――もしも、自分が赤紫羅以外の陣営に召喚されていれば、どうなっていただろう。
目前に迫る敵。
否、後方にも、左右にもそれは群がっている。
アーチャーは、その脚力を利用し目の前の敵を蹴りつける。
一発が人体を根こそぎ粉々にする威力は、十分な殺傷性を有する。
その勢いで、アーチャーは飛び上がった。
――無論、意味のない仮定だ。
そもそも、アーチャーが呼び出されたのは赤紫羅の意思。
さらに言えば、あの恣意的なまでの布陣、赤紫羅が最初から、三騎士を自分たちが呼べるよう調整していたことは明白だ。
現在、アーチャーは森の中での戦闘に移行していた。
数分もの間、たった一人であの要塞を守りぬいた。
しかし、宝具の連発による魔力の消費はいかんともしがたく、もう既に、彼/彼女に宝具を放つ余裕はない。
――たとえそれが無かったとして、相性の良いマスターに恵まれるかは未知数だ。
もし、そうならなければ、結局は赤紫羅にいるのと何ら変わらない結果になっていたことは、想像に難くない。
とすれば結局のところ――
アーチャーは更に途中の樹木を踏みつけ、飛び上がる。
空は夜天。
既に時刻は夜の半ば過ぎといったところか。
無論それは、固有結界内部のことではあるが――戦場の空は、あまりに星が瞬いて見えた。
――結局のところ、アーチャーは、“こうなる”ことが当然だったのだろう。
(ある意味、バツかもしれないな。――まぁ、神である“私”の考えを“俺”が見透かすのはお門違いかもしれないが)
――アーチャーは、どうやらその人格を英雄ホテルスに寄せているようだ。
だが、肉体――無論、単なる外見のことで、神としての中身ではないが――は神霊ヘズに寄せている風である。
体の調子が、ホテルスで会った頃と違うため、何となく解る。
(何にせよ、神霊ヘズは生粋のお人好しだ。まだ国を守っていた俺の方がまともなくらい、人を疑うことをしない。神霊バルドルの影でしかなかった神霊は、果たして何を考えていたのか、ね)
――北欧神話をはじめ、多神教の神はどこか人間臭いのが特徴だ。
だが同時に、一切合切人間とは分かり合えない、神としての特質をも有している。
それ故に、英雄ホテルスは、自分がヘズであったとしても、その真意は理解できない。
神霊であるヘズが、人間として当てはめられた英霊であるアーチャーにとっても、それは理解できないことなのだ。
(……まぁ、多分だけれど、これは俺が、あの男に対して思う感情と同じなのだろう)
――トリックスター、と呼ばれる人種がいる。
破壊をもたらし、その先に再生を残す、いわゆるロキのような存在。
ヘズとロキ、神霊であるこの二つと、アーチャーと“あいつ”、二人の人間を比べることは、一概にはできないだろう。
それでも、この二人の役割は共通している。
――トリックスターには、ある特徴がある。
それは、何かどれだけの悪さをしたとしても、“こいつならば仕方がない”と許されてしまうこと。
(――あぁ、本当に)
――あいつ、“赤紫羅弓弦”は、
(――どうしようもないやつだよ)
そんな、感傷にも似た思考は、恐らく数秒程度のもの。
思考の終わりに、アーチャーは森の中からの何かを感じ取った。
――砲撃である。
対空火器による迎撃が、アーチャーへと向けられたのだ。
それを、アーチャーは自身の剣戟によって弾く。
一撃一撃は豆粒のようなもの。
ただ、当たり続けるのは快くない。
故に、当たりをつけ、一部に刃を這わせるのである。
そして、砲火が止むと、即座にアーチャーは得物を弓に持ち替えた。
宝具として開帳しないただの狙撃。
狙いは先の火気があると思われる場所。
着弾は、粉塵をもって証明された。
だが、その結果をアーチャーは確かめない。
更に剣を弓と取り換え、周囲の気配を確かめる。
木々が密集していない場所に目をつけると、そこへむけて身体を寄せる。
降下を始めた彼/彼女は、そのまま刃で周囲の人気を押しつぶすように振り下ろす。
ただ剣を地面にたたきつけるだけでも、その余波は人をズタズタのボロ雑巾に変える力がある。
一振りが、数十の命を一度に刈り取るのだ。
だが、それでも気配は消えない。
周囲に、殺気を保った兵士の気配がある。
相手は現代兵。
とすればその手には――
アーチャーの行動は、思考が結論に至るよりも早かった。
手近な、最も前方にいる兵士の“銃”を切り捨てる。
更にその兵士の胸ぐらをつかむと、既に銃の引き金に手をかけていた別の兵士ヘ向けて投げつける。
銃弾が、投げられた男に蜂の巣を作った。
――更に斉射。
しかし、そこにアーチャーの姿はない。
再びアーチャーはその場から離れたのだ。
――だが、ここでアーチャーはミスを犯した。
そもアーチャーは銃に目をくれるべきではなかった。
そんな猶予、彼/彼女には存在していなかったのだ。
――アサシンとアーチャーの戦争。
それは実際瀬戸際の危ういものではあったが、均衡を保っていた。
というのも、それはアーチャーの持つスキル故だ。
軍略:A、相手の対軍、対城宝具への対応力を上げるスキル。
対してアサシンもまた、それに相当する効果を持つ、ゲリラ戦:EXを有していた。
ただし、このEXランクは、軍略スキルとしての効果、ゲリラ戦時に気配遮断を与えるという効果など、“ランクに囚われない”がためのEXランクだ。
故にゲリラ戦スキルが保有する軍略スキルとしてのランクはA、つまり同格である。
これ故に、戦争は均衡のママ推移していた。
アーチャーが周囲をなぎ払い、離脱。
足をつかせないようにし、対するアサシンは物量を活かしてのゴリ押し――に見せた誘導だ。
互いに、アーチャーは敵を出来る限り漸減するべく。
アサシンはアーチャーの一瞬の隙を付くべく、戦闘のさなかに多数の策略を混ぜ込んでいた。
ただ、それがここに至るまで、効果を発揮することがなかったのだ。
じゃんけんで例えるなら、アーチャーとアサシンは、互いに引き分けだけを延々と続けてきた。
――それが、ここに来てようやく崩れる。
そもそも、アーチャーは自身の敗北を、無理やり引き分けに持ち込んでいた。
今は、将棋でいう詰めの段階だ。
アーチャーはアサシンの王手を躱すほかなく、またアサシンは全力を持って相手を詰みに持っていけばいい。
そんな、追走戦染みた戦場が、
――そこでようやく決着を見る。
アサシンの手は、兵士で足止めをし、それに気を取られている間に砲撃の照準をあわせるというもの。
飛び上がった瞬間を合図に、アーチャーを仕留めるというもの。
対してアーチャーは、少しでも魔力を温存するため、その場で少しの格闘をした。
それ故に、アサシンの策にかっちりハマってしまったのだ。
アーチャーは、向けられた砲撃をもって、自身の失策を悟った。
(――まずい)
ただ、そう考えるだけの余裕しかなく。
アーチャーは、砲撃によって撃ち落とされる。
一撃は、さして大きなものではない。
故にアーチャーにダメージはない。
それでも――これでアーチャーは、空をとぶことができなくなった。
撃墜されたことで、アーチャーは地に落ちる。
そこは、これまで彼/彼女が避け続けてきた兵士たちが密集する地点。
――否、“兵士たちしか”存在しない場所。
アーチャーは何とか体勢を立て直し、刃を構え着地する。
兵達はアーチャーの着地時の攻撃を避けるため、距離を取る。
だが、それは余波を顧みない距離だ。
警戒はしつつも、この場でアーチャーが着地と同時に剣を振るわないことを読んでいた。
――振るえるはずもない、そうすれば、自身の行動にラグが出る。
この場でアーチャーが取れる唯一の方法は、即座にこの場から飛び退くことなのだから。
だが、
それは叶わない。
アーチャーがそれを飛び上がろうという場所を、通過する銃弾がある。
それを浴びれば、また、飛び上がろうとした行動がキャンセルされる――!
故に、身を伏せてやり過ごした。
そこへ、兵士が一人、飛びかかる。
アーチャーを確保しようという腹づもりだろう。
対し、アーチャーはそのうち一人を切り伏せる。
後方に在る複数の兵士、もろともに。
だが、理解していた。
――この時点で、既に自分は詰んでいるのだと。
同時に襲いかかる兵。
四方八方からアーチャーを抱え込もうと兵士が集まっていた。
さながらそれは出来の悪い
だが、それは人だ。
確固たる意思をもつ軍隊。
アサシンによって極限まで統率された――
タイミングは完璧だった。
まず前方を切り裂き、左回転、そこを切り捨て、さらに左回転。
アーチャーは三方向へと剣を振るい、その尽くを退ける。
だが、そこで四方向めが間に合わない。
そうなるよう、計算され尽くした行動であった。
結果、
「な、っぁぁ――!」
数の暴力、一人ひとりであれば吹き飛ばせる兵たちが、しかし束になることで、アーチャーはそれから逃れられない。
万事休す。
――否、チェックメイトだ。
(……ここまで、か)
アーチャーは、自身の右手にある剣を構える。
後一発、その名を開放することはできる。
そうすることで、あと少しならばこの戦闘を続けることができるだろう。
だが、ここで一度詰んでしまったことで、此後が如何に動くかは、大凡アーチャーにも見当がついた。
――ならば、
(これ以上は、マスターの魔力に負担がかかる、な)
アーチャーは一人の少女の顔を思い浮かべる。
この戦争で、アーチャーが救いたかった少女。
救うことが、叶わなかった少女。
守れないのは、もしかしたら不幸なのかもしれない。
彼女の行く末を知ることができないのは、間違いなく不幸だろう。
――それでも、託すことのできる者がいる。
者達がいる。
――それを思い、アーチャーは自身の消滅を、待った。
「後は頼むぞ、キャスター、アサシン、そのマスター。そして――あぁ」
――ふと、最後に思い浮かべる男の顔を、何故かアーチャーは照れくさく思った。
彼の本音を知ったことで、すっかりほだされたとでも言うのだろうか。
そんなことはない、彼の言動は、アーチャーの怒りを招き、それは今も解消されていない。
「――弓弦。必ず、我がマスターを守れよ。守れないのなら、もう一度蘇って、お前を恨み殺してやるからな」
だから、そんな彼に向ける最後の言葉は、どこか悪態めいた言葉であった。
♪
――アサシンの固有結界は、発動している最中は、そこに“別の世界”があるのだと誰であれ理解できた。
なんとも不思議な感覚であるが、しかし、決して不快なものではない。
それがアサシンの固有結界であるからだろうか。
――恐らくは、そんなことはないのだろう。
この結界は、あくまで彼の逸話を再現したものであり、彼の心象風景ではないのだから。
やがてそれは――うたかたの夢が如く消え失せる。
展開から、およそ二十分が経っただろうか。
つまり、それだけの時間、アーチャーは粘っていた、ということになる。
恐らくは十万対一という状況下にも関わらず。
二十分、あまりにそれは驚異的な時間だ。
だが同時に、この宝具が解かれたということは、その時間闘いぬいたアーチャーは、既に消滅したということになる。
赤紫羅弓弦はその事実を、どこか残念そうに受け入れた。
(――これで、アーチャーが落ちた。あいつは最後、俺にどんな想いを残したのかねぇ)
その考えは、すぐに顔に出てしまった。
――ランサーを自害させて以降、彼の中で、緊張の糸が溶けたのかもしれない。
既に、種は全て明かされたのだ。
――赤紫羅弓弦が、赤紫羅仁の息子である理由がなくなった。
だからこそ、弓弦は自身を偽る因果がなくなった。
それに――
「……真華」
――雪白辰向の声がする。
それは、どこか感極まったもの。
少しだけ、申し訳無さそうなもの。
無理もない。
辰向とその妹、雪白真華が再開するのは、実に六年ぶりのことである。
ゆっくりと、彼は真華に近づいていく。
――恐らくもう既に彼女が行動することはないだろう。
アーチャーという手札を喪った以上、彼女に意味はなくなった。
無論、無いではないが、仁が興味を示すことはないだろう。
つまり、雪白真華は――
――ようやくこの時、赤紫羅から開放されたことになる。
まだ、彼女は人間としての機能を失ったままだ。
故に弓弦はまだ、手放しにそれを喜べない。
むしろ、彼女が人間をやめてしまう際に、何もできなかったという罪悪感が先に立つ。
だが、辰向は違う。
辰向の場合――弓弦がそうしたというのもあるが――彼は純粋な被害者なのだ。
故に、そこに真華がいるのなら、彼は純粋にそれを喜べる。
辰向は真華の元へ近づくと、膝を落とした。
そうして視点を、彼女にあわせる。
何度か、彼の口は、開いては閉じた。
そこに言葉は伴わない。
――だが、やがて意を決したように、声をだす。
絞りだすような、本当にか細く、小さい声だ。
「――あぁ、真華。お前――少しだけ、背が伸びたか?」
それが、辰向の精一杯だったのだろう。
それでも、辰向の言葉は、弓弦にとっては衝撃だった。
辰向が弓弦によって“殺されて”から、真華が人としての機能を失うまで、半年ほどのタイムラグがある。
その際に、多少ではあるが身長は伸びた。
その後はそも、成長すら彼女はしなくなったのだが、それでも。
――半年の間に、変化はあった。
そして辰向は、それに気がついた。
はぁ、と一つ弓弦はため息を付く。
敵わない、きっと、昔からそうであったように、赤紫羅弓弦は雪白辰向のその言葉に、敵わない。
――だが、それでもいい。
それでもいいのだ。
確かに嫉妬の一つも弓弦はする。
だが、それ以上に、――雪白辰向という親友を持てたことが、弓弦は堪らなく誇らしいのだ。
そして――雪白辰向と雪白真華の話は、ここで終わらない。
最後に一つ、雪白真華の、口が動いた。
「――お兄、――ちゃ、――ん?」
どこか、確かめるような声。
それは疑問――つまり、感情と呼ぶことが“できるかもしれない”ものを載せた声。
雪白辰向の肩が、ぶるりと震えた。
――だが、それ以上は決してなかった。
きっとそれは――辰向の持つ、最後の意地というやつなのだろう。
ようやく瀬場邸決戦が終わりました。
残すはラスボス戦を含めたあと二戦、どうか最後までお付き合い頂ければ幸いです。
※あとがき登場人物解説※
・アーチャー(ヘズ/ホテルス)
神代の英霊を呼び出すことに定評のある赤紫羅のアーチャー。
本来であれば聖杯では呼び出せない神霊だが、ホテルスという英霊としての側面が召喚可能であった。
彼/彼女は“肉体はヘズのもの”、“性格はヘズとホテルスの混合”、“主観はホテルスの者”である。
精神的に盲目で、敵でありながら反骨的な思考という、如何にもアレな立ち位置であったが、見事にその役目を果たすこととなる。
ただし、本人は軍略のスキルゆえ、この展開は読めていた模様。
その最後も、決して不満の残るものではなかったようだ。
彼/彼女が喚ばれたのは、“ランサー、及びセイバーに対してのメタ”としてである。
ランサーに関しては言うに及ばず、“一切ランサーが勝る点がない”。
セイバーに関してはマスターである仁本人が令呪を切れば、一方的に殺すことができると判断できた。
マスターである真華は人形、つまり仁にとって最も信頼のおける相手であったがために、こういった処置が成されたようだ。
なお、彼/彼女の性別に関してだが、詳しくは不明である。
“ホテルス”は男だ。
しかし、“ヘズ”の性別は不明、何せ本人が盲目故に知らないのだから。
ただ少なくとも容姿は女性然としており、それにより、かのトリックスターロキが、女性用の衣服をヘズに着せたというのが言える。
それはつまり、アーチャーは“男性でありながら女性の姿をする”という道化じみた理由か、はたまた本当に女性か、の二択である。
ロキはトリックスター、“尤もらしい”と自分を決めつけられるのは嫌うだろう。
つまり、わざわざこの服を着せたということは――