Fate/R avenge Knight   作:暁刀魚

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第十二章 8

 空気が変質した。

 ――赤紫羅仁が、それをした。

 

 キャスターはすぐに感じ取る。

 何かが来る――それが、如何なるものであるかはしれない。

 だが、隠し玉ということはないだろう。

 もしもあるのなら、わざわざ見せつけるように自身の雰囲気を変えて見せない。

 

 仁がしようとしていることは、恐らく単なる集中だ。

 彼の中で、何かが極限へと昇華される。

 それが“何”であるかをキャスターはしらない、面倒なものであることは、知らずとも解った。

 

(――あいつ、何するつもり?)

 

 朝海の疑問符。

 キャスターは答えようがなかった。

 目の前の仁は、こちらを待ち構えるようにしている。

 動きを見せる様子はない、ジリジリと距離を詰めようと、仁が動くことはなかった。

 

 狙いは間違いなくあるだろう。

 そのための意思に、仁の瞳に一切のよどみも迷いも存在しない。

 ただ、何かを覚悟した意思――それが表情にあらわれていた。

 

(……まさか、決着を着けるつもり?)

 

(恐らくは、そうでないかと。ここまでの戦況で、あらかたの明暗はつきましたから)

 

 戦局はジリ貧に近い形ではあるが、それでも決して膠着することなく進行し続けた。

 その結果か、仁の体にはだいぶ損耗が目立っている。

 キャスターにも幾つかダメージが行っているものの、未だ健在といったふう。

 

 ――仁は、ここで決着を付けねばならないのだ。

 何にせよ、これまでの“戦闘”を行うそれではない。

 終局に対する、行動である。

 

(どうする?)

 

(……そうですね)

 

 仁への警戒を怠ること無く、朝海とキャスターは会話を続ける。

 その意識に一切の油断はない。

 解るのだ、もしも少しでも気を抜けば、その瞬間に自分は死んでいる、と。

 

 ――そう感じるのは朝海であり、その朝海には気配遮断があるのだが、それでもだ。

 概ね安全であるはずの圏内にいながら、しかしそれを“自覚”させないほどの意思。

 赤紫羅仁の、その殺意に満ちた闘気は健在である。

 

 あれを、折る――物理的にだ。

 そうしない限り、キャスター達に勝ちはない。

 

(――では、そのように)

 

(よろしくね……くれぐれも気をつけて、まぁ、私が言うべき言葉じゃないけど)

 

(お互い様ですよ、マスター)

 

 一分にみたない程度の、小さな小さな会議ではあった。

 それでも、それでも十分なほどに、両者の意思は統一されている。

 

 やがて、キャスター達は動き出す。

 朝海は気配遮断を解き、仁ヘ向けて直進する。

 ――それが合図となったのだろう、仁もまた、朝海へ向けて飛び出した。

 

「――手折る狼(レッド・キラー)!」

 

 仁は、朝海へ向けて宝具を放った。

 それを即座に歩き巫女がフォローする、ここまでは通常通りの流れだ。

 ――だが、そこで仁は更に一手を打つ。

 

 歩き巫女へと、再び宝具を放ったのだ。

 ――先程と同様、無理な宝具の連続発動。

 しかし、それに加え、さらにここで手を打ってきたのだ。

 

 仁の表情に油断はない、してやったりという意識はない。

 事実、歩き巫女は即座にキャスターに救出された。

 キャスター自身、この手を意識していないはずはないのだ。

 ここまで執拗に勝負を決められる一手を打ち続けてきた仁、それはつまり、歩き巫女を狙うということから、意識を逸らさせる意味がある。

 

 だからこそ、どこかで必ず、この手は打ってくるだろうと読めていた。

 ――ならば狙いは?

 “決着を付けにきている”局面で、それを切ってきたということは――そうか。

 

(――マスター!)

 

 この場において、キャスター達における最大のウィークポイント、マスターである朝海自身。

 敢えて、場を動かすためにその身を危険に晒し続けてきた。

 今もまた、それは変わらない。

 

 ゆえにこそこの盤面。

 朝海とキャスター、そして仁の立ち位置は、ちょうど三角形となっている。

 キャスターと仁の間に、朝海が突貫した形だ。

 

 距離で言えば朝海とキャスターの仁への距離はそうそう違うものではない。

 この距離、回避の不可能な状況。

 ――朝海達の狙いも、この距離では果たされない。

 つまりこの状況、もしも朝海が狙われたならば、回避の方法はひとつしかない。

 

 歩き巫女が朝海を突き飛ばし、身代わりとなること。

 

 霊魂による防御は間に合わないだろう。

 アレは依頼という形式を取る以上、どうしても“即座に発動”することは難しい。

 魂に力を借りる、それは規模はどれほど小さくとも、一つの儀式にほかならないのだ。

 

 ――故に、キャスターは朝海へ即座を移した。

 “その可能性が最も高かったから”そうせざるを得なかったのだ。

 たとえ他に可能性があったとして――それを意識する暇はなかった。

 それほどまでに、仁の連撃は熾烈であったのだ。

 

 ――間髪入れずの、第三撃。

 

「――手折る狼ッッ!」

 

 

 ――それは、しかし、“キャスターへと”向けられていた。

 

 

 朝海に意識を向けざるを得なかったキャスターに、回避の余裕など在るはずもなく。

 ――もとより、それが仁の狙いであり、またその狙いは“確信”によって、支えられていた。

 ウィークポイントとして常に意識せざるを得ないマスターという立ち位置。

 そして、言葉を募るよりも即座に行われる、意思の疎通と、それによって裏付けられる信頼関係。

 

 こうすればキャスターは、“必ず朝海を守ろうとする”、と仁は踏んだ。

 ――そこをついたのだ。

 

 キャスターに、もはや回避の余裕はなかった。

 人を飲み込む獰猛なる狼の顎。

 

 ――回避不可能の直進が、キャスターへと殺到する。

 

 

 ♪

 

 

「――君は母と対面するべきではなかった。そう思わないかい、アサシンのマスター」

 

 セイバーの声は、実に愉悦に満ちていた。

 人を“嘲る”のではない、人を“捕食”するかのような、そんな声音だ。

 そうなっては、純粋に理解せざるを得ない。

 

 まな板の上の鯉。

 ――自分は、単なる獲物でしかないのだと。

 

 否、それはまったくもって断じて否だ。

 何一つとしてそれは正しくない。

 ――雪白辰向はセイバーにとっての餌ではない。

 真っ向から相対する、敵対者なのだ、と。

 

「違うな、俺は母さんと話をする必要があった。機会もあったし、何よりそれが、この戦争の一つの区切りであると考えているからだ」

 

 ――雪白姫香によって、聖杯戦争は始まった。

 現在の大聖杯の元となる物をつくりあげようとしたのも何より。

 こうして、大聖杯の“核”となっていることも、また。

 

「君がこの戦争を終わらせるというわけかい? ――いいや、今更それを傲慢とは言うまいよ、君にはその資格がある。最後の戦いに残った以上、君にはね」

 

 こうしてセイバーと戦闘している以上、その資格は“無くてはならない”のだ。

 如何にセイバーと言えど、それを超然と否定することはできまい。

 

「そうだ。だからこそ、この場において、母さんを救えるのは――その因果があるのは、俺だけだ」

 

「その救いは、つまり死という意味だろう? 植物とかした自身の母親を、しかし殺すというのだから……大いに結構じゃないか、それ自体は肯定しよう――だが」

 

 ――それでも、とセイバーは続ける。

 

「なお一層、君は母と対面するべきではなかったのだ」

 

 セイバーはゆっくりと後方へ振り返る。

 そこには、先ほどと変わらず、虚空を眺める姫香がいる。

 ――生きてはいない、決してをそれを、生と呼ぶことは許されない。

 

「君の中にある母への因果は、決して容易く紐解けるものではないだろう。――心に迷いが生じるはずだ。でなければ、そもそもこの聖杯戦争は終わっていたはずなのだから」

 

 ――そう、セイバーは雪白姫香を“背にしている”。

 つまり、辰向と姫香の間に割って入る形で出現した。

 最強のサーヴァントであるセイバーがそこを守るのだ、もはや、辰向が姫香に触れることが叶わないことを示している。

 

「――それでも、俺は母さんに合わなくちゃならなかった。それを間違いとは言わせない」

 

「……最後に残った、この聖杯戦争が起こした事の精算、とでも言うべきかな」

 

 ――それでも、頑なに辰向は自身の言葉を撤回しない。

 間違いはないと、セイバーに対して真正面から言い返すのだ。

 

 高らかに、何一つ恥じることのない態度で。

 

「いいじゃないか、素晴らしいよ、その想いは、君が持てる――顔も知れぬ、それでも肉親であった母へ向けるモノとしては、最上級だ」

 

 セイバーは、手に持つ剣を示してみせる。

 ――それは破壊だ。

 先ほどまでの二対の剣ではない。

 特別製の刃、

 

 天地を切り離したともされる――乖離剣エア。

 その、レプリカ――否、それを模した“セイバー自身”。

 

「だが、ゆえにこそ僕は否定しよう! 君が為したことは、全て意味がなかったのだと!」

 

 もしも、辰向が母を顧みず、非情に徹していれば。

 ――聖杯に対して、破壊工作を行うことも可能だったはずだ。

 

 それが叶わなかったのは、辰向が私情に走ったからだ。

 アサシンの宝具は、決死の時間稼ぎであったはずだ。

 全ての状況が、それを指し示している、故に、辰向はミスを犯した。

 

「…………ッ! それは、……どうだろうな」

 

 ――何かを口元まで辰向は運び、しかしセイバーの言葉を否定する。

 言葉を選ぶように、あくまで冷静に努めるように。

 辰向は、続ける。

 

「確かに、それはそうかもしれないが、――それでも、俺はこの聖杯を破壊できたとは思えない。“その程度”、想定されていないはずがない」

 

 ――それが、宝石翁のすることならば。

 この聖杯戦争は、下地は姫香達が作ったものだが、その根幹を為すのは、宝石翁が手を貸したからだ。

 

 そして、彼ならば知らないはずがないのである。

 この聖杯の“元となった”別世界の聖杯、それがある並行世界によっては“爆破され、解体される”ということを。

 

 無論、それを辰向が知るではないが、それでも。

 

「だから、俺が何か行動を起こせたとして、それは意味のないものに変わっていただろうな」

 

「……君は、つまり自分を無力だといいたいのかい?」

 

 まるでそれは、彼が“自分の起源”を肯定するかのような、そんな物言いだ。

 ――セイバーとしては、落胆する他にない。

 辰向は、あの時――瀬場邸における決戦の際に行われた問答で――答えを示した。

 

 自身の起源、つまり“無力”を否定する方法を。

 そのための意思を、彼は表明したはずだ。

 

 なのに、そのようなことを辰向は言う。

 故に、セイバーはそれを、失望混じりに問いかけるのだ。

 ――否、

 

 それを、セイバーは、

 

 

「――――いいや、そうじゃない」

 

 

 ――期待混じりに、問いかけるのだ。

 

 落胆させられるような言葉だ。

 しかし、あの時の言葉に、一切の嘘はなかったのである。

 そして今の言葉にも。

 

 ――矛盾である、何か大きな心境の変化があったならばともかく、辰向は今も“戦意を失ってはいない”。

 

 だからセイバーは、辰向の言葉を、“否定のための言葉”であると見て取った。

 それはまさしく正解であったのだ。

 

「だからこそ、俺は母さんに会うべきだったんだ。――見た瞬間わかったよ、……俺は、母さんのために言葉を紡ぐべきなんだ、と」

 

「あぁなるほど――それはそうか、無駄だと解っているのなら、最後まで“無駄にならないよう”君は努力しなくてはならないわけだ」

 

 自分は無力ではないのだと。

 そう、自分に言い聞かせるために。

 

 それが辰向の“生き方”だったのだから。

 ――なるほど、辰向は何も矛盾していない。

 

「……それは」

 

 ――セイバーはそう納得し、しかし辰向は不服そうに言う。

 

「“それ”はあんたの勝手な都合だ。――俺のしてきたことは、決して無駄なことではなかった」

 

「――――――――――――――――そうか」

 

 ただ、セイバーは一言、返す。

 

 もう、それ以上は続けない。

 

 ――ならば、と、剣を辰向へ向けるのだ。

 

 辰向の瞳は――絶対的な破壊を前にしてもなお、辰向は自分の意志を挫けさせない。

 故に、両者の剣は向けられた。

 セイバーは破壊を、辰向は意思を、

 

 ――己が意思の刃と変えて、

 

「――ならば抗え、僕に君の無力を示せ! それが否であることを! 自身の無力を、否定することで持って、応えて見せよ!」

 

 光が、乖離剣エアへと集う。

 それは魔力だ、聖杯からの供給が、その距離故か肉眼で確認できる。

 

 それこそがセイバーの全てなのだと理解する。

 少なくとも“サーヴァント”としての全身全霊が、その一撃には込められる。

 

 ――セイバーは、この場に置いて何を思うだろう。

 

 その召喚は不服であったはずだ、でなければ、弓弦の謀反を見逃したりはしない。

 であればこの戦闘は――この聖杯戦争、その行く末は、果たしてセイバーに対してどう移る?

 

 ――辰向は、この場に置いて何を精神の不屈と変えるだろう。

 

 絶望的な状況のはずだ、如何にアサシンと言えどこの破壊、この死だけは抗えない。

 どうやったって、回避は不可能だ、であれば辰向は、一体何を支えにセイバーを見ているのだろう?

 

 答えは、誰かが語るものではなく。

 ただその矛のみが、――――激突しあう。

 

 

 ♪

 

 

 セイバーが宝具を構える。

 その直前――辰向は、心底のみでそれを思う。

 

(――――さよなら、母さん)

 

 言葉にすることはなかった。

 それで伝わるとも思えなかった。

 

 ――故に、

 

 きっと、そんな辰向の意思に答えるように、姫香は“さようなら”と語りかける。

 

 そんなふうにみえる彼女の表情は、辰向の見た、幻であったのだろう――――

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