リリベルとしての初陣を終えて一ヵ月。
リリベル本部で訓練と待機のみをして過ごすのはこれまでと変わらないが、周囲を取り巻く環境が変化した。
優等生であるXA-01を超えた戦績と戦い方をした俺の事を上層部は再評価したいらしく改めて試験を受け直したが結果は変わらなかった。そりゃそうだ、俺は死なない事を利用して覚えてただけだからね。
真面目に強い奴と戦わされて勝てる訳無いじゃん。
「おまえ、なんであんなに動けてたんだ?」
ペイント弾で俺をボコボコにしたXA-01が呆れながらそう言った。
まあ死なないから自殺すれば勝てるかもしれないけどこんな模擬戦で死にたくないし……一応痛いんだよ? 自殺するのも。大分慣れたけど。でも成績は相変わらず悪いからたまたまで抑えられたかもしれないし、またXA-01の肉盾として活躍できるだろう。
「たまたまであんなうごき出来るもんか……?」
真剣な表情でXA-01、優等生は顎に手を当てて思考している。
年齢だけ考えたら俺が守らなくちゃいけない相手だけど、コイツの方が全然優秀だからな……ちょっと切なくなる。死ねないからこいつが死んだら俺が置いていかれることになるし、それは嫌だな。一人になるくらいなら死にたいし、見送って来た連中にも会いたい。
「まあいいか。手を抜いたわけじゃないんだろ?」
流石にそれはそう。
真剣にやって模擬戦はボロボロなんです。
シャワーを浴びた回数だけならリリベルトップだと自負しているがゆえ、水道代を最も食い潰している自信がある。
優等生さんも日に四回のシャワーは浴びないだろ?
「……なんか調子狂うな…………」
……んん、そうか?
「おまえ、戦ってる時と顔もふんいきも違いすぎ」
カチャカチャと手際よく拳銃を遊ばせながら、安全装置を外さないまま俺に銃口を向けた。
中に入ってるのがペイント弾なのを知ってるから何でもいいが、これが普通の神経だったら怖くてブルっちゃうね。死んでも死なないし致命的な損傷が起きたら自殺すれば元通りなんてなんて効率的なんでしょう。
その代償は痛みで済むって言うんだから軽いよね。
「よ、二人とも元気か?」
「XA-03、生きてたんだ」
「ちょっと別任務行ってただけです~、死んでないですゥ~!」
XA-03──俺より成績優秀で、それでいて優等生ほどではない。
まあ普通よりちょっと出来るくらいの奴ではあるが、中々気のいい奴だ。実はXA-01の同室でもある。
「いや、ふつうに一週間もいないから死んだかと思ってた」
「失礼な奴だな……XA-02、今日もお兄ちゃんありがとう」
「……おれが介護してやってる側だからな」
お兄ちゃん?
ああ、年齢的にはそう見えるよな。
俺十五歳、君ら十歳。
「なんなら同期で最年長じゃん」
「同期……同期でいいの、これ」
俺の同期は多分五年前の世代だけど……
まあ、知り合いみんな死んでるっぽいし、そんなもんでもいいか。
いいね、俺達が同期。
死んだ仲間全員を覚える事は出来んけど、まあ友達の事くらいは覚えていられる。
俺は実戦で死ぬ気はないから、二人とも俺より先に死ぬなよ。
「おお、マジでか! 仲よくしようぜ兄ちゃん!」
XA-03は中々いい奴だ。
ほれ飴ちゃんをやろう。
この飴ちゃんはさっきの訓練でボコボコにされすぎて憐れんだ教官がくれたご褒美である。
「あめぇ」
「……おれの分は?」
無いと答えたらXA-01にペイント弾を撃ち込まれた。
日に四度のシャワーから日に五度のシャワーにランクアップし、教官からお前だけ水道とガス使い過ぎだと怒られた。
解せない。
その日は曇天だった。
日が差し込まないけれど暗くない、何とも言えない微妙な天気。
XA-01と同じ任務で、XA-03もいる。
ただ別部隊だから、無事を祈る他ない。
「XA-02……お前、こないだの戦闘はなんなんだ?」
上官が訝し気に問いて来た。
まぐれってことではだめですかね、ホラ、俺再試受けたけどダメダメだったし。
お茶らけて答えても顔色は変わらず、寧ろそれ以上に深くなった気がする。
「……まあいい。今日の任務はこいつを殺す事だ」
前回は施設の制圧。
今回は特定の人物を殺すのが仕事らしい。
差し出された写真には男性の顔が写り込んでいる。
見たこと無い奴だ。
「今から二時間後に自爆テロを起こすため事前に処理することが決定した。名前、年齢等のプロフィールはデバイスに送っておく」
ピロン、という軽快な音と共に携帯電話にメールが送信された。
足利ヒトム。
32歳。
無職。
大卒。
俺たちの仕事はあくまで人殺しだ。
殺さなくちゃいけないような殺人犯を産まないようにどう教育するか考えるのは国の仕事であって、そんなもの考える必要はない。
でもなぁ……
そもそも人殺ししなくちゃならん奴を産まなければ俺たちも必要ないのに、非効率的じゃないか?
「俺たちはあくまで予備だ。サードリリベル一人でも問題なく対処できる任務だが、仮に失敗した時のリスクが大きいと判断した。よって単独ではなく複数部隊での形となった」
「……では、おれたちは特に必要ないと」
「そういうことだ」
XAー01は意識が高い。
任務を遂行し手柄を得ることが最も大事なことだと考えている節がある。
俺もリリベルだからそれには同意するけど、そんな上昇志向は持って生きられないよ。だって落第だし。死なない以外に特技がないからね、現状。
「……それに、失敗したところで。どうせガス爆発だと処理されて終わるさ」
セカンドリリベルは溜息を吐いて車を止めた。
その視線の先には旧電波塔が鎮座している。
爆発と炎上によってその形を無惨なものに変えたかつての観光スポットは、今や平和の象徴としてその概念を変えつつある。
いやー衝撃的だったよなあの事件。
当時からリリベル候補生として訓練受けてたから後から聞いたけど、たった一人の少女が止めたんだとさ。リコリスってすげー。
「あの事件以来俺たちが関わったものは全て事故として処理されている。忌々しいリコリスめ……」
おや?
どうやら先輩はリコリスに対してあまり良い感情を抱いてないらしい。俺はすげーって思うけどな。テロリスト制圧を一人でやるとか無理だし。何万回死ねば達成できるんだよ。
XAー01、お前もそう思うだろ?
「……おれのほうが強いから」
う〜ん、子供らしい優等生っぷり。
素晴らしいね。
今は飴ちゃん持ってないから勘弁してくれよ。
「うるさいだまれ」
怒られた。
子供扱いすると怒るらしい。
また一つ学んだな、これで次に活かせるぜ。
結局この任務で俺たちが出張る事はなく。
そしてまた、XAー03が死んだと聞かされたのも、全て片付いた後だった。
俺たちの命は軽い。
分かっている事だ。
戸籍のない身寄りのない血縁すら定かではない子供。
この世界に存在している証のない使い捨ての消耗品。
だから葬式なんてものはない。
淡々とその存在を葬って、最初から居なかったものにされておしまいだ。
XAー03と特別仲が良かった訳じゃない。
でも、仲が悪くもなかった。
友人……弟?
年下で馴れ馴れしくて気のいい奴だった。
死因は爆発に巻き込まれて吹き飛んだことが原因だったらしい。
即死だ。
頭をコンクリートに打ち付けて死亡した。
XAー03が存在した証はもう何処にもない。
「……今日もおれの勝ち」
XAー01は調子を崩さない。
俺より年下のはずなのにもう切り替えている。
ファーストを約束されているというのは伊達ではないのだと、思い知らされた。
ただ強いだけじゃない。
リリベルとしてどれだけ優れているか。
俺はリリベルとして最底辺だ。
仲間が死んだだけだろう。
これまでもずっとそうだったんだ。
俺が知らなかっただけで、俺が知ってる奴らを知ってる人はもう残ってない。
拳銃を口に咥えて引き金を引く。
側頭部を撃ち抜く。
そして元に戻る。
それ以外に特技なんてない。
優れたこともない。
他人より自分が優っているなんて考えたこともない。
「……やるじゃん」
5回繰り返して、XAー01の足元に届いた。
俺は何度死んでも死なない。
なのに他の奴らは違うらしい。
少なくともXAー03は巻き戻らなかった。
俺に特技なんてものはない。
優れたこともない。
他人より優れている部分なんて、ほとんどない。
「……やっぱ、手抜いてただろ」
10回自殺してようやく追いついた。
俺が15回死んでやっとお前に追いつける。
それくらい才能に開きがあって、俺とお前には差が存在する。
だからこんな歪な能力を与えられたのかもしれない。
死んで死んで死に続けて、やっと理解できるくらいのバカ。
バカは死ななきゃ治らないんだ。
だから俺は死に続けなくちゃいけなかった。
もっと早く気が付けていれば、あいつも、あいつもあいつもあいつも全員、俺が代わりに死んでやれたかもしれないのに。
「……XAー02。転属だ、お前は今日からこいつについて回れ」
赤の制服に身を包んだ見知らぬリリベル。
その色は知っている。
この組織で最も強い者を指す、いや、強い者しか着ることの出来ない特別な制服。
ファーストリリベル。
XAー01は俺のことを睨んでいる。
手を抜いてた訳じゃない。
ただ覚えただけだ。
お前のペイント弾が当たった瞬間死んで、何回も死んで、頭の感覚がおかしくなるくらいに銃口を突きつけて死んで、やっと勝った。
険悪な空気も意に介さず、黒髪のファーストは気軽に言う。
「ファーストリリベルのダイチだ。お前の名前は?」
──俺の名前。
XAー02です。
前は確か…………あれ、なんて呼ばれてたっけ。
たしか……
なんだったかな。
イ、イ…………イ、なんとかだった気がする。
いの……思い出した。
井ノ上。
井ノ上って呼ばれてました。
「それは苗字だけど……まあいいか。井ノ上、今日からお前は俺付きのサードリリベルだ。俺に回る任務は危険で難易度の高いものが多い、理由はわかるよな?」
ファーストだから。
サードやセカンドでは解決できない難易度を優先して回されるから。
「正解! つまりお前は将来的にファーストクラスになることを望まれた、って訳だ。XAー01、お前もそうだぜ?」
「…………はい」
渋々といった様子で優等生は頷いた。
俺は肉盾だ。
この世界で、この国で存在しないものとして扱われているリリベルの盾。死んでも死なない謎の存在。
仮に俺の預かり知らぬところで死んだとしても。
俺は君たちのことを忘れない。
忘れないまま生き続けてやる。
そうしたらいつか、XAー03のようなやつも。
日の目を見れることがあるんじゃないか。
墓石に刻むことすら許されてない俺たち唯一の存在証明は、誰かに覚えていてもらうか、生きた証を世界に刻みつけるしかない。
「とにかく、これからよろしくな井ノ上。期待してんぜ」
ファーストリリベル──ダイチの手を掴む。
俺とそう変わらない年齢で俺より階級は二つも上。
ああ、才能を感じる。
一体どれだけ死ねばこの領域に辿り着けるんだろうか。
XAー01には悪いことをした。
司令部が俺に目をつけるようにとにかく模擬戦で勝つまでやり直した。
順当にやってればお前の方がずっとずっと強いのに。
「……ふざけやがって…………」
お前の怒りは正当だよ。
俺の卑怯なやり直しのことは気にするな。
俺のことなんて、いなかったやつだと思えばいい。
「おまえっ!! これまでずっとそうやっておれを──!!」
暴れるXAー01を羽交い締めにしてどこかへ歩いていくダイチを見送って、ため息を吐く。
XAー03は気のいいやつだった。
生意気で馴れ馴れしいが、人によく懐く奴だった。
年上の俺に気後れせずに話しかけてきたのは二人しかいなかった。
俺は、友人を二人失った。