Fate/R avenge Knight   作:暁刀魚

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第九章 2

 正直なところを言えば、なんともむず痒いものだと、辰向は思う。

 彼は人並み以上には鋭いつもりで、他人の機敏に疎いつもりもない。

 無論、赤紫羅弓弦のような鬼才レベルのそれではないのだから、だからどうした、という程度なのだけれども。

 

 ――少なくとも、目の前にいる“少女”を落ち着かせることのできない程度なのだけれど。

 

「……どれにする?」

 

 現在二人は互いにメニューを相談していた。

 

 ――時刻は六時、夕食には若干早く、まだ空は明るい。

 少し早めの夕食にしようと、適当にフードコートの一角を陣取ろうというのだ。

 現在は店の前に立ち、商品をどれにするか見聞している。

 

 別に何でもいい、というのは辰向も朝海も思っているところだ。

 だが、それを口にするのは憚られる。

 今は、そういう雰囲気なのだ。

 

(……こまったな)

 

 相変わらず、朝海の借りてきた猫状態はそのままだ。

 声をかけてもカチンコチンに凍りついたままで、辰向が動くと、その後ろをチョコチョコとついてくるだけだ。

 

(これはこれでかわいい……いや、俺がそれに囚われてどうする。――俺も冷静じゃないな、大概)

 

 何とかするべきだろうが、なんともならない。

 そもそも自分に、こういったスキルを求めるのが酷なのだ。

 これでも、敢闘しているほうだと自画自賛する。

 

(……あまりこってりしたものは如何な。この時期にあっていて、尚且つさっぱりしたもの――冷やし中華とか、そうめんとか)

 

 そうしてふと視線を回し――辰向はあるものに目をつけた。

 恐らく朝海は、辰向が選べば同じものを選ぶだろう。

 ――少なくとも何かを考えている余裕などないはずなのだから。

 

「……アレなんかどうだ? ――ざるそば、今の季節らしいと思うが」

 

「――――あ、あ、ぅん」

 

 消え細るような声で、朝海はそれに同意した。

 何か口を挟むつもりはないのだろう。

 二人はざるそばを頼み、それが届くと、席に座って食事を始める。

 

「いただきます」

 

「いただきます」

 

 それはひとつ数百円程度の、どこにでもあるランチそのものだ。

 汁を良く吸わせて、そばをかきこむと、その歯ごたえが口の中をほっこりとさせてくれる。

 さっぱりとした冷たい麺は、実にのどごしも良い。

 歯ごたえと食べやすさの両立が、何よりもの利点だろう。

 

 感想としては、思った以上に美味しい、だ。

 安いながらもよく出来ている。

 無論、そうでなければこういった場所に出店はしていないだろうが。

 それでも、これなら食べて良かったと思える程度だ。

 

「……おいしい」

 

「そうだな」

 

 朝海は、一心不乱に麺を啜っていた。

 辰向を意識しないよう、わざとそうしているのではないだろう。

 おそらくは偶然、無自覚故だ。

 

 ――だが、そうして食事をしている彼女は、今日、初めて見ることのできた“素”の朝海であった。

 

「…………」

 

 辰向は、そんな彼女を気取られないように観察する。

 

 ――あまり手入れはされていないのだが、初めてあった時よりも艶のある髪。

 恐らくはキャスターのせいだろう、それとわからない程度のメイクも、施されているようだ。

 ふと、見惚れてしまうような顔立ちがそこにはある。

 どちらかと言えばかわいい系の、やわらかな美少女。

 

 背が小さく、その割には出る所が出る体系なため、幼さと色気の両立か反発が、彼女の中では起きている。

 彼女の服は、戦闘時の制服姿でも、部屋着である和装の寝間着でもない。

 キャミソールにケープをかけ、下は膝まであるフレアスカート。

 こんなお洒落もできるのか、といえば意外なモノだ。

 

 いや、実際意外なのだろう。

 彼女は少しの関わりで解るほどに怠惰なタイプだ。

 戦闘ともなれば活発に動きまわることもあるが、必要でないことはとことんしないタイプ。

 

 それがこんなことをしている――その意味が解らない辰向ではない。

 だが、何となく――それに対する思考が働く前に、ふと、思ってしまうのだ。

 

(……あぁ、なるほど――俺が彼女に感じていた感情。よぅくわかった。なら――何とかしなくちゃならんだろう)

 

 意を決した。

 恐らく、彼女に自分自身をどうにかする力はないだろう。

 だったら変化をもたらすのは自分だ。

 ――そもそも、彼女はここまで明白にアプローチ、意思表明をしているのだ。

 だから、

 

 ――それに答える義務が、辰向にはある。

 

「……なぁ」

 

「ひゅいっ!」

 

 急に声をかけられて、朝海はビクッと身体を震わせる。

 思わず顔を上げ、ハッとして口元を拭う。

 青のりがひっついていた。

 

「な、なんでしょう」

 

「……いやさ、思ったんだけど」

 

 少しだけ、ここで意識を整える。

 何だか、しなくてもいい緊張を、辰向はしている。

 

 

「――朝海、お前……らしくないな、って」

 

 

 ――きっと。

 この場に弓弦やキャスターがいれば、ついに踏み込んだ、と狂喜乱舞しているだろうか。

 弓弦の憎らしい笑顔が、脳裏に浮かんだ。

 

「らしく、ない?」

 

「そう、らしくない。急にどうしたんだ。こんなふうに出かけようなんて、お前から言い出すとは思わなかったぞ」

 

「……え? あの、え? それ、今聞くこと?」

 

「いやいや落ち着け、俺の話は終わってない。別にそのことはいいんだよ」

 

 もしかしたら、幻滅させてしまった?

 ――そんなことを、朝海は考えているのだろうか。

 そんなはずはない。

 辰向は幻滅しようがない程度には、朝海を信頼している。

 

「で、気になった。どうしたんだ一体、って。……やっと判った。お前が、らしくないことをしてるんだってことが」

 

「え? それ、答えになってる?」

 

「十分なってるさ。だから、らしくない。良い悪いじゃなく、俺はそう感じたんだ」

 

 結局のところ、辰向の根底にあった朝海への感情は、一種の決めつけなのだろう。

 彼女はこうあるべき――もしくは、彼女ならばこうだろう、という。

 

 当然の話しだが、朝海と辰向の付き合いは短い。

 そんな二人が信頼関係を築くにはどうするべきか――簡単だ。

 自分で、相手の印象をいいように“決めつけてしまう”ことだ。

 

「身勝手なことだ。だが、同時に俺はそれをさほど間違っていない、とも思う。弓弦のような心底あまのじゃくな奴でないかぎり、普段の行動っていうのは、割りと本人の本心がにじみ出ている。どれだけ隠そうとしたって」

 

 それを自分の中で補填して、わかったかのようになるのが人間だ。

 だから、“分かり合う”というのは、“認識を決めつける”ことと同義になる。

 

「それでさ、大抵の場合、そういう決めつけは、“その方が好ましい”から、そうなるんだ」

 

「……どういう、こと?」

 

 

「――いつものお前がいい、って言いたいんだよ」

 

 

 ――それはまさしく。

 聞き用によっては、ド直球の告白に聞こえただろう。

 朝海も、そう受け取ったのか、大きく目を見開いて――何だか猫のような目だ――驚愕を現す。

 

「え、えぅ?」

 

 言葉にすらならなかった。

 辰向は続ける。

 

「気負わなくていい、普段通りでいい。……と言っても、今は努めてそうしてもらわないと行けないだろうが……お願いだ、いつも通りの瀬場朝海でいてくれないか?」

 

 ――辰向は思う。

 朝海が辰向を好きになったのは、結局の所は勘違いだ。

 

 人付き合いの薄い少女に、突如として現れた異性。

 彼はそれなりに誠実で、朝海は彼を信頼できる相手だと感じた。

 そんな彼が、自分のせいで危険な目にあってしまい、負い目を感じた。

 どうすればいいのか解らないという困惑の感情は、単なる注目であった彼への意識を、より一層深いものにしてしまう。

 そしてトドメとばかりに、そんな彼が朝海の窮地を救ってくれたのだ。

 

 勘違いの一つでも、したくなるだろう。

 そしてその勘違いの正式な感情の名は、“恋”というのだ。

 

 好き、と勘違いして、相手に懸想することを恋という。

 恋は一種の押し付けだ。

 愛は押し付けのすり合わせ――今の朝海は、愛など一つもしていない。

 愛し合えば、相手のことを真に知る必要が出てくるし、恋にはそれが必要ない。

 

 これは辰向のあずかり知らぬ所ではあるが。

 キャスターは朝海のそれを“一目惚れ”と称した。

 身勝手に相手を思う。

 “恋”と“一目惚れ”は、イコールで結ばれる、というわけだ。

 

 ――そして辰向は、それを思考して思う。

 

(あぁ、なるほど――)

 

 朝海のそれは恋だ。

 だが、辰向のそれはどうだろう。

 辰向の場合は至って冷静、どこにも恋の形跡はない。

 ならば、辰向は朝海を無碍にするのか――?

 

 そんなことはない、辰向は朝海を受け入れるつもりだ。

 受け入れて、いつも通りの彼女でいて欲しいと願う。

 それを何というだろう。

 今のように、恋に浮かれる朝海ではなく、本物の朝海を知りたいという感情。

 

 冷静でありながら、否定を思わず。

 情熱的でありながら、恋を俯瞰できるその感情は――そう。

 

 

(そうすると俺は、朝海を愛している、というわけだ)

 

 

 朝海に恋をするつもりはない。

 だが、彼女がその勘違いによって得た感情を、捨てて欲しくない自分がいる。

 

「……なぁ、朝海。――お前は今、幸せか?」

 

 朝海は、困惑している。

 問いかけに答える事もできず――そこに、かかった言葉。

 もはや、答えなど決まっている。

 

「……うん」

 

 ――肯定。

 幸せなのだ。

 彼女は恋によって幸せを得た――ならば、それを否定したくない気持ちは、まさしく愛だ。

 

(俺は別に、朝海に対して何も感じていないツモリだったんだけどな。だが、こいつの恋は否定したくないから、これからゆっくり好きになる予定だった)

 

 けれども――それを受け入れる時点で、決まっていたのだ。

 辰向は、自然と朝海を仲間と見て、自然と彼女の隣にいた。

 いつの間にか、当たり前のように。

 

 それがわかっただけで、十分だ。

 

「――いや、変な質問をして悪かったな。……早く、夕食を食べようじゃないか」

 

 答えはなかった。

 だが、それでも十分だ。

 

 そう辰向が判断し、そこで会話は――一度途切れた。

 

 

 ♪

 

 

 ――それは、辰向と朝海。

 両者が夕食を食べ終えた直後のことだった。

 

 “まるで測ったかのように”キャスターの念話が、朝海の下へ飛び込んできた。

 

 マスター、大変です、と。

 

 その変化は、直後、朝海達も理解できた。

 

 異様。

 

 それは、異質。

 

 まるで世界が二つ重なりあって、ある日突然融合したかのような。

 

 ――鏡を見ているかのような視界。

 それが、“本来の視界”に重なっているのだ。

 

 朝海達は即座に外へ飛び出した。

 そこで待ち受けていたのが、鏡重ねの如きあやふやな世界。

 否、世界の一角が、あやふやに“されてしまった”のだ。

 

 それは魔術だ。

 突如として、何かの自然現象としてそれが起こったわけではない。

 ――あくまで誰かが起こした人為的なもの。

 

 それが誰かは、ひと目で理解が及んだ。

 

 なぜならそこには――朝海と辰向の視線の先には――――

 

 

 ――空を覆うかというほどの大きさを誇る、一つの樹があったのだから。

 

 

 ――神樹。

 おそらくは間違いない。

 それは、瀬場一族が千年以上も昔から、守り続けてきた神の依代。

 

 神霊が宿るとされる、樹木。

 

「……なに、あれ」

 

 朝海の口から漏れでたそれは、明らかに困惑としかいいようのないものだった。

 “誰”がそうしたのかは解る。

 だが、それ以外のことは何を持ってもわからない。

 それは、朝海ですら、そうなのだ。

 

「――一度戻ろう。アレに近づくのは間違いなく危険だ。弓弦なら何か知っているかもしれない」

 

 辰向は努めて冷静であった。

 “それ”が放つ異様な気配は、彼にあまりある悪寒を伝える。

 しかし、それを少しでも抑えるよう、辰向は振る舞ってみせる。

 

「そうだね、……うん、そうだ。――――よしっ! 急ぐよ!」

 

 朝海の方も、意識をそちらへと切り替えたようだ。

 この思考の早さはさすがに魔術師か、もしくは朝海らしい特性といえるか。

 

 何にせよ、恋に慌てふためいていた少女はそこにいない。

 もうここには、いつもの瀬場朝海がいるだけだ。

 

 ――そこに、

 

 不意に、

 

 気配が、

 

 横切った。

 

 

 ――ライダーである。

 

 

 空に何か、魔術と思われる気配がたどった。

 ひと目をはばかるようではあるが、しかし闇夜の魔術師をごまかすものではない。

 

 敢えて知らせているためか。

 もしくはそんな意識もせずに飛び出したのか。

 

 ――ライダーとノエミの乗った飛行機が、“神木へ向けて”突き進んでゆく。

 

「な――まて、ノエミ――――ッ!」

 

 辰向は、驚愕。

 当然だ。

 理解し難い状況が、また彼を襲ったのだから。

 

 しかも今度は、完全に“想定していながら切り捨てた選択”をつきつけられた。

 

 けれども、その声に答える者などあるはずもなく――――

 

 

 ノエミとライダーの乗った飛行機は、神樹の向こう側へと消えていった。




 ラブコメシリアスパート、なんだかんだいって辰向の方も一目惚れみてーなもんだぜ。
 果たして朝海がこんなにかわいいから好きなのか、好きだからこんなにかわいく感じるのか的な鶏卵が実は辰向には存在するのだ。
 そして次回、ライダーVSセイバー戦。残すは後二戦となります。
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