──なあ、XA-02。
XA-03が話しかけてくる。
その時点でこれが現実じゃないのがわかって、また同じ夢を見ている。
XA-03。
俺の心に残り続けている。
もう、XA-01と俺以外、お前の事を知る者はいない。
血みどろの顔で、血みどろの身体で、砕け散った肉体で、それでも流暢に告げるのだ。
──俺が死んだ意味って、あったのかな。
怨念だろうか。
背負い込むと決めた命だ。
死人に口なし。
死んだ人間が喋るわけが無い。
だからこれは、俺の思いこみに過ぎない。
……本当に、そうだろうか。
死んでも元に戻るおかしな力を持っている俺に起きているんだ。
これが幻覚ではない保証は、何処にもない。
XA-03。
俺にもお前が死んだ意味はまだ見いだせてない。
ただ、お前が死んだ代わりに生き延びた奴が居て、そいつにとっては意味があったんだと思う。
俺にとって、お前が死んだ意味は、まだない。
だから。
だから、どうか消えないでくれ。
俺が忘れないように、ずっとずっと永遠に、俺の夢を呪い続けてくれ。
それが俺の願いだ。
背負った死人全てが俺の事を呪ってくれるのなら、それほど嬉しいことは無い。
忘れる事が出来ないように、隅々まで刻み込んでくれると助かるんだ。
「お前毎朝魘されてんなー」
いつの間にか朝になっていたらしい。
寝付いた記憶はある。
司令部に呼び出され直接色々話を聞かされ、ゼンと二人部屋だという事だけは覚えてふらふらと歩いてきた。
汗をびっしょりとかいている。
服がしっとりとしていて、気持ちが悪い。
「よ、おはよう! 今日も一日元気に暗殺と行こうぜ!」
ゼンはお調子者だ。
チームを組んでいる時はいつもこうだった。
リュウとゼンがバカな事を言って、それをカジが否定し、ダイチが笑う。
俺はそれにたまに混ざるくらいで、自分から入る事はあまりなかった。
一杯一杯だから。
俺の頭と心は全て死人に捧げられている。
そうだろう、XA-03。
お前の死んだ理由はなんなんだろうな。
俺にこの因果を植え付けてくれたことは感謝している。
こんなよくわからない特殊能力の活かし方を与えてくれたのは、紛れもなくお前だ。
だから感謝している。
「ほらほら、今日は顔合わせなんだしもっとシャキっとしろよ~」
顔合わせ。
…………ああ、新部隊。
忘れていた。
ベッドから降りて服を脱ぎ、下着を取り換えてリリベルの制服に袖を通す。
紅い制服。
昨日見たあの少女と同じ、俺がこの手で殺したダイチと同じ。
XA-01が約束されていた筈の場所に、俺が先に手をかけた。
どれだけ恨んでくれているだろう。
俺への怒りで命を繋いでくれるのならそれでいい。
俺はリリベルの肉盾だ。
諦めない限り前に歩き続けられるのだから、どれだけ死ぬことになっても、俺は諦めない。
レッグホルスターに予備拳銃を仕込み通信デバイスを耳に装着し、これまで何百もの命を吸って来た愛銃を手に持つ。
俺の命も他人の命も吸うこいつは俺の相棒だ。
予感がある。
俺が辿り着くべき場所まで、こいつは着いてきてくれる。
「準備終わった?」
「ああ。待たせた」
それぞれ別のチームを担当すると聞いている。
ゼンは本部付きのファーストとしてセカンドを二人。
「でも俺折角なら可愛い女の子と一緒に過ごしたいんだよなー」
リコリスの事か。
先日見掛けたファーストリコリスくらいしか記憶にないが、でも確かに、俺達は同じような生き方をしてきた人間しか隣に置くことはできないだろう。
一般人を好きになる事すらないし、そもそも任務が最優先だ。
恋愛感情なんてものは枯れ切っている。
特に俺の場合は。
「女の子守る方が力出るじゃん!!」
……まあ、それには同意する。
どちらかと言うと、守る時にこそ力は発揮されるという点に。
その対象が異性であるかどうかはそこまで関係は無いと思うが、大切であればあるほど、そこに籠められた想いは大きい。
……そういえば、居たな。
朧げにしか覚えていないが、俺の後ろを歩いてた小さな女の子。
あれは、誰だったか。
黒髪だった、程度のキーワードしか頭にない。
DAに回収されるより前、両親が健在だった頃の記憶。
そんな両親もほぼほぼ忘れてしまったわけだが。
「あ、俺こっちだ。じゃーな!」
嵐のように過ぎ去っていくゼンに手を振りながら、改めて目的地を思い返す。
リリベル本部指令室。
どうしてか俺は上司に直接呼び出されているらしい。
ちゃんと自殺したからあの時のやらかしは何も残ってない筈だ。
山奥の国有地に密かに建てられた施設は広い。
聞くところによると、リコリスも同じような規模で所有しているそうだ。
それくらい国は俺達の存在に力を入れているし、また、俺達もそれに応えるために日々を過ごしている。
サードリリベルの視線を時折感じながら廊下を歩く事およそ三分。
指令室前に到着し、三度ノック。
「入れ」
「失礼します」
一言告げながら中に入り扉を閉めて、軽く状況を見渡す。
堂々と椅子に腰かけて偉そうに踏ん反り返っているのが司令だ。
胆力もあるし上に立つ者として俺は認めている。
あの時銃で撃たれても動揺することなく話し続けたのは彼の強さが故だろう。
肉体面で衰え既に現場で戦う事が出来ないとしても、司令もまた、俺と同じように背負う存在だ。
「来たな、歴代最強のリリベルよ」
「以前よりも大仰な呼び方ですね」
「そうなるのも致し方ない事だ。お前はリリベルとして忠実であり、なおかつラジアータの示す死すらも覆す唯一の存在。特別扱いは免れん」
ああ、そう見えるのか。
俺からすればラジアータに非は一切ないが、確かに死んでる筈の人間が生きていれば、結果を覆している異常者と判断を下してもおかしくはない。
やはりつくづくあの人工知能は優秀だ。
俺の道を作ってくれるのは奴しかいない。
「ファーストリリベル……ダイチの抹殺、ご苦労。悪い奴では無かったが、ラジアータが答えを出した。それ以外に言うことは無い」
「存じています」
これは昨日話さなかった内容だ。
流石に堂々と言いふらす事はしないらしい。
仲間殺しなんて知られたらリリベルに殺される可能性が高くなる。
殺されたところで死なないから無力化するだけだが、無駄に敵を増やす必要はない。
「お前の最適な扱い方に関しては正直なところ、決めあぐねている。なにせラジアータが答えを出さんからな、正解が辿れん」
信奉者の末路だ。
いつから人工知能の導きにのみ従っているのかは不明だが、平和を守る為に頼り過ぎた弊害が出ている。絶対に正しい答えを出すAIが居て、それにずっと従ってきていたのなら、そうなってしまうのもわからなくはない。
だが、だが。
ラジアータの下した結果の意味を考える事すらやめてしまうのは、よくない。
「──故に、これまでの戦績を加味して……」
そう言いながら一枚の書類を取り出した。
近付いて確認しろ、という事だろうか。
少しだけ前に出て司令との距離を詰め、目を凝らした。
『DA直下特別遊撃隊員:井ノ上多希翔』
「つまり、リリベルでありながらDA直属お抱え暗殺者という訳だ。不満は?」
「ラジアータはなんと?」
「それを知る権利はお前にはない」
「了解しました」
DA直下──つまり、リリベルよりも上の組織。
所謂栄転という奴だが、正直嬉しくもなんともなかった。
チームを組まないのなら、救える筈のサードを救えなくなる。
「直接会話する事は出来ん。この端末でのみ情報のやりとりを行う」
差し出されたのは少し古い機種のスマホだった。
型落ちと言って差し支えないが、だからこそ逆に信頼性があるらしい。
受け取ると専用アプリのみが起動し、メールやマップと言った任務に必要な機能が搭載されている。
「なんでもクラッキングも可能だとか。電子的なセキュリティなら大体突破できるように設計されてるようだから、有効活用するように」
「は、了解です。他には」
「ない、行け」
踵を返して扉へ向かう。
外に出てから一息吐いて、端末を眺める。
『Hello,INOUE』
DA直下。
それは果たして正しいのか。
もしもリリベルやDAがこれを用意しているのなら大分ユーモアに富んだ人材が担当しているのだろう。
まさか携帯端末に挨拶されるとは思わなかった。
上司の顔すらわからない。
唯一情報を介するのはこの小さな端末だけ。
仲間殺しにはお似合いの末路じゃないか。
ピ、という音と共に早速通知が鳴る。
内容は暗殺命令。
目標地点は東京都。
対象は────32人。
単独でこれをやれと。
俺の役割はこれか。
歴代最強のリリベル、ね。
笑わせる。
ただ敵を殺す事だけを求められている。
だがそれでいい。
俺が敵を殺せば殺した分だけ、背負う数が増えて仲間は死ににくくなる。
死なない人間が矢面に立つのは当然のことだ。
苦痛は死にカウントされないのだから問題ない。
大丈夫。
全員等しく連れて行く。
誰一人だって置いていきはしない。
だから、安心して俺に殺されてくれ。
──息を吐く。
妙に威圧感のある奴だ。
ファーストリリベルの抹殺を命令した時もそうだった。
リリベル総司令官は眉間を指で揉みながら、先程提示した書類とは別の、廃棄するようにと命じられシュレッダーに既にかけた一つの資料を思い返す。
『ファーストリリベル井ノ上多希翔は、ラジアータの分割AIを搭載した端末を渡し遊撃隊として動かす事』。
それが彼の扱いだった。
ラジアータが言えば正しいと彼は言う。
何の疑問も抱かずに任務を受けたことに違和感を覚えた司令は、その時に問うた。
『仲間を暗殺するのに対して揺らぎがない理由はなんだ』、と。
彼はこう答えた。
『俺の任務結果を、この人工知能に計算させればわかります』と。
ラジアータの事は恐らくダイチから聞いたのだろうと考えて、退出してから計算をした。
その結果──司令は動揺を隠せなかった。
あの演算は間違いなく誤りであった。
死亡判定を受けた人間が目の前にいたのに、その結果が正しいわけが無い。
何度も何度も計算をやり直し、幾度となく示された表示は全て『LOST』。
井ノ上多希翔という人間は既に死んでいる、ラジアータはそう判断してしまった。
「……不気味な奴だ」
そこに親しみはない。
警戒心。
いずれ裏切るつもりか、それとも……
ラジアータは示さない。
この国の未来がどうなるのか予想できなくなっているという事に気が付いている者は、まだ誰もいない。