剣の世界の見習い吟遊詩人   作:雷神デス

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記憶の断片/壁の英雄

 

 

 

 

 

 英雄に憧れていたんだと思います。

 皆を助けられるような、兄のようなかっこいい英雄に。

 

 

「なれるよ。ぺルラなら」

 

「ほんと?」

 

「ほんとさ。だってぺルラは、とってもいい子なんだから」

 

「……それ、英雄になるのと関係あります?」

 

「勿論!壁の守人になるには、清い心を持ってなきゃいけないからね。英雄になるのだって、正しい心を持たなきゃできないことだ。力と知恵も、勿論大事だけどね」

 

 

 兄さんは、はにかむように笑って。

 私の頭を撫でながら、いつもかっこよく言うのです。

 

 

「英雄ってのは、皆を守れる人のことだから」

 

 

 

 

 

◆◆

 

 

 

 

 剣戟の音は、基本的には煩くて不愉快です。

 鉄と鉄がぶつかり合う音だから当然ですけど、耳に変に残って嫌な感じがします。

 それが理由で、私と近い歳の女の子は皆、守り人の訓練場に顔を出そうとはしません。

 けれど、兄さんがいる時だけは、そんなことが気にならないくらいに楽しくなります。

 

 

 リィン

 

 

 鈴のような音が鳴って、次いで剣が落ちる音が響きました。

 まるで演奏会のように、その日の訓練場は綺麗な音に満ちていました。

 

 

「お疲れ様。流石の腕前だったよ、フレム」

 

「よく言うぜ、メタロ。これで俺は何回目だ?」

 

「僕が73勝目。君は27勝目だ。まだまだ追いついちゃいないさ」

 

「お前がガキの頃の記録だろ。その27勝。ったく、強くなりやがってまあ」

 

 

 兄さんは、振ると音が出る剣を使って戦う。

 初めて見る人はそれを玩具だとか、ふざけているとか言うけれど、何にも分かっちゃいない。

 兄さんにとっては、剣だけではなく、それが奏でる音すらも武器となるのだ。

 

 

「メタロさん!俺、いいですか!?」

 

「威勢がいいね、ミカ。かかっておいで」

 

「はい!」

 

 

 ついで兄さんに挑んだのは、最近になって壁の守人になったミカさんだ。

 以前は冒険者をしていたらしく、入ったばかりだというのにもう実戦で何度も戦果を挙げている、たしかな実力と実績のあるティエンスの守人だ。

 

 

「フゥ~……!」

 

 

 深く深呼吸したミカさんの目は、まるで猫のように鋭くなり。

 力を込めた両腕は、まるで熊の腕のように筋肉が膨張し、血管が浮き出る。

 一部の冒険者が扱う、錬技という技術だ。

 

 

「ハァ!!」

 

 

 尋常じゃない筋力で振るわれた両手剣は、兄さんの持つ細剣程度なら一発の打ち合いで弾きそうな程に強く、そして重い。

 

 そんな攻撃を前にしても、兄さんは特に顔色を変えるでもなく。

 ほんの少しだけ細剣を前に出し、ミカさんの刃に触れさせて。

 

 

「流石ッ!」

 

「力だけじゃ足りないよ、ミカ」

 

 

 まるで滑らせるように剣の軌道をずらし、兄さんが立っていた場所からほんの数センチだけ横の地面へと矛先を移動させる。

 最小限の力で逸らされた攻撃、されどミカさんもそれで止まるような人じゃない。

 躱されるのは織り込み済みとばかりに、剣の柄を足で踏みつけ、地面に埋まった刃を跳ね起きさせて、再びその刃を兄さんに向け振り抜いた。

 

 

 リィン

 

 

 再び、鈴のような音が鳴った。

 

 

「技だけでも足りない」

 

「ならどうしろと……!」

 

「心技体。全てを揃えてこその守人だよ」

 

「ハハッ、無茶言うなぁほんと!」

 

 

 兄さんの突きが、ミカさんを襲う。

 どうにか避けようと体を捻るミカさんだけど、それでも間に合わないくらいに速い。

 避けきれずに肩から血を流しながらも、彼は楽しそうに笑う。

 

 

「戦闘狂、ってやつなんですかね?」

 

「冒険者なんてだいたいがそんなもんだよ嬢ちゃん。戦いよりも、スリルが楽しくなってくる」

 

「へ~。冒険者って変な人達なんですね」

 

「そりゃそうさ。皆変人だよ、冒険者も、守人も」

 

「むっ」

 

 

 兄さんを含めたことに反論しようとするが、そんな間も無く音が響いた。

 いや、今回の場合は音というよりも、演奏でしょうか?

 兄さんは、まるで指揮棒を振るかのように剣を振り、曲を奏でる。

 

 

「あ、やっべ……!」

 

「唸り、示せ。獣の誇り、王者の咆哮!」

 

 

 兄さんの剣が奏でた音は、やがて実体を伴い現れる。

 その音は、まるで獣の咆哮のごとく訓練場を揺らし。

 凄まじい衝撃を間近で受けることになったミカさんは、それに耐えきれず吹き飛んでいく。

 

 

「ぐぅ!」

 

 

 倒れたミカさんの首元に、兄さんの細剣がピタリと添えられた。

 ミカさんは諦めたように笑いながら、両手を上げて降参のポーズ。

 

 

 

「チェックメイトだ」

 

「ちょっと気障(キザ)ですよ、兄さん」

 

「え、そう!?」

 

 

 恥ずかしそうに頬を染める兄さんを見て、周囲からは笑いが漏れる。

 私もそれに釣られて笑い、それを兄さんに咎められほっぺを抓られる。

 ずっと続くと思っていた、幸せな日常だ。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

「ごめんなさい」

 

 

 何もできずに、ただ震えることしかできなかった。

 一人で勝手に行動して、誰一人救えずに、隠れることしかできなかった。

 

 

「ごめん、なさい」

 

 

 英雄になる、なんて。

 できるわけが無かった、叶うはずが無かった。

 才能も無いのに出しゃばって、勇気を出した振りしてる自分に酔って。

 

 

「ごめんなさい、ごめんなさい……」

 

 

 兄さんの死体に縋りついて、涙を流す。

 街の存亡をかけた戦いは終わった、兄さんが終わらせた。

 街は救われた、奈落の魔域は消滅した、兄さんは打ち勝った。

 

 そして、兄さんは英雄として、生きて帰るはずだった。

 私がいなければ、そうなるはずだった。

 

 

 私を庇ったせいで、兄さんは致命傷を負った。

 魔神から私を庇わなければ、あんな奴の攻撃幾らでも避けれてたはずだった。

 逃げれば済む話なのに、私はずっと逃げれなかった。

 怖くて震えて、ただそれを見ているだけしかできなかった。

 

 

 

 ごめんなさい

 

 

 我儘言って、ごめんなさい

 

 

 一人で行って、ごめんなさい

 

 

 助けようとして、ごめんなさい

 

 

 英雄になろうなんて考えて、ごめんなさい

 

 

「主役になろうとして、ごめんなさい」

 

 

 涙は、雨に濡れて掻き消えた。

 

 主役は死んだ。

 私が殺した。

 

 英雄は死んだ。

 私のせいで死んだ。

 

 

 

 私は

 

 

 

 

◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 小鳥の囀り、風の音。

 窓を貫き輝き太陽、不快な寝汗。

 

 

「……」

 

 

 最悪の気分だ。

 一番見たくない、最悪の奴の物語を見た。

 

 

「おはよう、ぺルラ」

 

 

 師匠の声が聞こえてくる。

 珍しく、先に起きて食事の支度をしてくれていたらしい。

 香ばしい匂いが鼻をくすぐる、今日の朝ごはんはベーコンとスクランブルエッグだろうか。

 

 

「ごはんできてるよ。お食べ」

 

 

 背を向く師匠の背中に抱き着いて、ギュっと服を掴んだ。

 師匠は何も言わずに背中を貸してくれた。

 ごはんが冷めちゃいけないから、すぐに離すつもりだ。

 涙が堪えられなくなったから、それが止まるまではこうさせてほしい。

 きっと、ほんの少しだけ流せば、すぐ止むはずだから。

 

 

「ぺルラ。君は良い子だよ」

 

 

 師匠は、いつものようにそう言った。

 冷えた朝ご飯は、存外美味しかった。

 

 

 

 

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