このまま全馬薙ぎ倒していこうぜ!
『やっぱり骨折してるじゃん! 完治するまでお店は休みね!』
そう言い渡されてから早一週間。
セーフハウスで暮らしているため食料等は問題ないが、それはそれとして一週間も動かない事なんて初めてだ。
リリベルになる前も、なってからも。
訓練もせず、ただ休息する事なんて考えたことも無い。
確かに疲れた時はゆっくりしたいと思ったこともある。
でも、結局ただ休むことは出来なかった。
折角だから溜まりに溜まった遺品の整理をしようと思い手を付けてから、凡そ三時間。
「……流石に量が多いな」
XAー03のように手にすることが出来ない者は出来る限り居ないようにした。
この世界に存在を刻めるのは殺した張本人だけ。
ならば俺にはその責任がある。
ラジアータは答えを示すだけで過程は気にしない。
そうだろう。
お前は究極、どこまで行っても人工知能だ。
だから俺がやる。
そうしたいと思ったから。
免許証。
顔写真。
家族との写真。
多岐に渡るが、そのどれも持っていない奴は少なかった。
身分が割れる事の危険性よりも、後生大事に持っておくような大切な何かを抱えている人が多かった。
それはつまり、そうでもしなければいけない理由があった。
この国を脅かすようなことをしなければ生きていけないような理由が。
それが、俺がこの手で殺して来た人達だ。
今更俺が休む事に意義があるのか。
戦い続けなくても手にできるものがあるのか。
考えて生きていかなくちゃ、ダメだ。
「…………リリベルやリコリス、DAに間違いはない」
なら、何が間違えているというんだ。
一体何をどうしたら、人を殺して生きていかなくちゃならない選択肢が出てくる。
俺達には戸籍が無く、他国へ行くことも出来ず、政治に参加する事も出来ない。
だがそれでも人並み以上の生活は出来る。
生を保証されて無くても、楽しく生きている奴を知っている。
生活の困窮。
思想の激化。
純粋に傭兵と言う稼業を営んでいる。
何かを成してやるという意志を孕んだ人間が最も手強いと感じたのは、きっと俺だけではない筈だ。
「……ダメだな。理解できない」
全てを失うかもしれない覚悟をしてまで他者を害そうとする理由が、俺にはわからない。
溜息を吐いて遺品を金庫に入れておく。
壊れないように、多少の襲撃ではビクともしないように。
これを失う事は許されない。
存在の証明は俺にしかできない。
殺して来た人々を忘れないように、これは失ってはならない。
時刻は正午。
携帯端末を開いても通知は何もなく、本格的にリリベルの任務から切り離されたようだ。
リコリスの方が優秀だと判断されて任務を多く回された?
あり得ない話ではない。
千束が特殊なだけで、他のメンバーはリリベルと変わらない様子だった。
リコリスの命まで保証できる程、俺は強くない。
固定された布を外して、ギプスはそのまま片手だけで拳銃の整備をする。
死を繰り返すたびに必要な技能は増えて行った。
どんな状況でもどんな戦い方でも出来るようにならなければ駄目だった。
だから努力した。
片手だけで敵を殺せるように、両手が使えなくなっても動けるように。
両足が砕けても何らかの手段で自殺できるように。
その成果の一つがこれだった。
片手でリロードするのは中々骨が折れたが、慣れれば難しいものではない。
たかが腕の一本折れているだけで戦えないなんて甘えは、許されなかった。そんな事よりも一人でも多く殺した方が有意義だ。
リロードを終えた拳銃を見つめる。
俺と一緒に命を吸いつくした相棒。
俺の命すらも奪ってくれるんだ。
もしも、今この命を絶ったとして。
俺は終われるのだろうか。
もしも俺に死が訪れないとすれば、どうすればいい。
死んでも死ねない。
そんな体質が永遠に続けば世界は進まない。
ならどうすれば死ねるのかを模索するのも大切だ。
俺が死なない事で世界に迷惑をかけるわけにはいかない。
ラジアータなら答えを出してくれるのだろうか。
側頭部に銃口を当てる。
安全装置は解除した。
今更死ぬことに抵抗は無い。
今死んだとして、どこまで巻き戻るのか。
千束には腕の動きから見抜かれてしまったが、普通ならここまで悟れる奴はいないだろう。
もしも再度千束と戦う事があるとすれば、その時は別の方法を取らなければならない。
そんな未来は訪れて欲しくは無いが……
――ピンポン、とインターフォンが鳴る。
襲撃ならばわざわざ鳴らす事は無いとは思う。
それに、俺がここで暮らしていることを知っている人物は少ない。
それこそラジアータや店長くらいのものだ。
カメラ越しに確認する。
拳銃を持つのも忘れない。
念には念を入れて、だ。
カメラに映るのは赤い制服に身を包んだ一人の少女。
錦木千束。
どうしてここを知っているのかは、店長にでも聞いたのだろう。
偽物である可能性は低い。
廊下を歩いて玄関まで行く。
鍵を開けて、ドアノブに手をかけた。
「どうした」
「あっ……え、えーと。調子はどうかなと」
「問題ない」
「そっかー。今更遅いけど、折っちゃってごめんね?」
「気にするな。そういうこともある」
あの時は敵対していたから傷つけあうのは道理だ。
それを恨む理由は無い。
…………ああ、いやでも。
リリベルを皆殺しにしたのだけは少し、許せないかもしれない。
それを仕組んだのはDAで、俺達の上で、その元凶はラジアータの計算から外れた俺の所為。
冷静に考えてしまえば簡単な話になってしまう。
全て俺が生きていた所為だ。
だから俺に何かを言う権利は何処にもない。
彼らの命は、俺が生き延びる事で証明される。
「……それだけか?」
「あー、その~……とても遅くなってしまったんですが……ご飯とかはどうでしょうか」
……ああ、そういうことか。
骨折中で食事とかどうしてるのか気になったと。
「片手で食えるから問題ない」
「ちなみにどんなの食べました?」
「inゼリー」
「……そんな事だろうと思いましたので……」
ガサゴソと鞄を弄って、溜息を吐きながらあるものを取り出した。
「じゃん! インスタ~ントラーメン!」
俺も何度か食べたことのある奴。
しかし食事をまともに摂れないことは当たり前にあり、一週間なんとか食いつなぐのは何度か経験している。
故に問題ないと伝えると、再度大きなため息を吐いて千束は頭に手を当てた。
「リリベルってなんでそんなにキツいの……? 井ノ上さんだけ……?」
ラジアータに管理される前はチームを組んでいたが、山の中だったからな。
犯人を捜索して追跡して一週間走り回る事は今でも思い出せる。
「いくらリコリスでもそこまではやらないかな~……」
そうか。
まあ、誰かが犠牲になる代わりに俺が肩代わり出来ていたのならそれでいい。
今どうなっているのかも気になるが考えても仕方のないことだ。
もしそれが必要なら、ラジアータが教えに来るだろう。
「という訳で、私が作ってあげます!」
「インスタントラーメンだが」
「作ってあげます!」
「……了解した。何も無いが上がっていけ」
「やたっ!お邪魔しま〜す!」
妙にテンションが高い。
いつもそんな感じだ。
疲れないのだろうか。
「ここが井ノ上さんの家でごさいますか」
「リリベルが管理するセーフハウスを借りている。最低限のものは揃えてある」
「おお、流石に電子ケトルはあったかー」
「そのくらいはある」
「それじゃあ遠慮なく」
鞄の中からミネラルウォーターを取り出してケトルに入れて電源をオン、用意された二つのカップラーメンをテーブルに並べてからソファに腰掛けた。
「座りません?」
「……ああ、座るよ」
ソファは一つしかない。
必然的に隣り合って座ることになる。
千束の距離感には通っていた頃に慣れていたつもりだが、他人に対するパーソナルスペースが異常なまでに緩いような気がする。
カジはある程度仲間だと認識してくれてからが早かった。
ゼンはなんでも受け入れてるように見えて奥底では一線引いてるタイプ、多分チームを組んで一年以上経過してから本当の自分を出してくれたと思う。
俺達が詰め寄るのに数年掛けた距離を、千束は難なく超えてくる。
「ん、どうしました?」
「……なんでもない。少し、昔のことを思い出していた」
リュウというリリベルがいた。
あいつも他者との距離感が緩いやつで、流行りのものに目がなく、普通の男子学生として生きていきたいと思ってそうな奴だった。
あいつは、俺がいるから死んでも安心だと言った。
俺が生き続ければリリベルはなんとでもなると。
声もロクに思い出せないあの少年。
だが顔は覚えている。
どんなことを言っていたのかも覚えている。
忘れないように描いた絵は、今でも大切に保管してあるから。
「昔のこと?」
「…………ああ。千束みたいな奴がいたんだ」
「……それいい意味なのかな」
「わからない。ただ、あいつが居なければ俺はもっと面白くないやつになっていたと思う」
リコリスでありながら普通の人間と大差ない千束からすれば、俺は面白くない奴なんだと思う。
それでも仲間たちが連れ出してくれた事が、最低限の基盤を作ってくれた。
「だから多分いいことで、俺にとっては嬉しいことだ。千束に会えてよかった」
俺なりの感謝を言ってみたが、千束から返事はない。
伝わりにくかっただろうか。
代わりに電子ケトルが湯を沸かした音だけが鳴って、静かにそっちへ手を伸ばした。
「……井ノ上さん」
「どうした?」
「そういうの、誰にでも言ってる?」
「いや、言ってないが……」
「〜〜〜っ……考えたら負け考えたら負け……!」
「千束、溢れてるぞ」
なにやら難しい顔でインスタントラーメンに湯を注ぐ千束からは感じたことのない独特の空気を感じたが、それはそれとして。
久しぶりに人と摂った食事。
味気ないものだったかもしれない。
千束からすれば、面白くなかったかもしれない。
それでも俺にとっては少しだけ、元の仲間達との生活を思い出せるいい機会だった。