まとめて返すので気にしないでください><
通信が少しの間だけ途絶していたが、それはすぐに復旧した。
言いたいことは言った。
俺にできるだけの手も打った。
これでどうしようもできないと言われればもう、俺にできることは無い。
DAは悪意を持って今回の作戦を行った訳ではないのだから。
これは国を守るため必要だった戦いだ。
これは、俺の所為で起きた戦いだった。
俺が存在しなければ起きなかった戦いだった。
『──聞こえているか、ファーストリリベル』
「……ああ、聞こえている」
俺達の通信内容はリコリスにも聞こえている。
通信しながら縄は解いてやったし、俺に警戒を抱きつつも手は出してこない。
別にぶん殴られても自殺するから構わないが……
『こちらの結論を言おう。これからこちらが切れる最大のカードを出す』
最大のカード。
DAに提出するようなものではない。
『これから一人のリコリスを向かわせる。どうすればいいかは、わかるな?』
殺し合いか。
空になったマガジンを捨ててリロードする。
いつでも次弾を発射できるように準備しつつ、リコリスの司令に答える。
「了解した。では、そういうことで」
通信機を取り外して、少女に投げ返す。
止められなかったか……
結局のところ、殺し合いをするしかなかった。
悪いのは俺だ。
俺が存在したからこんな回りくどい手を打つ羽目になった。
さっさと死んでいれば、もっと違う未来だったのかもしれない。
「……どれもこれも、今更だ」
リコリスに目線を向ける。
互いを庇い合いながらここから脱出するらしい。
血痕や銃弾は残っているが、どうせこの後ここは隠蔽処理がなされる。
何も問題はない。
すれ違った際に赤服のリコリスに睨みつけられた。
彼女は強かった。
だが、相手を殺す以上俺には勝てない。
俺よりも何倍も強くても、俺を殺そうとする限り。
ラジアータ。
お前は今も答えない。
一体何を導き出して、俺達に何を求めている。
携帯端末は沈黙を保ったまま。
俺にできる事は……
「……殺す事だけだ。これまでも、これからも」
待ち続ける事およそ二十分。
廃工場は狭くない。
大きな作業場と事務所、そこから倉庫に繋がる通路。
現在視点は倉庫だ。
リコリスを捕まえて転がしていたのも倉庫。
持ち物を確認してから、わざわざ俺と戦うために送り込まれてくるリコリスに備えて作業場まで歩いていく。
俺にラジアータは答えない。
だが、リコリス側に答えてないとは限らない。
あいつは護国の人工知能だ。
この国を守るために生まれた存在。
裏で何を考えていようと、俺はアイツを盲信すると決めた。
俺には予測できない未来を提示する唯一の存在。
俺の死を計算に含める事が出来る、唯一の存在。
俺の全てを賭けてでも、あいつに付き従うと決めた。
それが最も効率的だ。
俺の背負った全ての人々を、未来に連れていくために。
真っ暗な廃工場の中、機材も何もかもが撤去された空間。
開けた場所だ。
狙撃でもされれば一瞬で死ぬ。
だが俺は死んでも死なない。
この戦いは、正面からぶつかり合って勝敗を決める事に意味がある。
ここで俺が負ければ。
リリベルは意味を失うかもしれない。
これまで俺の殺して来た人達の意味。
これまで俺の周りで死んで来た人達の意味。
存在を保証されていない俺達が、唯一の親にすら見捨てられればどうなるか。
どこにも居場所はない。
この国にも、この世界にも。
それはリコリスも同じだ。
……だが。
俺はリコリスまで背負ってやることは出来ない。
あいつらは俺の仲間を殺した。
胸の内に仕舞った彼らのタグ。
二度と日の目を見る事はないだろう。
恨みではない。
だが、思う事はある。
お前たちが少しでも耳を傾けてくれれば、彼らは死なずに済んだのかもしれないのに。
頭が少し痛い。
ギィ……と言う金属の擦れる音と共に、工場の入り口が開かれる。
すっかり錆びた特有の金属音。
人によっては耳を塞ぎたくなるような不快感だ。
拳銃を握り直して、慣れて来た夜目を生かして先手を取ろうとして。
「もしもーし、誰かいますか~?」
────……聞き覚えのある声。
聞こえる筈の無い声。
ここに来るはずの無い、声。
「暗っ」
明るくて。
どこか距離感がおかしくて。
人の愛情を受けて育ったと、誰が見ても思えるような少女で。
赤い髪飾りを、金色がかった白髪に留めている、赤い目の……
俺が唯一。
背負っていないが覚えている、リリベル以外の人。
「…………ラジアータ」
『──お呼びですか?』
俺の絞り出した声に、ラジアータは軽く答えた。
この声は専用イヤホンを介しているから、おそらく彼女には聞こえていないだろう。
「…………お前は……」
言葉が上手く出ない。
こうなると、わかっていて。
こうなることを知っていて、お前は……
未来に繋がる。
俺と彼女が知り合いであったという事実が、どう未来に繋がる。
殺し合いの果てに何が生まれる。
それの何が国にとって有益になる。
だが、俺が負けてはリリベルが……
その時、電気が付いた。
「うっわ、眩しー……な……」
急激な範囲に目を顰めながら、声の元へと視線を向ける。
赤い制服。
ファーストリコリスのモノだ。
ぼんやりと見えるその色は見間違える筈も無く、先程撤退していった彼女らと同じで間違いない。
まだ目は良く見えない。
「…………あ、あははっ。いや、うん。まさかまさかだよねー」
取り繕う声。
錦木千束。
ファーストリコリス。
ああ、少しだけ思い出した。
いつぞやの東京駅で一目見たファーストリコリスも、確かに彼女に似ていたような気がする。
そうか。
君はリコリスだったんだな。
わざわざ俺とぶつけられるような、強いリコリス。
銃口を突き付けた。
「ぇあっ……」
目が慣れて来た。
彼女には珍しい、引き攣った顔だ。
人に拳銃を向けられるのは初めてじゃないだろう。
彼女の右手に握られた拳銃が、その事実を如実に表している。
「…………錦木千束」
「っ……や、やだなーもー! 井ノ上さん、私達がここでいがみ合ったところでなにも──」
引き金を引いた。
狙いは彼女の、脳天。
頭が痛い。
胸のどこかが軋んでいる。
引き金が重たく感じた。
千束には当たらなかった。
「──…………なぜだ……」
続けて二発、三発、四発。
マガジンが空になるまで引き金を引き続けた。
狙いはどれもブレてない。
リリベル落第の俺でも十分にあてれる距離で、全く問題がない筈だった。
その全てが、彼女の身体をすり抜けるように躱される。
硝煙を上げ、カチッカチッと特有の弾切れ音を発する拳銃をゆっくりと下げて、俯いた状態の千束へと視線を向けた。
「…………ねえ、井ノ上さん」
冷静に。
落ち着いてリロードをした。
空のマガジンが地面に落ちる。
プラスチックがカタンと音を立てた。
「どうしても、殺し合わなくちゃだめ?」
そうだ。
どうしても、俺達は殺し合わなくちゃいけない。
この国の未来を救うためにも、俺達リリベルの犠牲を無駄にしないためにも、俺達が殺し続けた人たちの存在を無にしないためにも。
これはリリベルとリコリスの代理戦争だ。
俺達は組織を背負っている。
これから先、仲間の命を握っていると言ってもいい。
勝っても駄目。
だが負けても駄目。
どうすればいい。
ラジアータ、俺は一体、どうすればいいんだ。
「──そうだ。俺達はここで、互いの全てを賭けて、殺し合う」
「…………リコリコに来た理由は?」
「命令だった。喫茶リコリコに定期的に行けと」
千束は顔を俯かせたままだ。
近づくか。
銃弾を躱せる原理がわからない。
俺と同じ?
いや、そんな訳はない。
こんな変な力を持った人間が複数いるなんて思いたくもない。
「…………全部わかってて、近付いてきたの?」
…………それは違う。
命じられたまま近付いた。
千束は明るくて元気で、優しい少女だと思った。
殺すつもりで近づいた訳じゃない。
それでも、千束のことは決して嫌いじゃなかった。
そう言い訳をしたくなる気持ちが喉元までせりあがって、それら全てを飲み込んで。
「そうだ」
肯定する他ない。
俺は決めた。
リリベルを全て背負うと。
リリベルの全てがここで決まるとしても、俺は足掻くと。
たとえ世界の全てが敵に回っても、俺はお前たちを一人残さず忘れないと。
「たとえ
「――――……じゃあさ、井ノ上さん」
彼女が銃口を向けた。
避けられるか。
不可能ではない。
此方も同時に打てば狙いは逸らせるだろう。
先程のは偶然じゃない。
狙って躱せるのは確実だ。
「わざわざそんな風に言う必要ないよね?」
――――…………。
「黙って撃てばいいのにそうやって言うのは……なんで?」
「……さてな。どうしてだろう」
「リコリコのことは嫌い?」
「いいや。決して嫌いじゃなかった」
「それじゃあそれでいいじゃん! 確かにリリベルとリコリスかもしれないけど、私達が殺し合わないといけない理由は無いでしょ?」
眩しかった。
あまりにも眩しい。
それを言えるのか。
それを言えてしまうのか。
リコリスなのに、この戦いに異議を出せる。
異質だ。
だが、それはいい事だ。
人並みの生活をしり、人を殺す事よりも大切な事がある事を知っている千束だからこそ言えるんだ。
「そうだな。俺もそれは否定しないよ」
「だったら――!」
千束はいい奴なんだ。
人を思いやれて、優しくて、嫌いな事より好きな事を考えていられる子だろう。
傷つける事より仲良くなることを楽しみたい。
素敵じゃないか。
「――……で、それがどうした?」
「……えっ……」
「千束との積み重ねよりも重たいものがある。俺の背中にはこれまで殺して来た2000人、これまで死んで来た仲間達100人、俺を犠牲にし続けた幾千の時間がある」
今更止まる訳にはいかないんだ。
錦木千束。
君はいい奴だ。
未来がある。
この国に必要だ。
だが、それはこれまでの過去を帳消しにするほどではない。
少なくとも俺にとって、XA-03の死から始まったこの荷物は、俺が辿り着くゴールまで下ろせないものなんだ。
そしてここはゴールじゃない。
「俺を止めたいのなら、千束」
瞳を僅かに揺らす千束に向かって歩みを進める。
引き金は引かれない。
俺を見上げる形で銃口を向け続ける彼女は、ひどく小さく見えた。
そしてその拳銃を、彼女の手の上から包み込むように、左手で掴んで――俺の心臓へと向けた。
「――俺を殺すんだ。それ以外に方法はない」