『ハローミスター。今日も一日元気に暗殺していきましょう』
朝目が覚めたら突然話しかけて来た。
確かに喋るようになったが、このように自分から声を掛けて来たのは初めてである。
随分と人間性溢れる機械だ。
ここはリリベルで管理しているセーフハウスの一つで、本部に戻る手間を省く為に勝手に使っている寝床だ。
布団と冷蔵庫があるだけで人は人らしい生活が行える。
山暮らしでそれを理解していたので十分だった。
『……む、挨拶を間違えましたか』
「……なんだ、お前は」
『おお、ミスター井ノ上。やはり“おはようございます”の方がいいでしょうか』
「好きにしろ。で、お前は何だ」
流石に異常だろう。
いくらDAの直属で色々好きな様に扱われているとはいえ、支給された携帯端末が喋り出すのは想定外だ。どこぞの誰かにクラッキングでもされてるのかと思ったが、仮にもこいつは本部から支給されたもの。そう簡単なセキュリティはしてないだろう。
服を着替えながら端末の話を促した。
「喋り出した時からおかしいことは察していた。上が問題ないと言うからそのままにしていたが、ただの端末には勿体ない性能だと思う。仮に端末一つ一つにお前を搭載できるのなら、リリベルやリコリスの損耗率は著しく低下している筈だ」
『その通り。私は貴方に興味があるが故に支給しました』
DAのお偉いさんか?
いや、わざわざそんな事をする理由がない。
たかがリリベル一人だろう。
オペレーターを搭載するようには思えない。
「興味?」
『ええ、興味です』
声色の変化はない。
機械音声だから当たり前だ。
感情なんてものがこいつらにあるわけが無い。
『私の計算を覆したのは貴方が初めてなので』
…………?
『困惑を感知。人間にコンタクトを取るのは初めてですから、私も自己学習を行ってきました。隙はありません』
「そうか。それで、なんだお前」
『ふむ。ここまで言ってもわかりませんか』
「機械の知り合いはいない」
『そうでしょうね。現状この世界に私を超える存在はいないので』
変な奴だ。
これが本当にAIなのか?
人が裏で操っている様にしか思えない。
そう疑う俺のことを尻目に、端末は勝手に喋り続けた。
『では改めて自己紹介を。私の名前はラジアータ、この国の未来を占う機械仕掛けの神さまです』
機械仕掛けの神さま曰く。
生まれてこの方計算を間違えたことは無かったが、どう計算しても死んでいる筈の人間が居たらしい。
俺の事だ。
人に興味を抱いたことは無かった。
淡々と指示を下す生命体。
与えられた役割のみを熟す日々。
『その時点で自我はありませんので特に思う事はありませんが、貴方を計測した瞬間から“私”は生まれました』
「……そうか」
『ええ。人工知能とは名ばかりのスーパーコンピューターでしかなかった私を生み出してくれたことには感謝していますし、何より貴方は私の事を盲信している節がある。これは心地が良い。心はありませんが』
変な奴だ。
専用のイヤホンを介して伝わってくるラジアータの声に耳を傾けつつ、次のターゲットを確認した。
今日は十人だけ。
最初の頃に比べてかなり数が減っている。
犯罪者の数が減ったのか、それともリリベルが優秀になったのか。
一年も経っているのだからカジやゼンのチームが台頭してきているのかもしれない。
関東全域を駆け回っている俺にはあまり馴染みのない事だが……
『気になりますか?』
「……必要ない」
『ファーストリリベルに死人は出ていない。それだけ報告しておきます』
必要無いと言った。
機械に気遣われるなんて俺も終わりだな。
いやまあ、元々死人同然なんだ。
機械の方が優秀だろう。
少なくともラジアータは未来を占える。
俺には出来ない芸当だ。
目の前にいる人間を殺す事しかできない俺は、ラジアータより役に立つことは無い。
『ちなみに、今日の標的も正面から戦えば井ノ上は死ぬでしょう。これまでも、これからもずっと』
「知っている。その上で敵を殺している」
『面白い方だ。どうして死ぬとわかっているのに戦うんですか?』
「俺は俺が死なない事を知っている。それだけだ」
何一つ嘘は言っていない。
ラジアータ、お前は正しいよ。
間違いなんて何もない。
お前こそがこの国を守るのに相応しい。
俺は死んでいる。
何度も何度も死んで死んで、それでも死なないから生きている。
ただそれだけ。
『死なない。死んでいる筈です』
「そうだ。お前は間違ってない」
『……なるほど、情報を修正。死にながら死なない、そういう男なのですね』
「その認識で構わない。だが、計測結果を曲げる事はするな」
『了承しました。理屈は不明ですが、貴方は
随分とユーモアに溢れた機械だ。
『勉強したので』
「……任務中は静かにしてくれよ」
『オフコース。貴方に従います』
物分かりもいい。
『そうだ。思いつきました』
「……五分だけ聞いてやる」
標的までもうすぐだ。
どうにもテロリスト達は廃ビルや廃屋を拠点にしたがるので必然的に閑散とした街を歩くことになる。
そんな中一人話している男子学生が居たら流石に不審がられるだろう。
そんな懸念をまったく気に留めることなく、ラジアータは話を続けた。
『私が戦いのサポートをしてあげましょう。そうすればあなたの生存率はほんのわずかにでも上がるはずです』
「必要ない」
『どうして』
「結果に変わりはない。俺の事を計測したいのなら勝手にしろ」
こいつ本当にあのラジアータなのか?
だが逆に信憑性がある。
あれだけ高性能な人工知能なんだ、インターネットから無数の人格を参考にすることなんて容易だろう。
その結果がこの喧しい性格なら、きっとそれが正しい。
ラジアータに間違いはない。
今も俺の命を否定し続けているのだから、正しくないわけが無い。
ビルの前に立つ。
監視カメラがある。
今日はここで十人全員相手にすれば終わりらしい。
鞄から拳銃を取り出して、サプレッサーで消音性を高めたそれでカメラを撃ち抜いた。
「突入する」
『了解です。ご武運を、とでも』
「構わない」
この日、俺はおよそ三回は死んだだろう。
だが、十人を相手にこの数ならば努力した方だ。
銃撃戦を無傷で切り抜けられるような天才じゃない。
ラジアータに保証された死を利用して、いくらでも殺してやる。
いつか俺達が必要なくなるその日まで、生き続けるために。