さて、どうしてこんなことになったんだろうか?
ああそうだ、師匠と一緒に
その中にいたアザービースト(下位の魔神で、狼みたいな形をしてます)に追われて。
泣き言を吐きながら逃げていたら、目の前の男に助けられたんだった。
「アッハッハッ!いやー、驚いた!まさかティエンスの女の子を助けるとは!」
一見すれば、気の良い小年だ。
幼さが残る端正で中性的な顔立ちは、芸術品のようにも思える程。
けれどそんな美しさも、その頭に生えた角を見れば吹き飛んでしまう。
「ド、ドレイク……!?」
「へぇ。見ただけで分かるのか。迷い込んだ村人とかでは無さそうかな?」
笑いながら、蛮族社会における最大の権力者は赤い雷を纏う槍を手にした。
その身から発する威圧は他の蛮族の比ではなく、その目に宿す眼光は恐ろしく。
蛮族の王、その一角を見た私は──
「きゅう」
「……ん?あれ、おーい。……え、気絶した?」
バタンキュー、と気絶してしまうのでした。
◇
さて、困った。
この倒れている少女を、僕はどう処理すればいいのだろうか?
「流石に、ここに放置するのはなぁ……」
ドレイクのことを理解しているし、てっきり冒険者かと思ったのだが。
自分は別に人族を取って食うようなドレイクでもない、と先に説明しておけば、もう少し何とかなったのだろうか?
「いや、まあ信じてもらえるわけもないか」
バルバロスと人族の間には、分厚く巨大な壁がある。
バルバロスは人族を傷つけ、人族はその報復として蛮族を殺し続けてきた。
バルバロスして人族と調和することは無く、人族もまた我らを拒むであろう。
「どっちでもいいんだけどね、僕としては」
少女は気づかなったようだが、自分は真っ当なドレイクではない。
魔剣を失い、翼を捥がれ、バルバロスの輪からも弾きだされた剣無しのドレイクだ。
人族の間では、『
だから、己にとってはバルバロスも人族も、大した違いは存在しない。
どちらも己の身方ではなく、どちらも己の敵ではない。
産まれた時から魔剣を持たなかった自分は、まさに出来損ないの放浪者だ。
だからこそ、この少女の匂いが気になった。
自分と同じ、種族からはみ出たような、出来損ないの匂いを放つこの少女が。
「謎のティエンス。君は一体、どんな人生を歩んできたのかな?」
答えはないと知りながらそう問いかけて、彼女を背負い歩きだす。
入る時に感じた強大な魔力の発生源は、この少女では無かった。
とすれば、おそらくこの魔域にはもう一人誰かがいるのであろう。
多分、それと出会えば自分は負ける。
竜にもなれず、翼も無く、分不相応の魔剣を振るう己では決して叶わぬであろ存在だ。
できるならば出会うこと無く、さっさと魔域のコアを見つけ出し、脱出したいところだが。
『ジュブル』
嫌な音が聞こえて、トンッと軽い音を立て10m程後ずさった。
予想通り、先ほどまで立っていた場所に巨大な触手が鞭のように打ち付けられた。
タコのような触手を二本持ち、胴体に巨大な一つ目を持つ魔神。
「ナズラックか」
嫌なタイミングに来られたものだと、迫る触手を槍で受け流しながら打開策を考える。
少女を降ろせばどうとでもなる相手だが、そうすればこいつの狙いは彼女に向くだろう。
魔神にとってティエンスは邪魔で不快な存在で、優先して倒すべき障害だ。
「しょうがない」
深い溜息を吐き、短い呼吸と共に筋肉を膨張させる。
錬技と呼ばれる技術を利用し、ケンタウロスの如き縦横無尽の敏捷さで魔神に近づく。
ナズラックの巨大な目も、見る相手を捕えられぬのならば意味は無い。
「速攻で決める方向で行こう」
槍の穂先を触手に突き刺し、力任せに振り抜いた。
ぶちぶちと嫌な音を立てながら、ピンク色の肉が引きちぎられていく。
悲鳴のような音を立て、ナズラックはもう片方の触手を振り抜いた。
「知性が無いんだっけ?可哀想に。あったのなら、この世界はもっと輝くというのに」
技とは、知恵と身体、そして経験が合わさり始めて形を成すものだ。
知恵も経験もろくに無い、図体だけの
とは言っても、自分もそこまで技を極められているわけでも無いのだが。
「哀れみと慈悲を以て終わらせてあげよう。僕はバルバロスの中ではかなり優しい方なんだ」
錬技を使って己の筋力を熊のように引き上げ、魔力を穂先に込めて槍を突く。
緋色の魔力は槍と共にナズラックの肉を削ぎ、巨大な目玉に大穴を開ける。
片腕が塞がっているので全力で振り抜けなかったが、まあこんなものだろう。
「う、うぅん……」
「おっと、揺らし過ぎたか。……グロテスクなのは見せたくない」
少女をこの場に置いていく、なんていう選択肢は最初から存在しない。
自分の美学に反するし、一度助けた命には最後まで責任を持たなければならない。
気まぐれに命を助けて、その後は「頑張ってね」じゃあ夢見も居心地も最悪すぎる。
「さて、さっさと先に──」
進もうとした瞬間、自分とは格が違う『
どれほどの経験を積んでもたどり着けないかもしれない、才能と実力の暴力。
ドレイクという種族ですらも及びつかぬ、神のきざはしを登りし者。
「……もしかしなくても、彼女の保護者かな?」
見られている、という疑念は確信に変わっていた。
それほどの実力を持つ何者かが、僕如きを相手に遠視する術が無いとは思えない。
殺気は無いようだし、もしかすればこの状況を楽しんでいるのかもしれない。
どちらにせよ性格が悪い。見ているならば、さっさと助けてあげればいいのに。
「まあ、いいや」
助けに来ないということは、それなりに信頼されている子なのだろう。
軽く頬を叩いてあげると、ティエンスの少女は呻きながら目を開ける。
暫くの間状況を理解できず目をぱちくりと瞬かせていたが、すぐに異変に気付いたようだ。
「うわああああ!?な、なんですか!?なんで私の目の前にドレイクが!?」
「よくわかったねぇ、ドレイクだって」
素直に感心する。何せ、今の僕にはドレイクであることを示すものは額に生えた二本の角しかない。本来ならば存在する翼は捥がれ、手に持った魔剣とて、ドレイクが本来所有する、産まれつき持つ魔剣ではなく、成り行きで拾ったものだ。
その角だって、ナイトメアが持つ角とは少し大きさが異なるだけでさして違いは無い。
彼女の観察眼と知識量は、それなりのものらしい。
「安心してくれ。別に取って食べたりはしないさ。ほら、ドレイクはドレイクでも、壊れた方だから。君が敵意を見せない以上、戦う理由は無いさ」
「……ドレイクブロークン。魔剣を失ったドレイク、ですか。あれ、けど……」
「これは外付けだ。僕自身、これを扱いきれる程の技量が無くてね。竜の形態になるには剣の結晶がいるし、魔剣自身も僕を認めてくれてない。だからまあ、誇りも尊厳も失った、哀れな元ドレイクとして扱ってくれればいいさ」
「な、なるほど。つまり、あなたは私を助けてくれたんですかね?踊り食いしようとか、そういう思惑があるわけでも無く、純粋な善意で?」
「そうそう。だから安心していいよ」
彼女は少し動揺しつつも、敵意が無いと分かったのか、安心したように息を吐く。
よくよく見れば、彼女の右手には聖印が刻まれており、その聖印の形は妖精神アステリアのものだった。どの程度の階位かは分からないが、神聖魔法は使えるらしい。
「蛮族にはあんまり拒否感が無いタイプかな?これでライフォス神官とかだったら、話し合いも出来なかったかもしれないし助かるよ」
「ラージャハ帝国では、ドレイクブロークンを名誉人族として扱う文化もありますし。味方してくれるなら、裏切らない限りはそう敵意を向ける必要はないですから」
「柔軟だね。冒険者に向いていそうだ」
「あ、一応名前は教えておいた方がいいですかね?ぺルラ、と申します」
「ぺルラちゃんか。僕の名前はカユマルス、よろしくね!」
ひとまず意思疎通は可能で、蛮族に対して敵意だけを持つ人物ではないと分かった。
これならば、少なくとも奈落の魔域を脱出するまでは協力してくれそうだ。
神聖魔法を使える人間は貴重だし、後衛としてこれほど頼りになる魔法使いもいない。
「お互いに困っているようだし、この場所から脱出するまでの間は共闘しないかい?君に戦う力は無いようだけど、癒す力はあるんだろう。僕は癒す力は無いが、戦う力は持っている。利害は一致すると思うんだ」
「……そう、ですね。いつもなら頼る師匠もいませんし。少しの間ですが、よろしくお願いします、カルマユスさん」
「話が早くて助かるよ!よろしくね、ぺルラちゃん」
彼女とていきなり蛮族に心は開きはしない、現に今だって警戒の眼差しは解けていない。
それならば、お互いの利益を提示し、短い間の共闘とした方がお互いのためだろう。
それに、ここはそれなりにレベルの高い場所のようだし、回復役はほしい。
「じゃ、アビスコアを目指してレッツゴー!」
何よりも、彼女個人のことが気になった。
彼女が僕に向ける目は、警戒もそうだが、何よりも好奇心が籠っている。
確信する。多分彼女は僕の同類で、同じように致命的な何かを失った者なのだろうと。
「(だと言うのに、なんで君はまだ諦めちゃいないんだろうね?)」
希望を追い求め、光を目指して歩むような彼女の瞳が気になった。
自分と彼女の違いは何か、彼女の目指す物が何か、それに興味が湧いた。
「(暇つぶしにはちょうどいい)」
自分は所詮ドレイクだ。人間に興味以上の感情が湧き上がることは無い。
けれどもしかしたら、仲間が出来るかもなんて思いながら、少し上機嫌に歩を進める。