Fate/R avenge Knight   作:暁刀魚

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第十章 5

 ノエミ=ミシリエ。

 自由に生きることを選び、そしてその通りに生き続けてきた少女。

 少女は何よりも、自分が自由であろうとした。

 

 何故か――そうしたかったから、結局はそこに行き着くのだが。

 果たしてそれだけだろうか。

 人間の思考が、そんな単純な一つの考えで決まるものだろうか。

 

 人は幾つもの打算を帯びて生きる。

 群衆の中に紛れ込むために、それにふさわしい自分をつくろうとする。

 

 ノエミはそこから逸脱している。

 結局のところ、それは普通ではない。

 普通とは、単純だ。

 

 何せ既に解答が見えている。

 レールの上を歩くことが、如何に楽なことであるかは言うまでもない。

 

 普通に生き小難しいことをいくつも考える人間。

 単純に生き、細かいことを考えないようにみえる普通ではない人間。

 結局のところ、よっぽど生きやすいのは、前者ではなく後者であることは、間違い用がないだろう。

 

 自由に生きるとはつまりそういうことである。

 ――だが同時に、自由に生きる者達は、“普通”に考えなくてはならないことから開放される。

 

 ノエミの場合は特にそれが顕著だ。

 普通であることを拒否し、自由であることをよしとする。

 それが彼女の適正だったのだ。

 

 故に、彼女は自由に対する責任を負うことは得意でも――普通に生きるという責任を負うことは、極端に苦手だったのだ。

 しかもそれが、普段の自由気ままな振る舞いがために加速した。

 

 少なくとも、束縛によって生活を保証されていた頃は、彼女にもそれに対する耐性があった。

 まだ、家族とともに暮らしていた頃の話だ。

 しかし、その束縛から抜け出し、暮らすように成った彼女は、その耐性を忘れてしまった。

 

 ――だから、その一点に関してだけは。

 

 

 彼女は、あまりに弱い、人間であった。

 

 

 ♪

 

 

「――む、むりよ。勝てるわけない」

 

 急に、ノエミは弱音を吐き出した。

 そのあまりの変わり様――あまりの“異様さ”に、ライダーは思わず直接声をかける。

 

「おい、どうした! 大丈夫かノエミ!」

 

 敢えてマスターとは喚ばず、――否、それは意識してのことではないだろう。

 けれども、振り返ることはもうできなかった。

 直感が危機を告げる。

 

 再びセイバーが動き出したのだ。

 

「ぉ、ォォ――!」

 

 ライダーはセイバーの剣を躱すべく、機体を動かす。

 意識はノエミに向けられない。

 それでも、続けざまにノエミへ声をかけ続ける。

 

「しっかりしろ! 落ち着け! あんなもんなんとでもなる、急に弱気になるな。お前はそんな人間でもないだろう!」

 

 何度も何度も諭すように。

 そうしなければ、ライダー達はこのままジリジリとセイバーにやられてしまう。

 考えをとめるべきではない。

 そしてその“考え”を続けるのは、ノエミの仕事だ。

 

 ――だが、

 

「――ハァ!? ふざけないで、あんなのどうやったって勝てるわけない。勝てるわけ、無いのよ……」

 

 そのノエミが、どこかヒステリックに、しかしやがて言葉尻を弱めて、また沈黙する。

 ――これがノエミか?

 ライダーの知るノエミは、こんな人間であったか?

 

(どういうわけか、“何か”を恐れてやがるな。どう考えたってそれは“アレ”のせいじゃねぇ。“アレ”によって起こった何かに、こいつは打ちのめされてるんだ)

 

 ――今更、あの程度の脅威でノエミが怖気づくはずがない。

 それは何の憶測でもなんでもなく、ライダーが知っている事実である。

 その上でそれ以外の何か――ライダーが想像してもいなかった何かが、ノエミを苛んでいる。

 

(――言葉の端から拾い上げるしかねぇ。こいつは“アレ”に勝てないと思っている。それはいい、だが何故、それだけで“諦める”理由になるんだ?)

 

「――ットォ!」

 

 そこまで考え、ライダーは慌てて機体を逸らす。

 セイバーの顔が目前にあった。

 同時、零戦の翼を、削り取るように彼の剣が掠めるのを見た。

 ――手にしているのは再び“エクスカリバー”と“カラドボルグ”の二刀流。

 

(……いいや、違う。アレは確かに絶望的だが、決して諦めて勝負を捨てるレベルじゃねぇ。すぐにでも持ち直して、ノエミは策を練るはずだ)

 

 ――とすれば。

 ライダーは再び、今度は確信を持って呼びかける。

 

「――おい馬鹿野郎! 何ふてくされてんだ。諦めたんじゃねぇだろうな馬鹿マスター!」

 

「二回も馬鹿っていわないでよ!」

 

 即座にそう返事が来る。

 ――そして、

 

「――諦めてるはずないじゃない。でも、無理、耐えられない! あたしこんなの、耐えられるはずがない!」

 

 自嘲気味に、しかし今度は挫けること無く言い切った。

 その叫びを――ライダーはあくまで冷静に受け止める。

 

 そこには失望も、落胆すらない。

 ただ、何故自分のマスターはそうなったのか、という思考を続けるのみ。

 

(つまり、一度諦めた時点で、こいつは“別の弱み”で絶望したわけだ。それが原因で、たとえ立ち直っても思考が止まったままでいる)

 

 ――考える。

 ――――考える。

 ――――――考える。

 

(……こいつの弱み。そりゃあどういうことだ? こいつに弱みなんざあるのか? この自由主義のお嬢様が、だぞ? ――あぁいや、そういうことじゃないのか?)

 

 思考しながらも、状況は動く。

 ちょうど真正面にきたセイバーに対し、ライダーは機銃を掃射し道を作る。

 少し退いたセイバーの横を、そのまま一直線に駆け抜けた。

 

(つまり、俺の知らないこいつの一面、ってことだよな。――だが、こいつはそんな小難しい人間じゃない。……とすれば、だ。それはつまり、“こいつですら考えも及ばないこと”じゃないのか?)

 

 そのまま即座に反転、再びセイバーへと向かう。

 少しでも背を向ける愚はおかさない、そこには既に刃を構えたセイバーがいた。

 

(――だが、いきなりこんな風になるはずはない。予兆はあったはずだ。それも、何かしら印象にのこるような――――)

 

 振りかぶるそれを、機体で円を描きながら回避し、そのまま上へと向かう。

 上位をとった。

 とすれば、ここで三号特爆でも置いていくか――否。

 そんなことをしても、今度は単なる守りの宝具に防がれるだろう。

 三号特爆は切札だ。

 ――ここで切る理由は何一つない。

 

(――――こいつと初めて出会った時、俺はとんだじゃじゃ馬だと思った。だが、思いの外こいつは良識もあったし、人の範疇に収まっていた。俺にとって、こいつは付き合いやすい相棒だった)

 

 ライダーは回想する。

 初めて出会った時のこと――ほんの二十前後の少女が自分を呼び出した。

 少しだけ、それに驚いたのを覚えている。

 

(短い付き合いだが、俺はこいつをどうしようもなく信頼している。それは間違いない。あいつは俺を、特殊ではあるが“縁”で呼んだんだ。――きっと、それだけ波長があう、ってことだろう)

 

 そして、戦争の最中。

 変化があるとすれば、きっとここだ。

 

 この戦争中の彼女の様子を思い出す。

 そして、その中で、“特にここ最近顕著であった事実”を回想する。

 

 ――――あぁ、そうだ。

 

(――――――――思い出した)

 

 一つだけ、ある。

 

 そしてそれが、意味を持つことに、ようやく行き着いた。

 

 そもそも“ここ”にこうして来たのも、それが理由であったのだ。

 つまり――

 

 

(――――ノエミは、“勝ちたがっていた”んだ)

 

 

 ここにいたり、たどり付く結論。

 だいたい、瀬場邸同盟との談合の話が持ち上がった辺りから、彼女が主張し始めたことだ。

 ――“単独陣営での勝利”。

 

 どうしてか、それにノエミはこだわっていた。

 

 ――何故だ?

 勝利するなら、別にノエミ達が単独で勝利する必要はない。

 ライダー達の願いは、ノエミは勝利、そしてライダーは受肉。

 別にそこまで難しい願いではなく、恐らくアサシンのマスターが望む、“妹を救う”という願いを叶えても、その余裕で叶えることができる範囲のはずだ。

 

 それを敢えて否定するかのようなノエミの方針。

 そこにあるものはなんだ?

 ――そう考えれば、ノエミが何を考えていたのか、ライダーにはおおよそ合点が行った。

 

「……なぁノエミ」

 

 ――それは、きっと言葉にしなければならないことだろう。

 ここまで、ライダーはノエミを誤解していた。

 ノエミのことを、解った気になって、解った以上にはならなかったのだ。

 

 そしてそれは、ノエミとライダー――“一蓮托生”な両者の関係を考えれば、あまりに不誠実であっただろう。

 

 ――そう、ノエミはそれを恐れていたのだ。

 

「お前は“信頼されること”に慣れてないんだよな。……悪いな、重荷を背負わせちまってよ」

 

 めまぐるしく視点の変わる戦場において。

 ――ふと、ノエミは前を見た。

 

 ライダーが、何を言おうとしているのか――何となく解った。

 

 ライダーがようやくノエミの深層に辿り着いたように。

 ノエミはライダーを、信頼しているからこそ、それが解る。

 

「俺はお前という人生において、初めて“信頼しあう仲間”として現れた存在なんだろう? お前は他人に信頼なんざされたことはない。だから、他人の責任を負うなんてこと、これが初めてだったわけだ」

 

 全てを相手に預ける関係。

 ――それを、ノエミは初めて知ったのだ。

 同僚と呼べる者はいた。

 仕事仲間と呼べる“同類”はいた。

 

 辰向がそうだ。

 

 ――だが、それ以上の、“相棒”はどこにもいなかった。

 

 ノエミは自由である代わりに、孤独だった。

 

 そんな孤独な少女が、初めて得た信頼のおける仲間。

 ――そんな少女が、初めて背負った、“他人の重荷”。

 

 ライダーには願いが在る。

 ノエミはそれを叶え無くてはならないと躍起になった。

 しなくてもいい無理をして、不必要に勝利を求めて――

 

 だからノエミは言ったのだ。

 そして、それしかノエミにはできなかったのだ。

 あの蔓と光の渓谷の中で――自分に言い聞かせるようにぽつりと、

 

 ――“勝つわよ”、と。

 

 それが、

 

 

 ――不器用な少女の、信頼に対する返答だったのだ。

 

 

「――違う。違う」

 

 ノエミは否定する。

 

「そんなわけない、そんなわけない! あたしは別に、絶対に勝たなきゃ行けないなんて思ってないし、それは別にライダーのせいでもない! あたしはあたしの思うがままに、振る舞いたかっただけなんだ!」

 

「――振る舞い“たかった”んだろう。でも、できなかったんだ。――ノエミ、お前は本当にいいやつだよな。俺の願いは、とっくに叶ってるってのに、俺の我儘にお前は付き合ってくれてるんだ」

 

 ――否定する。

 ライダーの優しい声を、ノエミは自分がちっぽけであることを自覚しながらも。

 ――否定する。

 

「違う! 違う! ライダーの願いは我儘じゃない。私のやりたいことはライダーのためなんかじゃない! だからそんなこと言わないで! 私は、私は――ライダーに心配される筋合いなんてない!」

 

 もう、それは叫びでありながら消え細るような声だった。

 なぜ自分が、そんなにも叫んでいるのか。

 何かの意思を表明したかったのか、ノエミにはそれすらわからないだろう。

 

「あたしは、――あたしは」

 

 もはや、彼女の視界はぐちゃぐちゃになっていた。

 みえるものは見えなくなって、そこに“すべてを見通す千里眼”は、機能を失っていた。

 

 

「――あたしは、ただ。あんたの信頼を、裏切りたくなかっただけなんだ」

 

 

 その言葉は、ノエミの不器用を肯定する。

 何よりの証拠であった。

 

 ライダーは、全ての音を喪ったことを、その時感じた。

 ――世界に自分とノエミ、二人だけが存在していると、そう感じたのだ。

 

(……こいつのことを、俺は少し勘違いしていたかもな)

 

 ライダーの思い違い。

 ノエミは、自立した大人だとライダーは考えていた。

 だが、違う。

 彼女は――まだ、全てを一人でこなせる強さはなかった。

 

(――もしもこいつが“大人”なら、そもそも自由という道を選んではいなかった、か。つまるところ、だ。こいつに必要だったのはきっと――)

 

 そして、それを満たさなかったのは、彼女が束縛されていた環境だったはずだ。

 だから――

 

(――俺はこいつの、親か何かにでもなれるのかね)

 

 そう考えて、答えは決まった。

 ライダーのするべきことは、ノエミを先へ導くことだ。

 

 それがライダーの、相棒としての、“最後の”仕事。

 

「なぁノエミ……もう、帰ろうぜ」

 

「――へ?」

 

 首を傾げ、ノエミは急にどうしたのかと問いかける。

 ライダーは続けた。

 

「もうこの戦闘に勝ち目はねぇ。だったら、後はここから逃げ出す他ねぇだろ。勝てないんだ、それもやむなしだ」

 

「……何、いってんのよ。そもそもあたしはあの赤紫羅仁との“契約”でこの場から逃げることはできなくて――それは、あたしと“契約”してる、あんたもおな、じ――――」

 

 ライダーの言いたいことに、ノエミはそこで気がついたのだろう。

 ふと、ライダーはそれに満足気な笑みを浮かべた。

 

「ま、待って、待ってよ――」

 

 ノエミの静止。

 だが、ライダーは一切それを聞かない。

 

 あっけなく、事実を確かめるように、そう告げる。

 

 

「――――俺との契約を切れ、そうすればお前を、俺は逃せられる」

 

 

 今度こそ、

 ――ノエミの視界は、真っ暗になった。

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