第九章『想う者達の閑日』
瀬場邸での決戦が終わり、聖杯戦争は一旦の停滞を迎えた。
それは先の実質的な三陣営対三陣営同士の膠着ではなく、大勢が決したための平穏であった。
状況には窮地と呼べるタイミングもあったが、最終的に行き着くのはアーチャー、ランサー、二騎の脱落。
つまるところ、赤紫羅陣営はほぼ壊滅といっていい状況にあった。
故に、それは静寂に満ちた平和。
おそらくはあって数日程度のものではあるが、それでも。
――この戦争のさなかにおいて、唯一与えられた休日と言って良いだろう。
そんなある日。
朝海は言った。
「ちょちょちょ、ちょっと、いいいいいいいかななななななな」
――明らかに普通ではない様子で。
けれど、そこに緊張はあれど、緊迫はない。
故に声をかけられた辰向は、特に意識を向けること無くそちらを向く。
現在、辰向と朝海はふたりきりで瀬場邸の庭にいる。
縁側に腰掛け、霊魂たちの異界的怖気によって涼んでいた。
どう考えてもその雰囲気は心霊スポットのそれであるが――ある意味、心霊スポットとはすなわちデートスポットである。
――端から見れば、この二人は、心霊スポットにやってきた一組の男女にみえるかも知れない。
まぁ、そう言うにはあまりに周囲の霊がのほほんとしすぎているのだが。
――辰向は朝海の方を向き、次の言葉を待った。
だが、その次が何時までたってもやってこない。
朝海は何やら周囲に視線をせわしなく送っている。
もはや思考すらもあっちゃこっちゃに飛び散っているようだ。
ひとまず、それを落ち着かせるために、辰向は冷静な声音で問いかけた。
「……ん? なんだ?」
それでもなお、わたわたと朝海は目を回している。
別に鈍いつもりはないが――これはなんとも、わかりやすすぎる。
(……なんだかねぇ)
朝海は、辰向を意識しているのがありありと解る。
故にどこか不思議な気分だ。
自分は――彼女にここまで慕われるようなことをしただろうか。
そんなことを考えているうちに、朝海はようやく冷静な思考を取り戻したようだ。
――否、正確には、おぼつかないながらも言語機能を取り戻したようだ。
「あ、あの! この後、暇!?」
――そんなこと、別に辰向に対して聞く必要はないだろうに。
まるで出会って間もない同年代の少年少女のような、
とはいえ、それを青いと思うのは辰向は些か若すぎる。
(……そういえば、一応俺と朝海は出会ってまもないんだったな)
そこまで行くと――思い至る。
そうだ、自分はいつのまにやら、“そんな風に思うくらいには”朝海との距離を詰めていたのだ。
苦笑する。
自分も、あまり人のことは言えないのかもしれない。
「――あぁ、なんだ? どこか出かけたいのか?」
「あ、うん、そうだよ」
やれやれと、自嘲気味に笑みを浮かべながら。
――どこか悪くない気分で、朝海の提案を辰向は聞くのだった。
♪
――というのが、今朝の頃の出来事。
現在時刻は十時少し過ぎ。
そこは市街のそれなりに発展している地区。
この市一番のショッピングモールが特徴だ。
人口五万超程度の、地方都市としては標準的な市に作られた、唯一と言って良い娯楽の場。
今日は平日だ。
それでも、人の数はそれなりにあるようだった。
「……なぁ?」
――その中に、赤紫羅弓弦がいた。
何故かニット帽とサングラスという、妙に怪しい格好である。
隣には金髪の美女がいる。
目元の泣きぼくろと、化粧を化粧と気取らせないナチュラルメイク。
有り体に言って、相当な美人である。
年の頃は二十かそこら。
――この女性、実はキャスターである。
彼女は忍者――忍者とは、現代の創作に見られる『NINPOU』と呼ばれるトンデモ=ジツを行使する手合い、ではない。
人の中に紛れ込み、情報を得ることを得意とする間諜だ。
つまるところ、キャスターはサーヴァントの中で、最も“現代に溶け込みやすい”。
今回のこれは彼女特性の変装である。
因みに弓弦の方もキャスタープロデュースであり、ニット帽にサングラスという変装スタイルが、しかし実際に変装として成り立っている。
彼を弓弦であると解るものは、恐らく親しい間でも不可能だろう。
できるとすれば、視界で情報を得ないアーチャーか、類まれなる直感を有するライダー程度のもの。
そういうわけで、どこか強面のニット帽サングラスと、グラマラスな金髪巨乳美女のカップルの姿が、何故かショッピングモールの一角にあった。
「……何ですか?」
弓弦はあからさまに表情を態度で示す。
――つまるところ、それは呆れだ。
「――何で俺までここに駆り出されてンだ?」
“ここ”――ショッピングモールには現在、ある男女の姿がある。
――キャスターの目的はその護衛と、まぁ、言ってしまえば出歯亀だ。
ちなみに、アサシンは真華の護衛兼留守番である。
「おや、貴方は気にならないのですか? 親友に春が来るかの瀬戸際なのですよ?」
「いや俺、あいつに対して嫉妬してるから、さき越されるとむしろ悔しい」
「邪魔はダメですよ、絶対に許しませんからね?」
――ならなぜ俺を呼んだ。
弓弦のツッコミは、しかし言葉となることはなかった。
「――シッ!」
そう、キャスターが差し止めたからだ。
――動きがあった、ということである。
(……いや、まてよ? よくよく考えろ、あいつ――女の扱いなんてわかるのか? それに瀬場朝海のほうも……ふぅん、なるほど)
――そこで、弓弦はあることに気がついた。
これからこの場でデートするのが誰であるのか。
瀬場朝海と雪白辰向だ。
自分のように人の扱い方に手慣れていなければ、キャスターのように女性としての武器を扱うことを得意ともしていない。
つまり、そんな二人組が、その後どうなるか――
弓弦の想像に、中々愉快な光景が浮かんだ。
――なるほど、これが愉悦か。
などと益対もないことを想像し、それから弓弦はニィ、と笑む。
「――面白そうだな」
ふと、そうつぶやき――
キッと、キャスターに睨みつけられた。
♪
朝海が辰向に提案してから時間が経ち、現在は昼過ぎだ。
既に夏の陽気がそこら中に茂っており、日差しが刺すような、信濃特有の暑さが二人の身を焦がす。
現在辰向と朝海はショッピングモール――まぁ、田舎のそれはいわゆるデパートのそれであるが――入り口にいた。
ここを朝海が待ち合わせ場所に指定し、たった今合流したところだ。
――なにゆえ、現在同居中である二人が待ち合わせなどをするのか。
しかも、提案からすぐにそれが実行されなかったのか。
朝海が“何かと準備もあるだろうし”と、そう指定したためだ。
無論、準備が必要なのは朝海だけだ。
しかも彼女に化粧っけはないのだから、要するにそれは“心の準備”というやつである。
わざわざ数時間もかけて心身を冷却し、自身を正常に導く。
それを彼女は、ここに至って――辰向と合流してなお、続けていた。
(来てしまった――来てしまった――――来てしまったよぉぉぉ)
もはや後悔先に立たず。
既にことは始まってしまったのだ。
こうなってしまっては、後はもう流れに任せる他はない。
「……さて、それで――どこを回るんだ? とりあえずここに来たら見るものは服だろう? 付き合うが」
「う、うぅん、違うよ。私、そういうの、興味ないし。っていうか、そういうんじゃないし。これはそう、日頃のお礼。だから、そういう私メインはなんていうか、ちがくて」
何となく、まくし立てるようになってしまった。
というよりも、ほとんど息継ぎなしでの言葉のマシンガン。
言い切ってしまった後に、肩で息をしている自分に気がついた。
「おいおい、落ち着け落ち着け。そういうことなら食事に誘えば良かったじゃないか。いや今更だが……だったらそうだな、考えられる選択肢は二択だが、どっちがいい?」
――このショッピングモール。
ある施設としての機能を有していた。
まずはゲームセンター。
これはさして珍しいものではない。
そうしてもう一つ――“映画館”である。
つまり、
「まぁ、映画を見てその後ゲームセンターで時間を潰すのもいいだろう。ゲームセンターに入り浸るのでもいいな。俺はあまりゲームは得意ではないが、朝海はどうだ?」
「……それなり」
文字通り、それなり、だ。
いわゆるゲーマーと呼ばれるほどではないが、一日中ゲームに熱中する日も時にはある。
ゲームセンターに行けば、下手の横好きながらも遊び倒せる自信はある。
あくまで常識的な程度の、ゲーム好き。
それが朝海であった。
「そうか、じゃあどうする? どちらにせよ、俺はそこで時間を潰して、その後食事でも、と考えているが」
「…………」
何故だろう。
提案したのは自分のはずだ。
つまり、この時間つぶしはあくまで自分主体のイベントのはずで、辰向はそれのお客様なはず。
だからだから、何故なのだ。
何故辰向が、当たり前のように司会進行を務めているのだろう。
(……おかしい。こんなのおかしい! いつもどおりの私じゃない。っていうか、何で私は――こうやって進行をしてる辰向のことを、かっこいいとか思ってるワケさー!)
ぶんぶんと、雑念を払うように朝海は顔を振って、そして上げた。
どこか決意に満ちた瞳。
――だがその目はなぜだか潤んだものだ。
頬も上気している。
あまりの恥ずかしさに、“どうにかなって”しまいそうなのだ。
「え、――」
勢い良く開けた口。
今にも叫びそうなほどの勢い。
――だが、
「……映画館、で」
漏れでた答えは、どうにもか細いものだった。
♪
それから朝海は、先ほどの不覚を取り返すべく、強引に辰向の手をとった。
ずんずんと足早に進んでいくが、さすがの辰向は、それに平然とついていく。
どうやら、多少困った風ではあるが、困惑仕切った様子ではない。
つまり――端から見るに、彼はそれなりに余裕が有るのだ。
それが気に入らないのだろう。
時折朝海が振り返りざまに睨みつけてくる。
頭ひとつ分の身長差が両者にはある。
そのため、そんな朝海の行動は、どこか微笑ましいものにしか映らない。
やがて彼女は入り口で二人分のチケットを求めると、そのままシアタールームに直行した。
とりあえず今すぐ始まるものを選んだので、内容は全く想像が付かない。
――どこか辰向が気まずそうであるのにも気が付かず。
朝海は、“恋愛映画”に足を向けるのであった。
――――結果。
ぼんやりと映画を眺める辰向のよこに、ちんまりと座った朝海が、やってしまったという雰囲気バリバリに、そこにいた。
肩をすくめ両手を膝に載せ、どこか借りてきた猫のようなスタイル。
顔は先ほどと同様に朱に染まりきり、時折辰向をチラチラと眺めている。
――ちょうどそんな時に限って辰向と目があってしまい、心配そうな彼の視線を申し訳無さそうに振り切りながら目を背ける。
そんなことを、映画の最中ずっとしていた。
――困ったことに、それはもうベタにベタをベタ塗りしたようなシロモノだった。
青臭さ満点の青春恋愛映画。
困ったことにストーリーが非常によく纏まっていて、映画としてのクオリティも高い。
基本の構成は単なる王道のそれだというのに、なぜこうも高クオリティの作品が出来上がるのか。
しかも周囲には困ったことに、カップルばかりがいる。
二十そこらの真面目そうな青年と地味な女性のカップル。派手な金髪の美女とニット帽のカップル。ちゃらそうな男女のカップル。
種類は様々であれ、それは異様なまでに、自分と辰向の関係を意識させるものだった。
――そんなわけで朝海は、現在窮地に立たされていた。
♪
――さて、そんな映画館にて映画を鑑賞するカップルの内一組。
派手な金髪美女――キャスターと、ニット帽――赤紫羅弓弦のカップルは、どこか不満そうに映画を見ていた。
――というより、朝海と辰向を見ていた。
「……つまらないですね」
「……つまらないな」
――両者の見解はほぼ一致している。
「……マスターってば、なんだってあそこまで初々しい反応なのでしょう……それが辰向さんに向いていると思うと、少しジェラシーです」
――キャスター。
実を言えば女性もイケる口。
男性との恋などもはや縁がない彼女は、時折朝海のような少女を摘むこともあった。
趣味と実益を兼ねて。
「……弓弦のやつ、どうにも扱い方が普通すぎてつまらん。エスコートとしては及第点だろォが、あの慌てた瀬場嬢を宥めるほどではないというリアルっぽさがつまらん」
弓弦はといえば、辰向の実に平凡な女性の扱いを批評している。
実際、辰向はかなりデキるほうだ。
ただそれがどうにも、下手でも上手でもないために、つまらなくみえる。
「なんというか」
どちらも、人の扱いに関しては超一流のスペシャリストである。
そんな彼女らからしてみれば――
「……もー少し、こう、インパクトが欲しいンよなぁ」
――そう思えてしまうのは、仕方がないことなのかもしれない。
弓弦は特に何事も無く合流です。
そのための下地作りもしてきましたし。