“達磨の化け物の鉄腕が、青年の身体に――嫌な音を、響かせた”。
それは、ダグラスの想像通りになるはずだった。
バーサーカーが生意気な愚図を粉砕し、その恐怖をダグラスに伝える。
はずだった。
「――何?」
何かが居た。
夜闇、月光と街灯に照らされた、何か。
――女性である。
とにかく特徴を掴みにくい、どこか印象の薄い女性。
着物姿の、明らかに普通ではないというのに、そこに在ることが理解しがたい女性。
(……魔術師か!)
ダグラスの思考がそれを告げる。
「バーサーカー! 退避しろ!」
突如として、青年とバーサーカーの間に浮かび上がった彼女を警戒、即座に命じる。
結果、青年はそこで思考が狂乱に至ったのだろう。
フリーズした状況から、何とか逃避という一色に変ずる。
「あ、あぁ、あぁぁああ。うわああああああああああああああああああーーーーッ!」
咆哮。
背を向けると同時にひねり出した言葉だ。
「ッチ、逃げるな虫けらッ!」
バーサーカーがダグラスの意に沿い再び突撃を開始する。
悪手であった。
一度警戒し引っ込めたサーヴァントを、三度攻撃に転じさせる。
それでは、退避の意味が無い。
むしろ、その間が、巫女服姿の女性に、反撃の隙を与えてしまう。
直線的な拳を、余裕を持って避けた。
そのままの勢いに、女性はバーサーカーへ足払いをかける。
バーサーカーが宙を舞った。
避けるのはさほど難しくはない、一歩後ろへ引いたのである。
「何をしている! 押し込め!」
巫女服の女性はその隙を見逃さなかった。
――即座に反転、その場から離脱した。
「っそ! ふざけるな、逃すなァ――!」
バーサーカーが駆動する。
同時、ダグラスはバーサーカーの後を追う。
夜にざわめきが増した。
聖杯戦争に塗れる夜。
――喧騒とともに、大いに戦の臭いが、濃さを増す。
♪
行動を開始する瀬場朝海とキャスター陣営。
朝海は現在高校の制服姿である。
一張羅だ。
「――バーサーカーは?」
「往来にて、高校生の青年を襲撃した模様です」
「その人、私の同級生か上級生だねぇ」
――現在、朝海は病気のため休学中だ。
襲撃された場所は朝海の邸宅からほど近く、もしかち合えば面倒になる。
「――とりあえず、礼装は渡すから、暗示はやっておいて?」
虚空。
“何も”無い場所に言葉をかける。
現れる――巫女服姿の女性。
巻き込まれた一般人の対処自体はなれたもの、伊達に大きな霊地のセカンドオーナーを務めては居ないのだ。
「伝えて、これよりバーサーカーの誘導、足止めを行い、私達の戦いやすい場所に誘導して。最終的に私の邸宅で決着を付ける」
何も籠城決戦型のキャスターが打って出る必要はない。
必要なのは陽動だ。
「まぁ……勝てない相手ではないでしょ」
――大きく嘆息。
意識を整えるようにして、そうつぶやく。
自身を律し、言い聞かせるような言葉であった。
今、彼女はキャスターと共に、瀬場邸入り口の前に立っている。
夏の夜風が、髪をなびかせた。
♪
「■■■■■■■■■ッ!!」
旋律。
狂気に満ちた怒号が周囲に膨れ上がる。
爆風に包まれた黒炎とも、爆発の瞬間の緊張とも言えるそれ。
「ハハハ、ぶち壊せ、バーサーカー! この世全ての人間から、怯えという感情の必要性を消し去ってしまえ!」
バーサーカーの気配が増幅する。
意識、感情に近い本能的な部分が言葉を唸り声に変える。
「■■■■■!」
右手が虚空に掻き消えた。
瞬間、狭い路地裏の壁が瓦礫に変わる。
ダグラスが現在いるのはすでに今日の稼働を終えた無音の工場地帯である。
精密機器を作る会社のいくつかの工場が、纏めて広大な敷地に建設されている。
――元より、人の行き交う場所に立地されず、夜も合わさり人の気配はない。
本来であれば警報がなるはずだが、それもない。
これはダグラスが知らない情報であるが、民間人を呼びこむおそれがあるために、キャスター陣営が一計を案じたのだ。
「ふん、この辺りに隠れたはずだがな、あの女。いや――全て壊せば探すなどという手間もないな」
人の居ない、しかし“人気のない”山奥ではなく、機械的な路を選ばせる。
朝海達の狙いはそこにあった。
バーサーカーは、ダグラス=イングルビーは、その策にまんまと嵌められていたのである。
――同時刻。
暴れまわるバーサーカーを監視する、キャスター陣営ではない陣営。
アサシン陣営である。
遠巻きに、魔術では検知しようのない方法で、バーサーカーの狂乱を眺めている。
異様なほど、それは異様だ。
人の理性を喪った獣――獣にして人。
バーサーカーは、そういう存在だ。
それを眺める瞳が二組、冷ややかなものだ。
「……あのマスター、バーサーカーを扱いきれてないな」
「さて、どうしましょう。如何にもできる――としか私からは言いようがありませんが」
「どうにでもしよう。……キャスターはこのまま自陣に引っ張り込むみたいだな。此処から先は市街地だ。誘導を間違えるとは思わないが、俺達の都合上、ここで決着を付けたい」
この陣営の目的については、実のところアサシン陣営は解っていない。
想定ならばいくらでも立つが、決定的な情報は何一つ入ってきていないのだ。
あくまでキャスター陣営の動きを追った結果、バーサーカーに行き着いたというだけの話。
だがそれは辰向にとっては想定通りのことであり、またちょうどいい機会でもある。
「――宝具は、行けるか?」
「残念ながら、場所が悪いですね。――サポートは致します、ご武運を」
辰向の言葉に、アサシンは一切の逡巡を含まず返答した。
彼にとって、宝具は自身における最も象徴的な記憶であろう。
――判断に間違いが生じるはずもない。
「了解! じゃ、行ってくる――!」
立ち上がる。
同時、ゆったりとした余裕のあるズボンから、――銀色の刃が、きらめく。
刃の中央に円がぽっかりと空いた独特の造形。
――戦闘用のナイフではある。
だが、どこかそれは、現実的なものではない異様さを感じる。
魔術師ならばそれが礼装であることは即座に看破できるだろう。
一瞬。
瞳を閉じ、精神を戦闘用の物へと切り替える。
常在戦場――そういった精神は、当然といえば当然か、辰向の中にも存在している。
だが、これは魔術師との戦闘。
魔術戦である。
故に、その戦闘方法は通常の戦場とは異なる。
これから特異の世界へ足を踏み入れる準備を、刹那の間に済ませてしまうのだ。
――これから踏み込む戦争へ、乗り込む意識も、またここで。
これは、聖杯戦争における緒戦となる戦い。
――ここから、ようやく、全てが始まる。
♪
邂逅は一時と要さなかった。
ダグラスは、振り返りざまにのけぞった。
――自身の目元を掠めるナイフを、その瞬間自覚する。
ひやりと思考に水がかけられる。
だが、それはそこまでだった。
回避自体は容易であった。
“なにもないところから気配が浮かび上がった”のだ。
素人であるダグラスですらそれは異様に異質と理解せざるを得ないほど。
しからば、回避は必然であった。
「――バーサーカー!」
目前に現れた男だ。
蛍光灯が周囲を照らしている。
月明かりもまた、彼を照らしている。
見知らぬ男が、工場の一角に出現していた。
「■■■■■■■■■■■■■ー―ッ!」
――ダグラスの言葉に応じ、バーサーカーが突撃を開始する。
強烈な加速による“着弾”が男――雪白辰向を襲った。
だが、辰向はそれ以上に疾かった。
一瞬彼の身体がぶれた――それだけで、姿がぶれ、視界に収めることのできなかったバーサーカーが、辰向の目前で現出した。
振りかぶり、叩きこまれたであろう右手が、辰向の右方にそれている。
流されたのだ――それはダグラスにも解る。
しかし、対応が完璧すぎた。
ダグラスにはそれ以上――辰向が死んでいないという事以外、理解しようがないのであった。
連打が続いた。
バーサーカーの両腕が、自身の身長に頭二つほど届かない青年を、粉微塵へ変えようと轟きを見せる。
けれども、叶わない。
一撃のたび、辰向の身体が後方にずれた。
――スライドしているようにしか、ダグラスには見えなかった。
それほど自然な動作で、後方へ退避し続ける。
バーサーカーは、それをただ追うしか無かった。
狂気の英霊の拳は無駄が多い。
がむしゃらに殴り続ける一撃は、そのスピードにムラが生まれる。
元より辰向にはそれが見えていた。
――このバーサーカー、怪力が如き腕は有する。
だけれど、それ以外。
戦闘の、才も熟練も有していない。
(バーサーカーの適正が高い、戦闘的センスを持たない英霊。――暴君、か)
当たりをつける。
最大クラスの狂化ランクはそうそう付けられるはずもない。
――それ相応の、適正あってこそのバーサーカーだ。
思考と同時、反撃に映る。
ムラのあるストレートは、やがて隙の大きなテレフォンパンチを生む。
それと交錯するように、ここで初めて、辰向はバーサーカーに対し前へ出た。
動きの先に、自身がバーサーカーの鼻先をナイフで掠める光景が浮かぶ。
踏み込めばこの先の未来が不透明となる。
退けば、今見える光景も、即座に霧散するだろう。
――さながら未来視の如く、辰向は未来を幻視する。
辰向はそれ以上を望まなかった。
バーサーカーと雪白辰向、両者の位置が入れ替わるように、互いの右手が交錯する。
ナイフがゆらめき、辰向の身体が直角にぶれた。
拳を避け、当初の狙い、鼻先への一撃を決める。
空を切り裂く、虚無の手応え。
切り裂いた先の朱の鮮血が、黒に染まった工場へ消えた。
♪
「――は、はは、ハハハハハハハハハッッッ!」
朝海の感情は、もはや理性から逸脱していた。
とかしつくされた思考――暴走と呼ぶべき思索の先。
納得するしか無い。
ありえないと、そう思うしか無かった告白が、事実であったということ。
もう、朝海は、正常のままではいられない。
「……これは」
キャスター陣営は、自身の情報に困惑していた。
そこに在るのは、自身がマスターと名乗った、雪白辰向とバーサーカーの戦闘だ。
明らかに、辰向の動きは人間の速度を逸脱している。
英霊であるバーサーカーの一撃を、常に受け流す形でとは言え往なし続けているのだ。
人間を逸脱した動き――否、そもそもそれは、通常であれば人間には“到達し得ない動き”。
「いきなり! 割って! 入ったか! と思ったら! ……まったく変なマスター。――本当に、サーヴァント並に強いんだ」
見たところ、バーサーカーの能力はスペックだけで言えば聖杯戦争だけでも随一だ。
無論、最優とされるセイバーともなればどうなるかは未知数であり、またこのバーサーカーは弱い。
まず、マスターとの連携が噛み合っていない。
マスターがやれといったことをただ忠実にこなす、これでは単なる機械でしかない。
加えて、バーサーカーは高いスペックと引き換えにあらゆる特徴と言える特徴が無い。
ただ強いだけのサーヴァント、それが朝海の見解である。
対し、雪白辰向はもはや異常だ。
理屈は単純だ、バーサーカーの動きが、素人目に見ても単純すぎる。
数秒も見ていれば気付くだろう、高速の二の腕が、ただ機械のように押し、引き、を繰り返しているだけだということを。
「――キャスター。あのパンチ、それに合わせて回避できる?」
「……サーヴァントなら、可能だとは思います。いえ、ですがこれは……」
「わけわかんない……わっけ解かんない。夢でも見てるのかな――もう、寝ていい?」
神秘の秘匿に類する作業はすでに済んだ。
無事、あの青年も暗示をかけて自宅に帰している。
ならば、これ以上キャスターがこの戦闘に関わる理由は――?
「ダメですよ、最後まで面倒見ませんと。それに、アサシン陣営への義理立てという意味もあります。場合によっては、助太刀に入らければ」
「必要ないと思うけどなー」
言いはするが、実際に帰る気はない。
キャスターの肯定が欲しかっただけだ。
「ところでさ……何であのマスター、サーヴァント並に強いのかな」
そもそも、このバーサーカー戦にこれ以上見るべきところはない。
意識を向ける必要があるのは、恐らく雪白辰向に対してのものだけだ。
「――こんな話を、聞いたことがあります。武士の方々の中でも、刀の武勇に優れる方は、戦場において、自身の最も得意とする武器を持つ時、自己暗示をかけるのだと」
「自己暗示――? 日本のMONONOFUは魔術師であったか……」
戦慄の朝海。
なお、全力の棒読みである。
「違いますよ、精神と肉体を戦闘用に組み替えると言いましょうか――それ自体は、無意識的にではありますがマスターにも覚えたあるのでは?」
クスクスと、楽しげにキャスターは笑った。
おかしいというよりも、なんだか朝海の所作に可愛らしさを感じたのである。
「……? ――あぁ、そういう」
とはいえ、キャスターの説明にようやく朝海はガッテンが行ったようだ。
ようするに二面性。
怠惰の少女朝海と、魔術師瀬場朝海としての二つの仮面。
それを辰向は意識的に、戦場とそれ以外の自分を分けているのだ。
「でもさ、……それで雪白辰向はバーサーカーに勝てるものかな」
「いいえ、勝てないと思います。戦闘についていくことは出来ますが、身体に負荷がかかりますし――長くは持たないのではないでしょうか」
だよね、と鼻を鳴らすように朝海は言う。
――確かに雪白辰向にはサーヴァントと渡り合う力がある。
しかしならば――
「……じゃあ、一体彼は、他に何を隠しているんだろうね」
――それを勝利するとまでいい締めるに至る、もう一つの理由。
サーヴァント以外に、何がある――?
実はアライメントは秩序善だったりする瀬場朝海さん。
そして主人公本格始動、刀式レベルの戦闘能力、っていう設定がいつの間にか刀式と同じ仕組になってた。