「おっ。よーっす、久しぶりだな井ノ上ェ~!」
一ヵ月ぶりに本部に戻ったら、これまた珍しい事にゼンと鉢合わせた。
かれこれ半年間は顔を合わせていない。
ゼンはチームを率いているから俺と同じくらい過密スケジュールだし、俺は俺で戻ってきてもここで夜を過ごさない事が大半だった。
主に書類の提出のために来ていた。
「ああ、久しぶりだな」
「活躍は聞いてるぜ! 歴代最強は伊達じゃねぇな!」
真実死にまくっているが、それは語られることは無い。
ラジアータだけが保証して、俺だけが理解する。
それでいい。
「今日時間あるか?」
「一時間位なら問題ないが……」
「よっしゃ! 悪いんだけどさ、俺のチームと模擬戦してくれね?」
「……理由は?」
模擬戦。
問題はない。
ただ、オーダーによっては面倒なことになる。
仮に『完璧に勝て』と言われたら数度自殺しなければならないだろうし、それはちょっと面倒だ。
今日の任務は少し離れている。
20時までに殺せばいい人間が五人残っている。
現在は13時。
あまり猶予はない。
内心心配する俺のことなど露知らず、ゼンはいつも通りに楽観的な様子で、堂々と胸を張って言う。
「そりゃお前決まってんだろ。歴代最強を肌で感じてもらうためさ!」
──少し、面倒なことになりそうだ。
思わず溜息を吐いた。
サードリリベル、カイト。
彼はチームに加入したメンバーの中で最も年下で、比較的才能に恵まれていると周囲に評価されている。
そもそもファーストリリベルの指揮下で教育を受けられるサードリリベルは優秀だ。
将来的にセカンドは確実だと思われる人材のみ配備される。
他の一人がセカンド、もう一人はサードで年上。
リーダーのゼンは伝説として称されるチームの生き残りであり、その有能さは司令部からの信頼を見ればよく分かる。普段はおちゃらけた様子でふざけた男なのに、いざ仕事となればスイッチを切り替えて冷酷なまでに効率的に動く。
昼行灯なんて狙ったものではなく、単に切り替えが上手なのだ。
だからカイトは思った。
ファーストリリベルになるには、ここまで研ぎ澄まさなければならないのかと。
生き残り続けるというのは、そういうことだ。
己の才に胡坐をかくことなく、とにかく強くなり続ける。
そうすればきっとファーストリリベルになれるのだと、カイトは思った。
だから強くなるために努力は惜しまない。
それがたとえ、どれほど苦しく厳しい日々であったとしても。
それこそが死にゆく運命だった自分を救い育ててくれたDAへの恩返しとなるのだから。
(────でも、その……)
頭の中でぼんやり考えていた言い訳をやめて、敬礼をしながら目前の人物を改めて見る。
黒髪に死んだ目、疲れ切ったような表情。
枯れた老人の様でありながら、対面した際のこの僅かな痺れはなんなのだろうか。
殺気、プレッシャー、悪寒。
なんとでも言い表せるが、とにかくそう言った悪意のような物を感じ取れる。
「つー訳で連れて来た。こいつが歴代最強のリリベルで俺の元チームメイト、井ノ上たきとだ」
(いくら何でも限度があるでしょリーダー!!)
内心絶叫を挙げながらカイトは目を剥いた。
才が無いと判断され長い間訓練生として燻っていたが、いざ戦場に出て見れば圧倒的な戦闘能力で敵を制圧。それ以降も決してまぐれではないことを証明し続け、現代最強のチームに加入し戦績を次々と積み上げて、今や組織で唯一単独強襲を行う超有名人。
正面から堂々と戦うのに武器は小さな拳銃一つのみで、絶死を免れないような状況でも必ず生き残り敵を殲滅するキリングマシーン。
曰く、DAの生み出した戦闘兵器。
曰く、リリベルの保有する最高戦力。
曰く、単独で国すら襲撃できるとすら噂される生物なのかも怪しいロボット。
そして誰もが口を揃えて最後にはこう告げるのだ。
『あいつは死神だ』と。
「……井ノ上多希翔。好きに呼べ」
「あー、こいつ本当にどうでもいいと思ってるから好きにしな。な、井ノ上!」
「好きにしろと言っている」
リーダーすげぇ。
カイトはそう思った。
抜き身の刃物のような恐ろしさがある。
下手に触れれば何の抵抗も出来ずに無惨に斬られる様な、そんな感覚。
きっと気のせいだろうけど、下手な事はしてはいけないと悟った。
「実在したんですね……」
「都市伝説じゃなかったんだ……」
「てっきりリーダーお得意の適当かと」
「カイトとシュウジはともかくレイはスタバ無しな」
自爆したチームメイトに合掌し、それはそれとして、件のファーストリリベルを見た。
自然体で佇んでいる。
時折時間を気にしている所からもしやリーダーが無理矢理連れて来たのではないかと思ったけれど、流石のリーダーでも歴代最強で常に忙しく関東圏を走り回っている人を連れて来れる程では無いだろう。
「えーと、井ノ上さん、でもいいでしょうか」
「構わない」
思ったより声色は柔らかい。
でも馴れ馴れしくいくのは駄目だ。
言葉をえらびつつ、決して刺激しないように聞こう。
「なぜここへ……?」
「……俺が聞きたいぐらいだが、ゼンが模擬戦しろと言って来た」
へぇ~、リーダーってやっぱすごいんだな。
最強なんて言われてる人と模擬戦なんてあんまりやりたいとは思わない。
ボコボコにされるのが目に見えてる。
ああでも、ファーストを目指すのなら一度は体験してみたいな。
「時間もあんまりないっぽいから出来て一回だけだけどな。ちょっと無理言って順番割り込んだから、さっさと始めようぜ」
そう言ってから井ノ上さんは歩いて行った。
冷静に考えて。
とんでもない場面に遭遇してるんじゃないだろうか。
ファーストリリベル同士の模擬戦なんて早々見れるものじゃない。
数える程しかいないファーストリリベル。
その中でもトップクラスが戦う。
これを見たいと思わないリリベルは、いない。
「すげぇっすリーダー! 本当にすごい人だったんすね!」
「お前俺の事なんだと思ってたの?」
いや本当に。
すごい人だったんだ……
「これからも着いてきます! 俺達のリーダー!」
「お? お、おう。そうか!」
この経験は絶対に無駄にならない。
二人の戦いが一体どんな風に繰り広げられるのか、想像もつかないけれど──俺達が目指すべき姿がそこに在る筈だ!
「それじゃあ準備して来いよ!」
そう言ってリーダーはスタスタ歩いて行った。
ロビーに。
対面するB地点ではなく、閲覧席に。
「…………あれっ」
井ノ上さんは既にA地点に向かっている。
残された二人の顔を見れば、シュウジは何かを悟ったのか汗をダラダラと流しながらブツブツ呟いている。
レイも動揺していた。
よほどスタバ無しが効いたのかもしれない。
正直なところ、既に嫌な予感はしていた。
でも、こう、ちょっと……現実として受け入れ難い。
「…………リーダー、行っちまったな」
「…………いや、まさかでも……俺達は所詮サードとセカンドだぞ……」
「…………い、いやー。これから戦うってのにもー、リーダーは何してんだよまったくもー!」
先程までの興奮と高揚が全て溶けていく。
後に残るのは残酷な事実だけ。
冷や汗を流して僅かに震える脚を必死に抑えながら、俺は声を張り上げた。
「……リ、リーダー! 誰と、誰が戦うんですか!?」
ロビーへ口笛を吹きながら歩いていたリーダーは足を止めて、此方へ振り返った。
その顔はニヤニヤと笑いを抑えきれない様子で、声を出すことなく、口の動きだけで伝えて来た。
『お、ま、え、ら!』
血の気が引いた。
慌てて後ろを振り向くと、井ノ上さんはバイザーを装着し、ペイント弾入りの専用銃を手に持っていて。
バイザー越しでもよくわかるような、鋭い目付きで俺達の事を見ていた。
────ああ、今日死ぬかも俺。
“本物”と対峙するとはこういう事なんだ。
ごくりと喉を鳴らした。
これまで相手してきた奴らなんて屁でもない。
リーダーの指示に従って戦えばいいだけの素人だったんだ。
でもこの人は違う。
この人は、そんな生易しいものじゃない。
リリベル。
その頂点に立つ人。
この国の平和を守る最前線。
そこに立つとは、そういう事なのか。
「──早くしろ。時間は有限だ」
「────は、はいっ!!」
慌てて二人の手を引いてB地点へと走った。
急いで準備をして、気が付いたら始まっていて。
レイがやられたから警戒しながら進んだら、堂々と姿を現わした井ノ上さんに驚きながら、しっかりと銃口を向けて狙いを澄ませた。
後から思い返せば、これは悪手だった。
遮蔽物に隠れる事もせず仁王立ちして射撃。
先手を取れれば勝てる、なんて単純な思考をしたのが駄目だったんだ。
二発撃った。
どっちも胴体、とにかく当てる事を優先したから。
狙いは外れなかった。
前に走り出した井ノ上さんは、首の僅かな動きだけでそれを避けた。
「は!?」
声が出た。
まさか弾を躱した?
いや、偶然だ。
いくらなんでも弾丸を躱せる人間なんて、信じられない。
しかもこの距離だ。
偶然に決まってる。
全速力で走ってくる井ノ上さんから少しだけ後退りながら、引き金を引き続けた。
一発。
二発。
三発四発五発六発七発八発九発十発──!!
当たらない。
嘘みたいに当たらない。
狙いは外れてない。
しっかり捉えている。
これまでこの距離で外す事なんて、ほとんどなかったのに。
「……うそだろ…………」
そして眼前まで井ノ上さんが迫った。
最後の方は最早歩いていた。
シュウジから連絡は来ない。
もしかしたら、俺が最後の一人だったのかもしれない。
「なんで……弾を躱すなんて、人間業じゃない……」
「……そうだな」
カチッカチッと引き金の虚しい音が響く。
負けだ。
こんなに近寄られたら実戦で既に敗北している。
仮に井ノ上さんが敵対する相手だったら、すぐに殺されている。
少しだけ身体が震えた。
こんな人他にいるわけがない。
でも、居ないとは限らない。
恐ろしい事だ。
そんな俺の震えも恐怖も何もかも呑み込んで、井ノ上さんは息をするように銃口を向けた。
震えは無い。
恐怖なんて感じてない。
戦う事にこの人は、何も感じていないのかもしれない。
「人間業じゃないさ」
結局のところ。
俺達は三対一というアドバンテージを全く活かせず各個撃破された挙句、一発も弾を当てる事が出来なかった。
疲弊した俺達とは正反対で、疲れを全く見せることなくリーダーと少し言葉を交わした後井ノ上さんは本部を後にした。
この後も任務があるらしい。
そんな人と模擬戦をしてよかったのかって心配と、片手間で相手できると判断されたのかと少しだけ悔しさが滲んだ。
あれが、歴代最強のリリベル。
死神。
リリベルの死神であり、この国を守る死神。
「……俺とカジはな。いつかあいつを倒せるチームを作るんだ」
リーダーは珍しく真面目な声色で言った。
いつものお調子者な感じは消えた、ファーストリリベルとしてのリーダーと、ゼンという個人が混ざり合った姿。
「あいつは強すぎる。なんでもかんでも一人でやろうとして、実際ある程度は出来ちまう」
見たことのない目だった。
いつも飄々と適当に生きているリーダーの本気の目。
「死んだ仲間も、殺した敵も全部背負ってあいつは生きてる。知ってるか? あいつの机の中には、これまで殺して来た人間全員分の身分証があんだよ」
「……それ、嘘じゃなかったんですね」
「ああ。殺した責任は取るっつってずっとそうなんだ。せめて自分だけは覚えているってな」
恐ろしい戦い方だった。
確かに初見であんなふうに迫られれば、動揺してミスを誘発されてしまう。
そうでなくても純粋に近付いて銃を撃たれればこちらは躱せないのだから不利だ。
ずるい。
「そんで俺達リリベルが死ぬのは嫌だって前に出るんだ。とにかく危険な目に遭って、それでいて敵を皆殺しにして生還する。正真正銘本物の化け物さ」
────それでも。
拳をぐっと握りながら、リーダーは言う。
「俺は、俺達はあいつに追い付く。あいつが一人で何処かに消えちまう前に、
…………ああ。
この人にとってあの最強の死神は、仲間なんだ。
畏怖を向ける相手じゃない。
遠巻きに見る存在でもない。
仲間なんだ。
一緒に戦う、リリベルの一人。
「…………出来る、でしょうか。俺達に」
無様に負けた俺達に、そんな大層な役目が務まるだろうか。
何度やっても絶対負ける。
そんな予感すら今はある。
レイもシュウジも同じ気持ちなのか、黙ったままだ。
あの圧倒的な怪物に、俺達が追い付くなんてそんなこと、考えるだけでも傲慢じゃないのか。
俺達の考えを尻目に、リーダーは言った。
「出来る出来ないじゃねえ。やるんだよ、やるって決めたら」
その目は力強く。
俺達が目指している、ファーストリリベルという強さの根幹に触れた気がした。
井ノ上くんは今回カイトくんの銃弾を避けるためだけに五回ほど自殺しました。
彼の戦闘をガッツリ描写するのは多分とある赤い制服のリコリス戦になると思うのでそれまで待っていただきたい(あくまで予定)