現代に現存する数少ない宝具を伝える一族、及びその“使用者”を示す称号だ。
――使用者。
言うまでもなく、赤紫羅仁がそれだ。
というよりも赤紫羅という家系が、宝具“
彼らは外海を渡り、信濃の地に土着することになる魔術師一族であるが、その主な目的は宝具を守るためであったと言われる。
結果として、数百年の歳月と共に極東という知名度の薄さが、伝承保菌者としての赤紫羅を忘れさせていくこととなるのだが、それは余談か。
とまれ、赤紫羅は瀬場が“周囲の信仰を集めるために魔術に染まった”ように、“宝具を守るための魔術”が、赤紫羅の魔術となったのだ。
赤紫羅が得意とするのは契約の魔術。
――なお、雪白が得意とするのは“記録”の魔術である。
「親父が戦闘に用いるのは、中国拳法を独自に学び発展させたオリジナルのものだと聞いている。赤紫羅仁は“研究者”としては天才であったが、戦闘系の魔術師としては二流だ、とな」
弓弦は他者から聞いた自身の父親の評を述べる。
彼は知らないのだ。
実際に、赤紫羅仁が誰かと敵対する姿を。
「それを補うための肉体強化、ですか。確かあなたも、自身のリミッターを外す魔術を使用していましたね。赤紫羅仁もそのような?」
ふむ、と口元に手を当てて、考えこむキャスター。
弓弦は首を振って否定してみせる。
「親父はそういう無茶はしねぇよ。そんなことはしなくても、食屍鬼くらいなら、殴り殺せるしな」
加えて、彼の戦闘スタイルは宝具による圧殺である。
通常人間は宝具を防げない、ただそれをふるうだけでも、彼は強烈な戦闘力を有しうる。
「後は逃走妨害の魔術――防ぎようはあるけど、どうせ次で決着を付けなくちゃいけないから、関係はないわね」
これは弓弦も知らない情報だ。
相手の戦闘意欲を強引に“合意”と取ることで、強制的な契約を結ぶ、一種の詐欺のような魔術。
なるほど、親父らしいと弓弦は手を叩いて笑った。
「戦闘に契約魔術を持ち込むことは殆ど無いだろうな。そもそも契約ってのは互いの意思が明確でなきゃならん。――その強制契約魔術は、親父でなければできないレベルの難物だろうよ」
相手から巧みに言葉を引き出せば、その限りではないだろう。
実際、それが出来る程度には仁も話術は確かであるはずだ。
――だが、恐らくそれをしてくることはないだろう。
この契約魔術が有効であるのは対人戦闘だけだ。
サーヴァント相手に契約は通じないし、そも――
キャスターには話術のスキルがある。
舌戦でキャスターを負かせるのは、恐らく聖杯戦争参加者の内、赤紫羅弓弦のみだろう。
「つまり整理すると、親父の特質は宝具をぶっ放すことによる圧殺と、そしてそれを掻い潜ったとしても待ち受ける高い肉弾戦だ」
幸いな点は、宝具は強力であるがその分消費する魔力も尋常ではないという点。
一度放てば恐らくそれが限界か――だが、その一撃で敵を限界に追い詰めるのもまた宝具である。
間違いなく、この聖杯戦争において一、二を争う強者だ。
雪白辰向ですら、勝率は六割程度だろうか。
ただし――それでも、“サーヴァントに敵わない”ということはありえない。
「けれども、その事実はある一つの理由でひっくり返るよね。――そしてそれが、赤紫羅仁と相対する上で最大の問題になるわけだ」
朝海が言う。
それを受け取るのは、アサシンだ。
「――大聖杯との接続、正確に言えばその“魔力供給システム”との連結、ですか」
――――そう。
赤紫羅仁は、確かに強者ではあるが、それはあくまで人間の域として見た場合だ。
雪白辰向のように、人類を越えた強さにまで至ったわけではない。
だが、今の彼はサーヴァントすら打倒するだろう。
アーチャーやランサーのような戦闘の英霊でもなければ、彼を真正面から打倒することは不可能。
――そのクラスの大英霊であれ、苦戦は免れないはずだ。
つまるところ。
――それをどうにかしない限り、宝具を乱発される、というわけだ。
「――そして、もう一つ」
弓弦は、更に話題を一つ進めた。
「考えなくちゃ行けないことがある。――雪白のことだ」
「……雪白? あぁそっか、そういえばそうだったね」
赤紫羅が伝承保菌者であるということは、思いの外知られている事実だ。
というのも、彼は二十年前の戦争時に、あの宝具を多用している。
情報を隠すつもりもないようで、赤紫羅の宝具はそれなりに有名だ。
だが、
「――雪白? 雪白になにかあるのかしら?」
ノエミが首を傾げるように、“雪白のソレ”は、一部の人間しか知らないことだ。
それこそ、弓弦や朝海のように、“かつての雪白”を知る人間にしか、わからないこと。
「赤紫羅と雪白は、共に外国からこの日本にやってきた魔術師なの。この二つの一族は“外国にいた時から”交流があったみたいで、また、その特徴もよく似ていた」
朝海が言う。
――そう言葉にしてしまえば、ノエミもおおよそ合点が行った。
その表情が苦々しいものに変わる、弓弦と朝海も同様だ。
「つまり、雪白も――伝承保菌者ってわけ」
――しかも、その“伝承される宝具”が、一切の詳細も知れないのだ。
雪白辰向も雪白真華も、その宝具が何であるかを知らない。
故にその宝具は今――赤紫羅仁の手の中にある。
♪
本質は、“童話の原典そのもの”である。
つまり伝承によって受け継がれる原因と成ったそれそのもの。
宝具として――礼装として加工される際に形を明確化したものの、つまり。
人を飲み込む、悪鬼たる狼そのもの。
それが宝具の原型である。
――とすれば、雪白が伝える宝具は何であるか。
雪白の姓はその宝具そのものが由来となっている。
要するに、“スノウ・ホワイト”、白雪姫である。
問題は、白雪姫の“何の原典”であるか、だ。
手折る狼が、“狼”を原典としているように――童話の元となる宝具は、童話の中の“一つの現象”を切り取ったものであると言える。
それが白雪姫であればどうか――
まず候補となるのが、小人の存在。美しいものを写す鏡。そして魔女の呪術である。
この内“美しいものを写す鏡”は除外して構わない。
戦闘に使いようがないからだ。
赤紫羅仁と戦闘する上で、“障害になるもの”が実質的な“可能性”である。
「――ヒントになるといえば、少しお聞きしたいのですが。その宝具は“二十年前の戦争”とやらでは使用されたのですか?」
「どうだろォな、わからん。されたかもしれねぇし、されていないかもしれねー。少なくとも、赤紫羅の宝具みたいに大々的には知られてないと思うぜ」
アサシンの問いに、弓弦の答え。
「ふむ、とすると攻撃性の宝具ではない、と。……魔女の呪術、ではないでしょうね。くさっても宝具――その効果が発揮されれば、どうしたって明確になるでしょう」
能動的な宝具ではない。
――もっと補助的な、つまり“小人のような小間使いの宝具”である可能性は高い。
事実、白雪姫の童話において最も神秘性が高いのは、間違いなく小人の存在だ。
「ええっと……王子様のキス、なんてことはない?」
「元は棺をぶつけてその拍子に林檎を吐き出したっていう構図よね。じゃあありえないでしょ、原典じゃないから、宝具にはならないわ」
それを超える神秘は、しかし否定される。
「とすれば、ほぼ確定でしょうか。……そう単純には思えませんが、しかしそれ以上の答えは望めそうにありませんね」
困った顔でキャスターが纏める。
――大体、こんな所だろう。
情報としてまとめて置かなければならない点はまとめた。
「うんじゃあ、こんなもんでいいかな」
そんな朝海の問いかけに、異論を挟む者はない。
――正確には、
「――――そんなものだろうな」
それを同意し、話題を閉じる者がいる。
――聞き慣れた声、だがこの場には少し場違いな声だ。
通信によるものではない肉声。
意外そうに、弓弦達は視線を向けた。
――視線の先、襖の向こうに、雪白辰向が立っている。
「おや、マスター。そちらはよろしいのですか?」
「あぁ問題ない。……十分なくらいだ」
辰向はゆっくりと歩を進めながら、机を囲む朝海達の輪に加わる。
ちょうどアサシンと朝海の間が空いていた。
なんでもないように、そこへ腰掛ける。
「……そういうわけだから、準備はできたよ。後はこっちで対策をねって、突入するだけ」
「あたしからはもう特にいうことはないわね、……ふぁふいう――そういうわけだから、ま、頑張って」
途中、煎餅を食べながら、ノエミが激励を送る。
役目を終えたとばかりに気の抜けたものではあったものの。
「口に物を入れて喋ってはいけませんよ……まったく」
キャスターからしてみれば、そんなノエミは朝海と同じに映るのか。
咎めるように声をかける。
「……ふむ、じゃあ、いいか?」
それを見てとって、弓弦は周囲の返事をまたず自身の手を差し出す。
――そこには、既に用を成さなくなった令呪が刻まれていた。
ノエミもどうやらそれで察したようだ。
他の面々も、あらかた理解が及んだ様子だ。
弓弦は続ける。
「俺がお前等についていくことはない。――ついていっても構わないが、それに意味は無いだろう。足を引っ張るかもしれないしな」
「――あたしも。そもそも、戦闘能力なんて無いしね」
ノエミが続いた。
「まぁ、なんつーか、アレだ。……真華を頼む」
少しだけ言葉を選び、弓弦はその手を差し出した。
握手を求めているのではない――正確には、求めているが、同時に彼は魔術を行使している。
――困ったように、それでもまっすぐ彼は朝海の瞳を覗きこんでいた。
それは、果たして演技であろうか、彼の本心であろうか。
まぁ、どちらでも構わないだろう。
それを悟らせないからこその赤紫羅弓弦だ。
朝海が簡単にわかってしまっては、彼の格も落ちるというもの。
「別に君のことは、最初から許すとか許さないとか、そういう意図もないけれど……全部終わったら、赤紫羅の“後”をお願いするね?」
それは果たして贖罪か、否か。
おそらくは、弓弦が決めるであろうこと。
朝海は、迷うこと無く弓弦の手をとった。
同時、その手が魔力を帯びた光りに包まれる。
――少しすると、一画になっていた朝海の令呪が、二画となった。
弓弦の令呪もまた――役目を終えて消え去る。
少しだけ、弓弦は何かを思うように瞳を閉じた。
ランサーのことだろうか、それとも、ここまでのことだろうか。
「――ねぇ、赤紫羅の。聞きたいんだけど、この令呪ってもしも全部無くなれば、サーヴァントとの契約は切れるの?」
「いいや、そういうわけじゃねぇが。……ま、よほどの義理がなけりゃあ、令呪を三画も無駄撃ちするマスターについてくるサーヴァントはいねーだろォよ。つまり、どっちとも言えるな」
ただ、と弓弦は続ける。
「令呪を残したままサーヴァントが消えたなら、――令呪は言っちまえば、契約の名残ってことになるだろーさ」
「そう、じゃあ……」
ノエミは、自身の令呪を胸に抱く。
数秒か――それ以上か、決して長くはない時間、そうして。
やがて、手を胸元から話すと、掲げてみせる。
「握手っていうのも性に合わないし、こんな感じでいい?」
「必要なのは両者の合意だ。なんでも構わんよ」
「そっか、――じゃあ、瀬場朝海」
少しだけ、ノエミの声のトーンが下がる。
決して険悪ではないが、だが、ただ聞いているだけではいられない、そんな声だ。
「……こうして、面と向かって話すのは、初めてかもね」
「そうね。もしかしたら――これが最後かもしれないわ。だから聞いて」
朝海は、口を挟むこと無く、あくまで無言で頷いた。
「あたしはね、この聖杯戦争でそれなりに収穫を得られたと思ってる。――それは全部、ライダーのおかげなの。あいつがいたから、負けちゃったけど、そんなに悔しくはないわ」
――ライダー。
空の王、零戦虎徹。
翼を持つ鳥のように自由で、そして勇敢だった一人の英霊。
ノエミ=ミシリエの、“
「この令呪は、その残滓。あたしとライダーをつなぐ最後の証。それを、あなたに託す。――だから、勝って。必ず勝って。あたし達にできなかった最後の一つを、あなた達が埋めて頂戴」
ノエミの手に残された最後の令呪。
一枚の羽を思わせるデザイン。
これが三つ連なったものが、当初のノエミの令呪であった。
「――――うん」
なにか声をかけようか。
そう思っても、言葉が出てくることはなかった。
端的かつ、明瞭な肯定。
それと同時に――朝海はノエミと手を打合せた。
「――任せたわよ」
そういったノエミの顔は、どこか今にも泣き出しそうで、しかしとびっきりの笑みであった。
かくして、次回は最終決戦。
長さで言えば瀬場邸決戦には劣るものの(想定)、そもそも三回も戦ってたあれと比べてはいけない。