――弓弦の離反を、仁はセイバーから聞き届けた。
既にその様子は知っている。
だが、外からの情報を、あえて仁は取り入れたのだ。
――ありえないことだと、そう考えていた。
アレは、そんな人間ではない、と。
だからこそ、敢えてセイバーの言葉を聞こうとしたのだろう。
セイバーに問いかけた。
――最初から、知っていたのか。
セイバーは答えた。
「知っていたとも。どうにも初めて見た時から、彼は“場違い”な人間だった。とすれば、その裏にあるものも自然と見れた」
それもそうだろう、とセイバーは言う。
赤紫羅弓弦はこの戦いの中心人物、その一人なのだ。
それがよもや、アレほどの小者では、赤紫羅という陣営そのものが格落ちしてしまう。
“何かが在るだろう”というのは、初見で気付くことができたらしい。
その上で、その何か、が確定したのは、弓弦とアーチャーの会話を聞いた時のことであった。
「アレは、彼の“何か”を察していれば、その裏にあるものを読み取ることが容易な会話だ。つまり、彼はマスターを裏切るつもりなのだろう、そう確信したね」
――あぁ、とそこでセイバーは気づいたように話題を変える。
「何故報告しなかったか――僕にそんな義理はないからだ。僕は君のサーヴァントだが、しかしそれ以上に、この場においては単なる駒の一つでしかない」
セイバーには、最初から仁に対する忠誠など存在しない。
彼の役割は狂言回しだ。
つまり、盤面の潤滑油。
「不幸と思うならそれでいい。これは、彼を見極められなかった君の不幸だ」
セイバーは、そう締めた。
仁の反応を伺うように、その瞳は己がマスターを向いている。
伺う、というのは正確ではないか。
――セイバーは、“見定めている”のだ。
まるで、自身が世界の裁定者であるかのように、“気取っている”。
わざわざ、裁定者と豪語しているのではない、気取っているのだ。
セイバーが如何に、周囲への興味が薄いか知れる。
そして、それを聞き届けた仁は、しばしの静寂を周囲に降ろす。
ただ一人の人間が、そうある間を作り――
「ク、クク、クハハハハハハハハハハハハハハハ――――ッ!」
嗤い。
ただ、咲う。
それが、如何にも自身の興味を震わすように。
やがてそれが終わると、
「あぁ――愉快だった」
そう、彼は満足気に評した。
「いや真逆、俺の息子が俺を裏切るか。――考えもしていなかったなぁ」
まるで解っていなかったのだ。
解った気になって、それを弓弦と決めつけていた。
それだけは、――少なくともこの戦いの行く末がなんであれ。
――それだけ“が”仁の間違いと成りおろう。
「謀略の騎士となるか、なるほど如何にも俺の息子らしい。しかし――そこまでなのが息子の限界だな」
戦いの末に、ランサーを弓弦は喪った。
この叛逆が彼にとっての終着点なのだろう。
――とすれば、後を託されるは彼が
「では――待とうではないか。後は全てを終わらせるだけでいい。もとより、聖杯戦争は、始まりと同時に完結していたのだからな」
仁はそう語る。
彼の下には最強の英霊たるセイバーと、そして何より大聖杯がある。
セイバーを、最強たらしめる証。
――大聖杯。
「――明日、これを起動しようか。全てが終わるぞ、その始まりだ」
仁は椅子に腰掛けたまま、セイバーを見遣る。
セイバーは、退屈そうに周囲を見渡していた。
その視線の先に興味と呼べる感情はない。
――もとより、“それ”にそのようなもの期待するべくもないのだが。
「あぁまったく――――」
その先は、決して言葉になることはなく――
♪
――正々堂々、いざ尋常に、始め。
その言葉が、まったくもってそんな意思の下発せられたのではないことくらい、ノエミは理解している。
同時にそこに魔術的な意味が含まれていることも理解できた。
つまるところ。
「――これは正当な決闘である。逃亡はすなわち死を意味する。心せよ」
二の句が、その効用を語っていた。
――なんとまぁ、思わず舌を巻く方策である。
(これで逃げられなくなった。もっと気軽に、情報だけ抜き取っていくつもりだったのにね!)
まずい、と思うつもりはない。
死が間近にあることなど、いつものことだ。
覚悟がなければ、こんな場所には赴かない。
(死んだらすまんな。神に祈れよォ!)
(悪いわね、神は信じない主義なのよ)
ノエミの返答と同時、戦闘は即座に動き出す。
ライダーは機体を傾け、目前のセイバーから距離を取る。
機銃を幾つかばらまいて、その内少しがセイバーを掠めるが、傷のようなものは見られない。
複雑怪奇な紋様が零戦の後に刻まれる。
セイバーは、それに対して剣を構えた。
しばらく見定め――やがて飛び出す。
「後ろからくるわよッ!」
直線を駆け、ライダーの上方を取る。
速度はセイバーの方が少しばかり上か。
だが、決定的な差ではない――!
(――――逃走不可の契約魔術。こっちがあいつの指定した決闘場、つまりこの世界に訪れた時点で、それを拡大解釈して契約成立とみなしてる訳ね。擬似的な洗脳魔法。――こっちが“了解”している分、防ぐ手立てが無いのだわ)
思考を回しながら、ノエミはセイバーの観察を続ける。
機体を転がし、セイバーの縦一閃を回避する。
続けざまの一撃――横薙ぎ。
それも避けた。
機体のスレスレを、銀白の宝剣が駆け抜けてゆく。
(あたしと赤紫羅仁との会話の中に、戦闘を了承する文言はなかった。こちらが不利になる情報――例えば名前とか――を明言する余地もなかった。つまり、どんな条件であれ、この空間にはいってしまえば、その時点で契約が成立する)
思わず肝を冷やしながらも、思考は止めない。
この状態から脱する必要がある。
ならば、ここで思考を止めるべきではないのだ。
(――とんだ詐欺ね。なぁるほど、これは“反則”よねぇ。ここに来てしまえば後はセイバーに狩られるしかない。逃走を防いで、情報すら外に漏らさない、か)
ただ敵を待っているだけでいいのだ。
そうすれば、セイバーがその敵を確実に殺す。
それだけの能力がセイバーにはある。
全てが噛み合っていると言わざるをえない。
この主従に勝利するには、純粋な実力でセイバーを撃破するか、もしくは――――
(……ともかく、セイバーの情報を引きずりだすわよ! このまま何の反撃もできずに、死んで溜まるものですか!)
セイバーの剣を、ライダー達は器用に避ける。
それは小回りの効かない機械の翼であるはずなのに。
人型のセイバーを上回る機動を、ライダーは容易に描いてみせた。
閃きが、十字に、そして網目に広がる。
それでも、セイバーはライダーを穿てない。
そして、
「――取ったッ!」
後方から、今度はライダーがセイバーを狙う。
機銃の矛先が、寸分違わず向けられた――!
それが空を叩く音と共に放たれる。
しかし、
「甘いね」
――セイバーは、振り返りざまに一閃。
既に放たれていた銃弾を、一振りで即座に切り捨てる。
その速度、音速以上。
剣の衝撃が稲妻の如く嘶いて、弾丸を弾き飛ばしてしまった。
それを見るよりも早く、ライダーは機体を下降させた。
セイバーは、ふた振りの剣を構え、それを追う。
再びチェイスが始まった。
追うはセイバー、速度を越えた一撃が舞う。
翔けるライダー、その斬撃すらもすり抜ける。
たしかにセイバーは速いだろう。
だが、敵を殺すのに、その速さは些か余計だ。
現にライダーは今も堕ちてはいない。
両者は互いに、笑みらしきモノを浮かべてみせた。
もはや殺意に塗れ過ぎ、形もわからなくなってしまった獰猛のそれ。
――視認できるのはただ一人、ノエミだけだ。
「は、――っはぁ! 埒があかないね!」
笑いとも、吐息とも取れるセイバーの声音。
業を煮やしたか、セイバーは距離をとって剣を構える。
「――まずいのは解る! 上を取りなさい、ライダー!」
「おうともさ!」
ライダーにとっての優位なポジションは上位。
何かをしようとするのなら、それをくじき、尚且つチャンスに変えるしか無い。
そのための方法が、“上”なのだ。
機体は尾を引いて空へ上がった。
セイバーはそれを見上げ、剣を構える。
「――さぁ、贅沢な魔力の開放だ。特と耐えて見せるがいいッ!」
直後、両の剣の気配が増大する。
宝具の開帳――それには至らずとも、擬似的にそうとすら言えるほどの莫大な魔力。
――まずい、そう思う暇すら無かった。
――――思う前に、セイバーはライダー達の前にいた。
人には、認識にすら至らぬ神の域。
雷の速度が、セイバーをそこまで運んだのだ。
距離にして数百はあろうかというそれを、一歩、一秒未満で詰めて来た。
回避など、しようと思えるはずもない。
確実に、殺す。
――だが、回避をしようとする前に、動く者もそこにいる。
結局のところ、不可能なのは、“回避する”と思考した上での回避なのだ。
例えばアサシンは、思考した上で回避した。
それが星の開拓者というスキルである。
例えばそれがライダーならば――
思うまでもない。
すでにセイバーが視界に収まるその前より、彼は既に動いていた。
――――再び機体の上方を、此度は膨大な魔力が駆け抜ける。
解き放たれた魔力の一撃だ。
二本の剣が、その全力とは至らぬまでも出力を開放した。
少しでも触れていれば、即座に消滅していてもおかしくないほどの威力。
それを、事も無げにセイバーは操るのだ。
(――おい、なんだあの馬鹿火力! 普通じゃねぇだろあんなモン!)
ライダーの抗議がノエミへ飛ぶ。
機体は降下し、一度セイバーとの距離を取ろうと試みる。
(普通じゃないに決まってるでしょ! あんなもの贋作よ贋作。つまりあいつは
贋作を作成したことが、多くの逸話を残した英霊ならば多少の数はいるだろう。
盗作でも構わない。
つまり、“何かの真似事をする”という宝具を、彼は有していると考えられる。
けれどもライダーは、そのノエミの言葉を否定する。
(――違う。そうじゃない。“アレ”が偽物のはずはない、あの機体は、間違いなくスツーカだったはずだ!)
――それは、空を翔ける者の感。
自分の相対した“得物”――それを、果たしてライダーが間違えるだろうか。
彼の直感がそういうのだ、ならば、
(――そういうこと、なんでしょうね。アレが贋作じゃないとすれば――答えはひとつ、あいつは“本物”を所有しているか、あいつそのものが宝具ってことよ)
その答えは、ノエミ自身も行き着いてはいた。
だが、その想像は、あまりに最悪が過ぎるため、意図して蓋をしたものなのだ。
――故に、もしもその想像が当たっていれば、
否、大体それは間違っていないだろう。
あの宝具――意匠、つまり出典の違う、しかし原典を同じくするであろう二つの宝剣。
アレだけの魔力放出は、間違いなく“史実体系”の英霊では敵わないものだ。
無論、逸話を再現するという意味では可能かもしれないが――そも、史実で原典を同じくしながら、大きく意味を違える剣は存在しない。
史実に登場するものならば、あれは“同じもの”でなければならないのだ。
だが、違う。
間違いなくあのふた振りは、それぞれ“別の名を冠する剣”だ。
(それを原典とするならば、神代の時代に遡る必要がある――とすればあの英霊は、まさか――――)
視線の先――セイバーは剣を構えライダーの零戦を追っていた。
やたらめったらに動きまわるライダーに追いつくことができないのかしないのか。
少なくとも、今は攻撃をしかけてこないようだ。
そのセイバーに、ノエミは問う。
独り言のような声量であるが、それでもセイバーには届くだろう。
「あんた――まさか、その宝具は“本物”だというの?」
――その言葉に、セイバーはふと、足を止めた。
ふむ、と興味深げに考えこみ、自身から離れていくライダー達を見る。
おそらくは、セイバーの真名、その答えに“たどり着いた”と察したのだろう。
やがて“パチパチパチ”と、ライダーたちを称えるように拍手をする。
「お見事――その通り、この宝具は“宝具としては”本物だ。まぁ、あくまで“あらゆる宝具を再現できる宝具”の一端にすぎないわけだけれど――」
――事実、ノエミの考えは全く間違ってはいない。
全てが一人の――否、一つの英霊にたどり着くのだ。
それをセイバーは、実に愉しげな声で告げる。
「では名乗ろう、僕はセイバーとして喚ばれた英霊。名を――――――――」
本作最後の真名当てとなります。
本物の贋作者。――さて、ではその真名は?