喫茶リコリコを観察する設備屋さん(仮)   作:小松市古城

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1:喫茶リコリコ

 

 

 

 

 目覚ましアラームが鳴っている。

 

 遮光性を重視して設置したカーテンからは、防ぎきれなかった朝陽が差し込み、それが容赦なく彼の顔に当たり起床を促していた。

 

「ぅぅ…」

 

 パイプベッドがぎしりと軋み、ようやくのことで上半身を起こしてアラームの鳴るスマホを止めた。

 

 外の光が差し込むベッドの上に座り込み、傍ら位置いていた煙草の箱から一本抜き取ると、火を着ける。

 

 紫煙を灰一杯に吸い込んでゆっくりと吐き出すと、ようやく頭が回り始めた。

 

 ベッドサイドに山と積まれたコンピュータと繋がれたディスプレイを一瞥し、今日のスケジュールを確認する。

 

 様々な作業依頼をある程度は自動でスケジューリングしてくれるAIが作り上げた今日の作業予定は、夕方までびっしりと埋まっていた。

 

 溜息をつきながら剃り上げたスキンヘッドをヒト掻きする。

 

「…しゃあねえな…今日も仕事するか…」

 

 大儀そうに立ち上がり作業着を着こむと、男は階下へと階段を降った。

 

 

 

 

 

 

「アイスコーヒーひとつ」

 

 男は仕事を終えて夕刻、和風喫茶リコリコの年季の入ったドアを開けるなり注文を告げた。店は客も引けて閉店も間際の頃合いで、他に客はいない。

 

「いつもの席、空いているぞ」

 

 ミカは男を一瞥して席を示した。

 

「あー!サッサさんいらっしゃい!」

 

 喫茶リコリコの看板娘たる錦木千束は、表情をぱっと明るくして迎えてくれる。サッサと呼ばれた男、スキンヘッドで作業着姿の佐々は口角を上げてにやりと愛想を返す。

 

「まーた作業着姿の貧乏くさい設備屋のボウズが来たわね。アンタ他に行くところないの?」

 

 休憩中なのか、小上がりに仰向けで大の字になっているミズキが彼女らしいいつもの迎えの言葉を寄越す。

 

「貧乏くさいとは失礼な。これでも年商1億超えてんだぞ」

「そうだぞミズキ。なんだかんだ言ってこいつは目端が利くから仕事が切れない」

 

 カウンターの内側からミカがアイスコーヒーの準備をしながら擁護してくれる。

 

「年商1億あっても手元になんかいくらもないでしょうよ、朝から晩まで本人が走り回って現場仕事じゃぁタカが知れてるってー」

「うるせえぞ酒クズ、さっき酒屋から預かってきたお前の一升瓶たたき割ってやろうか」

「あらぁ佐々さん今日も男前じゃなーい♪」

 

 あいさつ代わりの軽口をいつも通りに叩き合ったのち、佐々は指定席であるカウンターの端に腰掛け、傍らで品をつくるミズキに一升瓶を手渡す。ミズキは愛おしそうにその一升瓶を抱きしめて鼻歌を歌いながら店の奥へと引っ込んだ。

 

「相変わらず忙しそうだな」

「ミカさんところは暇そうっすね」

「そうだな…最近は。いつのまにかいくらか平和にでもなったのかな」

「そっちが平和だと、こっちの実入りにも影響するんですけどねぇ」

 

 そう言いながら佐々の表情は満更でもない。

 ミカは目の前の男の真意を理解しつつ、カウンター越しに注文のアイスコーヒーを差し出した。

 

「…とはいえ、本家の方はバタバタしてるみたいですよ」

 

 アイスコーヒーを啜りながら佐々は呟く。

 ミカの視線はほう?と探るような視線を寄越す。

 

「楠木からミカさんとこに連絡入ると思いますよ、今夜か、明日あたり」

 

 ミカはふむ、と一息つくように頷いた。

 

「はい!サッサさーん…ちょっとお願いがあります!」

 

 おっさん二人の会話がひと心地ついたことを察した千束が佐々の隣に来、元気よく手をあげてアピールする。

 

「おっさんに何の用かな、千束ちゃん」

「ちょぉっと奥に、見てもらいたいものがありまして♪」

 

 千束は持ち前の明るい表情を湛えて、床を指さした。

 

 

 

 

 アイスコーヒーのグラスを手にしたまま千束に導かれて連れていかれたのは、喫茶リコリコの地下のシューティングレンジだった。

 

「全く…換気扇のフィルターはこまめに掃除しなさいって言ったでしょうが」

「…最近ちょっと忙しくてぇ」

「交換用フィルター造るのも自作で手間かかるんだから…頼むよホント…」

 

 コンパクトな空間でも技量が常に磨かれるようにとDAの元教官であるミカによって要求が定められたこの地下の空間には、いたるところに佐々の表稼業である設備屋としての手仕事が入っている。

 

 シューティングレンジの給排気関係も佐々の仕事であり、物騒な火薬類から発生するガス、いわゆる硝煙を周囲に悟られぬように排出、換気するために特殊なフィルターを特注のラックに収めた構造としており、佐々自らが定期交換が必要なフィルターを自作している。

 

 これらの地下設備の特異性により、喫茶リコリコを開業するにあたって普通の業者に発注するわけにもいかなかったため、DAの外部協力会社として独立したばかりの佐々仕事が回ってきた。ミカと千束とはその頃からの付き合いである。

 

「えっへへ~…そういう細かい手仕事してるときのサッサさん見るの好きなんだよねぇ~」

「確かにお前さんは昔から仕事してる俺の周りをウロチョロしてたなぁ」

 

 付き合いの長さゆえに、千束は年の離れた妹というよりは娘に近い存在であり、いわゆる親戚の叔父さんのようなポジションに収まっている。ミカは年齢差からしても兄のようなものであり、その関係性は身寄りのない佐々にとってはどこかに暖かみを感じるものであった。

 

「…よっしゃ、しばらくはこれでよかろう。新しいフィルターはまた作っておくわ」

 

 そう言うと佐々は胸ポケットから煙草を取り出し、火を着ける。

 

「も~ここにくると必ず煙草吸うんだから。身体に悪いでしょ~!」

 

 千束はそう言って佐々にじゃれつき、煙草を取り上げようとする。

 

「あぶねっ!だって上は禁煙なんだし仕方ねーじゃんよー…よしよし」

 

 佐々は身長差で千束の手の届かない高さに煙草を持ち上げて防戦しつつ、空いた片手で千束の頭を撫でつつ煙草を吸いきった。

 

 

 

 

「4…6…8…っと」

 

 扉の向こうのシューティングレンジからは千束が日々の研鑽を詰んでいる証の、拳銃の物騒な発砲音が囁く程度の音で聞こえている。

 

 佐々は扉を挟んで隣接している喫茶リコリコの地下倉庫で備品の在庫をカウントしていた。

 

「いつもすまんな」

 

 そこに杖の音をかちゃかちゃ言わせながら現れたのはミカだった。

 

「いえいえ。これも商売ですんでね」

 

 軽薄な物言いで佐々は応じた。

  

「…はい。補充品リストはこんなところでどうでしょう」

「まぁ妥当なところだろう。任せるよ」

 

 ミカはほんの一瞬、プロの顔をした後、柔和な表情でリストを佐々に返す。

 

「上がってこい。店は閉めた。コーヒー、もう一杯どうだ」

「ありがたい。いただきましょう」

 

 二人は小窓から千束の鍛錬の様子を覗いた後、場所を店内のカウンターに移した。

 

 

 

「お前が下で作業している間に、楠木から電話があったよ。今夜は待機だ」

「ラジアータが何かを掴みましたか」

 

 ミカはコーヒーを差し出しながら頷く。

 

「はっきりとは言わなかったがな。だが時間がはっきりしない…ミズキ、今夜は酒は控えろ」

「ひぃぃぃぃ私の唯一の癒しが…」

 

 カウンターの反対側の端で一升瓶を嬉しそうに抱えて晩酌の準備に勤しんでいたミズキが悲鳴を上げて涙目になっている。

 

「良いスよミカさん。電話くれれば明日の朝までだったら代打出ますんで。ミズキ、呑んでいいぞ。だけどほどほどにしとけ」

「佐々、あんた神様!?神様なの!?」

「お前、明日も仕事があるだろう。あんまりミズキを甘やかすな」

 

 まぁまぁ、と佐々はミカを宥める。

 

「今日のコーヒーはミズキにつけといてください、それでチャラってことで。まぁ、たまの趣味みたいなモンですから」

「…元々、お前さんからカネ取る気はないんだがな」

 

 全く、といった風情で溜息をついたミカは、渋々といった様子でミズキに飲酒を許した。

 

 

 

 

 佐々は喫茶リコリコを辞去した後、徒歩5分ほどの事務所兼自宅に戻り、先ほど作成した補充リストの手配に手を付ける。

 

 喫茶リコリコはDAの支部とはいえ、その実態は独立採算組織であり、毎月まとまった額の支援金が支給されているとはいえ、活動に必要な後方支援が受けられるわけではない。

 

 それ故に、佐々は表稼業の設備屋とは別に、喫茶リコリコの兵站担当のような業務も一手に引き受けていた。

 

 さすがに銃火器そのものはDA経由の手配だったが、弾薬や仕事に必要なクルマやバイクといった移動手段、ドローンや通信関係は佐々の手配領域だ。

 

 決して儲かる商売ではないし、そもそも佐々自身がリコリコとの取引で利益を上げようとは思っていない。

 

(まぁ…ほんとーに趣味みたいなもんですな…っと)

 

 ささっと方々へ発注を入れてしまい、煙草に火を着けて一服する。

 

(あとは換気フィルターでも作ってましょうかね…)

 

 その夜、いつ鳴るとも知れぬスマホを常に傍らに置きながら、佐々は作業場で一人、黙々と手を動かして過ごした。

 

 

 

 

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