「……? 今の――」
「どうかしたか?」
少女と男性がいる。
場所は市街の幾つもの商店が並ぶ一角。
さして広い空間ではないが、車は数十は止められるだろうか。
五、六程度の飲食店と、いくつかの雑貨屋や本屋。
車が五割が入っているだろうか。
――今、この場所にいる人間の数は、三桁にも届くだろう。
そんな中で、少女と男性は、異質な組み合わせであった。
スーツ姿の男は、あまり手入れされていない無精髭が特徴的だ。
三十か四十か、くたびれて見えるため、正確な年齢はさだかではない。
男自体は、さほど特徴のない中年男性である。
されども、隣立つ少女の姿は、思わず人の目を引き寄せるものだろう。
十八、十九になろうかという背格好に顔立ち。
整った容姿は、気の強い美人顔だ。
そしてその中にあって、更に彼女を特徴付けるのは、――見るからに彼女が外国人であるという点だ。
丁寧に手入れされた絹糸を思わせるサイドテールのセミロング。
白髪碧眼の、まごうことなき西洋美人だ。
初夏の陽気故か、服装はラフな白のワンピース。
胸元の青いリボンがワンポイントだ。
「――いいえ、なんでもないわ」
少女は、非常に流暢な日本語で返した。
両者の関係は、端から見れば親子の用に思える。
――あまりに淀みない日本語は、彼女を西洋人と日本人のハーフであると思わせるだろう。
無論、そんなことはなく。
――彼女の名前はノエミ=ミシリエ。
生まれも育ちも、生粋のフランス人であった。
「ふぅん。何か、あっちの方も外人さんのようだけどよう。……知り合いか?」
「違うわ。けど、多分同類ね、雰囲気が似てたもの」
――同類。
ノエミは先ほどすれ違った外人の男性を、そう評した。
それだけで、おおよそ男性の方も理解が及んだ。
「なるほどねぇ……あいつもお前と同じ呪い屋か」
「――違うわよ! 魔術師。あたしたちは、そんな胡散臭い連中じゃあないんだから」
「いや、胡散臭さはそんなかわんねぇんじゃ」
激昂したノエミをなだめる用にしながらも、溢れる言葉は不用意な追撃である。
いよいよ彼女の顔が朱に染まる。
「――バカにしてんの!? 怒るわよ、
街の往来。
それも、人通りのある店の前。
ノエミの絶叫は、せいぜい一人か二人程度しかいないとはいえ、周囲の眼を存分に惹きつけるものだった。
♪
視線から逃げるように、ノエミが選んだのは、あの場所にある飲食店の一店舗。
全国展開されてはいるが、売りは“庶民に手が届く高級和食料理”の店である。
「しっかしなー。わざわざ外食するなら、和食じゃないほうが良かったぜ」
「あら、いいの? 敵対国のものを口にして」
「あのな、それは国内で変な奴らが適当やってただけで、俺らは普通に英語は使うっての」
「あら、わざわざ現界させて、食事に連れてきているだけでもありがたく思いなさいな」
茶々を入れるノエミ、ライダーは嘆息気味に返した。
とはいえ、互いに意識は手元のメニューに移されている。
会話は途切れた。
元より、ノエミが続けるつもりもなかった。
「……っはー。……へぇー」
「……ねぇ」
言外の怒気。
何かあるごとに感心するようなライダー。
ノエミからしてみれば、うるさいと思うほかない。
「……ほー。――って、あんだよ」
「うるさい」
面の皮が厚いのはよく似た主従か。
お構いなしにぶっきらぼうなライダーに、ノエミの遠慮は消し飛んだ。
「ッチ……悪かったな。ってもよー、なんだぁこれ。……一食に払う値段とは思えねぇ」
「あら、そうかしら。……ここは平均的な値段はどれも二千円前後よ。ピンと来ないだろうけど、大体二日分の食費ね」
五食抜けば食べれるのよ。
ノエミは、そう言葉を締めくくる。
「一食に千円も、ってのは物価がちげーしなんとも言えんが。……豪勢な食事だよなぁ。これで人が大勢来てるんだろ?」
「さぁ、どうかしら。でも、今はあんたの頃より数割増し位で人口は増えてるわ。そしてね、それだけ増えた人口の数だけ、些細な幸福っていうものはあるのよ、毎日ね」
普段では眼を見張ってしまうような値段の食事。
それを、思い切って奮発し食べに来る。
――そんな特別な日が、今この場にいる人間の中では共有される。
「……それを仕事にできるくらい、今のこの日本っていう国は、肥えてるってー訳だ」
「昔とくらべて、想像もできないくらいね」
言いながら、ノエミは手元のメニューから、見るだけで喉を唸らす白米を示す。
米の一粒一粒が光を帯びて、ただですら見るものに“米の香り”を伝えるそれが、写真映りの妙により、更に一つ上のランクを思わせる。
「とはいっても、昔とくらべて民衆の食事が大きく変わったわけでもないのよね。西洋にしてもそうなんだけど、食事っていう文化は非常に奥が深いのよ。――貴方、味噌っていう調味料が、いつから存在してるか知ってる?」
「……俺が生まれる前から」
「アホ。――原型は奈良の時代にはあったらしいわ。ちなみに醤油は室町の頃。……日本の歴史は二千年位だから、日本人は歴史上の三分の二を無意味に過ごしていたことになるわね」
「マジか。……ってかお前の中での醤油の比重パねーな。無ければ生きる価値もねーってか」
「あたりまえじゃない」
――即答であった。
ドヤ顔でもあった。
「っていっても、今のように“毎日食を選べる”なんていうのはつい最近になってのこと。そもそも、それ以前は飢餓や不況の煽りで、食うに困るはよくある話だしね」
「まあなぁ。でなけりゃ戦争なんざ誰もしねーさ」
「何とかの大飢饉っていうのが歴史書に残るのは、それだけ深刻だったから。そして、そのたびに一揆や打ち壊し――反乱とは違うんだけど、そういう事がいくつも起こった」
当然といえば、まぁ当然のことではあるが。
――とはいえそういったことを気にかけるのはライダーの本意ではない。
さっと、遮るように、ライダーは朗々と口火を切った。
「――なぁよう、知ってるか? いろいろ巷説垂れるより、日本人にはもっと分かりやすい言葉があるんだぜ? 感謝するべきなのは分かった。ありがたがるべきなのは分かった。だったらよう、そーいうのは理論武装が必要なわけじゃないだろうぜ?」
「……そうね、頼みましょうか。何がいい?」
話はそこで打ち切りとなった。
そこからは、特に意味も持たないあーだこーだという言い合いが続く。
食事は、もう少し先の話になりそうだ。
♪
「――いっただきまーす!」
「いただきます」
食に対する挨拶は、文化によって異なるが、日本人はまずこれだろう。
ノエミも、郷に入っては郷に従えか、意気揚々と宣言する。
――ノエミが頼んだのは、旬のナスとピーマンを中軸とする麻婆茄子。
正確には和食ではなく四川料理のアレンジであるが、ノエミはこういった料理が日本食の中では特に好みだ。
対するライダーは肉料理。
日本産の高級地鶏を使った唐揚げである。
必然的に、主食として白米が付く。
炊きたての湯気が、ライダーの鼻孔を否応なくくすぐった。
「……」
そっと、箸を添えるようにして山盛りにされた天頂のつぶを掬い上げる。
手にしてしまえば、そのまま手の間から抜け落ちる粉雪の如く。
そのつぶに、窓の外のイタズラか、風が一筋駆け抜ける。
立ち上がる、湯気が揺れた。
――もうたまらない。
その瞬間に襲いかかった衝動が、ライダーの箸を口の中へ押し込んだ。
「――――ッ!!」
瞠目。
自身の口の中に広がった感覚を、知っていた。
ライダーはそれが、歓喜であることを知っていた。
瞬間広がる、米にしかない独特の風味。
やがて甘みへ変わるそれは、一度噛まれるたびに柔らかな風雅と共に舌を踊る。
「……うまい」
それだけで十分だった。
幾らもの形容はいらない。
飾りに飾ったおべっかは必要ない。
――炊きたてのご飯。
それに、華美な装飾は不要であった。
「幸せよねー」
ぽんやりと、両手に頬を当ててノエミが嘆息をする。
艶美なため息であった。
「それにしても――」
箸で、唐揚げとレモンの間を行ったり来たりしながら、ライダーは呼びかける。
「お前、本当に日本が好きなんだな」
「……はぁ?」
なんでもない一言であったが、ノエミの反応は鈍かった。
訳がわからないとでも言いたげに、眉を顰める。
「あのね、私は日本が世界で二番目に嫌いなの。……日本好き? 何を言ってるのかしら」
「いやお前……っていうか、一番目は?」
「英国」
――即答である。
国民性か、さもありなん。
「何故だ?」
「ご飯がまずいから」
「――日本が二番目に嫌いなのはなんでだ?」
「――――ご飯が美味しすぎるからよ! 何か問題でも!?」
ええー、と。
ライダーの表情が理不尽に歪んだ。
勢い混じりの握りこぶしでノエミが机を思い切り叩く。
――さほど響かない、そこは自重していた。
「そもそもねぇ、食文化っていうのはどこの社会でも等しく平等に、個性を持って成長するはずなのよ! それなのに何!? 飯に時間をかけられないからまずくなるのはまず論外にして、なんでこんな変な食文化が育つのよ!」
――麻婆茄子にしてもそうだ。
日本の食文化、それは吸収の歴史と言える。
周囲の文化を自分好みに変質させ、時にはまったく別の料理にすら変えてみせる。
「……肉じゃが食べたくなってきたわ!」
言っていて思い至ったのだろう、ドヤ顔で、ノエミはふと言い放つ。
「ま、今は麻婆茄子ね。ふふん、知ってるわよ、この食感と風味、苦手な人だって多いんだから!」
やっぱ豆腐の方が万人受けよね、と言いながらも、みるみるうちに茄子を平らげていく。
これは、間違いなくもう一品頼むだろうな、と。
傍目から見てライダーは判じた。
「……よく噛んで食べろよ」
「噛んでるわ! 一分間に速射百回噛めるんだから」
怖い!
思わずライダーの思考が驚愕に変わった。
珍しく、ライダーらしくない思考のブレであった。
(まったくよう。情緒不安定というか、自分の前しか見えてないマスターだこと)
コロコロと、一口食事を食べるたびに、ノエミは子どものように表情を変えた。
喜怒哀楽が、一切何のシェルターも通さず外へ飛び出る。
――真っ直ぐで、自由で、――空を飛び回る、鳥のような少女。
(――でもまぁ、そういう奴は、嫌いじゃねぇ。……俺がこれくらいの子どもを持ったら、ぐちぐち言いながら苦労してたのかね)
「……あによ」
――ごくんと、食べ物を飲み込んでからノエミは問いかけた。
「人を厭らしい目で見てるわね!? 変態! 日本人は羊の皮をかぶった狼だって聞いたことが在るわ! ……変態!」
「……いや、お前みてーな寸胴、俺の趣味じゃねーんだが」
「――セクハラおやじィ!」
ビシィ――と。
一膳の箸。
二対の槍が――ライダーの目元へつきつけられた。
「へいへい、悪かったよ」
(……飽きないねぇ)
本当に、自分は運の良いサーヴァントだろう。
聖杯戦争はその特性上、マスターと相性の良いサーヴァントが召喚されるとは限らない。
マスターがサーヴァントを単なる英霊として扱い、その人間性を否定するためだ。
――とはいえ、今回は参加資格の選出が特殊であるためか、相性の悪いサーヴァントというのは、さほど存在しないのではあるが。
ともかく。
「ライダー? ……手が止まっているわよ」
「なんだ、ほしいのか?」
「そうじゃないわ、欲しかったら頼むもの。――手を止めるのは、食事に対して失礼じゃない?」
ハハ、と。
――どこか自然と漏れた笑みは、少女にどう映るだろう。
何にせよ、今この瞬間は、どうにも温かい時間だ。
自分にはもったいないほどのぬるま湯で。
眠気を覚えるほどに心地よい。
――きっと、そんな時間の終わりは、すぐにでも来るのだろう。
これは戦争、――“聖杯戦争”なのだから。
食事系マスター。
真名予測は大好きです。皆さんもガシガシやってみよう(提案)