喫茶リコリコを観察する設備屋さん(仮)   作:小松市古城

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3:楠木と佐々

 

 

 

 早朝の騒動からそのまま一日の仕事を終えて、佐々は喫茶リコリコを訪れる。

 

「いらっしゃーい♪サッサさん今日もお疲れー」

「来たわね、妖怪晩飯タカりジジイ」

「今朝おめーが来いって言ったんだろが酔っ払い」

 

 千束がいつも通りの笑顔で、ミズキが今朝の僅かながらの殊勝さも消え失せた発言で歓待である。

 

「千束も今朝はお疲れ」

「なーんにもしてないけどねー。階段駆けあがってたら派手にバリバリ始まっちゃったから」

 

 くひひ、と笑って彼女は一日の疲れも見せない。 

 

「そろそろ千束の原チャリも点検しないとなー…」

「あ、私の相棒、もっと速くなっちゃう?」

「千束、運転には気を付けなさい」

 

 ミカが保護者らしい言葉で調子に乗りそうな千束を諫めながら、コーヒーを出してくれる。

 

 佐々は礼を言って芳醇な香り立つそれに口をつけ、疲れた身体に上質なカフェインを染み渡らせれば、生気が蘇るような心地だ。

 

「今朝の釣果はどうでした?」

「釣果ねぇ…まぁ、お前さんの頭みたいなもんだよ」

 

 ミカに今朝の顛末をそれとなく訊ねれば、坊主頭の佐々の頭を代名詞に使ってくる。先ほど千束が階段を駆け上がっただけ、という言葉と合わせて考えるならば、大方、作戦は目的を達する形にはならなかったのだろう。

 

 昼にラジアータの件をつついた楠木の反応にしてもそうで、もっと言えばミズキと聞いた現場付近の窓ガラスが割れ、機銃掃射の音が早朝の街に響いた状況も含めて、ある程度想定はできていた。

 

「大方、想像はついていたんだろう?」

 

 さすがに付き合いの長いミカは、佐々がある程度わかったうえで聞いていることもお見通しだ。

 

「まぁ…ちょっとラジアータまわりに不審な挙動も出てましたんで。何かはあったんだろうな、と」

 

 佐々はミカに推測のタネを明かしながら、自らのスマホを取り出して眺める。

 仕事の依頼を受ける専用メールアドレスの受信を確認すれば、DA本部の施設部や技術部からと思しき符丁が含まれた依頼が既に数件、入っていた。昼にかけた楠木への電話はきちんと意味を成したらしい。

 

 しかし裏を返せばDA本部はそれなりに焦っている、という意味でもある。

 

「…どうやらしばらくは、予想より忙しくなりそうですね、こっちも」

 

 佐々とミカは、顔を見合わせて重々しく溜息をついた。

 

「なーにおっさん二人が不景気な溜息ついてんのよ」

 

 カウンターの反対側の端で、昨日佐々が届けた酒を呷りながらミズキが突っ込んでくる。

 

「あれ?ミズキさんや。なんか晩飯食わしてくれるんじゃなかったのか?」

「おっさん二人でしっぽりやってるからてっきり忘れたと思って気持ちよく晩酌してたのに!なんで思い出すんだよ!」

「あ、私もおなかすいたー」

「仕方ねえなぁもう!今夜の晩の賄いはミズキさんが作ってやんよ!何出されても文句言うんじゃねぇぞっ!」

 

 千束も便乗してミズキに晩飯をねだりだした結果、ミカと陥りかけていた暗澹とした大人の憂鬱は吹き飛ばされ、いつもの賑々しく明るい喫茶リコリコの空間が戻ってくる。

 

 それは佐々にとっても居心地の良い空間だった。

 

 

 

 

 翌日早朝、佐々は仕事用のハイエースに機材を積み込んで、DA本部の敷地内に居た。

 

「配線配線っと…」

 

 昨夜のうちにDAの技術部や施設部から暗号めいた依頼が複数件入っていたそれらは、電源設備の増強や施設の特定部分の空調強化の依頼だった。

 

 断片的な依頼を総合して、先日の出来事も加味して推測すれば、ある程度全容は掴めてくる。

 

 その意図を裏付けるために、佐々は依頼内容の精査と称して本部の基本的なデータチェックを行うことにした。もちろんDAの本部機構そのものには了承を取り付けている。本部詰めのエリート様たちは忙しく、企画そのものを丸投げして佐々に発注しようとしているのだから、そのための基礎調査も佐々に丸投げであった。

 

 DA本部建物のはずれにある搬入口にクルマを横付けし、技術部が用意した配線に持ち込んだ端末をリヤハッチを開けて繋ぐ。

 

 配線をつなげて端末のデータ収集用のプログラムを走らせてしまえば、そのあとはそれが済むまではヒマであった。

 

 データ収集とは言っても、ここ2週間ほどの全館の空調設備稼働データや電力消費の推移という、いわゆる設備屋の依頼内容の枠は出ないようなデータだ。当然セキュリティレベルも知れている。

 

 佐々はプログラムが無事に走り出したことを確認すると、車外に出て煙草に火をつけた。

 

 

 

 

 

 建物の壁にもたれ掛かって陽の光を浴びながらぼんやりと煙をくゆらせていた佐々に、すっと影が差す。

 

「…敷地内は禁煙だと言ったはずだが」

 

 一歩後ろに秘書を従えた、白衣姿の楠木だった。

 

「おう、元気そうだな。敷地内とはいえこんな僻地に何の用だ?」

「…昨日の件で、貴様に問いたいことがあってな。何故、あんなカマをかけるような質問をした?」

 

 楠木はその三白眼で、座り込んでいる佐々を見下ろしながら問う。いつものように感情のこもらない無表情だ。

 答えによっては、楠木は佐々をためらわずに消すだろう。そう思わせる冷酷さすら漂わせている。

 

「なぁに、簡単なことだよ」

 

 佐々は短くなった煙草を地面でもみ消す。

 

「ラジアータにつながるいくつかの回線からのデータ流入量が急増した後、ラジアータからの発信されるデータ流量が急減した。現場付近のデジタル通信の輻輳が突然落ち着き、通信量が激減したのと同じタイミングで。この二つが意味することは?」

 

 楠木は溜息をついた。

 

「貴様、たったそれだけで…まさか通信の内容まで把握してるわけじゃないだろうな?」

「まさか。俺はただの設備屋でハッカーじゃない。そんな高度な技術は持ち合わせちゃいない」

 

 佐々は新たな煙草に火を着け、一口目を楽しむように吸い込むと、楠木にも一本勧める。彼女はにべもなく手で断る仕草をした。

 

「それでもまぁ、だいたいのところは想像つくけどな。今ダウンロードしてる本部内の2週間分の空調と総消費電力量の推移データでも、何があったかの推測を補強する材料は取れると思うぜ」

 

 DAの技術部や施設部からの依頼はそれぞれの基本的なインフラの増強依頼だが、それが必要となる背景があるはずだった。

 

 2週間分、1分毎の本部建物内の空調データを見れば本部内の人の流れは丸裸となり、さらにラジアータの活動具合まで一目瞭然となるであろうし、消費電力の推移も同様だ。

 

 そしてそれがどのレベルでの増強をオーダーされるかで、コンピュータとしてのおおよその能力までアタリをつけられるかもしれない。

 

 それを察した妙に艶っぽい楠木の秘書が眉を顰める。

 

「…公然情報の収集と分析は諜報活動の基本、というわけか」

「ご明察。まぁこの秘密基地の存在自体が公然情報じゃないことは置いておくとしても、だ」

 

 佐々がにやりと口元を歪める。

 

「俺としちゃあDAが何をしてようが興味はない。ただ、お得意先様のことを良く知ることが最適な提案につながるってだけのことだ」

「殊勝な心掛け、と言ってやりたいところだがな。あまり要らぬことに首を突っ込まないことだ、便利屋」

 

 踵を返そうとした楠木を佐々は呼び止める。

 

「行き掛けの駄賃ってわけじゃないが、ひとつ疑問がある。一体誰が、何の目的でラジアータをクラックしたんだ?」

「…技術的トラブルと、一人のリコリスのスタンドプレー、それが今回の全てだ。上向きの説明では、な」

 

 背を向けたまま、楠木は答え、そして顔を半分だけ佐々に振り向かせて言った。

 

「…佐々、ウォールナット、という名に聞き覚えはないか?」

「…は?」

 

 佐々は間の抜けた表情で応じた。

 

 

 

 

「旧い馴染みとはいえ、内部のことを知られ過ぎているのも気分のいいものではないぞ」

「まぁそう言うな。そっちが聞きたいんだろう?持ちつ持たれつだよ」

 

 楠木とその秘書、そして佐々は楠木の執務室に居場所を移していた。

 

「しかし、ウォールナットねぇ…懐かしい名前だ」

「情報部の調査では、ネット黎明期から活躍するハッカーということだが…知り合いか?」

「知り合いってほどじゃない。ただ、設備屋としての依頼を受けたことはある。まぁ、後でわかったことだが」

「人相や年齢は?」

「わかるわけないだろう。ただ噂の一部と俺の仕事が合致して、おそらくウォールナットからの依頼だったんだろう、と後でわかった程度の話だ。しかもやっこさん、ダークウェブ上の噂じゃ何度も死んでるしな」

 

 佐々の話を聞いても楠木は表情を動かさず、話の先を促した。

 

 

 

 佐々が駆け出しの設備屋であったころ、建物へのネット回線の敷設と大容量の電源工事の仕事を請けたことがある。

 

 建物や引き込みフロアには不釣り合いな大容量の回線と電源設備は、駆け出しの佐々には初めて扱う規模のものだった。 

       

 法人からの依頼であり、その時はIT系企業の仕事くらいにしか思わなかったが、その後も同一法人からの依頼が数度あり、どの施工もどこか不自然さのある規模感と内容だったことが記憶に残った原因だ。

 

 しばらくのちに業界内やダークウェブ上での噂でウォールナットの名前が出てきたとき、その正体を推測するスレ内で話されていた内容が、依頼主の法人と妙に被る部分があることに気が付いた。

 

 佐々は気になって調べてみたが、依頼主の法人はそもそも事業実態が長らくない休眠法人であることが判明、しかも調べた時にはダークウェブ上に断片的な記録が残るだけ、という状態であった。

 

 正確に言えば、記録が消された痕跡が見られる状態、だ。

 

 しかし仕事を請けた事実は伝票としても残っており、そして扱ったものの内容からして、佐々は裏付けがなくとも察するところがあった、という話だ。

 

「…そんなわけで。俺を絞ってもなんも出てこないぜ」

 

 口の前で手を組んだままの楠木が、目だけを動かして佐々を射抜いた。

 

「まぁいい。それだけでも手掛かりにはなる」

 

 そういうと楠木は視線で秘書を下がらせる。

 

 妙に艶っぽい秘書が恭しく一礼して退出すると、楠木は再び口を開いた。

 

「…千束は元気にしてるのか」

「まぁ元気だよ。楽しそうだし、店もいい雰囲気だ。だがなぁ…」

「…なんだ?」

 

 佐々の言い淀んだ部分に、楠木は先を促す。

 

「確かに常連客に囲まれて、日々あちこちで可愛がられてるのはいいんだが、同年代が日常の中に居ないというのはどうにも不健全な気がするな」

 

 楠木の執務室であるにも関わらず、佐々は煙草を取り出し、楠木にも勧める。

 今度は楠木も拒否せずに受け取り、彼女の銜えた煙草に佐々は火を着けてやる。

 

 二人は煙を味わうように深く吸い込み、ゆっくりと吐き出した。

 

「…ミカのところのリコリス、一名増員を考えている」

 

 楠木は片方の口角を僅かに上げた。

 

「ほう。遂に千束に相棒をつくってやる気になったか」

「…一人、行き場がないのがいるだけだ」

「全く正直じゃねえな、楠木は。なんだかんだで千束がかわいいくせに」

 

 佐々に細やかな表情の変化見抜かれた楠木は、力を抜くようにフッと笑みを浮かべる。

 

「手出すんじゃないぞ、佐々」

 

 楠木の照れ隠しのような言葉に、佐々はニヤニヤと表情で煽り倒した。

 

 

 

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