝具には、魔力という限りがある。

 それでも、周囲の森を焼き払うことは可能だ。

 

(たとえそれが一万だとて、二万だとて――負ける道理は私にはない)

 

 ――宝具により出現した要塞は、コンクリートと思われる灰色の壁に覆われた基地であった。

 人を排するには絶好に思える。

 故に、不利な籠城戦とはいえ、耐えることは可能に思えた。

 

 ――――相手の兵数が、

 

 

 ――一万や、二万、多くて四万程度で済むのなら。

 

 

(……来たか)

 

 気配を感じた。

 人の影、――おそらくは、この要塞に攻め入る名も無き兵士だ。

 でなければ、数が複数も現れるはずはない。

 

 宝具であれば、一度に百、多ければ千は屠れようかという相手。

 それが、

 

 一つ、

 ――二つ、

 

 三つ、四つ――――――――ふと、気配の数が増え始めた。

 

 百――二百。

 遠く――アーチャーの剣の射程外にあるものを含めて、それらは出現し始める。

 だが、

 

(――なんだ?)

 

 これは、どういうことだ?

 

(何かが、おかしい。……なんだ? 一体何だと言うんだ?)

 

 それは、やがて得心がいった。

 

 ――数だ。

 

 気配の数が、あまりに膨大。

 

 無論、一万や二万は当然のこと。

 だが――アーチャーのレーダーのような感覚にうめつくされた気配の数は、これは――

 

 三万、四万――否。

 

 それ以上。

 

 まだ、

 

 ――――まだ、増えている。

 

 ディエン・ビエン・フーにて、大国に対して戦いを挑んだ小国の兵。

 その数、実に“十万”。

 

 そしてこの宝具は、

 

 

 ――それをそっくりそのまま、呼び出すことができるのだ。

 

 

 大凡、アーチャーはそれを把握した。

 五桁を超える究極の物量。

 ――あの時、アサシンのマスターは言っていた。

 

 “俺達の勝ちだ”、と。

 

 それをアーチャーは、

 

(まさしく、そのとおりだ)

 

 そう、考えてしまった。

 たとえそれが、どれだけ事実であろうとも。

 決して考えてはならないことを、アーチャーの冷静な部分と、軍略のスキルは、考えてしまった。

 

 ダメだ。

 そう、振り払う。

 

 ここで弱気に成ることは許されない。

 何よりも、彼/彼女自身のプライドが、許さないのだ。

 

 ――故に、アーチャーは弓を手にする。

 同時、彼女は地を蹴り大空へと跳ね上がる。

 とはいえ数メートル程度。

 到着地点は、城塞内部の最も高い場所。

 そこから、周囲の森全てを見渡すのだ。

 ――彼女の、心眼が。

 

 ゆっくりと弓を構える。

 気配が最も密集している地点、そこに放つ以外の選択肢はない。

 他の場所に散れば、更にそこへ宝具を放つ。

 ――森の一部を、吹き飛ばすのだ。

 

 そして、それを――口にする。

 

祝福叶わぬ死条の宿り木(ミストルテイン)――!」

 

 一発。

 それは、全てを狂わす破壊と成った。

 突き抜けた一角、――一撃は、大凡数百を一息で屠った。

 これほどの砲撃、現代ですら難しいと言える。

 

 ――神代、少なくとも、人一人が持つ火力が最も高かった時代。

 それが、人をまさしく塵に返した。

 

 ――だが、それでも数百。

 十万という数の、一パーセントにすら及ばない。

 

 思わず何かを零しそうになる声音を抑えながら、改めて、彼女はそれを口にする。

 

「――祝福叶わぬ死条の宿り木(ミストルテイン)!」

 

 二発。

 

祝福叶わぬ死条の宿り木(ミストルテイン)!」

 

 三発。

 全て、宝具としての銘を明かしての一撃。

 つまりこれが、アーチャーの全身全霊。

 攻撃の全て。

 

 ――それが、しかしアサシンの宝具を屠れない。

 否、互いにそれは宝具である。

 たとえ一撃で屠れなかったとして、どこに宝具の咎があろう。

 

 だが、アサシンの宝具は違う。

 ――圧倒的。

 一度数百を消し飛ばした所でどうだ、それは、未だに数万の兵力を残しているのだ。

 

 数。

 戦争における、もっとも両者の優劣を示す値。

 これが、十万対数万ならばどうだろう。

 やりようによって、どちらに傾くかは未知数だ。

 

 しかし、十万対一ならば? 論外だ、勝てるはずもない。

 たとえそれが一騎当千の英霊であったとして、

 一騎で屠れるのは千なのだ。

 ――十万など、どうにか出来るはずもない。

 

 ――――ふと、気配があった。

 アーチャーが押し込められた頂上の要塞。

 そこに足を踏み入れようとする、何者か。

 

 ――敵だ。

 

 アーチャーは、今からでは射撃は間に合わないと判断する。

 迫る数は数千――今から構えては、それはどうやったって間に合わない。

 

 故に、別の方法を取る。

 弓矢は消え去り、代わりに現れるのは、勝利の帯を纏った剣。

 

 この一撃は、英霊すらも屠る一撃。

 ならばそれが雑多な兵に向けられれば、一体どれほどが沈むだろう。

 

 答えは、語るまでもない。

 ――神殺しの矢と、同等とは行かずとも、同列。

 

 それをアーチャーは、城塞の壁を背に森へ降り立つと、構える。

 己が手にする剣の名を、高らかに宣言するのだ。

 

 

「――――祝福されし神殺しの帯剣(ミストゥリート)ッッッ!」

 

 

 光は、アーチャーすらも呑み込んだ。

 

 ――痕に残るものは、何もない。

 それはランサーの投槍と同様だ。

 必殺の一撃、地をえぐり荒野へと変え、更には周囲の森すらも灰とする。

 そこに、立つことが許されるのは英霊だけ。

 

 ――アーチャーだけだ。

 

 

 だのに、

 

 

 気配。

 ――気配、気配、気配、気配。

 

 一つ? いいや、数千だ。

 その場にあるだけのものでも、全てに押しつぶされれば、アーチャーは敗北する。

 

 だが、

 

 ――それを薙ぎ払ったところで、どうだ?

 

 

 ――そこには、まだ万の兵がいた。

 

 どうする。

 ――どうすればいい。

 一体どうすれば、これほどの敵を一度に切り捨てられるというのだ――?

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