ゆっくりと、赤紫羅仁に突き刺さったナイフを辰向は引き抜いた。
ナイフから漏れでた血が、急速に仁の力を奪う。
もはや、立ち上がる力すら残されてはいないだろう。
辰向は体の力をグンと失っていく仁を見た。
未だに彼は前を見ているようでいて、
それであって、同時に過去へ逃げているかのような、
そんな遠い、目をしていた。
そこにあるのは果たして、如何なる意味を持つものであろうか。
――辰向は想像することもせずに、仁に対して背を向けた。
ただ何も思わず、その死を看取ることもしない。
それが、仁に対する辰向の感情の――全てだったのだろう。
辰向がその場を離れると同時、セイバーが仁に近づく。
倒れこんだ仁を、なんでもない風に見下ろす。
「……どう、した」
ポツリと、問いかける。
セイバーは仁に対して何の感慨も抱いてはいないだろう。
既に死が目の前になければ、令呪のないマスターなど、この場で切り伏せていたかもしれない。
それをしなかったのは、あくまで何か、聞きたいことがあったのだろう。
故に、問うのだ。
それまでしてこなかった、サーヴァントとの一対一の問答を。
「単純な話さ。君は一体何がしたかったんだい?」
それは本来ならば、サーヴァントが召喚された時点でしなくてはならないことだろう。
互いの願いをすりあわせ、聖杯戦争に臨む。
結局のところ、セイバー達はそれができていなかった。
しなければならないことを、放棄していた。
それが敗北につながった、とは言いがたいだろう。
ただでさえ、強力な陣営だ。
それでも――するべきことをしなかった。
彼らの敗北は、きっと必然でできていたのだ。
「怠惰を破壊するべきだと君は言うが、それはあくまで君の心のなかにあった情景、その発展形だろう。言ってしまえば、“他人の願い”に過ぎない。それを歪めた時点で、君のものなのかもしれないが――」
言う。
そうではない。
そんな上っ面を問いかけているわけではないのだと。
「――それだけではあくまで建前だ。僕は君の、本心を聞きたいわけだ」
「……簡単な、ことだ」
仁は、セイバーを見上げて、答える。
もはや数秒すら、彼は生きていられないだろう。
それでも、それは答えねばならなかった。
「私はただ、この世界が気に入らなかっただけだ」
答えねば、全てが無意味になってしまう。
「――――姫香を、私の物とできなかった、この世界が」
たとえそれが如何に傲慢であれ、
その願いが失われては、
赤紫羅仁という男の全てが無価値となる。
「だから、私は……」
――そこまで、だった。
力を失うと、仁はその場に倒れ伏せる。
後はもう、動くことはない。
力尽きた男の最後は、言ってしまえば哀れなものだ。
仁は何も残すことができなかった。
全てを奪い、全てを殺し。
あらゆる怨嗟が彼に取りついていることだろう。
我儘で、
滑稽で、
どうしようもなく、無様にまみれた男の人生は――
そんな末路を、たどるのである。
♪
「――ちょっといいかな」
セイバーは続けて、辰向達へと声をかける。
辰向は既にアサシン達の元へたどり着いていた。
ふと、それにより辰向は何気なく振り返る。
警戒はしているが、構えてはいない。
少しばかり呆けた顔だ。
「何だ?」
「まぁ、まずは認めようじゃないか。おめでとう、君たちの勝利だ」
セイバーの姿は、既に透けていた。
もとより、魔力の供給はギリギリのレベルだったのだ。
多少サーヴァントとしてのランクを下げれば、運用するには困らないが、魔力の必要な場面はほぼ無いと言って良い。
わざわざ出し惜しみする意味がないのだ。
一瞬そちらに意識を移して、それから改めて、一歩辰向達へ近づく。
辰向もそれに合わせて前に出た。
ご丁寧に、朝見達を庇うように。
「僕としては、こうして時間切れのように敗北するのは無念ではあるが……まぁ、僕のマスターほど無様ではなかった、それは喜ぶべきことではないかな?」
「……随分なものいいだな」
「事実じゃないか。――それに、得るものはあった。もとより、友のいない聖杯戦争にそれほど興味はなかったのだがね……狂言回しというのも、中々新鮮な経験だったよ」
――狂言回し。
随分と上から目線なものいいだ。
確かに、セイバーの役割はそう評するのが適切だ。
「――それでも、あんたの負けは、確かな負けだよ、エルキドゥ」
あえて、辰向は挑発するようにセイバーの真名を口にする。
くつくつと、セイバーは楽しそうに笑んでみせた。
「まったく……どこまでもこちらの神経を逆撫でしてくれる。――あぁでも、敵としてはその方がいいのだろうね」
言って顔を伏せ、辰向達へと背を向けた。
それは既に敵意がないことを表明するようでもあり――
――悔しさを、相手に伝えさせないためのものでもある。
そんな気がした。
「ならば、次に会った時は、その癪に障る顔を、おもちゃのように首の根元から切って落としてあげようじゃないか」
「それは、なんとも遠慮したいところだな」
「――本当に」
辰向の言葉を受けて、だろうか。
――既にセイバーはその姿の六割が空中に溶けている。
最後に残った一言。
「あと少し、この感情を抱くのが早ければ、この結果は違っていたのだろうか、ね」
そう、つぶやいて――無色へと消えていった。
かくして、聖杯戦争の首謀者達は消え去って。
――あとに残るのは、同盟によって結ばれた雪白辰向と瀬場朝海。
そしてそのサーヴァント、アサシンとキャスター。
辰向は朝海の目前にまで歩み寄る。
言葉を募ろうとして、しかし出てこない。
こんなにも、自分の口は回らないものだろうか。
――よほど疲れているのだろう。
それをこの時始めて、自覚した。
「あー、その、だな」
まるで、初恋の相手に告白するかのような。
そんな初々しさは、果たして幻想だろうか。
やがて、覚悟を決めたのだろう。
「――帰ろうか」
ぽつりと、それだけを口にして。
朝海は、
「……うん」
と、応えた。
♪
辰向達は、崩壊を始めた別世界から、急ぎ脱出した。
方法は単純、樹木の端は、どうやら空間が“ゆるい”ようだった。
少し“無力化”してみれば、即座に元の世界に帰還していた。
――空は未だ星を瞬かせている
時刻は確認していないが、おそらくは既に陽はまたいでいるだろう。
長い長い、一日は終わった。
それは、二十年という旅の終わりと、――明けない夜の、戦争の終わり。
外では弓弦達が待ち構えていた。
――あの後、ずっとこの場にいたらしい。
地面にビニールシートを敷いて、宴会の様相を呈してはいたが、それでも、辰向達が外に出てきた時、彼らは顔を輝かせてくれた。
弓弦は立ち上がり、辰向たちを激励し、ノエミはジュースを飲みながら大振りに手を降った。
それは、日常である。
帰ってきたのだ、その場に“帰還”した者達全てが、それを理解できた。
真華は眠りについていた。
恐らくは、聖杯としての機能が彼女に負担を与えているのだろう。
それは彼女が“人ではなかった”としても、見過ごせるものではない。
辰向達は軽く乾杯を済ませると、すぐに本題へと入った。
「――まずは、私の願いからよろしいですか?」
最初にそう手を上げたのは、アサシンだ。
聖杯に“請われ”それに応じた彼は、しかしひとつの願いを口にする。
「意外といえば意外だな。あんたは生前、できることは全てやりきったと思うが」
「これは小さな祈りのようなものですよ。……願いと呼ぶのは、少し正しくはないですね。何せ、願望を“必ず”叶える器に、私は希望を捧げるのですから」
弓弦の言葉に、少しばかりの訂正だ。
――祈り、つまりは“そうなればよい”という願いだ。
それは“叶わなくともよい”願いであるといえる。
故に聖杯は、それを“叶える”のではなく、“添える”程度の魔力を与える。
もしも悪意に歪められていれば、それは恰好の“歪みの的”であるが、正常に願いを叶えるのならば。
それは叶えるのではなく、届ける、と呼ぶべきだ。
「――どうか、明日を良い一日だと思えるように、と」
それはきっと、アサシンが守りぬいた“人民”たちと、それ以上に、“この世界にある全てのもの”に対する願いだろう。
無論、辰向も、そして朝海達もだ。
「……あら、それはいいわね。じゃああたしもそれでお願い? ……っていうか、あたしもそう“願ったこと”にしといてくれない?」
ノエミが、アサシンの願いに自身を合わせた。
「――ここまで来たんだもの、何も叶わなかったなんて、そんな無意味な事したくないわ」
「随分素直じゃないか、らしくないぞ?」
辰向から野次が飛んだ。
「何よ、文句あんの?」
「別に」
二人は愉しげに視線を交わした。
少しだけ、朝海がそれに剣呑な目線を送って、それをキャスターが囃し立てる。
――明日が良いものであることは、誰にとっても明白だった。
弓弦の主導で聖杯が起動する。
――既に大聖杯は存在しない、残された小聖杯には、“願いを叶える機能”しか残されていないのだ。
眠りについた真華をいたわるように、弓弦はふと彼女の髪を撫でる。
そして、彼女の胸元に手を添えると――ゆっくりと、そこが光を帯びた。
同時、彼女に刻まれた魔法陣が起動する。
服の中に、光がまみれた。
少しばかり、その方向性を弓弦が弄くると、光の一部がアサシンへと注がれる。
――それはやがて、空へと跳ね上がり、消えていった。
「――では、私はこの辺りで失礼するといたしましょう」
「もう行くのか?」
アサシンが立ち上がり、辰向も合わせて、惜しげにそれに続く。
「――戦争は終わったのです、老兵は去るのみ、ですよ」
「……あぁ、そっか」
――アサシンは、生前からしてそんな人間なのだ。
性分、というやつだろうか。
老いた人間が、そう長く世界に居座っては、未来あるものの障害になってしまう。
――随分と長い人生を歩いたことだろう。
その中で、アサシンはどこまでも、“誰かのために”誰かを使ってきた人間だった。
今はサーヴァントとそのマスターという関係ではある。
それでも、彼の在り方は変わらないのだ。
まさしく英霊にして英傑。
確固たる精神の持ち主、というわけだ。
「ですが……そうですね。――もしよろしければ、私の国におとずれて見てはいかがでしょう。今は決して豊かとはいえないかもしれませんが、良い所ですよ、あそこは」
「そうだな、いつか旅行に行くときは、そこに立ち寄ってみることにするよ」
それが良いかとおもいます。
――アサシンは満足気に、そう笑う。
――辰向の手のひらから、“契約の感触”が抜け出るのを感じた。
アサシンの姿が、闇へと透ける。
「ありがとう。感謝している。――それ以上の言葉は、伝えるのは野暮か?」
「そうでしょう。では――」
――辰向が、その場にいる者達が、彼らに背を向けたアサシンへと目を向ける。
アサシンはゆっくりと神樹の元へと歩いて行った。
そこが、自身のあるべき場所であるかのように――
記録の先へ、還っていくのだ。
「――――t?m bi?t」
さようなら。
ぽつりと、そう一言だけ漏らして。
やがて、そこには、“何もなかった”。
♪
――少し、一人にさせて頂いてよろしいですか?
願いを叶えたキャスターは、そう言って神社の奥へ消えていった。
キャスターの願いは、明瞭であった。
“在る人物にあいたい”。
その願いは、サーヴァントと同じように、“記録を再現する”という形で叶えられる。
正確にはそも、“彼”は多少なりともサーヴァントとしての資格がある。
再生には、さほども問題は存在しなかった。
「……どんな話をしてるんでしょうね」
ノエミがふと、隣に座る朝海へと問いかける。
「キャスターにとって、これは“最後の思い残し”だったんだよ。生前、キャスターは大波に呑まれた人生は送らなかった。多分、それなりに満足の行く人生だったと思うんだ」
「そりゃあ、そういう逸話はないものね」
キャスター――望月千代女。
くノ一として生まれ、しかし上級忍者の家系であった彼女は、あくまで間諜として手腕を発揮したわけではない。
間諜の育成者として後世に名を残しているのだ。
「あの人にとって、“それだけ”が心にしこりを残し続けたんだ。だって、自分のせいじゃないんだから」
「……あぁ、そういうこと」
――もしも、自分の手によって誰かが不幸になるのなら、そしてその罰を受けるというのなら、キャスターはそれを甘んじて受け入れるだろう。
少なくとも、彼女はそれくらい強い人間だ。
彼女のしたことに、善も悪も無い。
また、それを計ることもするべきではない。
――ただひとつだけ、理不尽が会った。
そしてその理不尽により、単なる一人の女でしか無いキャスターは、数奇の舞台へと上げられた。
もしも、
もしもだ。
彼女の夫が、この世を去っていなければ。
彼女の人生は、きっと違ったものになっていたはずだ。
「――別に、生き返らせたいわけじゃないとおもうの。それこそ、キャスターは強い人だから」
――でも、と朝海は続ける。
もう既にノエミはその言葉の先を理解している。
それでも止めるつもりはなかった。
朝海は語りたかったのだろう、自身の隣にいてくれた人のことを。
あたかも自慢するかのように。
でなければ、キャスターの強さを誇示したりはしない。
そして、二の句を継げる。
「――もう一度だけ、会って話は、したかったんじゃないかな」
キャスターが戻ってきたのは、それから一時間ほど経った後のことだった。
少しだけ晴れやかな笑みを浮かべた彼女は、眼に赤い痕を浮かべていた。
それを指摘するものはいない。
――そして。
「……お別れ、なの?」
「はい。私の役目は終わりましたので」
朝海の問いかけに、キャスターはそう告げる。
わかってはいたことだ。
キャスターは現世には残らない。
必要がないから、必要を遂げたから。
「貴方は立派な一人の女の子ですよ、マスター。だからしっかりと前を向いてください」
優しげに、諭すようにキャスターは呼びかける。
朝海は視線を落としていた。
涙を流しているわけではない。
寂寥を露わにしているわけではない。
ただ、キャスターに直接目を向けられないだけだ。
それは、果たして意地なのだろうか。
キャスターは何も答えない。
「……今までありがと、ほんと助かったよ」
朝海はそれだけを、何とか言い切る。
だが、それ以上はなかった。
それが彼女の、限界なのだ。
弓弦もノエミも、そして何より辰向も、こればかりは口を挟めない。
そこに口を挟めるとしたら、
「――ダメですよ、そんなことでは」
――その特権は、キャスターのみに与えられている。
朝海の肩が、ぶるりと震えた。
「泣いても良いんです。寂しく思ってもいいんです。――だってそれは女の武器ではないですか。涙を浮かべる事ができるのは、女の特権なのですよ?」
――きっと、キャスターがあったその人は、決して涙を流さなかったのだろう。
朝海は思う、キャスターの願いだけではない。
――辰向もそうだ。
辰向はあの場所で――大聖杯の核において、自身の母親と邂逅していたはずだ。
その時、辰向は涙を浮かべなかっただろう。
――それでも、朝海にはできなかった。
「……ふふ、強情ですね。でも、それもマスターらしさです。マスターは、最後を譲らない人なのですから。――じゃあ、こうしましょう」
「――あ」
朝海は、くい、と、キャスターに顔を持ち上げられた。
両手は頬に添えられて、自然とキャスターと、目線がかち合う。
突然のことだ、ということもある。
だけれども――何故か、朝海の目から涙は流れない。
「ほら……マスターは強情な人です。――強い心を持っているのです。だから、泣かなかったでしょう?」
「ううん……」
朝海はそれを否定する。
“何故か”ではない、朝海には、おおよそ感情の行方が理解できていた。
「違うの。辰向なら、こんな時泣かないんだろうなって、そう考えてたら。……おかしいよね、何でこんな時に辰向のことを」
そんな答えに、愉しげにキャスターは朝海を抱き寄せる。
あっ、と朝海から声が漏れて。
「――何も、おかしくはないですよ」
キャスターの体が、透ける。
何かが抜け落ちて朝海はそれを自認した。
お別れなのだと思っても、それを涙に変えることはない。
もう既に、それは必要ないのだと、しっていたから。
「それが、――――恋する乙女というものなのですから」
やがて、抱き寄せられた感触が薄れ、そして消えた。
――もう、そこにぬくもりは存在しない。
それでも朝海は、空を仰いで、体を握りしめていた。
♪
二つの願いが叶えられ、そのかわりに二体のサーヴァントは魔力へ還った。
願いを叶えるには十分な魔力が、未だ聖杯には残されている。
辰向と弓弦、そして朝海達が一人の少女を取り囲んでいた。
――雪白真華。
この聖杯戦争の願望機にして、人を“終えた”、人間であるべき少女。
安らかに、彼女は眠りについている。
そこに意思はないだろう。
規則的な寝息すら聞こえては来ない。
――それでも、彼女はそこにいる。
ようやく取り戻した、辰向と弓弦の妹だ。
辰向の願いを聖杯にくべ、それを淡々と聖杯が叶えていく。
――声を上げる者はなく。
――音を立てる物もいない。
静寂に満ちた儀式は、粛々と執り行われていく。
逸る気持ちは抑えられなかった。
それでも、声を上げないのは、単に辰向がそれを抑える方法を知っていたからだろう。
辰向は誰かのために力を尽くす人間だ。
それは病的というでもなく、“人間として”当然の範疇に収まる。
だからこそ、自分の感情を抑えるすべを知っていて――
――少しだけ、意外であった。
己の願いを叶えるときに至っても、それは使えることなのだ、と。
いや、おかしなことではないだろう。
何せここには、ノエミが、弓弦が、朝海がいる。
助けてくれる者達がいるのだ。
――だから、辰向はそれを理解することができる。
人は、助けられなければ、“無力”でしかないいきものだ。
自分でどうにかするにはまず、“誰かがどうにか”しなければならない。
その後に師事を受けるか、はたまた別の方向性で、自分がその“誰か”になるか。
何にせよ、それは他人がいてこそできる物だ。
人は怠惰だと仁はいった。
それはあくまで、彼の建前のような理念ではあるが、しかし決して正しくはないだろう。
人は進歩し続けなければならない種族だ。
止まれないのだ、その方向が破滅であれ、成長であれ。
故にそれは怠惰ではない。
怠惰であるのは、他人にそれが向けられるときだ。
――どれだけ自分に関心があっても、それが他人に向けられるかは不透明。
ゆえにこそ、それを“為した”者が、人を前に進める“誰か”になるのだ。
きっとそれに、自分がなれたのだと――辰向はそう考える。
高慢ではあるかもしれないが、それがきっと――――――――
「……目覚めるぞ」
――そこで、弓弦が辰向に声をかけた。
光が収まりそして聖杯は“自身の願い”によって消失する。
はじめからそんなもの、存在しなかったのように。
夢現の願望機は、夢の最中へと、消えていく。
「――ん」
雪白真華から、音が漏れる。
「…………真華」
辰向は、即座に真華へ呼びかけた。
ここまできて、それが間違いだったとは言わせない。
戦いの報酬が無意味であるなどありえない。
だから、声を上げてくれ。
――どうか、意思を高らかにしてくれ。
それもまた、辰向の願いだっただろう。
聖杯であった少女は、それを叶えるかのように――
「…………どうしたの? お兄ちゃん」
そう、辰向という存在へ、兄へ向けて問いかける。
そこでようやく、辰向は言葉が詰まった。
「……それに、弓弦にぃも」
ぽつりと真華が漏らしたことで――
「おいおい、俺はついでかよ」
むしろ、弓弦の方が、先に、彼女との会話を持ちだした。
「だって……お兄ちゃんが先に、声、かけたんだし」
ぼんやりと、ぽやぽやとしたものではある。
だが、はっきりとした意思を感じる声音だ。
――これが、雪白真華の意識であったはずだ。
「……真華、だよな?」
それでも、辰向はもう一度問い返した。
「――そうだよ? ……そういえば、久しぶりだね、お兄ちゃん。六年ぶり? それとも、数時間ぶり?」
「どっちもだよ。……あぁ、久しぶり、真華」
辰向は、少しだけ目頭が暑くなるのを自覚して、しかし、それを無視して、理解する。
――真華だ。
ようやく、彼女の元へ、辰向は帰ってきたのだ。
「……ただいま、真華」
「おかえり…………“待ってた”よ。お兄ちゃん」
――そう、言葉をかわして。
ようやく。
――ようやくだ。
たどり着いたのである、旅の終わりに。
かくして、それは幕を閉じる。
雪白辰向の聖杯戦争は――――――――終結する。
※あとがき登場人物紹介※
・セイバー(エルキドゥ)
英雄王“ギルガメッシュ”の唯一の友にして、神造の泥人形。
それはすなわち宝具そのもの、自由自在に自身を変化させる彼は、数多の宝具を、自分自身で模倣する。
セイバーは“英雄王との邂逅”を期待して召喚に応じるが、そこに英雄王の姿はない。
やる気はさほど無いのに加えて、召喚したマスターは如何にも黒幕、といった風情。
セイバーが選んだ道は、自身を“狂言回し”とすることだった。
そうしてセイバーは、自身にとって始めて、世界にとっての敵対者となることを選んだ。
最初は弓弦に興味を持ち、弓弦がそのベールを取り払うと、今度は辰向にその興味を移した。
自由気ままというべき振る舞いのまま、最後の戦闘に臨み、敗北。
最後に、敗北することの“後悔”を覚えたまま、セイバーは消えていった。
・キャスター(望月千代女)
日本史に登場する、唯一の実在するくノ一(実在の怪しい者なら多少はいる)。
夫は望月氏の当主であるが、既にこの世におらず、彼女は未亡人である。
また、その後武田信玄に見出され、歩き巫女というくノ一を育てる教師となる。本人もまた巫女としての術を修め、高い実力を誇る。
聖杯戦争においては、精神は強固なれど、いまだ未熟も目立つマスターを支えるため、尽力する。
キャスターらしい面も多々あるが、キャスターらしくない面も多々存在する不思議な英霊。
最後は、少しだけ大きくなったマスターに満足し、彼女を抱きしめながら消滅した。
聖杯戦争に勝利し、願いを叶え、彼女にはきっと、大きな充足があったことだろう。
・アサシン
星の開拓者。
世界一の大国を打ち破り、その正義を揺るがした英霊。
現代における最高クラスの大英霊であり、また、世界史を見てもトップクラスの軍師でもある。
非常とも言えるゲリラ戦法を取りながら、その精神は高潔であり、多くの逸話からもそれが見て取れる。
聖杯戦争では、マスターのサーヴァントとして常に辰向を助け続けた。
そこには主従として以上の信頼があったのであろう。
世界最強を下す、という大物食いのサーヴァントは、この聖杯戦争においても最強に勝利し、去っていった。
それの最後は、如何にも彼“らしい”ものであっただろう――――
――三人まとめてということも会ってか、少しだけさっくり。
では、残された者達の話を少しして、この物語を締めくくることとしましょう。