リリベループ   作:恒例行事

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part.18

 

 強い衝撃。

 胸のあたりを強く打ったような感触。

 コンクリートに叩きつけられた時、これと似たような感じで、息が詰まった。

 

「──井ノ上さっ」

 

 痛い。 

 だが死んでない。

 なぜ死んでない。

 血が出てない。

 綺麗に抜けすぎた? 

 好都合だ。

 ならばまだ戦える。

 一歩でも先に進むためには。

 死んででも戦い続ける必要がある。

 俺にはそれしかないのだから。

 

 至近距離で千束に銃口を向けた。

 

 狙いは外さない。

 先程とは違う、銃口と鼻先が触れ合うような距離だ。

 この距離ならば、外さない。

 

 引き金を、引いた。

 

「────なっ」

 

 しかし。

 絶対に当たると確信していた一撃は当たらず。

 千束は首を捻って回避した後に、くるりと回転しながら蹴りを放ってきた。

 

 動揺した。

 反応が遅れる。

 咄嗟に左腕を差し込んだが、向きが悪かったのか変な方向に捻じ曲がってしまった。

 折れた。

 痛いから嫌いだ。

 

「っ、う……!」

 

 俺の声ではない。

 千束の声だ。

 俺は一撃も彼女に与えられてない。

 それなのに、僅かに苦しそうな声が漏れた。

 

 銃口が俺の顔を捉える。

 

 躱せない。

 左腕を無理矢理動かして距離を取ろうとしたが、遅かった。

 

 額に激痛が奔る。

 ああ、だが、これは。

 死んでない。

 いや、死なない。

 鮮血のような粉末が視界一杯に広がる。

 

 痛い。

 だがこの痛みの残り方は、死なないんだ。

 

 反動を受けながら、今度は腹部を狙って銃口を差し向けた。

 

「こ、のっ────!!」

 

 バカな。

 銃口を向けられてるのにどうして突っ込んでくる。

 死にたいのか。

 咄嗟に引き金を引いたが、当たらない。

 軌道が読めているかのように彼女は弾をすり抜ける。

 どうなっている。

 なにが起きている。

 どうして千束は弾を躱せる。

 

 わからない。

 

 連続して彼女が引き金を引いた。

 彼岸華のような赤色が咲く。

 痛いが、本当に痛いだけなんだ。

 致命傷にはなり得ない。

 千束の銃では人は殺せない。

 一般人ならともかく、幾度となく死に続けた俺の事は。

 

 右足で踏み止まって、千束を睨みつける。

 

 彼女は銃を向けていた。

 

「…………不殺か」

 

 千束らしい。

 痛みは残るし骨も折れているかもしれないが、この程度では俺は死ねない。

 血も出ない。

 肉も貫けない。

 この程度では、今更死ねないんだ。

 

「一つ聞いてもいいか」

 

 千束は答えなかった。

 だがその視線は俺をしっかりと捉えている。

 

「どうして敵を殺さないんだ?」

「……私、人が死ぬの嫌い」

「……それだけか?」

「文句ある?」

「いいや、ない」

 

 銃口を向けた。

 俺の側頭部に。

 

「────……え」

 

 目を丸くして固まる千束を無視して、引き金を引く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 錦木千束は弾丸を躱せる。

 これは間違いない。

 どういう手品か不明だが、とにかく弾を躱してしまう。

 

 だが人を殺せない。

 不殺を貫いているらしい。

 なんとも羨ましい事だ。

 俺は人を殺さなくちゃ自分の命すら保証できないと言うのに。

 

「……どうした?」

 

 千束の手を優しく握ったまま、銃口は俺の心臓に向けている。

 

 だがそこから出てくる弾は非殺傷弾だ。

 俺の命は奪えない。

 もうそれはわかった。

 だからもう、弾を避けるなんて事は考えなくていい。

 

「撃てよ、千束」

 

 手を掴んだ。

 先程は当たり所が悪くて腕を折ったが、あれはかなりの不運が重なっていた。

 普通に力比べすれば負けるわけが無い。

 

 人が死ぬのが嫌い。

 そう思える事が羨ましい。

 そんな当たり前のことを堂々と言える強さがある千束が羨ましい。

 俺だって嫌だ。

 仲間が死ぬのは最悪な気分だ。

 昨日まで一緒に話していた友人が物言わぬ死体になるのが心地いいわけが無い。

 いつだって心を虚無と喪失感に襲われている。

 

「──……撃て」

 

 千束の手に赤い痣が残るくらいに、ギリギリと手に力を籠める。

 

 なんで撃たないんだ。

 俺の弾はお前に当たらない。

 これまで数多の命を吸い続けた愛銃じゃ、たぶん君を殺せない。

 だからこうやって、殺すしかない。

 肉を打って、骨を砕いて、直接死に至らしめるしか────

 

「撃てよ、リコリス!!」

 

 そして強い衝撃が胸を貫く。

 痛い。

 胸の中がぐちゃぐちゃにかき回されたような痛み。

 息が乱れで過呼吸になるような、そんな痛みだ。

 だが、やっぱり、さっきと変わらない。

 彼女の銃は不殺を誓っている。

 血を吸うことは無い。

 俺の命を奪う事にはならない。

 

 痛みを堪えるのは得意だ。

 左足で踏ん張って、そのまま千束の身体を引き寄せた。

 

「ショートカットのファーストリコリスに覚えはあるか?」

 

 耳元で囁く。

 ぶるりと身体を震わせた千束の反応から、ああ、そうかと悟る。

 

「死んだよ。一人残さず」

 

 これは君の地雷になり得るのか。

 俺を殺してくれるか。

 俺の事を、嫌いになってくれるか? 

 

 リリベルは仲間だ。

 この国を守る同士で、兄弟でもある。

 DAという国に拾われて存在しない人間として育てられて、死んでも問題ない命として扱われている。

 それに不満はない。

 

 それでも守りたい。

 その気持ちは強い。

 リリベルを衰退させるわけにはいかない。

 たとえこの戦いが、俺が原因で起きていたとしても。

 それはリコリスも同じだ。

 リコリスも勝たなくちゃいけない。

 本気で戦い合うしかない。

 

 俺の言葉を聞いて、千束は俺の顔を見た。

 

 強い瞳だった。

 俺のように、何もかも諦めた末に妥協を選んでいる訳じゃない。

 この子は強い子だ。

 自分の意思を貫き通す強さを持っている。

 

「…………それでも」

 

 歯を強く喰いしばりながら、鼻が触れ合うような距離感で俺の事を睨みつけて叫ぶ。

 

「それでも、死なせてあげないから」

「……そうか」

 

 千束の眼前に銃口を向けて、なんの躊躇いも無く引き金を引いた。

 

 左半身は俺が抑えてる、右手に拳銃を握っている。

 自由に動けない状況は作った。

 もう躱せないだろう。

 この距離ですら躱せるのなら、この手で息の根を止めるしか無くなる。

 それはどうしてか、嫌だった。

 

 目の前で下りた撃鉄を、首の一捻りで避ける。

 

 ──化け物め。

 

 俺のような紛い物じゃない。

 正真正銘、本物の強者。

 見てから弾丸を躱せる怪物。

 それが、彼女──歴代最強のリコリスの正体か。

 

 右手に持った拳銃で俺のこめかみを全力でぶん殴りに来る。

 

 視界が揺れた。

 一瞬意識が揺らいで、すぐに立ち直ろうとするが、平衡感覚が崩れていて上手く立てない。

 地面に座り込んで、目の前に突きつけられた銃口越しに千束の目を見る。

 

 引き金を引かれた。

 

 一発、二発三発四発。

 容赦のない射撃だ。

 普通なら痛みで動けなくなってるだろうし、あばら骨が数本折れている。

 けど。

 この程度じゃ死なない。

 

 どうするか。

 彼女を殺すには直接手で触れなければならない。

 首の骨を折るのが最も早い。

 次点で呼吸困難に陥らせて殺す。

 考えるだけで嫌になる。

 彼女はリリベルじゃない。

 ああ、だが、千束はいい奴なんだ。

 あんな挑発をした俺のことも殺さないと断言できる、高潔な精神の持ち主。

 同じリリベルとリコリス、ただそれが違うだけで、仲間なんだ。

 

 仰向けで寝っ転がったまま天井を眺める。

 

 千束は肩で息をしながら俺に銃口を向けたままだった。

 

「…………なぁっ、井ノ上さん」

 

 耳だけ傾ける。

 視線は天井を見たままだ。

 

「今、いくらでも私の事殺せただろっ!」

 

 その通りだ。

 殺したくない。

 錦木千束はいい奴なんだ。

 あんな風に最低なことを言った俺も殺さないような優しさを持っていて。

 敵の事も殺さない。

 俺のように殺す事しかできない存在とは違って。

 

 ラジアータ。

 お前はリリベルを不要だと考えたのか。

 俺には、お前が何を考えているのか、わからない。

 

 俺には錦木千束は殺せない。

 殺せないよ。

 だって千束はリコリスで、敵の事も殺すしかない俺と違って、敵を生かして、それでいて世界の闇を知っていて。

 

 俺は、そんないい奴らを殺して生き延びて来た。

 

 これまではそれが正義だった。

 彼女を殺す事が正義だとは、思えない。

 

「…………そうかもな」

 

 拳銃をゆっくりと側頭部に向けようとして、腕を撃ち抜かれた。

 

 一発では離さなかったから、続けて近付きながら何度も撃たれた。

 地面に叩きつけられまくって、多分、骨が折れた。

 かきむしりたい位痛いけど、そうする気も出ない。

 

「っ……なんで、なんで死のうとするのさ!」

 

 虚しく転がって行った愛銃を目で追って、取りに行くことも諦めた。

 

 俺は確かに一度自殺した筈だ。 

 それなのに彼女は、俺の自殺に気が付いた。

 なぜだろう。

 まあ、どうでもいいか。

 

 ダイチを殺した時は迷ったが、躊躇いは無かった。

 だってラジアータが保証してたんだ。

 ダイチを殺さないと未来で良くない事がおこるって。

 だから殺したんだ。

 気のいい奴で、仲間の事を大事に思っていて、あと一年でリリベル引退を迎えてそれなりの自由を謳歌できた筈のリーダーを。

 

 リュウの死も諦めるしかなかった。

 どれだけ頑張ってもアイツは死んでしまった。

 殺人犯にぐちゃぐちゃに崩された遺体より、首筋を一突きされて静かに死ねている方が幸せだと思ったんだ。

 俺は強くないから。

 決して何もかもを解決できる、機械仕掛けの神じゃないから。

 

 千束に弾は当たらない。

 殺す気で撃ってた。 

 でも当たらない。

 だから、俺に殺せる理由はない。

 彼女は殺さなくてもいい。

 ここで俺が死ねば、彼女は俺の事を背負ってくれるだろうか。

 

 でも死ねない。

 死んでも巻き戻る。

 死にたい。

 ここで死ねれば、俺は何よりも幸せに終われたかもしれないのに。

 

 でも、俺がここで死んでは。

 俺を信じて殺されたダイチが、リュウが、XA-03が報われない。

 ラジアータ。

 俺はどうすればいい。

 俺にどうしてほしいんだ。

 俺はお前がいなくちゃダメなんだ。

 俺一人では何もできない。

 お前が俺を生かしてくれないと。

 俺は一人じゃ生きていくことすら出来ない。

 

 お前が俺を生かしてるんだろうが。

 

「────私を見て、井ノ上多希翔」

 

 馬乗りになった千束に胸倉を掴まれる。

 

 赤い瞳が俺を見ている。

 機械のものじゃない。

 生きている人の目だ。

 

 でも、俺が求めてるのは。

 俺を導いてくれるのは、ラジアータだ。

 

「……リリベルが、大切なんだよ…………」

 

 だから負けるわけにはいかない。

 錦木千束を殺してでも、俺達の未来を掴み取らなくちゃ、何もかも無意味になっちまうんだ。

 

 でも。

 この子を殺す事が正しいかわからない。

 誰も未来を保証していない。

 千束を殺す事で未来が良くなるとは俺には思えない。

 何が正しいのかわからない。

 俺にはなにも、わからない。

 

「でも千束は、千束のことは、殺したくないんだ。きっとそれは、正しい事じゃないから」

 

 これまで散々殺せと命じて来たくせに。

 なんで今になってこんなことをやらせるんだ。

 

「俺は…………どうすればいいんだ」

 

 これまで殺して来た二千人以上。

 俺の背中に背負われたままの仲間達。

 この国の未来に連れて行くと約束したダイチ。

 ラジアータは答えを出さない。

 

「…………殺す事しか、出来ないのに……」

「────そんなことない」

 

 暖かい。

 激痛が走る右腕と、全身に残る蝕み。

 それら全てを包み込むように、千束は俺の身体をゆっくりと抱きしめて、耳元に口を寄せてきた。

 

「そんなことないよ、井ノ上さん。貴方はそれ以外を知らないだけだもん」

「……これしかないんだよ。俺には、引き金を引くことしか」

「──ね、これ、伝わる?」

 

 千束は静かに胸と胸を合わせた。

 年下の美少女に抱きつかれて身体を押し付けられているというある種夢のような事態に陥りつつ、千束が何を言いたいのかを察するために、彼女の鼓動に集中して。

 

 鼓動は、伝わらない。

 

「……なんで。君は」

「私ね、生まれ付き心臓が弱くてさ。子供の頃からリコリスとして優秀だったんだけど──あ、本当の事だから。嘘じゃないから」

「……それはそうだろうな」

 

 殺すのを躊躇ったとはいえ完膚なきまでにボコボコにされている。

 舌を噛み切れば時間をかけて自殺できるが、今はそれよりも、千束と話していたかった。

 

「でね。ある時、模擬戦中に心臓に負荷かかりすぎて倒れて。もう激しい運動はできない上に死ぬかもしれないって、それくらい限界で」

「心臓は、どうしたんだ?」

「……人工心臓。顔も覚えてない誰かに、私は命を救われた」

 

 人工心臓。

 機械の心臓。

 彼女の異常なまでの戦闘センスは、名前も知らない誰かの施しで日の目を見る事となった。

 

「だから人を殺さないって決めた。人を殺すのって気分悪いし、誰かの時間を奪うってことでしょ? 私はこんな身体だから普通の人に比べたら時間は限られてるし、成人も出来るかできないかって年齢が寿命。それなのに人の時間を奪うのなんて嫌だし、人生楽しんだもん勝ちだって」

 

 …………ああ。

 この子の事はもう、俺は殺せない。

 人肌を感じて、肉体同士が触れ合っているのに、千束の鼓動は感じない。

 機械に生かされている。

 俺と同じように。

 

 ラジアータに人生を委ねた俺と。

 機械で命を保証して人として人生を歩む千束。

 俺はこの子を殺しては駄目だ。

 

「殺した人を忘れないようにしてるって理由、聞いてもいい?」

「…………俺達は生きた証がこの世界に残らない。残せないようになっている。だからせめて、殺した俺が覚えていてやらないと、世界中から否定されて死ぬなんてあんまりだって、思ったからだ」

 

 殺し殺される世界なのはわかってる。

 殺さなくちゃ殺される世界なのもわかってる。

 俺に全てを救う力がないことは、俺が一番わかっている。

 だからせめて、俺は出来る限りのことを全力でやり続けないと、誰も何も報われない。

 そう信じてるんだ。

 そうでも思わなくちゃ。

 

「……優しいなぁ、井ノ上さんは」

「……そんなんじゃない。優しい奴らは先に死んでいく。だから、それが悔しくて、俺は……」

「優しい優しい。この世界でそんなこと気にしてる人なんて見たこと無いし~?」

 

 顔と身体を放して、俺の顔を挟む様に両手を床に置いた千束。

 

 にっこりと笑った。

 

「頑張った。井ノ上さんは間違いなく頑張った! 貴方は凄い人っ!」

 

 ――…………

 

「それにリコリス達のことも一人も殺してないしねー」

「…………ん? ちょっと待て」

「フキがすんごい怒ってたけどまあそれは何時もの事だし……いっつもイ゛ーってしてるよ、あの子」

「ちょっと待て。なんでそれを」

 

 おい。

 ちょっと待て。

 

「……こっちが、そっちを殺したことは消えない。だからもしも恨みが収まらないって言うなら、私にぶつけてもいいしさ」

「千束。ちょっと考える時間を――」

「あ、でも私安い女じゃないから。そういうの(・・・・・)は勘弁して?」

「…………この距離感でそれは無理があるんじゃないか」

「……えっ、あ、あー……それはそれ。井ノ上さんにしかやらないから大丈夫ですぅ~!」

 

 大きく溜息を吐いた。

 

 こっちは悩んで悩んでどうしようもない手詰まりを感じていたと言うのに、この女は……

 

「ね、井ノ上さん」

「……なんだ?」

「リコリコは従業員を募集中です。力仕事が出来て、優秀で、女の子に優しくできる男の人を募集しています」

 

 …………。

 

「リリベルは仲間なんだ。それを見捨てる事は出来ない」

「それなら大丈夫っ! 私にイイ考えがあるから」

「…………そうか。それなら、安心だよ」

 

 少なくとも、俺には考え付かない。

 ここから全てを丸く収めるような逆転の一手は。

 

「だからおいで、リコリコに!」

 

 千束は手を差し伸べた。

 きらきらと輝く笑顔だった。

 

 ラジアータ。

 これは果たして、正しい事なのだろうか。

 少なくとも俺にとって、全てを皆殺しにしてリリベルを優位に立たせるよりかは、よっぽどいい事だと思えた。 

 





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