「それじゃ。またね」
カジと東京駅で別れた。
彼は関西支部に異動になる。
更にそこから小さな支部で唯一のファーストリリベルを担うそうだ。
少数精鋭として動いた経験を活かした精鋭作りをする、そう伝えられているらしい。
「僕たちに負けないようなチームを作る。それが当面の目標かな」
「……そうか。頑張れよ」
「そっちこそ。ぶっ潰れるなよ、井ノ上」
ひらひら後ろ手を振って人混みに紛れていく。
俺とゼンの目的地は司令部だ。
折角都会まで出て来たのに更に田舎にいかなければならない。
非常に面倒だ。
「じゃ、俺達も行こうぜ。本部付きなんて何年振りだろうな~」
ゼンについていく。
最初は俺も本部付きだった……筈だ。
正直もうあまり覚えていない。
サードの頃はとにかく必死だった。
初陣は忘れることは無いけれど、どれくらい死んだかは覚えてない。
そんなことを覚える理由が無かった。
「おい見ろよ。あの子かわいいぜ」
ゼンが親指で指したのはひとりの少女だった。
少女と言っても年齢は俺たちとそう変わらない。
光に輝く美しい金髪寄りの白髪、左側に特徴的な赤いリボンを着けている。
着ている服は赤い制服。
これから俺達が着用するのも赤い制服。
偶然にしては縁起がいいものかもしれない。
「ナンパしようかな……」
「やめとけ。相手にされないのがオチだし、そもそもナンパしてどうすんだ」
「そりゃお茶してそのまま送り狼っしょ! 俺は詳しいんだぜ」
「はいはい。さっさと本部に向かうぞ」
女の子に気を引かれているゼンを引っ張りながら歩いていく。
位置の関係上彼女の横を通らなければならないが、変な事はしないだろうな。
睨みを効かせてゼンの行動を抑えつつ、隣を通過した。
「────……」
綺麗な紅い瞳だった。
どうしてか彼女は俺達の事を見ていて、無邪気に観察するような感情。
目が合った。
彼女は逸らさない。
俺も逸らす気にはならなかった。
僅か一瞬。
隣を歩くその一瞬だけだったけど、これまで歩いて来た道筋が俺を鍛えてくれた。
だからそれだけで十分だった。
この少女は、普通じゃない。
向こうもそれは察したと思う。
でも何もしない。
ラジアータは何も告げていないから。
……リコリスか。
あの電波塔事件を解決したのもリコリスらしい。
紅い制服のリコリス。
まあ、六年も昔の事だ。
その伝説のリコリスが引退していてもおかしくはない。
会ってみたい。
たった一人でテロリストを制圧し、この国最後の事件として扱われるあの象徴を守った人に。
「おいおい井ノ上ぇ~~! なんで邪魔するんだよっ」
「…………なあ」
そして聞きたい。
俺は今、最強のリリベルなんて称号を押し付けられている。
一人では何も守れない。
一人で出来る事なんて限られてる。
死なないだけの俺が最強のリリベルと呼ばれている。
だから聞きたいんだ。
恐らく普通の人間で、死んでも元には戻らないのに伝説とすら謳われるリコリスに。
「どうやったら、届かない所まで手が届くんだろうな」
「……そんなの決まってる」
ゼンは珍しく真面目な声色で言う。
「諦めないんだ。それはお前が一番よく知ってるだろ」
「……そう見えるのか」
「そりゃまあ……明らかに死んだなって時も生き延びてるのが井ノ上だもん」
実際何度も死んでるからな。
ただ死んでも元に戻れるから生きてるだけ。
能力は決して高くない。
「ま、諦めないで生きていこうぜ。リーダーもそれを願ってるさ、多分な」
……そうだな。
二人とも俺が殺したことに気が付いてるだろうに一言も言ってこない。
俺が司令部に呼び出しされた事を皆知っている。
だからそれが上の指示だと理解もしている。
呼ばれなかったから聞く必要はない、そう判断してるんだろう。
「…………ああ。諦めないで、生きていくか」
リコリス。
犯罪者を事前予測し抹殺する治安維持部隊DAに所属する少女暗殺者の名称。都会の迷彩服として学生服に身を包み、国の平和を守る正義の暗殺者。
階級は三つに分かれており、上から順番に『ファースト』、『セカンド』、『サード』。ファーストまで登り詰めるのは限られた才を持つ者だけで、セカンドは生き残った者達が順次昇格していく。サードリコリスは新人、若しくは才能の無い者達だ。
しかしサードリコリスも決して弱者ではない。
拳銃の取り扱い、人の殺し方、証拠隠滅。
多岐に渡る技能を習得したスペシャリストだ。
そしてその中でもファーストリコリス、更に伝説と陰で噂される少女────
『千束、聞こえるか?』
「はいはーい、ばっちし聞こえてまーす!」
東京駅近く。
平日の昼間と言う事で昼休憩を迎えた大人達が歩く中、学生服に身を包んだ千束は一人歩いていた。
『すまないな、休日に』
「いーよいーよ気にしないで。
『それこそ気にするな。ミズキが片手で捌いている』
『ちょっと店長!! レジやってぇ──!!』
「……うん、大丈夫そうだね!」
独身女性の悲しい叫びは聞かなかったことにしながら、改めて用件を聞いた。
『手早く済まそう。場所は東京駅から徒歩数分、皇居前広場にターゲットは居る』
「爆弾抱えた三十代男性だっけ。天下のお膝元でよくやるよね~」
『手荷物検査があるから皇居内部には入らないが、想定被害がかなり大きい。失敗は許されないぞ』
「任せなさいっ! ……でも周りにリコリス居ないね」
『……千束だけで十分。そういう判断だろう』
「期待が大きいですなぁ~」
皇居には千束も遊びに行ったことがある。
綺麗に整備された庭、日本の歴史を凝縮した施設と観光客向けに見やすいように作った建築物。
見る価値があったと思う。
『すまないがミズキに呼ばれている。何かあったらすぐに呼びなさい』
「はーい、了解!」
通信を切って、今頃ミズキに怒鳴られているんだろうなぁと苦笑いしながら千束は顔を上げた。
東京駅の周りは人でごった返している。
日本は世界で一番と言っていい位に治安がいい。
それもこれも裏で未然に防いでいるDAが存在するからだ。
その中でもトップの実力を持つと言われている千束からすれば、このように人が人らしい生活を営んで日常を送っている光景を見るのは、悪い気分ではなかった。
「…………んん?」
ふと、その中に紛れて、見覚えのある制服を発見した。
リコリスとは違う。
同じDA所属でありながら、リコリスと微妙な関係にあると言われている、男の子しかいない暗殺者部隊。共同任務を受けたこともなく、それどころか千束は一度襲撃を受けている。セーフハウスにいつも通りチンピラが来たのかと思ったら統一された制服に身を包んだ集団が雪崩れ込んでいたのは流石に驚いたが、無傷で制圧し直接司令部に文句を言ったほどである。
二人とも黒の制服に身を包んでおり、セカンドリリベルだと言う事が伺えた。
(……まさかこんな白昼堂々襲ってこないよね)
茶色の髪を整髪剤で整えた男の子と、黒髪を靡かせた男の子。
此方へ歩いてくる。
千束は内心ドキリとしつつ、もしもに備えて鞄に手を添えた。
鞄は戦闘に耐えられるように特別性なので、万が一急襲されたらこれで反撃する。
二人は並んでいる。
数は不利だが、千束には類まれな
筋肉の動きから射線すら読めてしまう彼女にとって、近距離戦闘はお手の物だ。
妙な緊張感があった。
茶髪の男の子は腕を抑えられていて、此方と視線は合わない。
黒髪の男の子の瞳が動いて、千束を捉えた。
(──……わ……)
昏い瞳だった。
薄暗く、底なしの闇。
隈が浮かび上がりその影響なのかは定かではないが、吸い込まれる様な色。
目が合った。
彼は目を逸らさない。
千束も目を逸らす気にはならなかった。
でもその一瞬で、千束には十分だった。
彼女は目が良い。
────そう言えば。
リリベルには今、歴代でも最強と呼ばれる人がいるそうだ。
先日セーフハウスを襲撃された時、先生に聞かされた。
『しかし、今回
『え、なになに。誰?』
『……今のリリベルには、最強と呼ばれる少年が居る。千束、彼の事は覚えておくと良い』
現在はセカンドリリベル。
黒の制服に身を包み、背丈は大人と遜色ない。
感情を見せる事が少なく、絶体絶命のピンチを物ともせず脱出し必ず任務を遂行する機械の如き戦闘能力。亡くなった仲間と殺した相手の事に執着心を持ち、国を守るためならば慕う仲間すら手に掛ける事が出来て
「おいおい井ノ上ぇ~~! なんで邪魔するんだよっ」
後ろを歩く少年の声が聞こえる。
チラリと一瞬その様子を覗き見れば、茶髪の男の子が黒髪の男の子に文句を言っていた。
──井ノ上。
彼の名前は、井ノ上
『いずれ千束の元に殺しに来るかもしれない。……そこまですれば、リリベルとリコリスの全面戦争は免れないが』
歴代最強のリコリスであり、不殺を貫きDAから反感を買いまくっている千束を唯一無力化出来ると判断されれば。そう遠くない未来で二人は激突するかもしれない。
だが、それは今日じゃない。
「…………井ノ上くん、かあ」
最強のリコリスは今日も不殺を貫く。
誰かの時間を奪いそれで気分を悪くするくらいなら、いや、己の命を救ってくれた誰かに憧れた彼女は。
これまでもこれからも、誰も殺さない。
その心臓が鼓動を止めるまで。