──●●、お前は優秀だな。
おれは優秀だった。
同年代のどんなリリベルにも負けなかったし、サードリリベル程度だったら模擬戦で圧倒できた。
射撃場のハイスコアは総じて塗り替えて体力測定も高水準、奇跡の才能だと称されたことすらある。どいつもこいつも弱くて、なんとなく動きが読めるからそれに合わせて動くだけだった。
おれは天才だった。
初陣で、あの、おちゃらけた態度でふざけたクソ野郎さえいなければ、ずっと天才のままでいられたのに。
「よう! 俺はXAー02、これからよろしく頼むぜ優等生!」
変な奴だった。
年齢は五つも上で歴代でも最弱に近いと噂すらあった。
実際何度も模擬戦で叩きのめしたしテストでボコボコにした。
名前は確か、井ノ上。
下の名前は忘れた。
世間で言うところの『留年』というやつだ、なんて教官が寂しそうに言っていたのを覚えている。
「……邪魔はしないでよ」
「おいおい俺たち仲間だろ。邪魔なんて言うもんじゃないぞ」
「模擬戦で一発でもいいから当ててから言って」
「ウグッ……」
変な奴だった。
チームを組むからともう一人追加されたXAー03──こいつは同年代でそこそこのやつ──と三人で習熟訓練をしていても、どうしても足を引っ張る。
体格の差があるから足は速いけど射撃が絶望的に下手くそ。
体術も見よう見まねでやってるのがバレバレで、そこらへんのチンピラと戦うなら十分だけど、証拠も残さない暗殺はできないと思う。別にチームの奴がどれだけ成績悪くてもおれには関係ないけど、なんとなく見ていられなくて教えていた。
「年下に教えられるなんて恥ずかしくないのか」
「いや全然。俺才能ないの知ってるし」
お前みたいな強い奴の時間取るのは悪いけど、貧乏くじだと思って優しくしてくれとお願いされた。
「…………ふーん」
おれは優秀だ。
まだ子供だけど自覚がある。
大人にだってできない事ができる。
そんなことは言われ飽きている。
「いやだ」
「そこをなんとか! このままじゃ俺死んじまうよ!」
「死ねば?」
「酷すぎね?」
変なやつで、面白いやつだった。
でもその面白いやつってのは嘘だった。
初陣でその仮面を剥がすまで、こいつはずっと演技をしていたんだ。
初任務。
優秀だのなんだの言われても実戦に出て使い物になるかどうかはわからない。
裏でそう呼ばれているのは知っている。
噂や陰口なんて止めようがないし、結果を出せば黙る。
それを知ってるから気にせず、おれはいつも通りだった。
「新人、緊張してんのか?」
俺たちを率いるセカンドリリベルがニヤニヤと笑いながら言ってくる。
XAー01、02、03。
全員が初陣だった。
成績でいえば01、03、02の順番で優秀。
年齢でいえば02、01=03。
どれだけこいつが情けない奴なのかよくわかる。
裏でこいつは落第リリベルなんて罵られ方をしているらしい。
流石に面と向かって言うほどじゃないけれど、そう呼ばれている。
それは本人も知っていることで、事実だから気にしてないと言っていた。
バカだ。
「いいえ、おれは緊張していません」
これも事実だ。
実戦だというのにおれは程よく緊張感を保っていた。
ベストコンディション、なんて言い方をしてもいい。
訓練通りなら既にサードリリベルと同等かそれ以上なんて評価を貰ってる。
そんなもんじゃ満足できない。
おれはファーストリリベルになるんだ。
赤い制服に身を包み、この国を影から守る守護者。
そのためにもって生まれた才能を活かすと決めてから、おれは例え何があってもこの道を歩むと決めていた。
そうすれば恩が返せる。
孤児として拾われたおれが
おれを見て満足そうに頷いたセカンドリリベルは続いて隣のXAー02を見て──表情が強張った。
「………………違うな……」
ブツブツと何かを呟く声。
小さくてか細くておれたちよりやや低めのその声は、甲高く若い声を遮るように耳にするすると侵入してくる。
「首を捻るだけでよかった筈だ。それなのにオーバーな回避動作を取ったから撃ち抜かれた。最初から顔面狙いだってわかってれば避けられる。一人二人と殺したから焦って乱射された。だから三人まとめて殺せばいい。四発牽制に使って残りで仕留めればちょうどだ。一発で撃ち抜けるような腕はない、だから動けなくしてから撃ち込めば確実だ」
セカンドリリベルには聞こえない程度の声量で、おれには聞こえた。
こいつはなんの話をしている?
さっきまで普通にしていたじゃないか。
いきなりなんだ。
こんな様子は見たことがない。
これまでどんな訓練でもここまで変なことをするやつではなかった。
「おい」
反応はない。
俯いた顔からは感情が抜け落ちたような暗い顔しか伺えない。
こんな顔を見るのは初めてだった。
「おい!」
前に立っても気がつかない。
時折側頭部を摩っているのは無意識なのか。
胸ぐらまでは届かないから、仕方なく服を掴んで揺らした。
「おい! 聞いてんのか、XAー02」
そこまで聞くと、今気がついたと言わんばかりの表情でおれの顔を覗き込む。
さっきまでの何もない顔じゃない。
これまでのXAー02と何も変わらない表情だった。
「おまえ、どうした?」
「…………ああ、すまん。なんの話だっけ?」
「…………なんでもねーよ」
正気じゃない。
初陣のストレスでぶっ壊れちまったのかと思ったけどそうじゃなさそうだ。
セカンドリリベルもどう判断していいか悩んでるみたいだが、座り直して拳銃の手入れを開始したその姿を見て問題はなさそうだと判断したらしく、警戒を強めたままおれたちの場所から離れていった。
XAー02の手際はよかった。
これまでそんなスムーズに確認できたことあるのかと言いたくなるくらいに、その拳銃は馴染んでいるように見えた。そしてなんとも言えない視線を拳銃に向けて、グリップを握って、離して、握ってと繰り返す。
落ち着きがないように見えるのに落ち着いている。
変な汗はかいてないし瞳孔が開き切ってるのに呼吸は荒くない。
気が狂ってるとしか思えない様相なのに、受け答えは理知的。
「……へんなやつ」
そうとしか形容できなかった。
XAー02、及びXAー03。
この二人とおれがなんで組んでいるか、実は前に耳に挟んだことがある。
03はともかく、02は完全に肉盾として採用されたらしい。
成績がとことん悪くいつまでも成長せず、しかし廃棄処分のようなことはできない。
仕事の覚えも悪く事務作業等も効率的に出来ないからわざわざそちらに採用することも出来ず、なあなあで過ごしていた五年間で成長が見られなかったために都合よく現れた
寂しそうな声色で呟く教官たちの話を盗み聞きしたおれは、合理的だと思った。
おれが死ぬくらいならあいつが死んだほうがいい。
リリベルとしての使命を果たせないなら壁にでもなっていろ。
おれ達は護国の存在だ。
「XAー02、前だ」
だからそう言われてるあいつを見て、ああ、そういうことなんだと悟った。
体良く処分するためか、ただ先鋒として突っ込んでいるのか。
その判断はおれには下せないけど、ただ少なくとも、こいつに前を行かせる理由は他に見つからない。
それに気がついている筈なのにあいつの足取りは軽く、まるで何も気にしていないようで。これから死ぬかも知れないって事実すら知らないように、気軽に扉を開いた。
──死ぬ。
なんとなくその予感がした。
勘と言っていい。
ああ、おまえ、そこで死ぬんだな。
おれが初めて見る仲間の死体はおまえだ。
だから、なんでかわからないけど少しだけ伸ばそうとした手が届くはずもなく。
────02は、前に駆け出した。
「XAー02!?」
セカンドリリベルの焦った声。
引き止めるより先に銃声が響き渡り、開けた先で待ち受けていたことがわかった。
扉に張り付き様子を伺うセカンドの隙間から、おれは扉の中を見る。
壁を蹴り上げてわずかな動きで銃弾を回避しながら撃ち続ける男三人へと全速力で走っていくあいつ。
「…………ありえねぇ」
おれは思わずつぶやいた。
あの訓練はなんだったんだ。
おまえ、手を抜いてたのか。
おまえ、おれを守るために存在したんじゃないのか。
肉盾じゃないのか。
おれはそんな風に弾を避けるなんてことはできない。
普通はそんなことできない。
おまえは、普通じゃない。
まぐれでその距離を走りきれるわけがない。
やがて男達に接近し、一人に二発ずつ撃ち込んで行動不能にしたのちに、のたうち回る一人一人に丁寧に弾丸を叩き込んで。カチ、カチ、カチッと不気味な金属音を発するだけになった拳銃から硝煙が立ち上がる中で、死んだ顔で、いつまでも銃口を向けていた。
初陣を終えてから一ヶ月。
結果から言うと、XAー02は手を抜いていたと疑われ再試験を受けることになった。
実技の相手はおれ。
優秀で天才と評価されていたおれより実戦で結果を残したことからぶつけ合わせたらしい。
まあ当たり前だけどおれの完全勝利だった。
全身ペイント弾でびちょびちょにした02と、一発だけ足に掠ったおれ。
一目瞭然だった。
どう見ても本気でやってるのがわかるから教官もおれもよくわからなかったけど、本人はたまたまうまくいっただけだと誤魔化した。
嘘をつくな。
偶然で銃弾を躱せるわけがない。
そんなことができるなら拳銃の殺傷率は著しく低下している。
でも、手を抜いているようには思えなかった。
あいつなりにやっていると思うし、今にして思えば、別に初陣の時も動きが別人のようだったわけではない。
ただなんとなく……
「おまえ、なんであんなに動けてたんだ?」
無様に手足を投げ出してゼヒュー、ヒュー、と大袈裟に息を整えている02に話しかけた。
基本的な体力もおれのほうが上、反応速度も反射神経も技術も何もかも。
だけど、あの戦場でこいつは無敵のようにも見えた。
まるで弾が当たらないとわかっているかのような動き。
なんの躊躇いも迷いもなかった。
模擬戦で右往左往しているこいつはどこにいってしまうのか。
二重人格で戦闘時だけ切り替わってるとか?
…………馬鹿馬鹿しい。
本の読みすぎだ。
「た、たまたまだ。たまたま」
「たまたまであんなうごき出来るもんか……?」
そんなわけがあるか。
……でも教官曰く、実戦で極度の興奮と集中状態に入るとあり得ない話ではないらしい。
優秀だと持て囃されているおれだけど、流石に実戦を生き抜いて指導役にまでなった人の言うことを聞かないような愚か者じゃない。学ぶべきことは学ぶべきことで存在するから教えは受けるべきだと思ってる。
ひいひい言ってる02に、真剣になってるのがアホらしく思えてきた。
あの動きは偶然で、実戦の熱に飲み込まれていただけ。
そう考えた方がそうらしい。
「まあいいか。手を抜いたわけじゃないんだろ?」
「抜く余裕があるように見えるか……?」
いや全然。
だからこそ違和感がある。
あの時の淡白な顔はなんだったんだ。
何もかもが抜け落ちたような死人のような顔。
死人というより……死体と言ってもいいくらいの表情。
「……なんか調子狂うな…………」
「そうか?」
「おまえ、戦ってる時と顔もふんいきも違いすぎ」
ペイント弾が入ったままの拳銃を手元で遊ばせてから、銃口を突きつける。
死が迫っていれば、おまえはあの顔をするのか。
少なくとも訓練ではしてくれない。
おれは優秀で優等生だ。
おまえは肉盾で落第だ。
なのにおまえは、おれと同じくらい強いかもしれないと疑われている。
──少し、モヤッとした。
銃口を突きつけられているのに表情は一切変わらない。
胆力はとんでもないと思う。
銃弾が飛び交う狭い廊下を走り抜けようとする時点で結構狂ってるけど。
「よ、二人とも元気か?」
微妙な空気の中に入ってきたのはXAー03。
おれと同年代でおれより優秀じゃないリリベル。
同じチームを組むことが多いと事前に言われている通り、訓練はまだ三人でやることが多かった。
「XA-03、生きてたんだ」
「ちょっと別任務行ってただけです~、死んでないですゥ~!」
生意気なやつ。
おれより弱いくせにおれより五月蝿い。
そういう意味だとXAー02と同じ分類だけど、あいつよりはマシだって評価を受けてた。
てっきり死んだんだと思ってたけど、別任務に駆り出されていたらしい。
「いや、ふつうに一週間もいないから死んだかと思ってた」
おれがそういうと、XAー03は不貞腐れたような顔で言う。
「失礼な奴だな……XA-02、今日もお兄ちゃんありがとう」
「……おれが介護してやってる側だからな」
誰が兄だ。
こんな情けないやつが兄でどうする。
そもそも年長者のくせにまったく頼れる人間じゃないのがダメすぎ。
「なんなら同期で最年長じゃん」
「同期……同期でいいの、これ」
同期って呼ぶの。
こいつの同年代って五年前の世代だよ。
こないだおれたちを率いてたセカンドリリベルと同じくらい。
運が良ければ残ってるけど、その大半はもういない。
死んだんだと思う。
そのことを02もわかってるんだとおもう。
02はすこしだけ複雑な表情でおれたちを見た後、諦めたような苦笑いでいった。
「いいね、俺達が同期」
「おお、マジでか! 仲よくしようぜ兄ちゃん!」
XA-03はバカだ。
ある意味で02を超えるバカ。
初対面のおれにもあんな感じだったから素でやってる。
そしてそれを見る02の顔は呆れつつも嬉しそうで、ポケットから一つの袋を取り出して03へと渡した。
「あめぇ」
どうやら飴を渡したらしい。
いつのまに手に入れたんだ。
「……おれの分は?」
「ない」
スライドを引いて安全装置を解除し銃口を突き付けて何度も引き金を引いた。ペイント弾でビチャビチャになった02を見て少しだけ鬱憤が晴れた、ような……そんな気がする。
XA-03が死んだ。
それを知ったのは全部片付いた後だった。
本隊に合流して任務中に爆発で吹き飛ばされて、打ちどころが悪くて即死したらしい。
少しだけ残念だ。
あいつはやかましいけど悪い奴じゃなかった。
優秀で、引け目が少しはあるだろうおれにも態度を変えなかった。
ちょっとだけ仲は良かった。
でも、そういうものだ。
死んだ人は元には戻らない。
だからおれたちリリベル、そしてリコリスは存在してる。
国を守り平穏を保つ、ただそのために。
「……やっぱ、手抜いてただろ」
おれは思わずXA-02を睨みつけた。
前回の模擬戦でおれが圧勝した筈なのに、今度はおれが惨敗した。
左目にペイント弾を食らって視界が不安定。
それでも目の前に佇むこの男が、どういう顔をしているのかは想像できる。
あのときの顔だ。
初陣で敵を殺し尽くして、弾切れを起こしているにも関わらず引き金を引き続けたあのときの顔。
「──素晴らしい結果だ、XA-02」
試験を見に来ていた司令が言う。
褒めてはいるけどそこから感情は伝わってこない。
優秀だと褒められていたおれを叩きのめした02からも、感情は伝わってこなかった。
「……XA-02。転属だ、お前はきょうからこいつについて回れ」
背後に付き従っていた赤色の制服。
ファーストリリベル。
おれが将来辿り着く場所。
おれがなるべき場所。
そう在れと望まれている位置。
なんで、お前が。
リリベル失格で、弱くて、雑魚で、おれの踏み台で、肉盾。
なんでお前が。
「ファーストリリベルのダイチだ。お前の名前は?」
おれのことなんて眼中にないと言わんばかりに、ファーストリリベルは02にだけ話しかける。
おれは優秀で。
おれは天才で。
おれは、お前なんかに、負けるわけが無くて。
「俺の名前……XAー02です。前は確か…………たしか……井ノ上。井ノ上って呼ばれてました」
「それは苗字だけど……まあいいか。井ノ上、今日からお前は俺付きのサードリリベルだ。俺に回る任務は危険で難易度の高いものが多い、理由はわかるよな?」
「ファーストリリベルだからでしょう」
「正解! つまりお前は将来的にファーストクラスになることを望まれた、って訳だ。XAー01、お前もそうだぜ?」
──おれをついで扱いするのか。
おれは、ファーストリリベルになるべき人材だって、あれほど言ってたくせに。
おれは天才で優秀だって飽きる程言ってたくせに。
あれもこれも全部世辞なのか。
おれは本気だった。
自分に才能があるのは嘘じゃない。
同年代でおれに勝てる奴は今でもいない。
お前が…………
お前さえ、いなければ。
おれのことをバカにしやがって。
「……ふざけやがって…………」
XA-02の顔は冷ややかなものだった。
なんの感情も抱いてないような無気力な物。
おれに対して、なんの興味も抱いてないだろうそれ。
そう思われているという事を理解した瞬間、頭に血が上った。
「おまえっ!! これまでずっとそうやっておれを──!!」
飛びかかろうとして、ファーストリリベルに止められた。
おれをバカにしたな。
おれを嘲笑ったな。
おれを嵌めたな。
おれの事を、弄んだな。
おれはファーストリリベルになる。
それは変わらない。
だが、それとは別に、もう一つだけ決めたことがある。
大人達に願われたからでも、育ててくれたこの国に恩を返すためでもない。
模擬戦でおれの左目を撃ち抜いたあの憎きXA-02。
あいつをこの手で下す。
戦いで、必ず打ちのめす。
視界を映さなくなったこの左目に誓う。
必ず、XA-02を…………いいや。
井ノ上を殺す。