アサシンの宝具の展開条件は、“その場所が周囲よりも高い位置にあること”。
そして“その場所をアサシンが戦闘開始前に指定していること”だ。
前者の条件は、かなり緩いものである。
周囲よりも“ある程度”高ければ、その高さは問題にならない。
加えて、“地面に接している”つまり“土地”であることが条件だが、こちらも特に問題ではない。
一応、この世界の下部には大地が広がっている。
そしてもう一つの条件。
コレに関しては、辰向達の狙い通りであった。
既にこの場所――正確には、この大樹と同じ軸の上にある“赤紫羅の本拠地”は、既にアサシンによって指定されていたのである。
それがいつであるか。
――辰向が、朝海を伴って赤紫羅の本拠地近くを訪れた時、だ。
あの時、アサシンは席を外していた。
あの神社を宝具の発動対象とするために。
神社自体は対象にできず、その後ろの裏山を対象としたのだが。
とまれ、この発動自体は、完全に予定調和であった。
かくしてセイバーの宝具はアサシンによって展開された“固有結界”の中で放たれる事となる。
真横に向けていた剣先は、そのままセイバーが連れて行かれた“要塞”を、まるごと破壊する。
後には、随分とさっぱりとした、元要塞跡地が広がっている。
「ふむ――これくらい拓けたほうがスッキリしていいね」
実に心底からの発言であった。
ディエン・ビエン・フーに捉えられながら、しかしセイバーは一切動じていない。
――戦闘能力に関して、最も高い数値を叩きだすのはセイバーだ。
だが、実を言えばそれに“次ぐ”のはアーチャーである。
宝具による敏捷と筋力のブーストは、ランサーを上回るのだ。
そのアーチャーを、まさしく“圧殺”としか言いようが無いほど徹底的に屠ってみせたアサシンの宝具。
少なくとも、宝具そのものであるセイバーを除けば、この聖杯戦争において“最強を争う”レベルの宝具。
それに対して、
セイバーは一切の動揺を見せてはいない。
それだけ、この状況に対して余裕があるということだ。
「――サーヴァントとして“通常”である僕は、もしかしたらアーチャーの二の舞いで会ったかもしれない。……が、今の僕はいつも通りではない。バーサーカーとして喚ばれるほどとは言わないが、――それでも、今の僕は文字通り最強なのさ」
セイバーは言う。
“この程度か”、と。
十万という兵を前にしながら、しかし彼は、
「――かかってきなよ、木っ端ども」
そう、迎え撃つだけの余裕があるのだ。
♪
本来であれば意味のないはずの朝海の突撃。
だが、それに敢えて意味を与えるとすれば、どうだろう。
仁は狙いを定めたのだ。
無軌道な戦闘ではなく、優先順位をはっきりと。
この場合、それは“キャスター”と“朝海”、つまり戦闘の行く末を直接作用する者達だ。
歩き巫女達を撃破した所で、それは戦局を有利にすることはあれど、直接的な決着には影響しない。
戦闘を終わらせるには、本体であるキャスターか朝海のどちらかを崩さねばならないのだ。
それを見越した朝海は敢えて仁に接近した。
それが事実であることを確かめるためだ。
そして、実際仁は、朝海の不意打ちを敢えて対応した。
その反撃で朝海を撃破するためだ。
だが、それがわかってしまえばもう朝海が攻撃する理由はない。
――故に、朝海をかばうべく、仁と朝海の間に歩き巫女が出現する。
その時点で朝海達の狙いを悟った仁は、宝具、“手折る狼”を発動させる。
人を飲み込むほどの巨大な狼が出現し、しかし仁はその行く末を見ることすらしなかった。
案の定先ほどと同様の形で朝海と歩き巫女は狼を回避したのだが、余談か。
再び反転、キャスターへと意識を向ける――
気配が在ったのだ、自身の背後、この状況でそれを逆手に取らない理由はない。
だが、待ち受けていたのはキャスターではなかった。
歩き巫女である。
つまり囮だ――しかし、おかしい。
ならばキャスターの気配は? ――そこで思い至る。
キャスターは“気配遮断を有している”。
歩き巫女を吹き飛ばし、その直後――目前に既にキャスターがあった。
渾身の回し蹴り。
――即座に仁は防御に移る、腕をクロスさせるのだ。
衝撃により、仁は後方へ一歩後退した。
しかし同時キャスターに反撃の拳が迫る。
――これも、仁と同様にキャスターは防御した。
互いに、一撃を受け後ろへ跳ぶ。
「やりおるなぁ!」
憎悪に満ちた表情で、しかしいっぺんの曇もない感嘆を仁は口にする。
この時、“初めて仁は防御した”のだ。
――しかし、切札とも言える手を切ってこれであるのならば、失望だ。
埒外の一撃。
本来であればそれで仕留めなければならなかったのだ。
仁は構える、既にキャスターが動いているのだ。
牽制とばかりに、手折る狼が手元から飛び出す。
そして同時、仁は“狼に覆われキャスターが視界から外れたことを確認すると”体を反転させる。
更に、勢い紛れに瀬場朝海へ向けて突進した。
「――っ!」
思わず、朝海の体が硬直する。
仁の気迫は朝海の既知外である。
――これほどの殺気、人が出していい類のものではない。
それでも彼女は退避した。
迫る仁の拳を、何とか一度は回避したのだ。
その程度であれば難しいわけではない。
真正面からくるものをただ避けるだけなのだから。
だが、次が続かない。
暴圧に体を傾げた朝海は、そのまま地面に倒れこむのだ。
――このまま二の腕を伸ばせば確殺だ。
殺せない道理がないのだから。
しかし、
倒れた朝海を支えるように、歩き巫女がその場に現れる。
既にその状況を予測していたのだろう、行動は如何にも迅速であった。
仁が殴打を放った時点で、既に巫女は退避を始めていたのだ。
後方へ退く朝海。
――仁は意識を周囲に向ける。
気配を数えるのだ。
現在、気配の数は――二。
つまりキャスターは――
「――――手折る狼!」
仁は、目前にそれを放った。
いるとすれば――そこ、仁に危害を加えうる唯一の場所。
これだけ戦闘を続けているのだ、キャスターもそろそろ理解していることだろう。
“
この場合、不意打ちの定義は“視界に入っていない”こと。
視界に入っていれば、それは仁にダメージが及びうるというわけだ。
故にキャスターは“前”にいる。
それは絶対であり、そして、また事実であった。
防御障壁を砕く手応え、狼をすり抜けるように、キャスターが姿を現した。
けれど、それが迫るより更に早く、目の前に歩き巫女が迫っていた。
それを――半ば無視して、“もう一度”、
「手折る――狼!」
キャスターへ向け、放つ。
魔力が枯渇し悲鳴を上げる――が、即座にそれは補給される。
一瞬、仁は生命を燃やしたのだ。
生きようと思えば数百は生きれる命、この程度、精々木っ端が燃える程度のことだが――
それがダイレクトに、体の悲鳴につながる。
もしもそれで身体運動に支障が出れば、敗北は必定だ。
それでも、“放つ”。
無理をしてても、攻めに行く。
原理としてはキャスター達のしていることと同様だ。
彼女たちは多少無理にでも状況を動かそうとしている。
それはキャスターにとってのアキレス腱である朝海をわざと餌のように運用することからも明らかだ。
気配遮断を有する朝海を、わざわざそれをさせずに扱うなど、下策も下策。
――それでも、それをせざるを得ないのが、今の膠着である。
そして、それは仁にとっても同様なのだ。
膠着はジリ貧を生む、それだけは避けるべきだ。
もう一つ、この場において戦闘が起こっている以上、なるべくこちらは早く決着を付け無くてはならない。
ゆえにこそ多少の無茶による、宝具の連続使用が許されるのだ。
そしてそれが、その極限こそが、赤紫羅仁の武人としての強さでもある――!
連続の宝具をキャスターが無理な体勢で回避する。
その表情には、ありありと驚愕が浮かんでいる。
――直後、そこへ接近した仁の拳が、ついにキャスターへと直撃する。
「カ、ゴホ…………ッッ!」
思わず、キャスターの肺が空気を吐き出す。
音にならない猛烈な鈍重が響き渡り、キャスターは仁に“跳ね飛ばされる”。
まさしく激突であった。
常人であれば、体がたった一発で体をひしゃげかねないほど。
キャスターがそれを耐えるのは、やはりさしものサーヴァントといったところか。
手は緩めない、再び宝具を放つ――が。
そこから先の展開は、おおよそ仁の想像通りに進んだ。
宝具は歩き巫女がキャスターを連れ回避、更に追撃に向かうがそれも別の歩き巫女に阻まれる。
更には立て直したキャスターによる迎撃。
状況は、再び硬直に近いさざ波に変化した。
――あの回し蹴り、受け流す余裕のあったキャスターよりも、もろに防御するほかなかった仁の方が衝撃は大きい。
逆に仁も一撃を加えたのだ。
両者、ほぼイーブンである。
しかし、それでもダメージは入ったのだ。
迎撃に入ったキャスターの動きはしかし鈍い。
仁の一撃を、無理やり自身の後退に繋げざるを得なかった。
しかし仁もまたそこで追撃が敵わない。
体が危険を告げたのだ。
キャスターによる打撃と、更に無理な魔術の使用が体に歯止めをかけている。
――明らかに、先ほどよりも状況は“終結”に近い。
ジリジリと、ジリジリと。
半ばすり足で距離を詰めるような、あまりに焦れったい戦闘だ。
しかし、変化はある。
膠着ではない、それであれば十分だ。
朝海が真正面から仁へと迫る。
表情には強張った緊張が見て取れる、策と解っていながらも、それを心底呑み込めていないのだ。
それでも――役割は果たされる。
朝海を囮としての、歩き巫女、キャスターの連携三連打。
対する仁もそれを獣、そして自身の豪腕で払う。
狼の牙が光を帯、その漆黒が地を駆ける。
壮絶といえばあまりに壮絶な、“死に物狂い”な狼の直進。
一撃が、人であれば死をもたらすほどの打撃。
キャスター達の小手先に近い連撃と、それを真正面から迎え撃つ鉄血の豪腕。
あたかも花火か壇上の舞かというほどそれはきらびやかに、振る舞われる。
そして――
キャスターが弾かれた、
仁が後方への後退を余儀なくされた。
互い、衝撃が体を襲う。
それでも、まだ戦闘は終わらない。
――否、終わりへ向かって進行し続ける。
あまりに明確なことだ、この戦闘は終息が見えている。
――その勝敗こそ未だ不明瞭なれど、終わらないということはありえない。
その程度には、現状は進み続けているのだ。
「カッッハハハハハハハハ! 良いぞ良いぞ! 心が踊る! 貴様らのような燃え尽きたゴミのような者達を踏み潰せるかとおもうと、感情が高ぶって仕方がない!」
仁は自然と、それを興奮へ変えていた。
キャスターはあくまで毅然と、しかし肩に募る疲労を押し隠せずにそれに答える。
「……ですが、……随分と貴方も、無理を、しているように思えますよ。私たちを、そのような形容で、表してしまっては、貴方自身の――格に差し支える」
「構わん、構わんのだサーヴァント! これだけ心躍る戦場だ。この種の悦楽は、こういった過程にしか生まれない。私は今、別種の“絶頂”の中にいるのだ!」
自身の体が傷つくにつれ、しかし仁の精神は昂ぶりを堪え切れなくなる。
――キャスターがそうであるように、だ。
互い、そこにはもはや純真なほど馬鹿正直な戦意がある。
キャスターの人間性がどうだなど、
仁の残虐性がどうだなど、
――それの前には些細な事だ。
善も悪も、もはやそこには存在しない。
――ただ、決着へ向け邁進する、戦場の主演者達がそこにいる。