ファーストリリベル、ダイチは今年で17歳。
翌年でリリベル引退であり、ファーストの中で最年長だ。
彼の同年代はほぼ残っておらず、サードに数人生き残っているだけ。
圧倒的に若い世代が数を占めており、それもまた次の世代が現れた時に減るのだろう。
リリベルはそういうものだ。
女版リリベルであるリコリスに比べて損耗率が高く、彼女たちが暗殺者と揶揄されるのとは正反対に武力制圧を中心に任務が組まれている。
その理由は単純明快。
リコリスと違い、男であるという点で警戒される可能性が高いから重要な暗殺には使えないから。
男子高校生ですら人を殺す腕力がある。
コンクリートにでも叩きつければ即死だ。
だから暗殺者として利用できるのは若い世代だけで、ガス爆発などで表向きに処理される危ない現場ばかり歩かされていた。
ダイチはそれらを生き抜いた本物の強者だった。
(────ああ、これが俺の最期か)
だから、死には嫌われているのだと思っていた。
目の前に佇む一人の男。
サードリリベルの時から仲間としてチームを組んでおり、つい先日ファーストリリベル昇格が決まった怪物。どんな不利的状況下でも生き残り敵を皆殺しにするその戦い方と、死んだ人間の事を重要視するその思想から『死神』と仲間内で呼ばれる事がある。
どうして彼が撃ったのかはわからない。
だが、大方上層部の指示だと思う。
ダイチは優秀だった。
だから本当は、断れない筈の任務を蹴る事があった。
確実に不可能だと思える任務はノーと答え殺人犯の海外逃亡を見逃した事すらある。
仲間が大切だった。
全員死ぬような任務は拒否した。
やれと言われても、脅されても受けなかった。
無駄死にさせたくなかったから。
自分以外でここまで生き残ってくれた仲間は初めてだったから。
「…………気にすんなよ、井ノ上」
反抗心を見せすぎたのかもしれない。
教導官に回って少しずつ思想を普及しようとしたのが、ラジアータ──リリベル・リコリスそれぞれを統括する組織にあるAI──に悪性だと判断されたのかもしれない。
もしそうなら、未来の自分はかなりの影響を及ぼす事が出来たのだろう。
それだけで自分の命が無駄ではなかったと悟った。
「お前が俺の死神なら、それはそれで嬉しいよ」
無表情で何も映さない瞳には何が込められているのか。
ダイチは改めて井ノ上と相対し、この目が恐ろしいと実感した。
だがそれと同じように。
井ノ上は殺した相手を忘れない。
決して興味が無い訳じゃない。
無機質なだけで、井ノ上には感情がある。
相手の事を想う優しさもある。
仲間を守りたいと願う力もある。
だからある意味で、殺してくれるのが彼で良かったとダイチは安堵の息を吐いた。
「…………忘れないで連れてけよ、お前の終わりまで」
そして目を閉じて、思う。
(引退した後、最初の頃は何しようとしてたんだっけか……)
取り留めのない夢だったような気がする。
海外にでも行ってみたいと、そう思った。
この死神ならきっと、最後まで連れて行ってくれる。
死が目前なのに恐怖が無い。
誰よりも恵まれた死だと、最期に思った。
最後の任務。
ファーストリリベルに昇格するために必要なことがあると言われ、司令部に呼び出されて下されたのは、『ファーストリリベルのダイチを殺せ』という内容だった。
意味がわからない。
どうして殺さねばならないのかを問いて、答えなかった。
だから脅した。
銃を構えて司令の命を握った。
何度か護衛に殺されたけど、やり直して全員無力化した。
手を撃ち抜いただけだったから命に支障は無い。
「流石だな、歴代最強と名高いリリベルよ」
どうでもいい。
ダイチを殺す理由が不明だ。
説明と撤回を要求する。
「仲間思いもここまでくれば狂気になる。よくわかったんじゃないか、楠木くん」
「……は、そうですね」
司令と、見覚えのない女。
興味が無い。
「気にしなくていい。これも教育の一環であるがゆえ──」
司令の指先を撃ち抜いた。
小指の先が欠けても人は生きていける。
痛みに藻掻く司令を見つめて、動きそうになった護衛にも一発叩き込んで黙らせて、もう一度口を開いた。
ダイチを殺す理由が不明だ。
説明と撤回を要求する。
「ふ、ふふっ……ぐ、ラジアータが答えを出した。あのファーストリリベルを生かしておけば将来、大勢の犠牲を支払うことになると」
ラジアータ。
初めて聞いた名前だ。
「我々Direct Attack──DAの頭脳であり、命。高度な人工知能で、この管理社会の秩序を保つ歯車。これまでお前達に下している任務も全てあやつが導き出したものだ」
人工知能…………
その計算結果で、これまで殺す標的を選んできたのか。
「計算式何かは私に聞くな、知らされていない。ただ一つ確かなのは、ラジアータに間違いはない」
…………なら聞こう。
俺の任務で、俺のこれまでの死亡率はどれくらいだ。
それで答えがわかる。
仮に死なないと判断したのなら、俺はラジアータに従わない。
ここまでやって無罪放免ともいかないだろう。
最悪、リリベルが派遣されるかもしれない。
全員無傷で無力化すればいいだけだ。
気が遠くなるくらい時間がかかるだろうが、不可能じゃない。
「……よかろう。おい、計算急げ」
オペレーターがパソコンに入力していく。
護衛も傷を負っているが死人は居ない。
こんなことで人を殺すなんてバカらしい。
司令の命を奪うのは簡単だが、そんなことをしても無駄だ。
他の命が散る事になる。
少なくともこれまでラジアータが判断してきたというのならそれは正しいんだろう。
だが、俺のことを覆せないのなら、俺は従わない。
現状生き残っているのに、俺が死んでいる筈だと答えを出せるのか。
答えを出せてしまうのならば、従うしかない。
きっと将来、ダイチは人を殺める要因を生んでしまうんだろう。
俺が唯一信用できるのはこの戻る力だけだ。
自殺する事で時を戻る、この謎の力だけが俺の中で特別だ。
「──計算、出ます!」
オペレーターの声につられて巨大モニターを見る。
そこには俺の顔写真と戦闘データ、これまでの任務が一律に並べられている。
その全てに、『LOST』と表示されていた。
「──……そんな、馬鹿な……ラジアータの予測に、間違いは……」
司令の声が聞こえる。
ああ、この人工知能に間違いはない。
とんでもない代物だ。
ざわめきを抑えられない周囲とは裏腹に、俺の脳は急速に冷えていく。
そうか。
間違いはないんだな。
確かに俺は死んでる筈だった。
それなのに生きている。
間違いのない人工知能からすれば理解不能だろう。
それでも演算して、俺が死ぬ結果を導き出した。
拳銃を側頭部に当てて、司令が息を呑んだ。
「……落ち着け。ラジアータの結果はまだ確認が取れてない、だから待て」
落ち着いていますよ、司令。
俺は最悪な気分なんです。
ラジアータは間違えない。
ああ、その通りだった。
こいつに間違いはないでしょう。
俺の死を計算できるのは俺しかいない筈なのに、こいつはそれを計算で暴いた。
俺に逆らう理由は無い。
この任務は受けます。
ファーストリリベルのダイチは、次の任務で始末します。
「待て、何を言っている。お前は何を知っている?」
やり直しです。
また話しましょう、司令。
次はすぐに受けますよ。
引き金を引いた。
任務は難しかった。
二手に分かれて、テロリストの潜伏場所になっている廃屋に突入。
真昼間から作戦行動を開始したために騒音を出せない条件がありつつも、10回程度死ぬだけで済んだ。
悪条件のわりに綺麗に片付いた印象だった。
「これで全員か?」
ゼンとカジは二階にいる。
俺とダイチは地下二階まで突入して、全部制圧した。
電波が悪く、上と通信が出来ない。
頃合だった。
「いやー、やっぱり井ノ上は頼りになるよなぁ」
警戒心はまるでない。
俺がその立場だったら、夢にも思わないだろう。
数年間一緒に戦った仲間に後ろから撃たれるなんて、誰が考えるんだ。
なあリーダー。
今からでも遅くない。
……どうしてリーダーが死者を出してしまうのかすらわからないのに、何を止めようって?
「ん? どうした、井ノう……え」
銃口を突き付けた。
「…………そっか、そういう事か」
妙に諦めの早い対応だった。
悟っている。
ファーストリリベルとしての任期が長い彼は、もしかしたらラジアータの存在を知っているのかもしれない。
だからどうして俺が拳銃を向けるのか、それをわかっている。
「リリベルとして、それを受け入れない訳にはいかねぇなー」
拳銃を握ったまま、ダイチはそれとなく場所を移動した。
死体の目の前に佇んで、このまま倒れ込めば、まるで反撃で命を失ったように見えるだろう。
気遣いの出来る奴だった。
どいつもこいつも、死ぬのはそういう奴らなんだ。
「あんまり時間かけたら、不審がった二人が降りてくる。早くしろって」
殺す。
ダイチを生かしていたら、未来でリリベルが死ぬかもしれない。
国が揺らぐかもしれない。
それは駄目だ。
それは防がなきゃいけない。
これまで死んで来たリリベルは、リュウは、XA-03は何のために死んだんだ。
国を守る為にリリベルとして散って行った奴らに、顔向けできない。
けど、ダイチは仲間だ。
俺が守らなくちゃいけない仲間。
未来で悪さをするとしても、それは今じゃない。
今殺せば芽を摘める。
でも、ダイチが死ぬ。
死んでいった奴らが無駄死にする。
「……どうした、死神」
死神。
俺を裏で呼ぶ奴らの仇名だった。
敵の死を看取り仲間の死を看取り、その私物や名前を何時までも覚えている喜色の悪い死神。
そう呼ばれている事は知っている。
事実以外の何物でもない。
だから受け入れている。
それは仕方ない事だ。
「お前が撃たないなら、俺が──!」
ダイチが銃口を俺に向けた。
引き金を引いたのは、俺だけだった。
サイレンサーを付けた特有の銃声が地下室に響く。
上の二人にも聞こえたかもしれない。
ブレて、肩を撃ち抜いた。
その衝撃で倒れ込んだダイチを見つめて、再度銃口を向け直す。
ふぅ、はぁ、と息を荒げながらダイチは起き上がる。
壁を背にして座り込み、傷口を抑えて脂汗の流れる額を拭う事もせず、俺を真っ直ぐ見た。
「…………気にすんなよ、井ノ上」
仲間を撃った。
ダイチは仲間だった。
でも、未来で仲間を殺すかもしれない。
その要因を生みだしてしまうかもしれない。
だから殺さなくちゃいけない。
守るべき仲間を。
「お前が俺の死神なら、それはそれで嬉しいよ」
そんな。
そんな訳が、あるか。
死ぬのが怖くないのか。
死ぬんだぞ。
何も残らない。
ダイチは敵に殺されたファーストリリベルとして処理される。
それどころか、栄光すら剥奪されるかもしれない。
お前は優秀だった。
強かった。
殺されて嬉しいだなんて、おかしなことを言うな。
気が動転している俺に対して、ダイチは続けて、か細い声で言う。
「…………忘れないで連れてけよ、お前の終わりまで」
────…………。
息を呑んだ。
覚悟はしていた。
でもいざ目の前にすると動揺した。
これまで俺がしてきたことは、つまり、そういう事だ。
今になってようやく理解したのかもしれない。
殺した相手を背負うと言うのは、ただ忘れないで生きるだけじゃない。
その相手がどんな人間だったのか、その相手とどこまで歩んでいくか。俺のゴールはどこなのか、向かうべき場所をどう決めるのか。
今やっと、スタート地点なんだ。
「……ああ。連れて行く」
ラジアータが導き出す解の果てに何があるのか。
俺達が殺し続けた未来に何が残るのか。
この国の在り方は正しいのか。
全部見届ける。
皆の死に意味を見出すのは俺じゃない。
結果だ。
結果だけが全てを語る。
安心したように瞳を閉じたダイチの額に狙いを合わせる。
手の震えは無い。
これまでと同じで、ただ引き金を引くだけ。
ただ、どうしてか。
頬を伝うこの熱は、なんなのだろうか。
「──おい二人とも、大丈夫か!?」
「いつまでも上がってこないから何をして……る…………と」
ダイチは死んだ。
物言わぬ死体だ。
動くことは無い。
頭が痛い。
それでも思考は鮮明だ。
俺が何をするべきか、これまで以上にはっきりとわかる。
「……………………リーダー」
「…………井ノ上。何があった?」
訝しみながら、二人が呟く。
この状況を見れば俺が殺したように見えてもおかしくないだろうに、二人は話を聞こうとしている。
「リーダ──―……ダイチは死んだ。流れ弾に当たって、呆気なく」
「…………そっか。残念だね」
カジは聡明だ。
きっと言わなくても悟ったんだろう。
硝煙をのぞかせる俺の拳銃を見ればわかる。
明らかに最後の一撃を放ったのは俺だとわかっているだろうに、問い詰める事はしなかった。
「……リーダー、来年で終わりだったのに」
「ちぇっ……あーあー、ご飯行く約束してたのになー!」
振り向いた俺の顔を見て、口を開こうとして、二人はこれ以上の事を話すことは無かった。
俺はファーストリリベルになる。
ファーストリリベルになって、ラジアータの示す死地に飛び込み続ける。
その果てに何を生み出すのか、リリベルの戦いに意味はあるのか。
俺達の存在は正しいのか。
その死は無駄だったのか。
無駄じゃないものにしたいから、生き続ける。
それが俺の人生だ、ダイチ。
死んだ奴も殺した奴らも全員一緒に肯定していこう。