闇に溶け込んだ世界に、在るのは三騎のサーヴァントと、三人の人間。
辰向は、軽く朝海の肩に触れた。
「――じゃあ、行ってくる」
「死なないでよね?」
ニィ、と朝海はそれに応えて。
辰向はしっかりと首肯すると体を落とした。
勢い紛れに、セイバーへと突貫するのだ。
「――――へぇ」
一瞬の肉薄、速度はキャスターの身体強化もあり、相応の物がある。
たったの一歩で、辰向は既にセイバーの前にいた。
閃き――剣と剣が衝突する悲鳴。
ほぼそれは同時であった。
辰向のギミックナイフと、セイバーが操る宝具“カラドボルグ”。
振り下ろしたナイフと、受け止めたカラドボルグ。
直後、セイバーの顔にギミックナイフから噴出した血がほとばしる。
顔に張り付いたそれをセイバーは、軽く拭った。
回避しようという素振りは、見せることすらしなかった。
「……っ!」
辰向が続く二の太刀――出現したもう一つの宝具、“エクスカリバー”、その原典を回避する。
セイバーは一切動じた様子を見せず、興味深げに辰向を見る。
さすがに、種くらいは知れているだろう。
辰向は再びナイフを構え、突撃した。
振るわれるナイフを、的確にセイバーは防いでいく。
その度に、ナイフに蓄積された辰向の血が彼に注がれるが、時にそれはおかしな方向へ消え、時にそれは彼の服に引っ掛かる。
その服自体も彼であるために効果はあるだろうが、とかく。
辰向の手が大きく後ろへそらされた。
もとより、セイバーは様子を見るように辰向の剣を往なしていたのだ。
少し払うだけで、辰向は攻勢を失う。
「――ここまでか!」
言葉とともに、辰向はナイフを持たない手に“何か”を取り出す。
光の少ない場所ではあるが、さすがにセイバーが見えないということはない。
「閃光手榴弾、か」
言葉とともに――
――彼の周囲は、光に包まれた。
それはすぐそばの赤紫羅仁も同様である。
辰向はセイバーの横を、通り抜けるようにかけていく。
彼は気配遮断ができるだろう、それをしないのは、セイバーを挑発しているのだ。
そして、
「……一つ、ではないね?」
セイバーの超感覚に、もう一つ存在が認識される。
ノイズのような曖昧な認識だ、恐らくこちらは気配遮断をしている。
このレベルの気配遮断に、サーヴァント級の魔力、十中八九アサシンである。
「いいだろう、乗ってあげよう!」
そちらへ振り向くセイバー。
仁は止めることをしなかった。
無駄だということ理解しているからだ。
さらに言えば、セイバーと仁を分断した方が、状況が明確化しやすいということもある。
やがて、辰向とアサシン、そしてセイバーがその場から掻き消える。
光が収まった頃には、そこには朝海達と仁しかいない。
――否、それ以外にもいない。
キャスター達の周囲にいた歩き巫女が、消え失せている。
彼女たちは気配遮断のスキルがある、潜伏したであろうことは想像に難くない。
「――状況は整ったようだ。血沸き肉踊るには、あまりにお誂え向きだと思うがなぁ!」
赤紫羅仁は、咆哮と共に立ち上がる。
その視線の先、朝海とキャスターも同様だ。
既にセイバーとアサシン陣営も戦闘を始めていることだろう。
――長かった聖杯戦争の終わり。
最後の戦いが、
これから始まる。
♪
雪白辰向は空にあった。
彼が目指すのはこの大樹の最上部である。
――こんな話をノエミから聞いた。
この神樹の世界の天蓋は緑色の木の葉に覆われている。
闇に染まり藍色に変わったそれは、異様なほど異様と言えて、そして決定的に異質を思わせた。
端的に言えば、その場を漂う魔力は尋常でなかった。
加えて、そちらを直接視界に拝もうとした時、セイバーがそれを遮ったのだ。
偶然にも思えるが――
辰向は、自身に併せて上昇し続ける、目前のセイバーを睨みつけた。
「……そこをどけ、俺はこの上に用がある」
「それは困ったね。僕としては、それは非常に困るのだ」
わざとらしいほどに苦笑しながら、セイバーは言う。
――偶然、ということはないだろう。
それをセイバーはあからさまに伝えたのだ。
何かがある――そしてその何かは魔力に満ちている――
想定されるのは、“魔力の根本”がそこにあるということだ。
つまり、
――大聖杯の“核”というわけだ。
とはいえ、辰向の言葉はそれなりのリスクを伴う。
セイバーに対してケンカを売ったのだ。
――実質的な、戦闘開始の合図であった。
セイバーが構える。
だが、それよりも早く、辰向はナイフをセイバーへと構え突進した――!
先手必勝、明らかな格上であるセイバーに、一手でも攻めを許した時点でそれはすなわち敗北だ。
だが、それだけでは勝利を得ることもまた不可能。
どうしたって、必ずどこかで手数によって辰向は押し切られる運命にある。
肉薄。
――だが、更に辰向はそこで次への駆動を行っていた。
体をバネに振るった刃、それを、セイバーが出現させた宝剣へ激突させる。
激しい衝撃と筒音が周囲へはじけ飛ぶ。
辰向は、その中で躍動した。
セイバーが防いだと同時、辰向の体は後方へ飛ぶ。
斬撃を相手に浴びせた反発だ。
多少角度を変えながら、辰向は元の場所より少しずれた場所に足場を置く。
セイバーが追撃に腰を落とした。
それを迎撃するべく、辰向は彼に銃弾を浴びせつける。
ナイフを持たない手で取り出し放つのだ。
それらは全てセイバーの手元であらぬ方へと飛び散り消える。
弾いた、さながら創作の中で行われるそれの如く、剣で銃弾を弾き飛ばしたのだ。
――剣閃は、辰向の視界には収まらなかった。
「っ――!」
直後には、セイバーが目の前にいる。
一撃、“カラドボルグ”を、反射的に辰向は弾いた。
同時、彼の手から銃弾が見舞われる。
三手が同時にセイバーへ向けられた。
――弾いて、反撃すると共に、辰向は上方へ飛び上がったのだ。
セイバーの上を回転するように、体を半回転させて――
“エクスカリバー”が閃く、超至近距離の銃弾が、ひしゃげ散った。
だが、セイバーの剣はそれで、辰向が上手から繰り出すナイフと激突する――!
更に、銃弾もおまけと浴びせ、辰向はセイバーの後方へ回る。
だがセイバーはそれよりも早かった。
手数は同数、ならばそろそろセイバーは辰向の速度を追い越すというもの――
背中合わせであったはずの両者は、辰向の背がセイバーへ向けられる状況へ変わった。
――そうなるはずだ。
少なくとも、地上であれば。
セイバーの後方へ回るはずだった辰向の体は、空中で“静止した”。
剣は虚空をからっきる。
風がセイバーをはためかせ、そして――セイバーに、辰向のナイフが見舞われる。
だが、
「甘いね」
――そこへ、空白から刃が強襲する。
セイバーの宝具射出である。
途端、辰向はセイバーから距離を取り、その場を離れる。
セイバーの真正面を通り過ぎた辰向の服を、宝具の一つがかすめ切り裂いていった。
「ぉ、ぉぉおお!」
思わず、と言った様子で辰向から声が漏れる。
驚嘆と安堵、それらがないまぜとなっていた。
(くそ! 完全に遊ばれている! こっちの攻撃がひとつも通るヴィジョンが見えない!)
下方へ一息に駆け抜けていった辰向は、態勢を立て直しセイバーを見上げる。
そこには、最強のサーヴァントが、笑みを浮かべて佇んでいた。
♪
キャスターと赤紫羅仁、両者はジリジリとその距離を詰めていた。
言うに及ばず、キャスターは武人たらんという態度だ。
あくまで毅然としている。
だが、朝海にとって意外であるのは、それが仁も同様であるということだ。
彼はあまりに自然体であった、先ほどまでの高慢も、侮辱に満ちた態度ももはや消え失せている。
ただ拳を構え、真正面からキャスターを睨みつけていた。
それは沈黙であり、しかし激戦であった。
一つ、精神に小石が混ざるだけでもその水面は揺らぐ。
その一瞬には、精神を揺らがせた方が無残に地に伏すこととなるのだ。
一瞬の闘気がその行き先でぶつかり合う。
形はない、しかし互いの意思が、互いの意図を刈り取るのである。
さながら精神イメージの中でのみ行われる戦闘、というべきか。
二人の思考の中で、次の瞬間飛び出した後の、イメージが完成している。
それが自身の勝利を確定的に告げない限り、両者は動くことはない。
つまり、戦略の中でのみ、両者は戦闘しているのだ。
――そして、最初に動くのはキャスターでなければならなかった。
仁とキャスターは互いに少しずつ位置を変えている。
その際に、仁は“武人としての必殺”以外の必殺を有する。
その間合いに飛び込めば、キャスターは確実に不利を得る。
つまり、その間合いに入る前に、キャスターは打って出なければならないのだ。
時は、永遠か、しかし瞬間か、そのどちらでもあるような一時に、出現してみせる。
「――ッ!」
キャスターは、ついに体を動かした。
この場所であれば、仁に対して有利に手を打てる。
――だが、確殺ではないのだ。
そして仁には、それ以上の迎撃方法が存在している。
「――
冷酷な宣言であった。
瞬間。
黒に満ちた皮を纏う、殺意を伴う狼が出現する――!
キャスターはその場に防御障壁を展開すると、横に飛ぶ。
視線は狼に向けたまま、狼の“対応”を見るのだ。
果たして狼は、一瞬直線してみせるものの、即座に方向を転換、キャスターへと迫る。
そこへ、次いでキャスターはクナイを放つ。
狼はそれを“呑み込んだ”。
まるで意に介さず、更にキャスターへと牙を剥く。
速度は、しかし決して対応できないほどではない――!
再びキャスターが障壁を展開する。
それで、十分だった。
間近に迫った狼が一瞬停止し、そしてその隙にキャスターは飛びのく。
直後障壁は砕け散り、狼はそのまま真っすぐを駆け抜けた。
――大凡予想通り。
この宝具は、ある程度のホーミングはあれど、“反転してまで襲い掛かることはない”。
これはノエミから戦闘の詳細を聞いた上での推測と一致していた。
これならば十分に、サーヴァントであれば回避は可能。
――だが、此度の戦闘はノエミの時と大きく違いが在る。
赤紫羅仁が暴れまわる足場が存在するということだ。
「っ!!」
気がつけば、仁は既にキャスターの前にいた。
拳を振り絞り、腰を溜めてのストレート――正拳突きに近い構えだ。
予測の上では在る。
けれども、目の前に迫る赤紫羅仁の拳法家としての気圧は、まさしく別格のそれであった。
忍者――スパイとしての最低限の身のこなしが武器であるキャスターにとって、それは言葉を絶するにあまりあるだろう。
クナイでそれを受け止めると同時、彼女は後方へ吹き飛ばされるように跳んだ。
「キャスター!」
朝海の叫び、それと同時、赤紫羅仁の視線が朝海へと向けられる。
「――ッ!」
一瞬、朝海は思わず息を呑んだ。
距離は数十メートル。
戦闘を行うにしても遠いほどの距離がある。
だのに、仁の圧が、朝海にまで到達した。
――それでも、
朝海は、
その視線に対し、あくまで敵意で返した。
同時、
「――魂魄よ、我が意に応えて!」
朝海の言葉に呼応するように、彼女の周囲に青の人魂が浮かぶ。
――鬼火、それは熱を伴っていた。
「眼前の敵を、燃やしてしまえ――――!」
祈り、もしくは依頼。
――自身を信仰する霊魂達へ働きかけるのが、朝海の魔術。
彼女の言葉に従い、手元から出現した炎が赤紫羅仁へと襲いかかる――!
ただし、
「――愚かな」
どれだけ強靭な精神を有していようと、そこに力が伴わなければ、
――そこに、意味が伴うとは、限らないのだ。
「――――手折る狼!」
再び、仁の手元から“狼”が出現する。
少女を喰らう、嘘つき狼。
それは霊ですら――死んでいてすら、たやすく飲み込んでいく。
「……ッ!」
――速い。
その速度は、サーヴァントであれば回避は可能だろう。
だが、――人であれば、回避をしようと思うことすら難しいだろう。
朝海の視線は、狼に向けたまま硬直した。
体は、既に命令を告げている。
――間に合わない。
――――故に、
朝海は、したり顔で、笑みを浮かべる。
直後、朝海の体は弾かれた。
“横に”、“狼から引き剥がされるように”。
原理は単純。
朝海はこの状況をみこし、狼が出現するよりも早く、歩き巫女を動かしていたのだ。
かなり強引ではある。
それでも、狼が朝海の横を通り過ぎたことは、事実であった。
そして、
それを意識するよりも早く、仁へキャスターが強襲する。
クナイの投擲、二本のそれを払ったかと思えば、既にキャスターは懐へと飛び込んでいた。
――体重を載せた掌底。
叩きこむのは人体の急所――みぞおちだ。
それを、仁はなんでもないかのように弾く。
キャスターは連撃、しかしそれすら仁は対応してみせた。
キャスターの身体能力が、サーヴァントとしては低いのもある。
だが何よりも、膨大な魔力による強化は、彼を人の外れた道にまで達するに至らせたのだろう。
それでも――
問題はない。
この連撃の時点で、仁は狼を朝海へ向け、更にキャスターの攻撃を生身でさばいた。
手数を全て、何より同時に開放したことになる。
結果、彼の後方は完全にがら空きとなる。
それを待ちわびていた影が一人――この場に突入した“もう一人の歩き巫女”。
気配遮断により仁の背後へ回った彼女は、手にクナイを構えていた。
不意打ち、この状況なら、回避する余裕は仁にはない。
故に――既にクナイは振りかぶられていた。
黒鉄色の刃が、赤紫羅仁へと突き立てられる――!