リリベループ   作:恒例行事

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part.10

 

 リリベルの任務は正面衝突が多い。

 リコリスのように警戒心を抱かれないようにするのは至難の業。

 拳銃が標準装備だが、時として自動小銃の携行を許可されている。

 

 残念なことに最低限の成績しか取る事が出来なかった上にこれまで拳銃ばかり扱っていたから使えないが、どう足掻いても拳銃で突破は難しいというタイミングがあるのだ。

 

「……疲れた」

 

 一息吐いた。

 遺体の上に座り込む。

 端末の対象を一つずつ消していく。

 休みは無い。

 休む暇なくこいつは命令を下し続ける。

 

 一人で任務をこなしているとやはり気が付く。

 

 俺は弱い。

 リリベルとしての才能が決定的に欠如している。

 標的を殺すのに何度も何度も繰り返して、死んで覚えてやっと勝てる。

 真っ当に仕掛けているつもりだけど、もう、感覚がわからない。

 死んでも死なないのに安全な立ち回りをする理由が見つからない。

 そんなことをするくらいなら死んで覚えた方が速い。

 つまるところ、脳死で敵を殺している。

 苦痛は障害にならない。

 死なないなら、痛みは敵じゃない。

 

 現に今。

 十人目のターゲットだった。

 ヤクザ崩れの鉄砲玉が他の組織に喧嘩を吹っ掛ける前に殺せ。

 路地裏で物言わぬ死体となったこいつの身分証を懐にしまった。

 

「…………少しだけ待ってくれ」

 

 自分の首元をなぞる。

 一回絞殺された。

 感覚が残っている。

 気持ちが悪い。

 久しぶりに苦しい死に様だった。

 胃の中身を全部ぶちまけたくなる。

 俺にそんな暇はない。

 とっとと頭を撃ち抜く判断を出来なかった俺が愚かだった。

 

 もっと強くならないと。

 死に戻るだけではだめだ。

 もっと、もっと強くならないといけない。

 ラジアータの示す未来に至るためには、完全にならないと。

 

 どういう仕組みなのかは不明だが、俺が標的を殺した時点で次に向かうように指示が下される。後始末を連絡すらしてないのに隠蔽されている様だから、DA直属と言うのは随分と手厚い待遇を受けられるらしい。

 楽でいい。

 ただ殺す事だけを考えていればいい。

 俺が多く殺せば殺す程、仲間達は危険を冒さずに済むのだ。

 ならばやらない理由は無い。

 

 立ち上がって、死体の顔を見る。

 見開かれた両目は俺を映していた。

 

 見慣れた殺人鬼の顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 移動は車、電車、バス、徒歩。

 端末が示すものに従って、とにかく進み続ける。

 弾薬の補充や制服の交換も問題ない。

 各所に潜ませてあるセーフハウスから随時物を拝借しているが、それは咎められない。

 本部付のリリベルになったものの、本部に帰ることなんて月に一回あればいいくらい。ラジアータからすれば死人なのだから酷使しても死なないと言いたいのだろうか。

 生意気な人工知能だ。

 だがこいつは正しい。

 もしも死んだら、死なないようにするだけだから、俺だけはその扱いに耐えられる。というより望んでいる。

 ゼンやカジがファーストとして後進を育ててくれるのなら俺がやるべきは抹殺のみ。

 

 この生活を繰り返して既に半年が過ぎた。

 殺した数が倍以上に増えた。

 二年間のリリベル生活より今のDA直属の方がよほど殺している。

 中には海外で指名手配された国際犯罪者もいた。

 欧州や米国の逃げ道にされてはたまったものではない。

 この国の平和は貴重だ。

 この日常は世界にとって有益だ。

 だから正しい。

 リリベルは正しい。

 俺は、ラジアータは、正しいんだ。

 

「頼む……っ!! あと少しだけ、ほんの少しだけ、時間をくれ……!!」

 

 肩から血を流しながら命乞いをする男。

 なにもかも投げ捨てた土下座。

 

「これだけは! そうしたら、殺してくれ!! 頼む……!!」

 

 逃げる気はないんだろう。

 死ぬ覚悟はしている。

 だがそれはそれとして、一つだけやり残したことがある。

 この男は、そういう顔だ。

 

 ……取り逃しそうになったら自殺してやり直せばいい。

 折角死亡回数を抑えられたのにこれか。

 まあ、今日のノルマはここまでだ。

 急ぐ必要はない。

 

「…………何がしたい」

「っ……! ──……む、娘に、電話を」

「一分だ。それ以上は待たない」

 

 家族を持つ者をこれまで何度も殺して来た。 

 男性だけではなく、女性も対象だった。

 思想が激しく、テロリストに加担してしまった女性もいた。

 子供を一人だけ遺して、両親を二人纏めて殺したこともあった。

 恨まれてもしょうがない事をしてきた。

 だが、それが国の為だ。

 ひいてはリリベルのため。

 間違いはない。

 

 暗号か何かで伝えられても困る。

 こちらも端末を起動し、ボイス録音を開始する。

 なかなか便利で、俺の方で指示すれば解析等もしてくれる。

 だが、それ以上に少しだけ、面倒な事が起きた。

 

『──お呼びですか、井ノ上』

「録音した音声を解析しろ」

『了解しました』

 

 喋るようになった。

 最近流行りの音声と大差ないが、あれよりもっと流暢に、それでいて喧しい。

 司令に確認を取ったが問題はないと伝えられた。

 普通の端末機器は勝手に喋るようにはならないだろう。

 だからこいつは恐らく、普通ではない。

 DA直属と言うのはそういうことなのだと思った。

 

「も、もしもし。ああ、そうだ、お父さんだ。あのな、燈子」

『声の震え異常無し。通話相手、ボイスチェンジャーの使用形跡無し。逆探知結果は必要ですか?』

「必要ない」

 

 本物の娘。

 もう二度と会えない事を悟って、男は涙を必死にこらえながら、出来る限り明るく話を続けた。

 

「これから父さん、海外に急に行くことになってな。だから暫く会えないんだ」

『えー!? 明日誕生日だって言ったじゃん!』

「本当にすまない……でも、仕事なんだ。わかってくれ」

 

 呼び出しに十秒、今のやり取りで十秒。

 あと四十秒後にこの男の命は奪うと決めた。

 たとえどれだけ幸せな家庭だったとしても、その結果として娘が路頭に迷っても、俺は迷わず引き金を引く。

 頭が痛い。

 死ぬ回数を抑えたのに。

 慢性的なものになり始めていた。

 

「でもな、燈子。お父さんちゃんと、お前の事を見てるからな」

『……うん。ねえお父さん、本当に行くの?』

「ああ、逝くよ。ごめんな」

『──……待って。ねえ、本当に出張? お父さん、ね』

 

 男は通話を切った。

 これ以上は耐えられなかったのか、涙を情けなく流しながら、嗚咽交じりの声でそのまま俺に言う。

 

「あ、ありがとう……っ! 本当に、待ってくれてありがとう……!!」

 

 何を言っている。

 俺は今からアンタを殺すんだ。

 それなのに、そんな奴に感謝して、一体どうする。

 

 なんでそんな風に人を思い遣れるのに、こんな道を選んでしまったんだよ。

 わからない。

 大切な人もいて、死にたくない筈なのに、どうしてそんな事をするんだ。

 大人しく表社会で生きていればいいのに。

 なんで、なんでそうなんだ。

 どいつもこいつも、当たり前の幸せを享受せずに。

 

「…………なんで……」

 

 どうしてなんだ。

 理解が出来ない。

 俺達は人を殺す為に育てられた。

 国を守るためだと、人々の平和を守るためだと生きて来た。

 それしか生きる道がない。

 戸籍が無く、この国に存在しない筈の俺達を保証するものはなにもない。

 アンタはそうじゃないだろ。

 娘が居て、家族が居て。

 どうしてそれでいて、他人を不幸にするような仕事を選んでしまうんだ。

 

 これ以上この男を生かしていたらまずい。

 指が引き金を引く。

 隠密性を保持するためのサプレッサーを突き抜けて、弾丸が放たれる。

 男の額を撃ち抜いた。

 死んだ生物特有の硬直と地面に滑り落ちる音だけが響く。

 

『精神状況に異常が見られます。休養を推奨』

「…………必要ない。いつも通りだ」

 

 ふざけるな。

 どいつもこいつも他人を害するような事ばかり画策して。

 俺もそうだ。

 他人を殺すためだけに生きて来た。

 そうするしかないから。

 それ以外に俺の生き方は、リリベルの存在価値は無い。

 俺が必要なくなる世界が欲しい。

 俺達リリベルが必要なくなった世界。

 こんな風に、悪い事をしようとする奴が一人もいない世界。

 あり得ない夢物語だ。

 だが俺達の存在は、その夢物語を作る為に必要な裏方。

 現に日本は世界でも有数の治安を誇ると言われているじゃないか。

 だからそれでいい。

 ブレなくていい。

 一人の犯罪者が死んだ。

 それでいいじゃないか。

 

 それでいい。

 そうだ。

 

「…………正しいだろう、ラジアータ」

 

 俺はリリベルの、この国に潜む犯罪者共の死神だ。

 じゃあ、俺の死神は一体だれなのか。

 そんなのは決まっている。

 ラジアータ。 

 完全無欠のAIこそが俺の死を肯定する。

 だからお前は俺の死神だ。

 お前の見つけた道を俺が歩いてやる。

 だから肯定し続けるんだ。

 

 懐を弄って、財布を取り出す。

 

 この亡骸が娘の元に届くことは無い。

 せめて俺が覚えておいてやる。

 娘の誕生日を祝うような父親が犯罪者になってしまうという事実も一緒に。

 

「…………正しいんだ……」

 

 そうでなければ……

 

 

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