襲いかかるナイフと銃弾の二連撃を、セイバーは軽く剣を薙いで払う。
最低限の動きだ。
体に体重を乗せるでもなく、構えにのせて一撃を厚くするでもなく。
ただ剣を払うだけ。
――それだけでも、しかし辰向の一撃は届かない。
彼は実に攻勢に出ていた。
あくまで攻め通すことだけを念頭に、セイバーへ突っかかる。
だが、セイバーは事も無げにそれを軽く返すのだ。
ただ受け止めただけで、しかし辰向に衝撃がかかる。
両者の腕力差は、セイバーが防戦に徹していてもなお辰向の腕を傷めつけた。
はじけ飛び、肩で息をする自分を辰向は自覚する。
セイバーは相変わらずだ。
攻めてくるでもなく、剣を持つ手をだらんと下げて、辰向の方を見やっている。
それは慢心だろうか。
セイバーは武人ではない、しかしそれにしたって、構えもしないのは油断が過ぎる。
恐らくは、“それでも対応できるから”それが最適解なのだ。
構え、相手を睨むというその行為は、それだけで精神に負荷をかける。
単純な話、戦場において、“気を張らない”という行為は、それを抑える意味がある。
無論セイバーに、そんな考えがあるとは思えないが。
「――どうしたんだい? ずいぶんと苦戦しているようだけれど。……サーヴァントとすら戦闘が可能なその実力、もう少し十全に発揮してもらいたいものだね」
「生憎と、コレが俺の最善なんだよ――!」
腰を落とし、構え直す。
再び辰向が突撃した。
「おっと」
辰向の剣を、セイバーが払う。
勢いにやられ、辰向は宙に体を投げ出すような体勢になる。
しまった。
そう思うよりも早く、セイバーがもう一太刀の剣をふるう。
拳銃を構えられたのは幸運だろう。
そこから放たれた銃弾を躱すため、セイバーの体が後ろへそらされた。
無理な移動に、剣はあらぬ方向を向き、辰向も同様に体を後退させる。
顔のあたりをかすめた刃は、辰向の髪を一房切り裂いた。
「っく!」
既に銃弾が残り三発程度であることを自覚した辰向は、それをまとめてセイバーへ叩き込む。
構えはいらない、がむしゃらに引き金を引くだけでいい。
一つは逸れ、しかし二つはセイバーへ向かった。
セイバーは銃弾以上の速度でそれを避け、辰向の目前へと出る。
だが、その頃には辰向も態勢を立てなおしていた。
セイバーの一撃。
辰向はそれを回避する。
彼は上空へ昇った。
高速で、これまで以上の速度でだ。
追いかけるセイバーは、すぐに彼の背中を捉える。
一薙、横一閃だ。
辰向は自身を急停止させ、その場に屈みこんで回避する。
セイバーから離れるように空中を蹴り、斜め前方へ飛び出した。
同時に反転、セイバーへ向けて銃弾を再装填したばかりの拳銃をお見舞いする。
追撃戦が始まった。
直線的に上を目指す辰向、その周囲を旋回するようにしながら斬りつけるセイバー。
だが、辰向を捉えることは能わない。
やがて両者の視界に、闇に染まった緑色の木の葉が飛び込んだ。
天頂である。
「――なるほど」
そこで、おおよそセイバーは辰向の狙いを悟った。
もとよりおかしいと思ってはいたのだ。
先程からアサシンの気配が見当たらない。
正確には、“既に木の葉の中にいる”。
辰向達の狙いはこうだ。
そもそも、アサシンに飛行能力はない。
そんな彼をこの場所に連れて行くには、彼がどうしたって“樹を登る”必要がある。
幸いこの樹木は巨大であるから足場には困らない。
しかし、足場を登るアサシンは、かなり無防備にならざるを得ないのだ。
それを避けるための辰向という囮。
更に、気配遮断というジャミングもあったのだろう。
辰向に夢中になっていたセイバーは、最後まで樹を登るアサシンを気にもとめなかった。
かくして辰向は目的を果たした。
後は自分もあの木の葉の中に突っ込むだけでいい。
「ここで使うつもりはなかったが。こっちを出し抜いたんだ。それ相応の報いを受けてもらおう」
「――お前が単純すぎるのが悪いんだよ」
ニィ、辰向はそう笑う。
実際この策はかなりチープなものだ。
それでも、セイバーはあくまで絶対的な優位者、余裕あるものの立場を貫き、それを見過ごした。
――足元を掬われるのはセイバーではなく、その友の仕事だというのに、
「そうかい――なら、ここで死ぬがいいよ!」
セイバーはカラドボルグを掲げる。
稲妻の如き剣。
――セイバーの周囲に、膨大な魔力があふれた。
「――っ!」
それを認識するよりも早く――
辰向の元へ、光速と化したセイバーが到達する――――!
♪
――歩き巫女のクナイは、間違いなく赤紫羅仁を捉えたはずだった。
だが、
「ほう」
仁は、健在である。
――彼の肉体を、クナイが貫いていないのだ。
まるで鋼のようである。
そんなはずはない、彼はサーヴァントと渡り合える戦闘能力はあれど、その本質はあくまで人間だ。
――とすれば、
「……宝具!」
朝海が驚愕する。
――同時、赤紫羅仁の体が回転する。
同時に裏拳が、彼を切りつけた歩き巫女に浴びせられる。
何とか防ぎはしたものの、歩き巫女は後方へ大きく吹き飛ばされた。
衝撃故か、体を保てないのだろう、その姿が明滅し、透けている。
「――――
仁は、ただそれだけを朝海達へ語った。
既に確かな情報を、つきつけるように晒したのだ。
それ以上は、決して彼は漏らさない。
だが、おおよそ先ほどの現象でその種は知れていた。
――ようは、暗殺封じ。
簡単にいえば、白雪姫を三度暗殺しようとした王妃の謀略を防いだことから発生する宝具。
おそらくは“仁の認識する攻撃”以外は通さないのだ。
確かに先ほどの一撃は暗殺であるが、同時に不意打ちという側面を持つ。
問題は、その“認識”が一体どのようなものであるか。
原典において暗殺は二度防がれた。
ならばその効果は二度までであるか、という二つの点。
後者は“そうではない可能性”が高いだろう。
もしそうであるなら、あそこまで仁が隙を晒す理由がない。
加えて、魔女の暗殺は“要因が目に見えるものであれば無効化できる”。
とすれば直接的な不意打ちは、全て無効化する可能性が高い。
とすると前者。
――こちらは、あまり気に留める必要はないだろう。
条件がなんであれ、真正面から打ち倒す必要があると判明しただけ。
気をつけるべきは場合によっては“これは問題ないだろう”と判断した一撃が弾かれる可能性がある。
常に、“この一撃では終わらないかもしれない”という可能性を念頭に置く必要がある。
(気をつけてね、キャスター)
情報をまとめ、しかし朝海から言えることはそれだけだ。
結局のところ、朝海はキャスターの直接的な助けはあまりできない。
あくまでこの場において、真正面から仁と相対するのはキャスターなのだ。
(解っています)
仁から距離を取り、再び互いに意識による牽制を加えながら、キャスターが返す。
やがて両者は、再び動き出す。
――キャスターは赤紫羅仁の間合いに飛び込んだ。
正確には、“彼の宝具の間合い”だ。
「――手折る狼」
それにより、宝具の発動を誘う。
確実に殺せるか、否か、そこは微妙な範囲であった。
しかし、それでも仁は放たざるを得ない。
それ以上間合いに入ることはない、ならばここが“最善”なのだ。
故に、誘いと解っていながらも、宝具を放つ。
状況を動かすことが吉であるという判断だ。
キャスターは舞う。
狼の真横を、彼女はすり抜けるようにする。
一気に仁へ肉薄した彼女へ、仁の二の腕が迫る。
それを躱し、キャスターは返しとばかりにクナイを放った。
超至近距離、それを仁が叩き落とす。
直後、更に追撃が見舞われた。
キャスターではない、歩き巫女である。
先ほど吹き飛ばされた巫女が、再び仁へ襲いかかるのである。
二正面からの一撃であった。
同時にキャスターも仁へと迫るのである。
だが、その程度で追い詰められる仁ではない。
この場において何が有効であるか、仁は理解していた。
迫るキャスターのクナイを受け流し、そのまま歩き巫女に反撃を入れる。
洗練されたキャスターの動きに対し歩き巫女はあまりに動きが拙いのだ。
「――ッ!」
何事か、キャスターは歩き巫女に指示を送る。
直後歩き巫女はその場から遠のいた。
攻撃を中断し、回避に移ったのである。
だが、これで仁に対する攻撃の手は全て潰えた。
仁は即座に距離を取り、再び構える。
――もう一度、彼の宝具が今度は先ほど以上の至近距離からキャスター達へ襲いかかった。
即座にキャスターは飛びのく。
宝具は歩き巫女を狙っていた。
要領は先程の朝海と歩き巫女のそれと同様だ。
つまり、キャスターは自分事歩き巫女を横に吹き飛ばしたのである。
ゴロゴロと両者は転がり、しかし視界に狼が通り過ぎていくのがわかった。
歩き巫女は即座に立ち上がると、その場から掻き消える。
気配遮断である。
対してキャスターはその場に残った。
真正面から、再び仁と相対する。
今度は、沈黙は生まれなかった。
「――手折る狼」
三度、発動。
キャスターはそれを防御障壁を噛ませて回避する。
十分に、余裕のある回避であった。
――が、そこには赤紫羅仁の姿があった。
回避を読み、今度は仁が攻めの手を打ったのだ。
「……ッ!」
即座に、仁の打撃が待った。
連撃である。
幾重にも放たれた散弾の如きそれを、キャスターは的確に防いでいく。
巨体とリーチを活かした連撃は、キャスターに反撃の糸口を見出だせさせない。
それが、猛烈な嵐のごとく何度もキャスターを襲った。
やがて様子見のように拳を弾いていたキャスターも、反撃は不可能と悟ったのだろう。
迫る仁の殴打を、まともに受け流し、衝撃だけを得る。
「――キャスター!」
思わず朝海が叫ぶのも無理はない。
それは、傍目からすれば“間違いなくもらった”ように見えるだろう。
だが、仁はその表情を崩さない。
後方へ吹き飛ぶキャスターを、油断なく見る。
――解るのだ。
キャスターは一撃を上手く往なし、自身が後方へ吹き飛ぶエネルギーとしたのだと。
やがてキャスターは着地する。
空中で態勢を立て直し、そこにダメージと呼べるものはない。
(……キャスター)
(――――千日手ですね)
不安げな朝海の言葉に、キャスターは何隠す事無く事実を吐露する。
とはいえ、そこで終わっては不安を残すだけ。
キャスターは続ける。
(完全に膠着しています。――実力は、恐らくあちらが上でしょう。状況が完全にあちらを味方している。……ですが、手数の上では優っています、そのためにあちらが攻めあぐねている。現状はそんな所でしょうか)
決着をつけようにも、“今”がそれを助けていない。
何にせよ、この場を動かす必要がある。
それは赤紫羅仁も同様だ。
(あちらが何か手を打つ前に、こちらから攻めに周ります。サポートを!)
――そこまでであった。
キャスターの元に、仁の宝具が殺到する。
それを難なく躱しキャスターは距離を取る。
仁がそれを追いかけた。
数秒の追走、キャスターのクナイが仁を狙う。
無論、それが当たることはない。
だがクナイと同時に迫る者がある。
二人の歩き巫女が、キャスターと仁の間を遮ったのだ。
「――ほう、来るか」
――そこから、仁は何を悟っただろうか。
ニィ、笑みを浮かべ、それに対し相対する。
(――行くよ、キャスター!)
(解っています、くれぐれも無理をなさらぬよう!)
対するキャスター達もついに盤面を揺さぶりにかかる。
膠着状態に突入しかけない状況。
それが、この場でついに、動き出す。