「これはあくまで推測ではあるけれど」
そんな語りだしで、朝海の言葉は始まった。
「――キャスターは言ったよね、彼は戦闘時、戦うための精神と肉体に自分を自己暗示しているのだと。とすれば、今の彼は起源に自身の精神を近づけているんじゃない?」
「起源は巨大なものですよ……? そんなことをすれば、たちまち起源に喰われてしまうのでは?」
「どうかなぁ。私は自分の起源を知っているけれど、別にそれに呑まれたりしないよ?」
――魔術師は生まれてすぐ、自身の起源を“計る”。
時にそれは名前として現れるが、大抵の場合はあくまで方向性を定める指標の一つだ。
もしも有効且つ特異な起源であればそれを魔術特性とした魔術師の育成が始まることだろう。
「ようは程度の問題じゃない? 自分が呑まれない“程度”の覚醒なら、当然飲み込まれないわけで」
――通常の起源を扱う魔術師よりも、起源に踏み込んでいることは確かだろうけど。
と、朝海は添えた。
起源を特性とする魔術師は定型的な魔術の行使はほとんど不可能であるが、ある一芸に特化した専門家になりうる。
それは例えば今バーサーカーを追い詰めている辰向の用に、戦闘の専門家、といった具合に。
「起源を知れば、それだけ根源的な動きができるようになるでしょうね。もし本当に彼の特性が“無力”なら、強化魔術の類は使えないでしょうし……」
無力はかなり精神的な起源だろう。
故に、肉体を物理的に“鍛える”ことはできても精神的に“強化する”ことは不可能ではないだろうか。
もちろん、詳細を何一つ知らないキャスター陣営が語れるものではないが。
「無力が力になる――矛盾だよね、でも、その矛盾の螺旋が、彼にとっては力な訳だ」
彼のしていることに代償があるのかといえば、恐らくはないのだろう。
もちろん、身体の負担は、“ただ起源を覚醒する”よりも莫大なものとなるだろう。
何せ、“起源が力を奪う”のだ。
それに対する反発力――戦場における精神性、それを否定する無力という起源。
これらは互いに相乗しあう――水掛け論が少しずつ手に負えないものとなっていくようなもの。
これらが反発しあう際のチカラを、辰向は戦闘能力に変えている。
無限に近い戦闘力は、“人間が出しうる限界”にまで達するのである。
それによって発生するのは身体の負荷、そしてそれを補うための魔術だ。
彼の身体中には、一体どれほどの礼装が仕込まれていることだろう。
もはや、人形や何かでないことが不思議な程――それが、結果として彼の戦闘能力となる。
人としてはありえない力――ならば、その根源は、人ではない何かに依存する必要がある。
「でも、最悪何かあれば呑まれる可能性はあるわけで、呑まれなければいい――って、私はできないなぁ、そういうの」
一歩間違えれば起源が完全に覚醒する。
なにせ、意識を起源に引き寄せている間、彼は百年では足りないレベルの“無力”という暴力にさらされ続けているのだ。
一度でもそれに意識を許せば、あとは単なる起源覚醒者――バケモノと同程度の“手遅れ”に成り果てる。
「……でも、これではっきりした。――サーヴァントすらも倒せる、雪白辰向の言葉に嘘は無かったんだ。確かにこれなら、魔術を通さないサーヴァントにだって通用する」
――彼は起源の魔術を“自身の血”を媒体に発動している。
あのナイフは礼装という面もあるが、自身の血を相手に付着させるギミックナイフという面が大きいのだろう。
どのような構造になっているかはしれないが、あのナイフには辰向自身の血がいれられている。
それが飛び出し、バーサーカーに付着した。
戦闘序盤、彼のナイフがバーサーカーの鼻をかすめた、あの瞬間にだ。
それは言ってしまえば、一工程によって行われる簡易的な魔術だろう。
付着した瞬間から少しずつ効果を発揮させ、数分もスレば“本人の認識とずれる位”身体能力が低下する。
そして最後には、短い小節の魔術を発動させる。
元より抵抗が“無力化”されているサーヴァントは、それに抵抗できず、能力を劣化させる。
後はもう、サーヴァントに辰向をどうこうする力はない。
「アレは本質的には魔術じゃなくて異能の類――だから、魔術に対向するスキルを持つサーヴァントであっても、有効……」
「今回のように魔術は使えないなら、効いてくるにはかなり時間を要するとは思いますが、それでも十分ではあるでしょう」
なるほど、分かりやすい“切札”だと言える。
辰向たちが相手取らなくてはならないのは、必ず魔力に体制のある三騎士だ。
しかしそれでも、やりようにとっては、この“異能”は、いくらでも役に立つ。
「サーヴァントを打倒しうるマスター。これに、未だ詳細不明のアサシンだっている。うん、機運……来てるね!」
楽観は油断へ自身を誘う。
それでも、今この一瞬であれば、朝海は思考を熟す必要がない。
委ねるように浸った楽観は――なんとも甘美な気分であった。
♪
令呪を用いた命令は、即座にそれが履行された。
辰向の目前から掻き消えると、それはダグラスの元へ、彼の後方へ両腕をクロスし出現するのだ。
瞬間、衝撃が音に変わった。
大音響は――銃の発砲によるものだった。
――そう、銃声。
バーサーカーがそれを、令呪に寄る命令もあってか、即座に防いでみせたのだ。
反動は彼を揺るがさない。
銃弾は両腕で受け止められ、それ以上には進まなかった。
(――現代兵器!? となれば敵はアサシンか、ふざけるなっ!)
ダグラスの思考は即座にそれへ思い至った。
今、起きたことは簡単だ。
敵のアサシンが、バーサーカーを無力化した隙に、マスターを屠るべく一撃を加えた。
しかし、それがギリギリ間に合ったダグラスの令呪により防がれた、というだけのこと。
間一髪である。
もしも後一瞬令呪の行使が遅れていれば、間違いなくダグラスは死んでいた。
(ふざけるな、クソ、クソクソクソ!)
憤る。
自分自身が判断を見誤っていたということはそう。
まさにたった今、死にかけていたということもそう。
だが何より気に食わないことは、
――敵のマスターが、何のサポートを受けずとも、自分よりはるかに格上であるということだ。
(認めるものか、認めるものか)
「あぁぁああアァあ~~~~っっっ!! バーサーカーッ!」
怒りに寄る衝動は、自身の喉を駆け上った。
もはやそれを、心底の内で留めることをダグラスは止めた。
声が、
「■■■■■■ーーッ!」
バーサーカーの喚声と唱和した。
途端、バーサーカーが動き出す。
その勢いは、先ほど無力化する以前――その動き、以上のものだ。
令呪によるサポートが、彼にさらなる軌道を可能としている。
「ッ!」
敵のマスターが息を呑むのがダグラスにも分かった。
バーサーカーの行動と同時に身をかがめた彼が、バーサーカーの一撃を刃で受け流す。
だが、それは悪手だ。
もはやバーサーカーは勝利のためになりふりを切り捨てた。
その衝撃が、敵を大きく吹き飛ばす。
とはいえ敵の狙いはそこにあった。
勢いをそのまま後方への退避へと使用したのだ。
数メートルも吹き飛び背を向ければ、ダグラスだってすぐに解る。
しまったとは思わない。
だが、まずいことになるとは思う。
――確認できなかったサーヴァントが姿を見せた以上、間違いなく戦況はバーサーカーでの蹂躙では叶わなくなる。
バーサーカーは夜にとけ逃げ出す敵を追った。
無論、単独行動はマスターの隙を生む。
令呪の効果が有効であれば、アサシンが攻撃態勢に入れば即座にダグラスの元に駆けつけるだろうが、それでは敵マスターを見失う。
(サーヴァントと渡り合えるマスターを、のこのこ見過ごせるものか!)
ここで、追いかけないという選択肢は、ダグラスには無いのであった。
♪
辰向の顔はすぐれない。
思ったほどの成果を先ほどの工房から得られなかったのだ。
令呪を切れたことは僥倖である。
しかし、本来であればマスターを葬り、“令呪ニ画”と敵サーヴァントを抹消できるはずだった。
「くそ、敵マスターは愚かではあったが阿呆ではなかったかっ!」
神がかったほどのタイミングで、令呪を切られた。
後一瞬でも遅ければ、彼はあの銃弾の餌食になっているはずだった。
言っても詮無いことだ。
しかし、猛烈に降り注ぐ敵の拳の前では、そんな愚痴も出ようというもの。
(悔やんでも仕方がありません。指示を)
後方からの気配に沿い、一回転するように右へ跳ぶ。
目線の先すれすれを、バーサーカーの拳が通り過ぎていった。
間一髪。
――髪の先を、バーサーカーの拳が“溶かして”行った。
もはやそれは、人の拳の速度ではない。
脅威がさらなる脅威に上塗りされた。
(例のポイントまでこいつらを誘導する。援護を頼めるか、――魔弾は、さっきよりも高級なのを使え! ありったけだ!)
(かしこまりました)
先ほどの銃弾は、せいぜいダグラスが魔術で防御障壁を這った場合の保険程度であった。
それではバーサーカーを傷つけられるはずもない。
今度は、牽制のためのもの、威力も、先ほどの比ではない。
――思考の隅でのやりとりである。
戦局は更に動いていた。
回転により、バーサーカーへ振り返る形で着地した辰向。
そこへニの拳が跳んだ。
追撃である。
刃を添え、拳を受け流した。
否、自分自身の衝撃でそれより早く後方へ跳んだ。
今の狂戦士の一撃は、受け流すだけでも手の痺れ――ダメージとなる。
反撃は、叶わない。
ふるう形で刃を構えるも、しかしバーサーカーの動きにより不可能となる。
再び後方へ退避、バーサーカーに背を向ける。
バーサーカーは動きを見せた。
一歩が数メートルの踏破となる。
――だが、その半ばで足を止め、身を翻した。
直後、着弾。
逃げていなければ確実に喰われているであろう位置に、銃弾の焦げ跡が浮かんだ。
「ック、ソ、アサシンめぇぇええ!」
バーサーカーのマスターが絶叫する。
彼はどうやら、アサシンがダグラスの後方から気配遮断により追いかけてきているのだと判断したようだ。
周囲にこの辺り一体を狙える高台はなく、また銃弾の射線がダグラスの後方からであったのだから当然だ。
――バーサーカーの“前方”に着弾しうる射線を鑑みれば、アサシンの位置も割り出せる。
敵マスターは、即座に右手を掲げ、その手に赤の火を宿す。
「――FIRE!」
(――一工程!?)
思わぬ詠唱の短さから飛び出す“ほどほど”の火力の炎。
恐らくはそれが目前の男の適正なのだろう。
意外といえば意外なほど、詠唱に似合わない威力ではある。
そこそこ、という域を出ないのではあるが。
だが、当たらない。
――当然といえば当然か、判断が遅すぎる。
いるだろう場所にあたっても、射線を見てから判断したのでは、アサシンの行方は掴めるはずもない。
そもそも、炎のスピードも大したものではなかった。
これなら直接戦闘でも、見てから回避が可能だろう。
とはいえ、今は自分自身のことである。
距離を稼いだとは言え、バーサーカーの進撃は止まらない。
(……まずいな、息が)
あまりに敵の身体能力が高すぎたのだろう。
バーサーカーの無力化に時間をかけすぎたのがまずい。
息が持たない。
――このままでは、自滅する。
窮地ではない。
しかしどうにも――面倒な状況にあることは確かであった。
(多少無茶は承知で、方針を変えるか――?)
そんな思考が頭をよぎった。
――その時であった。
バーサーカーが消失する。
何かの要因によるものではない。
バーサーカー自身がそれを選択し、行動したのだ。
今、彼にあるのは本能と、令呪に寄る命令のみ。
――つまり、ダグラスへの不意打ちから、彼をかばったのである。
「なっ――」
突如現れた“女”。
それ自体にダグラスが驚愕しているのではない。
その女を、彼は、ダグラス=イングルビーは知っているのだ。
「お前、あの時の女ッ! お前がアサシンか――!」
この自体の最初期。
ダグラスが魂喰いをするべく襲った男。
その男を助け、逃がし、ダグラスをここまで誘い込んだ女。
巫女装束の――不可思議な、女。
(――な、こいつ)
それと同時、辰向にもまた驚愕があった。
辰向にもまた見覚えがある。
――この女性を、辰向は一度見たことがある。
同一人物ではないかもしれない。
しかし、その出処が、同一の陣営によるものであることは間違いない。
女は、クナイと思われる刃物でバーサーカーを切りつけていた。
そして防がれたと知ると、即座に後方へと交代する。
「――そいつを殺せ、バーサーカー!」
言うまでもなく、敵であるなら殺す。
令呪による命令にもとづき、バーサーカーは動いた。
(そういうことなら、力を借りるぞ!)
出現した女に、意図を感じ取った辰向。
ダグラスの言葉とほぼ同時、彼も命令を意図する語句を述べる。
「――迎え撃て、アサシン!」
だが、それは命令ではなく、合図であった。
彼が知る――彼を知る、この場に介入しうるもう一人の陣営。
それに対する、行動の合図。
当然、命令されたアサシン本人もそれは承知の上である――!
アサシンと思われた女。
状況を覆すために現れた女性はしかし、サーヴァントと呼べるほどの身体能力を有さない。
一瞬、それすらも持たない拮抗と共に――空白に溶け、黒に染まった。
「……アサシンッ!」
感情をのせて言葉を選ぶ。
決して名俳優とは呼べないが――今この状況、間違いなく敵のマスターに冷静さは望めない。
「は、はは――やったぞ! やってやったぞ! ザマァミロだ」
口汚い英語がいくつも飛び出した。
米国かというほどのスラングの群れに、多少の辟易を覚えざるを得ない。
それでも、ともかく――“彼女たち”が作ってくれた隙だ。
それを無駄にするのは、間違いなく不義理に値するだろう。
反転し、動き出す。
バーサーカーが偽アサシンに拳を向けたため、辰向には決定的な余裕が生まれた。
呼吸を激しくし息を整えながら、再び逃走のため走りだす。
ちょうど、辰向の方へ振り返ったダグラスが、辰向が物陰に消えるのを見やるころだろうか。
「――これでアサシンのマスターは丸腰だ。追い詰めれば、詰むな。もちろん、僕達にそんなことをする必要はないが」
遠くから、やけにはっきりその声は聞こえた。
敵マスターの選択だ。
――恐らくは彼の運命、その末路を大いに左右しうる。
「――殺せ。あいつを僕たちの糧としてやれ」
あぁ、なるほど。
あのマスターは――――未だ辰向が名も知らない彼は、そういう結末を望んでいるわけだ。
この時、ダグラス=イングルビーの、三流魔術師の行く末は、決したのであった。
ようは数十秒でも打ち合えれば、後は下り坂な訳で。
更に、辰向は半分人間ヤメテいるわけですが、その次いでとばかりにどっさり特殊なギミックを自分に付けてます。詳しくは、また先の話で。