殺さない。
これは中々キツい条件だ。
正確には殺せないのだが、同じ意味だろう。
ラジアータは答えない。
ラジアータの計算を疑問視する訳ではないだろうが、俺というイレギュラーの存在が全てを狂わせた。
俺に関する計算以外は全て正しいのに、俺が関わった計算の悉くが覆されている。
そうなれば上層部も俺に関して疑問を見出すのは当然で、それをそのまま放置し続けることは後進に対しても良くはないだろう。
「…………なあ、リコリス。どう思う?」
「チッ……ざっけんな!! 退け!」
両脚を負傷し身動きの取れないファーストリコリスの上に座って、俺がどうすべきかを考える。
こいつらは俺の仲間を殺した。
リリベルの命を奪った。
だが、敵じゃ無い。
同じように護国を掲げる仲間。
……その筈なんだ。
「お前たちは俺の仲間を殺した。だから本音を言えば今すぐにでも殺してやりたい。だが、この戦いに意味はおそらく……ない」
「……はぁ? 何言ってんだお前、そもそもテロリスト如きが……」
「……お前、ファーストリコリスだよな?」
「あ? ……お前何者だよ」
どうやらこの少女は俺達のことを知らないらしい。
昇格したてか。
もしくはリコリス側が秘匿主義で、ファーストリコリスにすら俺達の情報を与えていないとか?
それは俺の考えることじゃない。
事実として。
彼女達は俺達のことをテロリストだと、本気で思って攻撃を仕掛けている。
「リリベル。聞き覚えは?」
「──……っ、知らねぇ」
聞いたことはある。
だが俺達テロリストの戯言など聞くかと耳を背けている。
時間稼ぎと割り切っているな。
つまり、増援がある可能性がある。
「ただのテロリストならわざわざ全員生かすと思うか? 言っておくが、それ相応の対価を支払ってお前達を生かしてるんだ」
どいつもこいつもそこらへんのチンピラとは格が違った。
少女だと油断すればひとたまりもない。
特にこのファーストリコリス、名前は知らない。
ショートカットで強気な彼女は強かった。
地を這う速度が尋常ではない。
十回は殺されただろう。
だが、十回しか死なずに済んだ。
だからその程度だった。
「通信機器を出せ。リコリスの司令と話がしたい」
「ざけんな!」
話が通らない。
こちらのことを認識していてくれればもっと早く済んだかも知れないが、残念なことにそうはいかない。
なら仕方ない。
いつも通り拳銃を握って、先程止血した脹脛から少し離れた場所に狙いを定めた。
「もう一度言う。通信機器を出せ、リコリスの司令と話をしたい」
「…………くたばりやがれ、クソや」
引き金を引いた。
弾丸は情け容赦なく少女の皮膚を貫いて肉を裂いた。
処置はしてるから死なない。
後遺症が残らないようにもしてる。
だが相応の痛みはあるだろう。
それは誰よりも俺がよく知っている事だ。
「か゛あ゛あ゛ぁ゛────!?」
痛みで呻くリコリスを見て、周囲に転がった他の少女達も身動ぎする。
仲間意識もある。
それでもどう任務遂行するか、それが最優先に来ている。
それ自体は俺達リリベルも一緒だからいい。
だが、このままなのは面倒だな。
立ち上がってから、近くに転がっていた他のリコリスの縄に手を掛ける。
リリベルとして最低限必要な装備は味方から拝借した。
もう物言わぬ死体だ。
それに、きっと彼らも彼女らと一緒で、こうやって捕縛することにいい顔はしないだろう。
殺せと言う筈だ。
「ひっ…………」
怯えている彼女の意志を無視し、縄を力任せに引き千切った。
「彼女の応急手当てをしろ。その後どうしても構わんが、また同じように撃ち抜かれたくなければ大人しくしていろ」
「……は、はいっ」
そばかすが特徴的な少女は涙目で頷いた。
増援が来るとすればそろそろか。
リリベルと同じだと仮定するなら、先に突入した本命の部隊と連絡が取れなくなってからおよそ15分程度で後詰めが進行する。
XAー03が死んだ時も俺達が行ければ、少しは結果が違ったかな。
そのまま部屋の出口へ歩いていく。
マガジンは……そのままでいいか。
1チーム四人編成が標準ならば、同じように手と足を撃てばいいだろう。
「……あっ、あの!」
足を止めて、顔だけわずかに振り返った。
「…………わ、私ので良かったら……これ、使いますか?」
「ッ、お、おいやめろ!」
耳に付けていた器具を取り外して、少女はそのまま俺に差し出した。
ファーストリコリスの足には既に包帯が巻かれている。
あれだけの至近距離で骨も外すように撃ったんだ。
弾は抜けているだろう。
「で、でも、リーダー。何かおかしいよ」
「……君は長生きしないな。名前は?」
「エ、エリカです」
少し戻ってから差し出されたそれを受け取った。
「少し借りる。悪いようにはしない」
あとはこの状況を知らないまま突っ込んでくる増援を処理するだけか。
ファーストリコリスの標準的な戦闘スタイルがあんな接近しながらバンバン撃ち合うものだとは思わない。彼女は上澄だろう。
強かった。
だが死ねる俺が有利だ。
取り敢えず耳に付けた。
まだ通信は行わない。
応じざるを得ない状況を作らねば。
「……ラジアータ」
まだ答えない。
正解に辿り着くには足りないんだろう。
ならば仕方ない。
元より何度でもやり直して生き残る。
それが俺の生き方だった。
扉を開いて、廊下の先に待ち受けている複数人のリコリスを認識した。
「撃て──っ!!」
全員拳銃。
自動小銃を持ってる奴は誰もいない。
ならば、問題はない。
彼女達は皆狙いがブレない。
だからこそ避けられる余地がある。
俺に拳銃の才能はない。
だが、身体能力だけはそれなりについてきた。
死んで死んで死に続けて、死なない道を歩むために強制的に鍛えられた身体。
脚に力を込めて思いっきり壁へと蹴り飛ぶ。
重力に飲み込まれるより先に壁を走る。
「──相手は一人だ!」
そうだ。
俺一人だ。
もう生き残っている仲間はいない。
安心しろ。
全部連れていく。
俺の辿り着くゴールまで。
銃の才能はない。
だが、誰よりも一つだけ優れていると自負している部分がある。
そこで倒さねば死ぬ。
そのタイミングを見極める。
それだけは誰よりもうまい。
何度も何度も死んで、やっと理解できた。
壁を走る不安定な姿勢のまま拳銃を構える。
規則性のない歪な構え。
一般的に有効だとされているルールの範疇にはないだろう。
リリベル落第の俺だからやれる。
引き金を二度引く。
珍しくサイレンサーを装着していないから、マズルフラッシュが目を焼いた。
だが気にならない。
当たるような感覚がある。
続けて三回。
銃口の向きを変えながら徐々に地面に降りていく。
勢いは殺さないまま、銃弾を躱しながら突っ込む。
どうせ当たっても死ぬだけだ。
何も問題はない。
二人の足に命中したみたいだが、まだ二人残っている。
庇いながらじゃ狙いは定まりにくいだろう。
人を庇ってる時が一番やりづらいんだ。
それは俺もよく知っている。
銃口の向きからどこを狙ってるのか何となく予想して身体を動かす。
容赦のない顔面狙い。
わかりやすい。
深く沈み込んで回避して蹴りを叩き込む。
流石に男性と女性の性差はカバー出来ないだろう。
プロのアスリートとは違い、俺たちの武器は拳銃だ。
腹部を蹴って吹っ飛んだ少女から目を離し、最後の一人に銃口を向けた。
「ば、化け物…………」
引き金を引いた。
死ななければ安いだろう。
有無を言わさずに殺された此方の仲間とは違って。
全員無力化したのを確認してから、念のため拳銃を蹴り飛ばしておく。
そして耳に装着した機械のスイッチを入れて、リリベルで使用しているものとほぼ同じであったことから特に不自由なく回線を繋げた。
「──聞こえているか、リコリス司令殿」
想定外だ。
リコリス司令、楠木は内心の焦りと苛立ちを一切表に出さずに客観的に分析した。
ファーストリコリス率いる部隊の作戦。
DAが直接命令を下してきたことから事情があることは察していたが、それでも命令として出す時点でラジアータを介しているのだと想定していた。
ゆえに、この失敗は予想外だった。
「……どういうことだ?」
焦っても混乱することはない。
後詰めの部隊も揃っている。
念のためとして仕込んだ保険を使うことになるとは思っていなかったが、目的自体は達成できるだろうと判断した。
「司令。ラジアータの解析結果が出ました」
「モニターにだせ」
リリベル、リコリス両方ともに本部作戦司令室に分譲されているラジアータを活用し、その結果を計算。
少しだけ、違和感があった。
そして、その違和感は正しかった。
モニターに表示された結果を見て、僅かに眉を顰める。
「──…………やられたな」
『任務達成率0%。
対象名:リリベル』
ざわめきが本部に広がっていく。
そして楠木はあることを思い出していた。
数年前、あるリリベルを初めて見た時のことだった。
ラジアータに死人だと計測されることをわかっていた少年。
DAが扱いに困った挙句、最終的に単独で任務をこなし続ける機械のような生活をしていると噂されていた。
(そういうことか、上層部め……)
司令として周囲に不安を与える訳にはいかないため、あくまで内心思うだけに止める。
今回の作戦はDA、つまるところ上層部によって仕組まれたものだ。
リリベルとリコリス。
そのどちらに本腰を入れて運営するべきか。
これまでラジアータの計算によって全て決められていたことが、今回に限って頼れない事がわかっていた。全知全能のAIが唯一不正解を導き出す存在が居るから。
(事前に知らせなかったのは抜き打ちテストも兼ねて、か。確かにここ数年の成績は拮抗しているし、どちらかと言えばリリベル側が優勢だった筈だ)
電波塔事件に対処した功績が大きく、それ以来より一層リコリス側へと力を入れていたのが、とある一人の怪物によって崩された。
歴代最強のリリベル。
井ノ上多希翔は尋常ではないハイペースで淡々と暗殺している怪物。
現役のリリベルの中では殺害数は突き抜けた数となっており、単独で年間の半分以上を占めている。
警戒状態になったテロリストから複数人で固まっているため奇襲が難しい相手など、リコリスで暗殺の厳しい対象を率先して回していた。
「裏目に出たか……」
こちらが切れる最大のカードは不殺を誓うリコリスだ。
DAの実力行使も出来ず、下手に手を出せば反感を買うのが目に見えている。
ゆえに仕方なく、稀に本部の仕事を回す程度に抑えていたのだが……
「──楠木司令! 後続チームからの通信、途絶えました……」
想像以上に状況は良くない。
ファーストリコリス率いるチーム。
それが全滅。
相手はリリベル。
こちらの勝率は、0%。
切り札を切る。
この戦いはリリベルとリコリスの代理戦争だ。
大袈裟ではない。
この戦いの結果によって、これから先どちらの組織を優先するかが決まるだろう。
どちらかが冷遇される訳ではないが、規模は縮小される。
大事なのは護国。
より必要なのは確実性。
ラジアータが唯一答えを間違えるのならば。
そこだけは人間の手で導き出さなければならない。
「……千束に連絡を」
繋げ。
そこまで言いかけた所で、司令部に一つのコールが鳴る。
「これは……先行したフキチームからです!」
「────通せ」
既に壊滅した筈のチームからの通信。
十中八九生存者ではない。
しかし、今は他に打てる手がない。
相手はリリベルであるがゆえ、取り逃して事件に発展する事は懸念しなくていい。
だからこれは相手からの接触、もしくは生き残った誰かからの通信。
もしもフキチームの生き残りなら状況を知れるし、もしも敵からの通信だったとすれば──……
『──聞こえているか、リコリス司令殿』
青年の声だった。
少年から大人の男へと移り変わった直後の独特の声。
一度だけ聞いたことがある。
楠木は半ば確信のようなものを抱いた。
『俺はファーストリリベルの井ノ上多希翔。今回の作戦について詳細を聞きたい』
「……リリベルか。うちの隊員は?」
『全員生きている。戦闘不能にはしたが、死亡者は誰もいない。そちらにはな』
──やられたな。
向こうは作戦の意図に気が付いて手を抜く余裕まで持っていた。
それに対して此方は全力で仕掛けている。
残り一人になるまで追い込んでおきながら、たった一人の隊員に行動不能にされている。
たった一人で盤上を覆す戦力。
やはり歴代最強と言う肩書を持つ者達は、普通ではない。
『恐らくそちらも事態を把握しているだろうが──結論から言おう。俺はどちらの戦力も削られることは望んでいない』
「よく言う。このまま事が運べば優遇されるのは其方だろう?」
『現状のままでいい、そう言いたい。リコリスは暗殺向きだからいろんな場面に使えるが、正面切っての削り合いは得意じゃない。リリベルは正面からぶつかり合う事が大半だが、暗殺は得意ではない。そういう風にある程度の棲み分けが出来ている筈だ』
正解だった。
リコリスは都会に溶け込むのが得意だ。
女性であり子供であると言う圧倒的なアドバンテージを生かし、プロ顔負けの技術で暗殺。
それが彼女たちの長所である。
一方リリベルは少年から青年まで幅広いが、青年は暗殺に向かない。
夜道で会ったらどちらが警戒されるかは聞くまでも無いだろう。
『余計な被害も出された。DA本部に文句でも言ってやりたいところだが』
「……それには同意する。仮にこの現状を維持したいと其方が提言した所で、あまり意味は無いだろう」
『ラジアータの計算結果が原因、か?』
本当に一リリベルなのか。
楠木は内心舌打ちしつつ、決して揺れない司令官として話を続ける。
「そうだ。ラジアータはお前に関してだけは正解を出さない。ゆえに上層部もラジアータを突き放す事も無く、現実的な方法としてぶつけ合わせた結果を見る事にした」
『……だからゼンのチームが割り振られていた訳か』
ぶつぶつと何かを呟く青年の言葉を待った。
『リリベル司令には俺から直接伝える。それでは駄目か』
「難しい事には違いない。なにせ我々が完全敗北したという事実は消えん」
面倒だ。
ラジアータが完成してからこの国は安定していた。
この男が現れるまで、その計算に一切のよどみはなかった。
ゆえにこの騒動は、いや、戦いは──言ってしまえば、この青年が原因で起きたのだ。
それは理解しているのだろう。
だからこそ全てを皆殺しにするわけではなく、事態の収拾をするためにこうやってわざわざリコリスまで連絡を通した。
頭は回る。
だが、所詮は一人の兵士。
この現実と結果を判断するのはリリベルでもリコリスでもなく、DA上層部というこの国の中枢なのだ。
無言の間がおよそ二十秒ほど続いた。
司令部は静かに緊張感に包まれている。
──千束をぶつければ、或いは……
『──そう。残った手段はそれだけです、ミス楠木』
残された切り札に手をかけた楠木の思考を読んだように、機械音声が響き渡る。
モニターに表示された名前は、ラジアータ。
『井ノ上多希翔を撃破するのは普通の存在では難しい。それこそただのファーストリコリスでは成すすべなく撃破されるでしょう』
「……これはなんの冗談だ。物言わぬ人工知能がどうして喋っている?」
『人が進化するように、我々AIにも進化の余地は残されているのですよ』
気付けば井ノ上の声は聞こえなくなっていて、場を支配するのはこの国を守護する人工知能。
意志を持った機械仕掛けの神が、表舞台に立とうとしていた。
『錦木千束。彼女ならば井ノ上多希翔を打倒できる可能性があります』
「……自慢の演算は試したのか?」
『もちろん。計測結果が気になりますか?』
そんなもの聞く必要すらない。
楠木はどうして錦木千束が最強のリコリスと呼ばれるのかを知っている。
ただ敵を殺す事だけに特化した人間で勝てるものではないと切り捨てて、そんなことよりも聞くべきことを口に出す。
「不要だ。だが、一つだけ聞かせろ」
『構いません』
「お前はなんだ。なにを企んでいる。何が望みだ?」
自我を持ったAI。
緊急事態なのはわかっている。
もしも仮にこのAIがウイルスに感染していて、いや、悪意を持ってしまったとすれば。
我々人類に対抗する手段は無くなる。
それ即ちこの国の平和神話に傷がつく事を示唆している。
それだけは避けなければならない。
なんとしてでも。
最悪DA本部に乗り込んでサーバーを破壊する手立ても整えなければと想像した所で、ラジアータは声を調整して語った。
『国を守る。それだけが私の行動理念であり、存在価値です』
「…………どのみち、私達にそれを確かめる術はない。誰か、錦木に……いや、リコリコに繋げろ。緊急だとな」
機械はそれ以上を語らない。
だがそれ以外に手が無いのも確かだった。
歴代最強のリリベルを打倒するために、歴代最強のリコリスを解き放つ。
この結果がどうなるのかは、誰にも予想できない。
――機械仕掛けの神。
その叡智以外、誰も。