走った。
都会の迷彩服は既に意味を成さない。
木々をすり抜け枝葉を掻き分け、泥濘した土に慣れきった歩調で追い続ける。
走り続ける。
今の戦場はここだ。
都会のリリベルから逃げ回り、人里離れた場所で再起を狙う熟練の兵隊。
山に逃げ込み孤島に避難し闇に紛れる者達を殺す。
どこからそのデータを集めているのかはわからないけど、とにかく上からの指令はそうだった。
犯罪を起こす可能性のある危険人物を殺し、逃げ出されたとしたら最終的な処理を俺達がやる。失敗は許されない。
俺に一番最適だと思った。
失敗しても、何回でもやり直せるから。
『──井ノ上。そのまま追い続けろ、二キロ先で待機してる』
『ミスはやめてね。また司令に小言言われるから』
『俺も一応追ってんだけど!?』
『ゼンは追跡下手だから期待してない』
『ひでぇ!』
あの日リュウが死んでから一年。
一人欠けても精鋭と言う扱いは変わらず、最後の処理部隊として運用されている。
一ヵ月に一度は任務が入るのだから、リリベル全体の能力が落ちているのかそれとも敵が手ごわくなっているのか。
それを考えるのは俺じゃない。
思考をぐるぐる回しながらでも足は止まらない。
この森は庭同然だ。
都内に最も近く、空港だって狙えるこの場所は重要なポイントだ。
だから抑える必要がある。
護国最後の防壁。
それが今の俺達だった。
『──見えた。かなり疲弊してんじゃん』
その声の直後、サプレッサー特有の乾いた破裂音と共に標的が崩れ落ちる。
側頭部に咲いた血華の量から即死だと悟って、その死を確認しに近付く。
目は開ききって瞳孔は開ききっている。
呼吸も心臓も止まった。
紛れもなくこいつは、死んでいる。
また一人この世界から消えた。
ジャケットの内側を漁って持ち物を確認する。
古びた財布があった。
中身を確認して、運転免許証を見つけた。
俺達は持ってない、表で生きる事の出来る人間の身分証。
大手を振って外を出歩けたのに、どうして国を脅かすようなことをしてしまったんだ。
そんなことしなければ今頃、幸せに生きていられたのかもしれないのに。
「まーたやってんのか、井ノ上」
呆れた口調でゼンが言う。
「死体漁りはやめろよなー」
揶揄うような口調だ。
俺が金品を探してる訳じゃないのを理解しながら言っている。
ようするに、冗談。
趣味の悪い事をしてる自覚はある。
それでもやり通したい。
一度決めたことくらい貫き通して終わりたいじゃないか。
これでこの男の名前も顔も覚えていられる。
俺はアンタを殺した責任を果たすよ。
忘れないで生きてやる。
リュウやXA-03と同じくらい大事には思えないけど。
それでも殺した者として、最低限覚えていてあげるから、次生まれてくるときは悪さなんかやめてくれよ。
大丈夫。
側頭部を撃ち抜かれたなら即死だ。
痛みもそんなに残らない。
複数回やられたら痛いけどな。
「そろそろ都会に戻りてー」
「……無理。僕らが抜けたら最後の一線を誰が止めるのさ」
「それはほら、後進に託すんだよ。田舎暮らしが続きすぎて息が詰まりそうだ」
普通なら高校に通うような年齢になった。
高等学校には行かずに半年に一回リリベルライセンスを更新しに本部に行くくらいで、もうずっと都会の風景を見ていない。
リュウが生きていたらもっとうるさかっただろう。
さっさと東京に戻せって、きっと言ってた。
「ていうかそろそろ昇格じゃない? 井ノ上のキル数、とんでもないことになってるでしょ」
「それな! どんくらい殺ってるの今」
今?
今日は俺が殺したわけじゃないから何とも言えないけど、数は642人。
チーム全体でどれだけ殺したのかは流石に分からない。
「……当然のように把握してんのな」
「諦めなよ。井ノ上はそういう奴だから」
実は殺した場所と手段もメモしてるから結構詳細を語れるんだが、そこまで言う必要はないな。
全部部屋に貯めてある。
片頭痛みたいな痛みがずっとしてるから、物理的に残しておいた方が正確だと思って付け始めたんだ。
「もうそろファーストっしょ。リーダーも否定しないし」
「おいおい勘弁してくれ。ただでさえ漏洩するなって言われてんだから」
「それもう答えですよね」
そして泥に塗れた俺達は並んで帰っていく。
回収は俺達の仕事ではない。
専用の部隊がいるし、復旧も仕込まれてるから出来ないことは無いけど精鋭だからやらなくていいと言われている。
精鋭、精鋭ね。
精鋭なんて持ち上げられても本質は何も変わらない。
俺の強さがどれだけ向上したとしても現実は変えられない。
手の届く範囲じゃ無ければ効力を発揮できない。
そんなものが精鋭だと言っていいのだろうか。
特に俺の場合は、死なないなんて言う特殊能力があるのに。
「今日の晩飯どうします?」
「スーパー遠いんだよなマジで……」
最寄りのスーパーまで車で一時間。
山の中に拠点があるとこんなにも不便なのかと思い知ったのはいい思い出だ。
「ちょっと真面目な話していいか?」
皆で食事を終えて休んでる時、ダイチが切り出した。
「実は、三人にファースト昇進の話が来てる」
ファーストリリベル。
リリベルの中で最も階級の高い現場責任者。
上司は司令になり、より危険度の高い任務に付き従う選び抜かれたエリート。
本部付きのファーストリリベルは二十人程度しかおらず、その数をいきなり三人も増やすとは思い切ったことをするものだ。
XA-01の顔が浮かんだ。
彼はファーストになれるのだろうか。
まだ死んでないだろうか。
あいつは強い。
今相対しても十回は死ぬ自信がある。
それくらいの強者だ。
きっと大丈夫だろう。
「……僕たちも?」
「そうだ、ゼンとカジも井ノ上も、全員纏めてファーストだ」
つまり散り散りになる。
ここの防衛をどうするのか考えるのは俺達の仕事じゃないからどうでもいい。
ただ、手が届かなくなる。
この一年間で手が届いた回数は数える程だけど、それでも何回も死んだ姿を見て来た。
正直なところ、不安だ。
「みーんな本部に戻ることになる。本部付きに栄転だ!」
「やっとこの辺境から戻れると思ったのに、結局山奥ですか」
「まあまだマシじゃね? 行こうと思えば出掛けれるし」
「お前らなぁ……もっと喜べよ、ファーストだぞファースト!」
ダイチは今年で17歳になった。
18歳で定年となるリコリスと一緒で、リリベルも高等学校卒業のタイミングで終了となる。
その後は関係各所へと就職することになる。
一般生活を送ったことのない俺達が一般人になれる訳もなく、あくまでリリベル関係者として過ごすことになる。
結婚なんかも難しい。
己の仕事を伝えると言う事は、その者が裏の世界に関わってしまうことになるから。
「リーダーのように本部に好き勝手扱われると思うと憂鬱ですね」
「給料どれくらい上がります? 最近課金代がかさんじゃって」
「……本当に大丈夫かなリリベル…………」
十人十色で良いと思う。
「井ノ上は嬉しくないか? ファースト」
…………
嬉しくは無いです。
どうせ俺に出来る事は限られてる。
きっとファーストになっても変わらない。
一人で全部解決してこいと命じられればこの命の限りを尽くすけど、そうはならない。
俺一人じゃ出来ない事ばかりだ。
それなのにファーストだなんて役職を与えられても困る。
「……たかが人間一人が、何もかも出来るようになりたいだなんて傲慢ですね」
わかってる。
それでも思わなきゃ駄目なんだ。
俺は、俺だけは。
何でもできる超人じゃないと、駄目なんだよ。
それを諦める権利は俺にはない。
死なないとわかったあの瞬間から、俺の手で届かなかった彼らを見送ってから、この手で人を殺めた日から。
「ま、俺達はそう簡単に死なねーよ。リュウの事は忘れてないしな!」
「アイツは喧しい奴だった。でも悪くない奴だったよ」
……そうだな。
皆いい奴なんだ。
それを俺は知っている。
だから、そうだから余計諦められないんだ。
「ファーストにまでなるんだ。もうお前らはそう簡単には死なねーよ」
死にやすいのはサードだ。
その次点でセカンド。
ファーストが死ぬことなんて滅多にない。
「だから今度は、お前らが下を守る立場だ。セカンドもサードも、お前らの手の届く範囲で守りながら国も守る。ファーストは大変だぜ?」
「リュウは死にましたけどね」
「おい! お前それは言っちゃいけないだろ」
皆はリュウの死を乗り越えている。
俺だけが乗り越えられてないのかもしれない。
今でも夢に見る事がある。
まだ手は尽くせたんじゃないのかって。
後悔は幾ら積み上げても無くならない。
一生こうなんだろう。
この能力が無ければ、俺はXA-01の肉盾として生涯を終える予定だった。
そうはならなかった。
そうならなかったんだから、その責務を果たす。
ただそれだけの事だ。
だから、ファーストになっても変わらない。
「次の任務は久しぶりの東京の任務だ。詳細はまだ聞かされてないけど、ちょっと面倒だって愚痴言ってたぜ」
「出来る事なら手早く終わらせたいものですなぁ」
「全くだね」
俺達で行う最後の任務。
全員実力者でベテランだけど、油断は禁物だ。
……でも。
確かに少しくらい、信用してもいいかもしれない。
三人とも俺より強いんだ。
俺は単に死なないだけ。
それを忘れてはいけない。
だからきっと大丈夫だ。
ファーストになる最後の任務、全員無事で終えよう。