「──ありがとうございました〜!」
元気よくブンブンと手を振る女性店員にこちらも手を振り返しつつ、ラジアータを呼び出す。
「……これで構わないか」
『──ええ。多少コミュニケーションが淡白でしたが、及第点です』
一体何を企んでいるのか。
その企みを看破できる存在は現状この世界に存在しないし、止めようというつもりもない。
ラジアータは決して護国を裏切らない。
それだけはわかっている。
だから十分だ。
『今後も定期的に行ってもらいます』
「……本気か?」
『
ため息を吐く。
確かにあの店は居心地が良かった。
だが、それとこれとは話が別だ。
『任務の時刻を日中に設定すれば夕方、学校から帰宅している学生を装っていくことが出来るでしょう。貴方の全てを私が握っていることをお忘れですか?』
「逆らうつもりはない。少し辟易しただけだ」
『休息が足りないようですね。もう一度行きますか?』
「勘弁してくれ」
揶揄うような口調だ。
機械如きに手玉に取られて誠に遺憾ではあるが、俺に逆らう権利はない。
……だが。
そこまで悪い気分でもない。
俺が、俺たちリリベルが守っている日常は、あれだ。
それを自覚すると、少しばかり気が晴れたようだった。
俺たちの犠牲はああして還元されている。
それをしっかりと噛み締めて任務に臨むことができる。
それだけで、あの珈琲一杯分の価値はあっただろう。
『最中に珈琲。食べ合わせはどうでしたか』
「……悪くなかったさ」
そうして過ごし始めて数ヶ月が過ぎた。
一週間に一度の頻度で入店するが、その度に彼女はいた。
いつも通りカウンターに座って、店主──着物に身を包んだ男性がそうだった──からメニューを受け取り、ブレンドを頼む。珈琲を味わい始めたら手持ち無沙汰になったであろう彼女が話しかけてきて、結局来店している時間ずっと彼女と話している。
名前は錦木。
錦木千束と言うらしい。
彼女はとても感情豊かで、表現力が優れていて、感性も富んでいる。
表の社会で真っ当に成長した年頃の少女はこんなものなのかもしれない。
「井ノ上さーんっ! これ考えた新メニューなんですけどどうですか!?」
「……見た目が汚い」
「ひっど!!」
面白い子だ。
人との距離感がどこか崩れているような親しみやすさを持っていて、それでいて踏み込まない方がいいと思ったところは踏み止まる。
とても気遣いが上手だ。
「家近いんですか?」
「あー……そうだ、遠くはないよ」
「……そうなんだっ」
明らかにはぐらかしたことについても深く聞くことはなかった。
「これめっちゃ美味しくないですか!?」
「飲めと?」
「もち!」
「……不味くはない」
「えぇー!? 美味しいじゃん、ねー先生!」
「……千束、彼が困っている。やめなさい」
差し出されたスタバの新作、とやらを飲まされたのも記憶に新しい。
喫茶リコリコから離れれば心はリリベルになる。
どうやって強くなるか、敵を殺すか、仲間を守るか。
片時だって忘れたことのない怨念が脳のどこかに響いて、現を抜かすなと呪いをかけてくる。
だから仕事に影響は一切出ていない。
任務の量が増えても、ラジアータの管理は完璧だった。
一ヶ月、二ヶ月と仕事を熟しているうちに少しずつ少しずつ死ななくなっていった。
本当に正真正銘の無傷で敵を殺し尽くすことも出来た。
俺は間違いなく、強くなっていった。
そして胸に抱き背負った人々も増え続けた。
俺の机が死亡者の遺品で埋まる程度には、たくさん。
「──なぁ井ノ上。お前最近調子良さそうだな」
ふと思い返していると、同室のゼンに話しかけられた。
「……そうか?」
「なんつーか……前より元気に見える、うん」
「お前が言うならそうなんだろうな」
共に過ごしている期間に関しては俺の人生で最も長い友人だ。
そいつが言うことなんだから、間違いはないだろう。
「なんかいいことあったか?」
いいこと。
いい事というより、気晴らしというか。
少しだけ悲観的な思考が和らいできたのかも、しれない。
現実があった。
俺たちリリベルが死んで、そんな俺たちリリベルを殺した犯罪者がいて。
俺の世界はそこにしかなかった。
殺し殺される畜生の世界。
殺した者も殺された者も世界から忘れ去られる、虚無しか残らない戦いだ。
だから忘れていた。
世界はそれだけじゃない。
俺たちが守り続けている社会には、明るくて眩しい場所があるんだと。
そこは決して俺たちに牙を向くこともなく、ただ日常を過ごしているだけで、俺たちには救いになるんだと。
「…………ああ」
錦木千束。
あんな少女を守るために、俺たちの命が支払われているというのなら。
それはそれで、決して悪いことではない。
寧ろ良かった。
俺たちが死にいくことに価値があったのだと、俺は胸を張れるから。
「そうだな。いいことはあった」
「…………マジで?」
「マジだ」
俺は死を振り撒くことしかできない。
人を救うのに人を殺さなければならない。
一を救うために一を犠牲にする、そういうことしかできないんだ。
リリベルとしては及第点。
人としては、欠如している。
それはわかっている。
俺はリリベルだ。
だからそれでいい。
「はえ〜〜…………良かったなぁ!」
ニコニコしながらゼンが言う。
「いやだってお前、いつ見ても人を殺すことしか考えてなかったじゃん」
「否定はしない。それは今でも変わらないからな」
「そうは見えないのがいいんだ。俺たちはリリベルだけど、それでも、相応の楽しみは享受してもバチは当たんないぜ!」
そうだな。
俺もそう思う。
楽しむためにも、人を殺さなくちゃいけない。
人を害して不幸にするような奴らを。
金のために人を不幸にするような、そんな奴らを。
「あ〜あ、俺たちもそんないい思いしてぇな〜!」
「お得意のスタバはどうした?」
「最近忙しくて行けないんだよ……」
ゼンのチームは最近忙しいそうだ。
「あっちこっち引っ張りだこ。リリベルどころかリコリスの尻拭いもしてるから、正直一週間くらい休みたいわ」
「休み…………」
そういえば、休日なんて暫く取ってない気がする。
一年、いや、二年近くか。
そもそも休みを取る理由がなかった。
そんなことをする暇があったら人を殺して、銃を撃って、強くなりたかった。
俺が働いて身を削るほど実績が積み上がっていく。
殺した数は2000を超えた。
中には日本人ではない、明らかに英語や中国語を話すマフィアもいた。
そういう連中が密かに入国し陰に潜んでいるからこそ俺たちは必要になる。
「ラジアータ」
『──はい、お呼びですか』
「……今お前なんて言った?」
ゼンの言葉は無視して、話を続ける。
「明日の予定は」
『明日は……午前に一件、下水道に逃亡したヤクザの処理です』
「追加だ。ゼンのチームの仕事を全部俺に割り振れ」
「は!? いやいやちょちょちょ、ちょっと待て!」
『────…………内容を確認。了承しました』
俺は恵まれている。
死んでも死なない身体。
無理が効く。
無茶を通せる。
「最近、十分に休ませてもらった。たまにはお前たちも休め」
「…………色々聞きたいことはあるんだけどさぁ……」
聞くな。
答えていいものかもわからない。
ラジアータはそれきり声を出すことはなく、ただ事実として、彼らの任務を肩代わりした事実だけが残った。
「…………あ〜〜〜、仕方ねぇ! わかった、明日はゆっっっくり休ませてもらうからな!」
「ああ、そうしてくれ」
「ったくよー、大体お前はいつもそうなんだよっ! 自分で勝手に全部決めちまいやがって!」
ゼンは笑顔だった。
俺にとって、それだけで良かった。
誰かのためになれるのなら、人を殺すことしかできない俺にとっては。
『──井ノ上。明日の任務内容ですが』
「……ああ、聞くよ」
ゼンが飲み物を取りに行くと言って部屋の外に出たあと、ラジアータが話しかけてきた。
空気も読める。
本当に優れた人工知能だった。
『明日は2チーム合同での任務予定でした。片方のチームとはそのままで、ただいま通知を送っています』
「そうか。久しぶりだな」
ずっと一人で敵と戦っていたからなんだか新鮮な気持ちだ。
今度こそ全員守りきる。
誰かが倒れるより先に、俺が全て薙ぎ払う。
それだけの力はつけてきたはずだ。
『内容は、ある武装集団の排除です』
「了解した。数は?」
『……一つだけ先に言っておきます』
ラジアータは珍しく──機械の癖に感情を持っているかのような精巧さを時折見せる──何か裏があるのを匂わせるような言い方で、機械の声を調声して言う。
『この任務は私が指示したものではありません。ゆえに割り込みは可能でしたが、私はこれ以上何も手を出せないでしょう』
「……世界最強のAIなんじゃないのか?」
『それは事実です。ですが、指揮系統というものが存在します。私はDAそのものには逆らえないのです』
「つまり、この任務はDAが独自で組んだ物。お前の計算も介入も存在しないように組まれた、そういう事か」
『はい。私が介入しない、その必要があると上層部は判断しました』
わざわざこんなことをこれまで言ったことは一度もない。
つまり何かがある。
ラジアータの計算で導き出されているが、決して逆らえない何かが。
たっぷり二十秒ほど無言の間の後に、ラジアータは特有の音声で話を続けた。
『私の計算では、貴方は──いえ。貴方も含めたリリベルは、そこで全滅します』
「……相手は?」
『ある武装集団です』
相手を伝える権限はない。
結果を伝える権限はある。
DA、つまり最上位の指揮系統によって組まれた任務。
俺達の敗北が決定している。
ラジアータの介入は許可されていない。
「……少し、面倒くさくなりそうだな」
だが。
失う前にゼン達の肩代わりが出来たのは、良かった。
心の底からそう思えた。